《このゲームが始まって1e+100秒が経過しました。》   作:てりのとりやき

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『魔法使い』/スキル保有数1/レベル1億9万8:レイラ

 

 

《生活フィールド》

《ユーザー数:200》

 

 

 

 空が青い。雲ひとつない澄んだ蒼。

 いつも通りの快晴。

 地平線まで見渡せる更地の荒野に、私を含めてユーザーが200人いた。それはレイドボスによる『復活遅延』が解除されたことを意味している。

 それはつまり……。

 

「クソ強ぇなあ、フェフォ……」

「ガキ、あんたが弱すぎるのよ」

 

 私達全員が、囲うようにして見つめる先。

 赤い髪の女性ユーザー……フェフォが、腰裏から生やす蛇尻尾によって青年ユーザーを独り拘束していた。首、胴、腰にかかるまで尻尾で巻かれ宙に浮く状態の青年ユーザー……トーギは、浅黒い肌をして、ツナギ上下の、いつもの姿恰好をしている。

 フェフォは半レイドボス状態だったトーギを倒したんだ。ゲームシステムの恩寵を受けて暴れまわる怪物を、自前のスキルで徹底的に。

 

「フェフォ。もういいんじゃ……」

「まだ終わってない。このガキはまだレイドボスになる可能性がある」

 

 冷徹な言葉に、誰も身動きが取れなかった。

 “理性破砕”はユーザーの精神状態をトリガーとする。レイドボスになりかけた自殺衝動そのものが解決しない限り、トーギはもう一度レイドボスイベントを発生させてしまうかもしれないのだ。

 事実、トーギは蛇尻尾によって拘束される苦痛以上の理由でその横顔を歪めている。……トーギはまだ、精神が不安定だということ。

 そんなトーギに、フェフォはため息を吐いた。

 

「夢を追うのもいいけどね。夢を追う馬鹿を追いかける奴のこと、ちょっとは考えたの?」

「……うるせえよ」

「考えてないからそんな言葉が出る。ナメてんのクソガキ。アンタ、自分で背負い込んで一人で勝手に自爆しただけでしょ」

 

 フェフォの言葉は優しくなかった。

 自殺衝動にまで至る精神失調者を前にしても欠片さえ優しさなんて見せなかった。厳しくて、ハッキリと物事を口にして。それはガラス細工をハンマーで削るような行い。

 荒療治だ。繊細な精神をしたユーザーにはそれだけで致命傷になる。

 だけど、今この場においては適切だった。

 

「それでも……それでもよぉ……」

 

 トーギが、口端を震わせた。苦渋が滲むままに奥歯まで剥き出しにして、眼前のフェフォを睨む──我慢ならない何もかもへと『怒り』をあらわにする。 

 

「悲しかったらどうすればいい?」

「……」

 

 フェフォは喋らない。ただ青年を見つめる。

 

「苦しかったらどうやって受け入れるんだよ!」

「……」

 

 誰も喋れない。トーギの、溜まりきった不満を静かに聴く。

 

「納得できねえ! なんで俺なんだ!? なんでレイラなんだよ!」

「……」

 

 それは、誰も彼もの根底にある不満だった。

 

「何で俺たちがここに居続けるッ!!!! 俺達は罪を犯したのか!? これが罰なら、だったらどうやって贖えって言うんだよッ!」

「……」

 

 トーギが抱えた怒りは、このゲームに囚われ、脱け出す手段さえ分からない中で生き続けることを強要され続ける、201人のユーザー全員が抱える絶望でもあった。

 

「俺は! 俺は……何一つ成せねえくせに……」

 

 気付けばトーギの頬を涙が流れていた。頬は震え、奥歯まで噛み締め、目を瞑る。

 悔恨。諦念。疲労。

 もう前を向くことなどできないと、青年ユーザーは俯いた。

 

「一京年を無駄にして、まだ生きなきゃならねえんだぞ……」

 

 嗄れた声で呻くトーギに、誰もが言葉を返すことができなかった。

 私もそうだ。

 同じ時間を過ごした。同じ虚無を生き続けた。時間感覚が崩壊しすぎたせいで、100億年と100兆年と100京年はすべて同じようなもので。

 絶えることのない現実ばかりがここにある。

 たった一つの失敗で精神を崩壊させてしまえるだけの永遠だけがここにはある。トーギの抱えた苦しみが痛いほど分かるから、私達はこの現実をどうやって噛み砕くべきかもわからなくて……

 

「ガキが」

 

 だけどフェフォは違った。彼女は苛烈な怒りで眦を吊り上げていた。赤い、紅い瞳は燃えるような激情の矛先を項垂れるトーギへと向けている。

 そうしてフェフォは、トーギの拘束を唐突に解いた。地に落とされたトーギへと真っ直ぐに詰め寄り、その胸倉を掴み、次いで拳を振り上げ──。

 ……人の肉を打つ、生々しくて鈍い音が鳴り響く。

 

「見ろ」

 

 言葉は冷酷。同情の一つもない言葉と共に、人を殴ったばかりの拳を開き、フェフォは人差し指でとある方向を指し示す。呆然と目を見開くことしか出来ないトーギはゆっくりと顔をそちらに向ける。 

 

「馬鹿なクソガキのために泣いている彼女は誰?」

 

 柔らかな栗毛のショートカット。赤縁眼鏡に右目じりと右の口端にあるほくろ。ボロボロと涙を流すその女性ユーザーの名前をレイラと呼ぶ。

 レイラさんは、今、泣いていた。

 だけど泣きながら笑っていた。

 

「れ、。い、ら。」

「はい。私です。私はここにいます。ここに、ずっと、いつまでも!」

 

 悲しいから泣くのではなくて。

 今ここにトーギが居るから、嬉しいのだと。誰が見てもそうと分かるほど優しい微笑みを、隠すこともできないくらいの大泣き。

 震える体を。丸い両肩を。地へと落ちる滴の数々を。その全てを瞬きも忘れて見つめていたトーギは、

 

「ハハ」

 

 と。小さく笑った。 

 やがて……ぽつぽつと。

 

「毎日毎日、どんだけ頭捻っても分かんねぇことばっかりだった」

 

 嗄れた声音で、泣き疲れたまま、それでも言葉が溢れだす。レイラさんを真っ直ぐに見つめながら。

 

「溶接なんかやったことねえよ。旋盤なんかどうやって使うんだよ。電気ってなんだよ、ブツリホーソク? 知らねえ。プログラムなんか作ったことねえし航法システムの開発なんてやったことあるやつ居んのかよ。俺ァ数学のテストなんて毎回補習受けてたんだぜ?」

 

 ゆっくりとフェフォは手を離した。

 胸倉を掴まれていたトーギは、もうフェフォのことなど眼中にないかのように立ち上がる。

 

「どうやったら金属の塊が空を呼ぶんだ。どうやったら宇宙を目指せる。考えて考えて、考えたって答えが出るはずもねえ」

 

 彼の視線はひたすらに真っ直ぐに恋人の方だけを向いている。

 不意に、トーギの横顔が緩んだ。目端も、口元も、頬も。何もかもが果てしなく遠くへと向いて、柔らかく。

 

「でも……約束、したんだ」

 

 過去を懐かしむ口ぶりに、レイラさんが静かに頷く。同じような懐古の微笑みをする。

 

「ただのナンパのつもりだったんだよな」

「はい。そうでした。トーギ君、出会ったばかりの頃は全然本気じゃなかった」

「だけどレイラは本当に嬉しそうだった」

「逆にトーギ君は『マジにされちゃったよ』って困惑していましたね」

「……けど止めるわけにはいかなかった」

「私が、宇宙の話ばかりをしたから」

「いつまで経っても上手くいかなくても、待っていてくれたな……」

「当たり前じゃないですか。だって私、トーギ君が頑張っているのを見ていましたから」

 

 言葉を交わして、浅く小さく笑い合って。トーギとレイラさんが交わす視線の柔らかさ、暖かさを、二人以外の誰しもが正確に推し量ることはできない。できるはずがない。

 二人だけの大事な思い出を、積み重ねた時間の全てを、誰も邪魔することなんかできなくて。

 

「ずっと……俺の背中を……」

「……見ていることしか、出来ませんでした」

 

 レイラさんの言葉に後悔が乗ることさえ、阻むことは出来ない。

 

「見守ることが支えることだと信じていました。騒いで、喧嘩して、仲直りして、そうしていればトーギ君は大丈夫だって。私は身勝手に……トーギ君に甘えていました」

「……ッ」

 

『宇宙をこの目で見てみたい』というレイラさんの夢を、トーギが叶えようとする時間。それは二人にとって幸福そのものだったに違いない。前だけを見ていればよかったのだから。失敗した時のことなんて考えてはならないのだから。

 失敗への恐怖。

 その重圧。

 だからこそ背負い、独りで決めて。

 そうして致命的な過ちが起きた時、幸せばかりでない人生というものにようやく目を向ける。──トーギが選んだ自殺衝動という結末は、レイラさんとの関係に修復不可能な亀裂を生むには十分すぎるほどに『重い』。

 

「……」

「……」

 

 二人は押し黙る。想い合い、許し合えた過去と……これからの時間の比較をどう呑みこめばいいのかを、見つけられない。

 

「──これが終わりなのかな」

 

 思わず口から出た言葉に、トーギとレイラさんが私を見た。言葉の意味を確かめるように二人は無言。

 私はトーギとレイラさんそれぞれの瞳を見つめた。黒い瞳。とび色の瞳。二人の目に浮かぶのは、浮かんでいるのは、言葉では言い表せないほど複雑な感情だと思った。

 まだ終わりたくなんかないって全身全霊で叫びそうなほど確かな意志だったんだ。

 私は改めて問い質す。

 

「二人はこれで終わりでいいの?」

「……違う」

 

 その後を、フェフォが継いだ。

 

「これはゲームエンドなワケ?」

「違う」

「これはトーギというユーザーが非稼働に至る終末?」

「違う──ッ!」

 

 まだ何も終わっていないと。終わってなどいないのだと、トーギは声に活力を漲らせる。

 ややあって、トーギはもう一度レイラさんを見つめた。真っ直ぐに顔を上げて。

 

「レイラ。俺、ほんとダセェなぁ……こんな、こんな俺でもさあ……」

 

 背を伸ばしレイラさんを見つめるトーギには、もう、先まであった弱弱しさなんて欠片もない。

 

「好きなんだ。何かを作るのが」

「──」

 

 さっぱりとしたいつもの笑い方をするトーギに、彼の言葉に、レイラさんが言葉を失った。 

 

「工作も。旋盤も金属加工も。それまでリアルじゃしょーもないことしか出来なかったクソガキが、このゲームに囚われて初めて夢中になれたんだ……!」

 

 だから、と。トーギはレイラさんへと歩き出す。

 

「なあレイラ……俺の夢を、聞いてくれるか?」

「夢、ですか……?」

「仮初でいい。仮想でもいいんだ」

 

 一歩一歩を踏みしめて、彼女の前へとたどり着く。

 トーギの顔に浮かぶのはただひたすらに真摯な祈りだけだった。

 

「俺と一緒に、いつか宇宙へ行ってくれないか」

 

 誰かの夢を自分の夢にできること。

 心の底からそう願えるだけの想い。極めて純粋で極めて暖かな心の形。この世界がゲームだとか、現実かどうかなんて、そもそも初めから問題ではなかったんだと。

 トーギが、照れ隠しでか小さく笑う。

 だけどすぐに体を震わせ、一歩だけ後ろに下がった。

 何故なら……。

 

「──ええもちろん。いつまでも共に。いつまでだって、あなたとなら」

 

 飛びつくように抱きついて、最大の愛を抱擁で示した女性ユーザーを。そこに人が居るからこその重みを、しっかりと受け止めるために。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 しばらく抱きしめ合っていた二人だったが、もう大丈夫だと考えた周りのユーザーに茶化される形でようやく抱擁を解いた。

 全員が冷静に状況を確認できるようになってようやく、私達は自分たちの生活拠点がただの更地になっていることについて考えだした。 

 

「どうしたもんだろうなこれ……」

「あ、あはは。『村』、まっ平になっちゃいましたね……」

 

 二人が苦笑いする通り、かつて『村』があったはずの土地はただの更地と化していた。地平線の遥か彼方に森林が見える。

 半レイドボス状態のトーギを倒すために、《テクスチャー領域》全域を木端微塵になるまで破壊してしまったのだ。フェフォが一人で。

 戦闘終盤でフェフォが白金に輝く光球を大地に叩きつけたところまでは、私もその場に居たから覚えている。その後で私も巻き込まれる形で一度死んでしまっているけど、恐らくあの後星がまるっと破壊されてしまったのだろう。

 システムが復元したのはベースとなった《生活フィールド》だけ。そこにユーザー達が建てた家などは綺麗さっぱり消失している。

 

「フェフォよー。“理性破砕”起こしかけた俺が言うことじゃねえかもしれねえけど、加減できなかったのかよ」

「なによ、ワタシが悪いって顔で見ないでくれる? ワタシのおかげで全員無事なんだけど?」

 

 やらかした当の本人はこんな感じで堂々としていた。腕を組んでトーギを睨み返すあたり心の底から悪びれていないのが分かる。さすがフェフォって感じだ……! 

 

「私の大好きな世界を守ってくれるんじゃなかったの?」

「あら。お子ちゃまが愛する世界はここにあるでしょう?」

 

 冗談交じりに訊くとフェフォはニッコリ微笑んだ。皮肉のつもりもない華麗な笑顔は、普段なら滲み出ているはずの毒気もない。

 フェフォは殊更優しい声で言った。

 

「ここに居るのよ。全員ね。それに壊れた物はまた作り直せばいい。違う?」

 

 ……確かにそれはそう! 

 私はフェフォに両手でブイサインを浮かべた。

 

「全然違わないよ! フェフォのおかげでみんな無事なのは事実だもんね。フェフォには私のニッコリダブルピースをあげる!」

「はいどういたしまして」

「しっかしよお、現実問題これは復興に時間が掛かるぜ。基本的な素材なんかは《迷宮フィールド》の浅層ですぐ手に入るけど……」

「──こんなのやるしかないっしょトーギ!」

 

 私はたまらず声を上げた。この場に居る200人全員が私を見つめた。

 トーギが全員を代表するかのように首を傾げる。

 

「やるしかないって、何をだよ?」

「決まってる。こんな時だからこそやるしかないアレをやるんだ!」

 

『アレ……?』と、全員が──フェフォさえもが頭上に? マークを浮かべそうな顔をする中。

 私は声高らかに宣言する。

 

「トーギが復活したお祝いの、お祭り!」

 

 “理性破砕”が起きて、また一人のユーザーが消えるかもしれなかった。少なくともトーギはトーギとしてではなく、まったく別の人格として生まれ直す所だった。

 そうなったらレイラさんもどうなっていたか分からない。“理性破砕”はユーザーの精神状態を切っ掛けに起こる。精神の汚染は伝播するのだ。

 最悪のレイドボスイベントが未然に防がれたんだ。

 これを祝わずして何を祝おうというのか! 

 

「これからしばらくはみんなで『村』を元通りにしなきゃ。でも、それは明日からでいいと思うんだ」

「悠長だなあ」

 

 トーギが苦笑する。隣のレイラさんもクスクス笑う。

 フェフォは相変わらず優雅に自前の髪をくるくる弄っているし、ほかのユーザー達も『やれやれ』って感じで起きてしまったことに対して前向きであろうとする。

 ──私は。

 私は、そんな風にいつも通りの人々が大好きだ。

 

 

 

「今日は祝おう? 

 明日からの活力のために。

 明後日よりも先にある私達の日常を願って!」

 

 

 

 喜ぶべきことは喜ぼう。同じ思いをもしも他の誰かが抱えていて、そして分かち合えるなら、それって最高だ。

 最高なユーザー達と過ごせる今日を、続く明日こそを、私は祝いたいのだから。

 

「……しゃーねえお前が言うならやるか!」

「私も参加します!」

 

 そして、トーギが普段通りさっぱりと歯を見せて笑い。

 レイラさんも可愛らしく笑いながら頷くと。

 

「この手のユーザーイベントってちょー久々じゃね?」

「僕のドキがムネムネなんだよね」

「クレしんなっつ。草」

「とりあえずお祭りつったら飯っしょ」

「テーブルとか椅子も作らないとだよねー」

「料理担当と素材集め担当に分かれるかぁ」

「久々にダンジョン潜ってアイテム集めすっぺ」

「201人もいるんだしヨユーヨユー」

「トーギ! お前良い感じのテーブル作れよな!」

「おう任せろ。最高の家具をソッコー作るぜ」

「あ、私も手伝います!」

「おいフェフォ、お前ダンジョン潜って素材集めてこいよな! 俺らじゃ倒せねえ強いモンスター狩ってくれよ!」

「ハァ? 嫌よ。ワタシ十分働いたもの。あとはお前たち雑魚ユーザーが努力しなさい。そうね、ワタシがくつろげる椅子をまず作ってくれる?」

「クッソこのアマ横暴だけど言い返すとボコボコにされるからなんも言えねえ……!」

 

 皆が思い思いに喋って、騒いで、いくつかの集団に分かれていく。《迷宮フィールド》へ転移した一団は楽しそうに、料理の素材になりそうなモンスターの名前を挙げていた。家具を作ることにした一団は、トーギとレイラさんが地面に小石で描いて説明している家具の作り方を、熱心に聞いている。

 フェフォはと言うとそんな皆の様子を静かに眺めていた。いつも通りの、ちょっと冷淡でキツいところがあるけど、優しい横顔だった。

 私は。

 私は再現されることのない心臓の鼓動がうるさくて、我慢ならなくて、思いっきり声を上げる。

 

「ゥお祭りの時間だああああああああああああああああ」

「お子ちゃま、うるさい!」

「ごめんなさーい」

 

 ……そうだよ。

 今日は全力でお祭りだ!

 みんなで笑って、騒いで。

 明日を、明後日を、ずっと先の未来を、一緒に作っていける。

 私達にはそれが許されているのだから。

 

 

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