《このゲームが始まって10の100乗秒が経過しました。》   作:てりのとりやき

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『逵溘↓貅?■雜ウ繧翫k險ア縺?』/繝ャ繝吶Ν1009:郢晉ケ晢スォ郢ソ

 

 

 

 

 同日。夜。

 満点の星々が騒々しい。

 どうにか準備が済んだ私達200人は、何もない荒野をかつての中央広場に見立て、テーブルと椅子をたくさん作って、大きな焚火を用意した。《迷宮フィールド》から採取してきたお肉や野菜をシンプルに焼いただけの料理を食べつつ、焚火を囲んだユーザー達は思い思いに騒いだり談笑したりしている。

 私がそんな彼ら彼女らを眺めつつ、隅の方で焼きたてのお肉を食べていると。

 

「おう。楽しんでるか?」

 

 声をかけて来る青年ユーザーが一人。空いている椅子を持ってきて、私の隣に座ったのはトーギだった。いつも通りの灰色をしたツナギ上下に黒Tシャツの恰好。

 

「いいの? レイラさんの傍にいなくて」

「いーんだよ」

 

 二人して見つめたのは、焚火の傍で、ちょっと怪しい足さばきで他の女性ユーザーと踊っているレイラさん。時折相手の足を踏んでいるが楽しそうに笑い合っている。

 レイラさんを見つめるトーギの横顔はとても優しい顔つきだった。

 

「……明日も会えるんだ。なんなら明後日だって。なら、なんにも恐れることなんかねえよ」

 

 その言葉を聞いて、それが本心からの言葉だとすぐにわかって、私は安心する。

 うん。もうトーギは問題ない。きっと彼はここから先にある困難にも、折れることも負けることもない。

 

「真剣に打ち込める何かがあるってのは良いことだと思うんだ」

 

 どうやらトーギは私に伝えたいことがあるみたいだ。私の相槌も待たずに言葉を続けていく。

 

「工学。製作。旋盤弄り。金属削って形出してよ、そこに意味を込めていく。失敗したってそこで終わっていい理由にはならねえよな」

 

 トーギがふいに私を見た。穏やかな表情。焚火によるぼやけた輝きが、滑らかに日焼けした肌を照らしている。

 

「知ってると思うけど、一部のユーザーは飯を食わねえ」

「まあそうだね」

「生物として必須だから食べるわけでもねえのに、俺達はその場の雰囲気で料理を味わう。俺達の脳にインプラントを通じて取り込まれた情報が、俺たちに生々しい五感情報を、ゲームだってのに与えてくる……」

 

 言いつつトーギの右手が、テーブルを撫でる。木板を組み合わせた簡単なテーブルだから、木の繊維はそのままダイレクトな感触を与えているだろう。

 

「本当にそうなのか?」

 

 何となく……トーギが言いたいことが分かった。

 このゲーム。この仮想の世界は、あくまでユーザー達の生体脳へ向けた『演出』であり『表現』でしかない。ゲームシステムが対ユーザー向けに用意した五感情報の出力領域……《テクスチャー領域》という舞台でしかない。

 五感情報を与える『ゲーム』と、五感情報を受け取り反応を『ゲーム』に返す『現実世界の脳』。この二つの連携を大前提とした構成をしている。

 だけど、もしかしたら、そうではないのかもしれない。

 

「現実世界は本当に存在するのか?」

 

 トーギは半レイドボス状態にまで陥った。ゲームシステムによってユーザーデータを乗っ取られた時に、私達では認識しえない領域で『何か』を見たのだろう。

 

「レイドボスになりかけた時、トーギは何かを見たの?」

「分かんねえ。うっすらとした意識だけがあったんだ。遠くの方で俺の体が……レイドボス化した肉体がフェフォにボコされてたのは分かった」

「……」

「なのに体は動かない……っていうより、体が(・・)無か(・・)った(・・)。普段なら感じられる五感の全てが消失したみたいに『無』だけがあるっていうか、何もないのに何も(・・)ない(・・)こと(・・)が分(・・)かる(・・)、っていうか……」

 

 抽象的な言葉。口元に手を当てて考えながら話すトーギの言葉に、普通なら首を傾げてしまうところだろう。

 だけど私には思い当たる節があった。

 見えない、感じ取れない、何もない、非知覚非表現非空間──《マシン領域》だ。このゲームの裏側にあたる世界。《テクスチャー領域》と対の関係にある虚ろな無の世界。

 もしかすると、トーギは一時あそこに居たのかもしれない。

 

「トーギ。その話、皆にしたら駄目だよ」

「わかってる。変にあいつらを不安にさせるつもりなんかねぇよ」

「……えっ私はいいの?」

「お前はメンタル強いしな。お前は俺たちの中でも飛び抜けて明るい、優しい奴だから」

 

 私ってみんなからどう思われてるんだろう。

 ちょっと気になる言われ方に考え込んでいると、トーギがケラケラ笑っていた。

 

「話が少し脱線したな。まあとにかくさ、あの時の無感覚を思い出すと考えずにはいられないんだ」

 

 笑顔はすぐに引っ込む。神妙な表情でトーギは声を小さくした。

 

「俺達はこのゲーム内で思考してるわけじゃない。ゲームを通じてリアルの脳が思考しているはずなんだ。いくらシステムによる強制的な介入があったからって、ああも強引にユーザーデータと……肉体と精神を分離できるものなのか? 俺達はそこまで簡単に制御されるほどシステムに囚われてるのか?」

 

 ユーザー達のざわめき、喧騒、楽しく笑い合う声。

 熱の混じった雰囲気。肌を通じて『わかる』、人がたくさんいるからこその想いの熱量。

 ゲームの中だろうと感情はデータ以上の重みをもって理解できる、確かな力なのだと実感できる今この時間。

 

「俺達は……データ以上の何物でもないんじゃないのかって」

 

 トーギの声は、それでも震えていた。

 ありえない仮定だと。嘲笑ものの空想だと。否定しきれない怯えを、トーギの声から私は感じて。

 

「──なあ、世界五分前仮説って知ってるか」

 

 ……前言を撤回するべきかもしれない。

 トーギという青年ユーザーは、やはりまだ、不安定な状態にあるのかもしれないと……そう思いながら彼の顔を見て。

 

「へッ。わかってる。くだらねえ妄想だ」

 

 だけどそんなものは杞憂だと確信できた。

 トーギはいつも通り笑っている。

 

「俺の名前は久世(クゼ)当木(トウギ)。日本生まれの16歳。ユーザーネームはTougi9021。ヘヘ、名前被り多すぎンだよな」

 

 心の内に抱えた不安や恐怖を隠すための笑顔ではなかった。

 そこに居るのは、モノ作りを愛し、いつも悪いことをしようとしては酷い目に遭い、だけどさっぱりとした性格で物事を受け止められる青年だ。

 

「久世当木でも、Tougi9021でも、俺はどっちでもいいと思ってる」

「……うん。そうだね。それはすごく良い考え方だよ」

「だろ? 腹が減って、眠くなって、きれーな女見たらワクワクすんのが人間ってもんだろ」

 

 それはトーギだけじゃないかなあ……。

 

「だったら俺はそれでいい。そういう俺がここに居るだけで十分だ」

 

 ──もう何一つ迷うことはないのだと。

 畏れることも、躊躇うことも、抱え込むことはないのだと。

 トーギは顔を、焚火の方へと向ける。椅子に座る姿、振る舞いの全てでそう語る。 

 

「結局トーギは何を言いたいのかよくわかんないね!」

「話の腰を折る奴だなあ……。まァつまりだ。俺はお前に示しておきたかったんだよ。俺はもう大丈夫だ、安心しろってな」

 

 誤魔化しが効かない。それとなくトーギの精神状態を観察していたのはバレバレだったようだ。

 

「私にだけそういうこと言うのはちょっと違うんじゃないの~? もっとトーギには大事な人がいるでしょ!」

「ハハ、わかってるよ。もともとそのつもりだったんだ」

「そのつもり……って。え、トーギ──」

「見てな。俺の一世一代の、プロポーズ」

 

 トーギは立ち上がる。

 私に小さく手を振ると、焚火の近くで楽しそうに踊っている女性ユーザーに歩み寄り。

 

「レイラァああああああああ!」

 

 とんでもない大声を上げた。

 今この場に居るすべてのユーザーがトーギと、彼が真っ直ぐに見つめるレイラさんを見た。

 

「は、はい! なんですかトーギ君!」

 

 思いっきりビクついたレイラさんが踊りを止める。突然の展開に、困惑から不安で表情が揺らぐ。相手になっていたユーザーも雰囲気を感じ取ったのか離れる。

 二人の視線が混じり合い、それを邪魔する者は誰もいない。

 

「話があるんだ。大事な話だ」

「今……ですか?」

「ああ」

 

 たくさんのユーザーが見守る中、何一つ恥じることなくトーギは腰を下ろし。

 地に片膝を着いて。

 彼女の手を、恭しく両手で取ると。

 見上げて。愛おしいものへと柔らかく微笑みかける。

 

「好きだ。俺と結婚してくれ」

 

 静まる空間。焚火の爆ぜる音だけが鳴る。

 レイラさんの顔は、炎で輝く以上に真っ赤だった。

 だけどトーギが触れる手を振り払うことは決して無い。

 

「い、いやあの、離婚中です」

「だから何だよ? 風物詩だろそれ」

「言い方……! いっつもそうですよね。トーギ君はいつも唐突で──」

「唐突でいいだろ。勢いで決めて後悔しても、振り返ってみれば良い思い出ばっかりだった」

 

 尚も言い募ろうとするレイラさんの言葉を、トーギは立ち上がって遮った。手を取り合ったまま、離すことなく。

 

「レイラ。お前を何度でも愛し、何度でも別れ、だけど何度だって愛し続けて添い遂げる。それはきっと、ゲームとかリアルとか関係なく」

 

 先の戦闘でフィールドがリセットされてしまったから、プロポーズにしては贈り物も何もない、雰囲気もない、格好だっていつも通り。着飾った言葉でもないし、周りに人がたくさんいるしで、レイラさんからしたら胸がときめくような要素は微塵もなさそうだった。その場の勢いで物事を決めてしまうトーギらしいと言えばそうだけど。

 それでもトーギは真剣だった。

 本気だった。

 傍から見ていても分かるほどに、ただただ真っ直ぐな情熱を、真摯な表情で向けていた。

 

「これが俺にとっての真実だ」

「──」

 

 レイラさんが言葉を詰まらせる。トーギもまた、レイラさんの答えを待って口を閉ざす。見つめ合う視線と視線。

 ……ここには、そんな二人を茶化すユーザーは誰もいない。

 トーギの真摯な告白にレイラさんが言葉を返すまで、静かに見守るという選択ができるユーザー達ばかりで。

 私は、だから気付けば微笑んでいた。

 素敵だと思う。

 優しさと善意が満ち溢れたこの世界を、ゲームだからと空虚なものだとは思えない。

 

「……私も」

 

 そうして。一秒か、十秒か、一分か。誰もが待ち焦がれた言葉が、レイラさんの口から零れ落ちて。

 ゆっくりと……男女の手指が絡まり合った。

 

「私もです。トーギ君。あなたのことを、いつまでも、いつまでだって愛し続けます!」

 

 ──歓声が、爆ぜた。

 そう錯覚するほどに喜びで満ち満ちた声音の合唱が広場中から沸き立った。大地が揺れる、ユーザー達が踏み鳴らす足音だけで揺れている……! 

 皆が口々に二人を祝福し始めた。

 

「おめでとー」

「まあ半年後にはあいつらだいたい離婚してるけどな! ワハハ!」

「なぜ笑うんだい? これは純愛だよ」

「はいはい」

「でたわね」

「……まあでもいいもんだよなこういうのって。うん、こういうのでいいんだよ! こういうので!」

「それは賛成ー」

「──よっ、キスしろー!」

 

 二人のやり取りを我慢していた分、祝福はすぐに囃し立てるものに変わっていく。元々刺激に飢えていて、ノリがすぐに良くなってしまうユーザー達だから、こんなものを見せられた日には熱の入り方も素早かった。

 

「勢いに任せて熱いチュッチュしろー!」

「ぶちゅってやれーッ!」

「よっ。ライフちゅっちゅギガント!」

「古のネットミームなんだよなあ……」

「ちょ、おいお前らなあ……」

「あ、あはは……」

 

 トーギとレイラさんが困ったように見つめ合う中、更に歓声は盛り上がり……。

 

「キース!」

「キッス!」

「いちゃッいちゃ!」

「ひゅー!」

 

 ──いよいよ下品になってきた辺りで、トーギのこめかみに青筋が浮いた! 

 

「ゴルァ! 見せもんじゃねーぞクソユーザーども!」

「ギャー不良がキレた!」

「んだよートーギ。いっつも悪いことしてんのはお前だろー?」

「しゃーねえここはトーギに発破かけた奴が責任取るしかねーべ」

 

 そして、何故か、ノリと勢いは別の方へと向く。

 広場の隅で椅子に座り、一人優雅にお茶を飲んでいたとある女性ユーザーが指差された。

 

「フェフォ! お前その子にチュッチュしろよ!」

「──ぅえ!? 私!?」

 

 いきなりの展開に、私は思わず椅子に座ったままのフェフォを見てしまう。唐突な展開にもフェフォは動じた様子もなく──いや明らかに不機嫌だ! 目をきつく閉じたまま眉間に皺を寄せている。なんならこめかみがヒクついている……! 

 

「ハ? は? はァ? 嫌よ。なんでお子ちゃまとキスしないといけないワケ?」

 

 えっ。

 

「そっか、フェフォは嫌なんだ……」

「そッ──そこまでハッキリ否定はしてないでしょ! 時と場所とムードが大事だって話でしょ!」

 

 ──フェフォの反射的な言葉に、広場中が静まり返った。フェフォもまた紅い顔で俯いてしまっていた。言った本人なのに……。

 誰かが周りを見回しながら呟く。

 

「あれっ? これってもしかして藪蛇案件っすか?」

「もしかしなくても虎の尾踏んだよ」

「そこは蛇じゃねぇ?」

「……さっきからお前たち発言が気色悪いのよ」

 

 フェフォがゆっくりと立ち上がる。赤い顔を誤魔化すように、怒りと恨みと殺意と憎悪が入り混じった凄まじい形相をする。あッ見えるッフェフォの背後に鬼の顔が見える! 

 

「全員死になさい」

「ば──バカヤロー! 喧嘩売る相手間違えてんじゃねえ!」

 

 悲鳴を上げて、ユーザーの誰かが背を向けて何処かへ走りだそうとした直後。

 ゆらりと。フェフォの腰裏から生えた蛇尻尾が緩やかにしなり──。

 

 

 ■―■

 

 

 スキル実装:《星尾慈鳥(ほしをからす)碧落嘴(へぐいばし)

 Tips_其はスキル《碧落嘴(へぐいばし)》に素粒子操作を許す。

 

 

 ■―■

 

 

 先の、フェフォを指差したユーザーの胸に蛇尻尾の先端が突き刺さる。そのまま一切の反応を許さず蛇尻尾はユーザーを空へ放り投げた。

 

「────!」

 

 情けない悲鳴が夜空を騒がしくした直後、世界に昼が訪れた。

 人体を基にした核融合反応の爆発である。

 その場にいたユーザー全員が呆然と人体の爆発が見せる輝きを見上げていた。

 

「す、すげェ」

「人間ってあんな感じに爆発するんだ……」

「僕あれ言ってもいい? きたねぇ花火だ……」

「実際汚い」

「エグー」

「それで次は誰の番なワケ?」

「おいおい俺ら全員死んだわ」

 

 フェフォの怒りは、どうやらトーギとレイラさんを茶化した全ユーザーをPKするまで収まらない様子だった。無関係だったユーザー達と一緒に、私はそれとなく広場から離脱することを決める。

 もちろん光速到達可能な蛇尻尾を相手に逃げられるはずもなく。標的となったユーザー達は唐突な修羅場に、やがて悲壮な覚悟を表情に宿した。

 

「クッソこうなったらやるしかねえ……!」

「おうおう俺ら一般ユーザーだってなあプライドってもんがあんだよ」

「そろそろ本気出す」

「フフフ私の呪われし右腕が疼くよー」

「──オラッ! 俺ら雑魚ユーザーをナメんじゃねえぞフェフォオッ!」

 

 なにやら対フェフォで一致団結したらしいユーザー達。遠巻きに眺める中、一斉に彼ら彼女らはフェフォへと飛び掛かる。

 

「死に晒せやぁッ──おぶぇ」

 

 全員が次々と蛇尻尾に貫かれては空に打ち上げられて爆発していった。

 そして諦めの悪いユーザー達なので、死んでも即座に復帰しては同じ目に遭っていく。夜空を彩る人間花火が繰り返される。……なんだか楽しそうに見えてきたのか、無関係だったはずのユーザー達までフェフォに突進をかまし始めていた。

 

「フェフォ! 俺も飛ばしてくれよぉ~」

「あいつらだけズルくね?」

「こんなの楽しんだもの勝ちっしょ」

「はぁ……。このゲーム、アホしかいないの?」

 

 もはや広場はカオスそのものだった。フェフォも呆れ果てつつ彼らの相手を律儀にしてやっている。「たーまやー!」なんて言っているユーザーまでいる始末。

 

「ハハハッ。馬鹿しかいねえなこのゲーム!」

 

 隅の方で、仲良く並んで座っているトーギとレイラさんもお腹に手を当てて笑い転げている。

 皆、いつの間にか笑っていた。

 馬鹿みたいな騒ぎを楽しんでいた。

 ……カナミヤがいない事だけは、少しだけ残念だけど。

 宴は、このようにして設定の就寝時間が訪れるまで続いた。 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 深夜。

 焚火が燃え尽きた後の暗黒。

 ユーザー個々の家も消滅したので、誰もが広場で雑魚寝をしていた。多数のユーザー達に混じる『彼女(・・)』もまた、その意識は深い所に落ちている。『彼女』の寝顔は穏やかなものだ。

 そんな中。

 誰かと誰かの声音が囁き合うようにして交わされた。

 

「……ユーザーは、睡眠中は決して起きないんだけど?」

「そんなルールあったね」

 

 一人は赤い髪をした美しい女性ユーザー。

 もう一人は、黒髪と幼い容貌に薄い表情をした少女ユーザーだった。

 二人は広場から少し離れた位置で、同じ席に着いている。  

 

「ぐっすり眠ってる」

 

 少女は、すうすうと寝息を立てる『彼女』をじっと見つめた。

 

「今日は色々あったから。疲れたんでしょう」

「疲労したから熟睡するなんて仕様このゲームにないけど」

「そういえばそうね」

 

『彼女』の寝顔を見続けている少女へ、赤い髪の女は尋ねた。

 

「お祭り、混ざらなくてよかったワケ?」

「私はこれでいい」

「そう。その子は喜んだと思うけど」

 

 二人の会話は酷く乾いていた。終わってしまった関係だというのに、それでも断てない縁によって無理やり繋がれているような、ひどく業務的な態度の応酬。

 

「レイドボスイベント。未然に防いだようだね」

「何。アンタ見てたの?」

「途中から」

「約束、忘れないでよ」

「それはまだ忘れてない」

 

 冷めた言葉。淡々とした声音。

 二人は静かに、システムによる強制的な睡眠状態にあるユーザー達を眺める。

 

「私はできる限り『村』に近寄らない。私はユーザー間の問題に不干渉でいる。“理性破砕”ときみ達が呼ぶレイドボスイベントについてもきみが処理をする」

「……」

「アンフェルフェフォビア。きみとの約束を私は守り続ける」

 

 少女の言葉を最後に、しばらく無言の時が流れた。

 ややあってから、女がぽつりと呟く。

 

「残り43秒だった」

 

 少女は静かに目を細めた。 

 

「前回より時間がかかっているね。遊んでいたのかな」

「否定はしない。けれどワタシのスキルがアンタのほど即効性を持たないことも事実よ。素粒子の制御はできてもエネルギー保存則を無視できるわけじゃないし、このゲームの処理能力が勝手に限度を設けて来る」

「チートツールも処理落ちには勝てないみたいだ」

 

 少女の表現の仕方に、女は不愉快そうに鼻を鳴らす。けれど噛みつくことはせずに続けた。 

 

「ワタシの力不足があの子の世界をすり減らしていく」

「だけど『村』が始まったとき全員が納得していた。そうでしょ」

「そうね。あの子のための生でいいと、ここにいる199人は決めたのよ」

「守ること。それがきみの責任だときみは昔そう言った。それでいいんだね」

 

 女は確かに頷く。

 

運営(ゲームマスター)。アンフェルフェフォビア。きみはきみの責任を果たせ」

 

 言われ、赤い瞳の女は身じろぎ一つせず無言で佇んでいる。

 199名のユーザー達を、静かに見守り続ける。

 

 






『真に満ち足りる許し』/レベル1009:繝繝ォ繿
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