正和10年1月
一週間降り続いた雪は、その日の夜唐突に止んだ。
空を覆い尽くしていた分厚い雲はどこへきたのやら魔法のように消え失せて、空に靡くのは私の車体が生み出す黒煙だけだった。それだけでは覆い尽くせないほどの空を我が物顔で埋めていた雲が唐突に消えてまず最初に起こるのは放射冷却。
摂氏マイナス15度で推移していた気温はその夜マイナス24度を記録した。全てが凍りつきそうな世界でも、私達は休まずに働かなければならない。
ふと空を見上げると満点の星空が広がっていた。低い気温で澄んだ空気だから夜空はより一層美しく広がっていた。
その空に溶け込むボイラーの煙。それが私を現実に引き戻した。
私の足元には油で磨き上げられた黒い鉄のボイラーがある。
見渡せばボイラーに取り付けられた煙突からは黒煙が噴き上がっていた。まだ火焚きを始めたばかりで不完全燃焼気味なのだ。
それは運転席からも見えているようで、そっちを見れば機関助士である安斎さんが煙の様子を見ているところだった。
私はちょうど砂箱を確認していたところだった。
砂は十分入っている。でも入っているからと言って足りるかどうかは分からない。
「おーい、シイナ。釜の様子を見といてくれ。足回りを点検してくる」
「はい、わかりました」
安斎さんは私のことをシイナと呼ぶ。私につけられた渾名のようなもので、それはペアを組む機関士の伊藤さんも同じだ。伊藤さんは少し離れたところで石炭の搭載の調整していた。
普通の帝鉄職員は私のことをキュウロクのサンと呼ぶ。
この那寄駅に併設された那寄機関区に三番目に配属された9600型だからだ。安斎さんも伊藤さんも数少ない例外だった。
でも私はシイナの方が気に入っていた。
厳冬期の北開道は人にも、レエルロオドにも過酷な世界の一つです。
9600型蒸気機関車49672号機のレエルロオドである私にはそんな世界が全てでした。
生まれも育ちも北開道から出たことはない。
本洲とか九洲とかも行ってみたいと思うけれど、私はこの大地が好きだった。
氷点下何十度という世界は運転室に入ると一変する。
蒸気を生み出すために大量の石炭を焚べられた火室がすぐ側にある運転室は相当に暖かい。と言うより熱かった。
密閉式になっていない9600型の機関室でも停車状態では相当に熱がこもる。
しかし走り出すと今度は密閉されていなせいで外気が走行速度に応じて吹いてくるから相応に寒くなります。
49672号機のボイラーは快調に炎を灯していた。水の温度上昇も十分で、火の回りは完璧だった。
これなら後一時間後には走り出すことができる。
火室の中の石炭は少しだけ左側、運転席側に寄っていた。
それを調整するためにテンダー車からスコップで石炭を取り出して焚べる。
これでちょうど良くなりました。
後は火の様子を見ながら、ボイラーへの給水量を調整していきます。
ポウッっと小さめの、でも力強い汽笛が少し離れたところで鳴った。
帝鉄が鉄道発足初期の頃に冥国から輸入した小型のタンク機関車が客車を2両ほど連結してホームに向かっていった。
昔は本線での列車運用もなされていたようですが、今ではこうして最果ての機関区で構内入替機としての運用に就くのが専ら。いつか私もそうなるのでしょうか。
そう思っていると、伊藤さん達が運転室に向かって声をかけてきた。
「シイナ。釜は任せた。俺たちは出発前の点呼に行ってくる」
「分かりました。釜のお守りはお任せください」
「今日は餅を持ってきてるんだ。後で温めようや」
お餅ですか。良いですね、寒い時期にはピッタリです。
那寄駅は北開道の北部における交通の要衝です。
北海道の北を南北に貫く奏谷本線と西に向かい深河まで降りる深那線。そして東に抜けオホーツク海沿いを通り園軽駅までを結ぶ那寄本線。この三路線がここ那寄駅に集結する北の要衝です。
そのため設備は小さいながらも機関区が駅に併設されていた。
小さいと言ってもかなり本格的に色々と揃っている。
私はこの機関区がそこそこ気に入っていた。所属している機関車も私達9600型ばかりで、レエルロオドとしても仕事がしやすい。
特に自分の専属機関車以外の車両を操作する場合に同型機であれば同調も幾分か行いやすかった。
少なくとも8620型とかを操作するよりかは性能を大きく引き出せる。
だけど今日は機関区に残っている機関車は少なかった。
整備中の68674号機と19654号機。
それと59601号機…ですがあの子はこれから奏谷本線の始発、旭河行き普通列車を牽引していく。
つまり私が出発する頃には稼働できる機関車は無いことになる。
遅い夜明けの後に再び雪が降り出した。一時間に50センチも積もることも珍しくない雪は、この後の峠越えに一抹の不安を残すことになってしまった。
除雪が終わったばかりの線路に再び雪が積もり始めていた。
運行管理者からの注意事項は私にもしっかりと伝えられる。
もちろん、機関士の伊藤さんからです。
49672号機の出発準備整えていると、伊藤さん達が帰ってきた。
「おかえりなさいませ。出発準備は整っています」
「ありがとう。今日の運行予定だ」
そう言って伊藤さんは運転士手帳とダイヤと運行列車の情報が記載された運行指令書を渡してきてくれました。
整備体のまま私はそれを受け取って目を通していく。
情報はすぐに私のタブレットに記憶されていきます。
「記録完了。復唱します」
本来レエルロオドには必要がない復唱ですが、北開道の管理局では規則としてレエルロオド側での認識の統一が図れているかを確認するために復唱を行なっている。
「本日1月14日、列車番号1192列車。那寄発園軽行き、現車22延長24.0換算27.5編成。出発時刻0822、園軽到着時刻1611」
つまり22両編成の貨物列車で列車全長が192m、編成重量は255tということになる。
そして運転士手帳に書かれているメモには列車の特性。何を積んでいるのか、路線状況はどうなのかが書かれていた。
「なお、この列車は雪による運休後の一番列車だ。よって沿線集落への救援物資を積んでいる。すまないが、減車は出来ない」
「了解しました。減車は無し。天北での補機も無しですか?こっちは止んでいますけど峠はまだ降っていますよね」
「手前の下川で2両切り離すが、それでも換算25で峠越えになる」
那寄本線には連続して25‰の勾配区間が続く天北峠がある。下興部から一乃橋までの区間です。下興部に補機の配備が行われていますが、今日は出せないようです。
「補機も予定無しだ。19654が補機だったんだが軸焼けだからな」
「この雪で補機無し、定数いっぱいの貨物ですか。吹き溜まりがあったら立ち往生する可能性があります」
減車も出来ないとなるとかなり難しいかもしれない。三日ほど大雪で運行できていなかったせいで線路の表面もうっすら錆が浮いている。
なおのこと滑りやすい。
「天北峠さえ越えられたらなんとかなるんだがな」
「私も全力で支援します」
「ははは、よろしく頼むよ」
最後は機関士さん達による最終点検が行われます。
レエルロオドがあっても最後は人の手で確認するのが大事なことらしいです。
その間に私はボディを整備体から小柄な運転体に変更します。
整備体は人と同じサイズですが機関車の運転室はお世辞にも広いとは言えません。機関士と機関助士さん二人がいると人間と同じサイズの私がいると手狭になってしまいます。
だから小さな人形と同じくらいのボディが運転体として私たちには与えられています。
整備体のような点検や操作補助は難しくなりますが代わりに運転に必要な支援機能に特化されているのがこのボディの特徴です。
このボディに乗り換えると視線が一気に低くなります。稼働を停止した整備体は途中で使用する事もあるので基本的には車内の邪魔にならない場所に置いておくか、編成に組み込まれている車掌室に置かれる事になります。
今日はまだ編成を連結していないので運転室の隅っこに座らされています。
その姿を一目見て、私は機関車に取り付けられたいくつもの水温計や水圧計、流量計に視線を向けた。
全て異常無し。蒸気の量も十分だった。
「それじゃあ、出発だ」
那寄駅の貨物線には既に貨物列車の長い列が作られていた。
後方の入換信号機は線路開通を現示していた。構内係が青旗を振って合図をしていた。
「入換信号機開通現示」
「入信よし。出発。合図、後」
一回小さく汽笛を鳴らして伊藤さんは逆転機を後進位置にし、単弁を緩めて加減弁をゆっくりと開いていった。
流石に空身の機関車は走り出しが早い。
すぐに逆転機を回して徐行を維持しながら機関車は待機している貨物列車の前に躍り出た。
ここまで約一分。一度停止してホームにいる係員の合図で連結を開始していきます。
私も操作系に少しだけ介入して速度調整のお手伝いをしていきます。と言っても機関士は基本的にレエルロオドの補助なしでも運転できるほどの練度は持ち合わせています。
ですが連結相手の編成は那寄駅の貨物ホームでは荷下ろしが行われている最中だった。さらに那寄駅で何両か切り離した後で編成の組成を直していたらしい。最後尾に緩急貨車が連結されようとしていた。
その状態での連結ショック無しでの連結には相当な練度が必要となる。特にこの雪という悪条件下ではレエルロオドの支援は必要です。
ゆっくりと、でもしっかりと連結器同士が接続できるほどの力で機関車は貨車に連結された。
「それじゃあシイナのボディを車掌車に持っていきます」
「よろしく頼む」
ブレーキホースなど走行に必要なものが機関車と貨車の合間に通され、ようやく編成として完成した。
荷物見下ろしも終わったようで各車の扉が閉められた。
あらかじめ編成全体の実重量を見てみましょう。
「編成の換算ですが0.3足して27.8になります」
実際の運用より少し重たくなっています。
「3t増えたか。まあ良い、いずれにしても減車はできないのだからな」
「あれは……」
隣の貨物ホームを除雪列車が通過していった。
同じ9600型蒸気機関車の59601号機がラッセル車のキ100を押して本線に向かっていった。
後方に作業員を乗せるための古い客車が連結されていた。事業用車に転用されたものだった。
共感通信を開くと59601号機の専用レエルロオドであるコムイが応答してくれました。どうやらずいぶん長い合間走っていたらしい。
(塩狩峠は大雪だよ、寒い)
(お疲れ様です。これから奏谷まで?)
(そうだよ。ちょっと休憩してからね。全く除雪してもキリがないや)
コムイの姿が運転室の窓から見えた。少し疲労が溜まっているのがみて取れます。
(頑張ってください)
(そっちは那寄本線?気をつけてね)
そう言って共感通信は切れました。
「休む暇がないですね」
「仕方がないさ。鉄路が止まれば北開道はインフラが止まるからな」
だからこそ、鉄路を止めるわけにはいかない。鉄道に求められるインフラとしての役割は重かった。
「時間だ」
「第一貨物出発信号機 進行現示」
信号機は進行を示していた。
「出発、進行」
伊藤さんが逆転機を前進いっぱいの位置にして自弁を緩めた。同時に加減弁をゆっくりと開いていく。
少しだけ時間をおいて車体が動き出した。連結器同士がぶつかり合う音が連鎖して響き渡り、列車が動き出します。
「やっぱり重たいな」
いつもより加速は鈍かった。降り続ける雪が金属のレースの上で水に変わり、車輪とレールの合間に水に幕を作ってしまう。だから伊藤さんは加減弁を絞りながらゆっくりと加速させていきます。
平地での牽引だけで見れば、1000tの重量でも引き出すことはできます。
ですが雪が降る中で天北峠を越えるとなればかなり切迫した重量と言わざるおえません。
安斎さんも石炭を素早く火室に投げ込んでいきます。
休みなしに入れていかないと蒸気が追いつかなくなってしまいます。
「一の橋まで行きましょう」
「そうだな。シイナ、峠では補助を頼んだぞ」
「はい、お任せください」
列車は那寄駅の構内を抜けて、雪の吹き荒れる大地を走り始めた。