まいてつ 短編集   作:ヒジキの木

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天北峠に挑む 3

 

北原さんは那寄機関区に所属する機関士さんの中でも最も年上で、最もベテランの人です。額に刻まれた皺と、頑固そうな顔つきから初見では近付き難い印象を与えてしまいます。ですが優しい性格で機関区内ではオヤジさんと呼ばれている人です。

そして私、49672号機との運転歴が最も長い人です。彼が運転してくれるのならあの雪溜まりも一回で突破できるかもしれません。

「北原さん、どうしてここに?」

帝鉄の制服に濃い外套姿はこの寒い雪の中を歩いてきてくれたのか薄ら濡れていた。

「野暮用で下興部にいたんだがな」

汽笛を聞いて駆けつけてきてくれたらしい。

 

「どうしたんだ」

 

「参っちゃいましたよ。雪で立ち往生です。減車するか、補機がないと」

 

安斎さんの言葉に事情を察した北原さんは、納得したような顔をして運転室に登った。

「これなら登れるべ。伊藤、釜やれ」

 

「オヤジさん?」

北原さんの雰囲気が変わった。こういう時の彼はすごく頼もしいです。なので私も、彼を全力で支援します。

「シイナも補助頼むぞ」

 

「分かりました」

其々が持ち場に着きます。伊藤さんが釜焚きを始め、安斎さんは炭水車に登って石炭の山を崩していきます。

北原さんが峠で二度登りをするときは、私は必ずボイラー横のランボードに移動します。

ここから動輪を覗き込んで空転が発生するかどうかを見極め、運転席にいる北原さんへ合図を送るのです。

 

全員が位置に着いたところで北原さんがゆっくりと列車を後退させ始めました。

先ほど伊藤さんが後退した場所より少しだけ下がった位置、ちょうど最後尾の緩急車が勾配の終わりの位置に辿り着いたところに列車は止まりました。

「峠での再発車はここからやれば一番力がつく」

この那寄本線を知り尽くしたベテランならではの意見だった。

それに伊藤さんの釜焚きも練度が高い。先ほどよりもかなり蒸気の量があった。

「釜いいかい?」

 

「オーライ!」

 

「水いいかい?」

 

「オーライ!」

 

「シイナ、準備いいかい?」

 

「オーライです」

各場所の状態を最後に確認するのも北原さんの癖だ。やっぱり私はこの方と一緒に走っている時が一番信頼できる。

 

 

単弁解放されて、少し遅れて自弁が解放。圧縮空気が各車のブレーキに圧入されていきブレーキが解除されていきます。

まだ加減弁は開けない。車両が広報に転動を始めました。

そのまま連結器がぶつかり合う音が響いていきます。

その音を頼りに、北原さんは自らの経験と技術だけで最適解を導き出しました。

加減弁が引かれて49672号機は前に勢いよく前進。2m近く無負荷に近い走り出しました。

最後尾の緩急車の連結器が圧縮され、緩急車が後方に動き出すまでの絶妙なところで発車した結果です。

圧縮引き出しで最大限の助走をつけることに成功しました。

圧縮し切った連結器が次々に伸びていき伸び切ったところで強い衝撃が走ります。

列車全体の重量が一気に機関車にかかりますが、それで止まるほどの力ではありません。

先ほどよりも早い速度で坂を登り始めました。

私はと言えばランボードから動輪を覗き込み、空転が発生しそうになったところで腕を上げて合図していきます。

北原さんの運転は的確で、私との息もピッタリ合っています。

 

空転する直前で加減弁を絞り粘着力がなくなるのを防いでいきます。

砂の使い方も絶妙でしっかりと粘着力確保に役立っています。砂も的確に撒かれていき、無駄遣いを抑え込んでいます。

加減弁の操作も細かくほんの僅かな力の入れ方で力を的確に線路に伝えていきます。

 

先ほどよりも早い速度で吹き溜まりに突入した私は、止まることなく雪の山を蹴散らして進んでいきます。

その間も合図は継続。僅かな空転も起こすことなく、北原さんは丘を登らせていきます。

ブラスト音がゆっくりになっていきますが、止まるほどではありません。

そうして勾配標が緩やかになったところで北原さんは列車を止めました。

吹雪もすでにおさまっていて蒸気の排出音に混ざって鳥の囀りさえ聞こえてきます。

 

私の支援もここで終了。ランボードを歩いて機関室に戻ると、北原さんがちょうど機関室から降りてきました。

「ここまで登れば大丈夫だ。後、よろしくな」

私の頭を軽く撫でてくれました。皮膚が分厚く、硬くなっていて、でも暖かい帝鉄機関車乗り、いえ……職人の手です。

「よければ下興部まで送りますよ。那寄行きの普通列車が待っています」

 

「それじゃあ緩急車に乗っとくべ」

そう言って北原さんは私に運転体のボディを渡してきました。今のうちに運転体に交代しろと言う意味です。

すぐに整備体から運転体に乗り換えると、北原さんは整備体を片手で担ぎ上げて列車の後ろに向かって歩き出しました。

 

「あ、北原さん」

安斎さんがボイラーで温められていたお餅を北原さんに渡していました。そう言えばずっとボイラーの上で温められていましたね。

「どうも」

歩き出す北原さんを見送りながら、そう言えばお餅は三つだけだったようなと思い出します。

「そういえばあれって……」

 

「シイナの分はちゃんともう一個あるさ」

そう言って安斎さんはまたお餅をボイラーの上に追加しました。

「安斎さん、私はそこまで意地汚くないですよ」

運転体の小さい体じゃお餅一つだってかなりの量があるんですから。

 

運転士が伊藤さんに変わったところで後方の車掌から合図の笛が聞こえてきました。北原さんも無事に乗車したようです。後ろを確認すると列車の後方で青旗が確かに振られていました。

「車掌より出発合図」

 

「出発合図確認、発車」

定刻より30分遅れ。さて、巻き返しといきましょう。

 

 

私達の到着を心待ちにしている人達が大勢いますから。

 

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