《このゲームが始まって10の100乗秒が経過しました。》   作:てりのとりやき

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在りし日の残照/衣服に着いた染みのようなもの

 

《迷宮フィールド》

《ユーザー数:1》

 

 

 

 超光速領域での活動というのは周囲の風景を線と色と輪郭が完全に混じり合った不定形なものにしてしまう。

 ゲームシステムにより1層/0.004秒ペースで生成される各階層のダンジョン。それは人の五感に様々な情報を与えるのだろう。しかし私には何も見えない。感じない。味わえるものではない。

 ただ淡々と階層守護者(レイドボス)を殺す。

 ただ粛々と階層守護者を潰す。

 そうやっていつも通り《迷宮フィールド》を1層/2秒ペースで攻略しているとUIがコールを鳴らした。

 階層守護者の心臓を抉り抜きながら発信者をちらと見る。

 名前。

 アンフェルフェフォビア。

 

「……」

 

 出ない理由もなかった。

 ので応答した。

 

『もしもし。聞こえてる?』

『聞こえてる』

『そ。ならいいけど。アンタそろそろ一旦戻ってきなさい。暇でしょ?』

『暇じゃない。……なぜ?』

『お子ちゃまが寂しがってる』

 

 ……。

 

『あの子を寂しがらせないで』

 

 私は少しだけ思案する。次の階層へ転移し階層守護者をスキルで探しながら。見つけた階層守護者が反応するより速く接近しその首を抉り落としながら。

 あの子か。

 そういえば最近会ってないな。

 ──結論を出す。

 

『わかった。すぐ行く』

 

 私は《迷宮フィールド》から転移した。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

《生活フィールド》

《ユーザー数:201》

 

 

 《生活フィールド》はいつも通り快晴だった。

 『村』と稼働中ユーザー達が名付けたエリアは過去に《テクスチャー領域》全域が破壊されている。アンフェルフェフォビアがトーギというユーザーをレイドボス化前に討伐した時の影響だ。

 あれからずいぶん元通りになったな。

 噴水があるだけの質素な広場。石畳はユーザーの製作物。足の裏が地についている感触。《迷宮フィールド》に居る間はほとんど宙に浮いて階層守護者を皆殺しにしているから違和感が強い。

 忘れてた。

 人はそういえば二足歩行で歩く生き物だった。

 

「……」

 

 辺りを見回す。アンフェルフェフォビアの特徴的な赤い髪と赤い瞳は見当たらない。

 代わりに居た。

 あの子が。

 

「んー。12秒後かな……!」

 

 広場の隅。

 芝生の上で座り込む少女が居る。植えられている樹木をじっと見上げている。

 

「11秒かー」

 

 白い肌。小さな顔。黄金に等しい金色の髪。黄金に等しい金色の瞳。編み込みで結わえたポニーテール。手が込んだ髪型……彼女が自分で髪をセットできるはずはないのだからアンフェルフェフォビアの趣味だろう。

 服装だってそう。

 肩からずり落ちているカーキのブルゾン。白のトップス。膝丈の赤いキュロット。厚底のスニーカー。

 私には『あの子』がしているような恰好は似合いそうにない。

 

「……」

 

 こちらに気付いていない様子の『彼女』を観察する。その大きな丸い瞳が追っているのは樹木ではなくどうやら木の葉の流れ落ちる様子のようだった。何もかもが興味津々だと瞳の輝きだけで伝わってくる。

『彼女』は出会った頃からずいぶん変わった。

 変えたのはこの『村』だろう。そしてアンフェルフェフォビアだ。

 私ではない。

 ──やがて木の葉の流れは唐突に吹いた風に従いこちらへと。 

 真実として黄金色に光り輝く双眸が私を見定める。

 

「か──カナミヤ!? 本物!?」

 

 次いで大きく瞠る。

 

「本物だけど」

「わああああカナミヤだあああああッ!」

 

 そして。ぱっ。という擬音でも鳴りそうなほどに。

『彼女』は華やぐように笑った。

 私に出会えたことがそれほど大きな価値があると言いたげに。

 

「ま、待って今そっち行くから!」

「いい。私がそこに行く」

「……うん!」

 

 飛び跳ねるように立ち上がろうとする『彼女』を手で制す。座り直した『彼女』は何故か正座だ。

 私も隣で腰を下ろす。 

 

「なにをしていたの」

「葉っぱが落ちるタイミングを数えていたんだ」

「なぜ」

「あのね、このゲームはユーザーの行動結果には真面目でしょ?」

 

 そうだっけ。

 

「クロワッサン作る時にね、シート生地、折り曲げまくってから焼くとFPSめっちゃ下がるの知ってる?」

 

 そうなんだ。

 

「だけどユーザーの手を離れたオブジェクト……樹木の生長サイクルとかっていうのは一定のリズムを持ってるんだ!」

 

 そういえばそんな仕様あったな。

 

「葉っぱが散るタイミングもそう! 最近発見したんだよ!」

 

 このゲームのゲーム的な要素や仕様なんてもうほとんど覚えていない。私には無関係だから。

 クロワッサン。食事。料理。

 もう何億年も食べ物自体を口にしていない。

 

「よく気付いたね」

「でしょ? 10年くらい観察してたんだー」

 

『きみ』は誇らしげに胸を張る。よく動く頬がふにゃりと締まりなく緩んでいる。小鼻がぴくぴくしていた。

 だけど唐突に『きみ』は木の葉の1枚を指差す。

 

「あの葉っぱ、5秒後に落ちるよ」

 

 ……。本当だろうか。

『きみ』が指差したままでいる木の葉を二人で見つめる。1秒2秒3秒──ひときわ強い風が駆け巡る。乱数テーブルに則ったランダム生成の自然現象は木の葉を枝から落とした。

 悠々と木の葉は地へと落ちていく。

 

「3秒だったね」

「うーん。やっぱり自然現象に属するものは各々が独立したテーブルを持ってるのかな?」

 

 予測が外れたことについてはさして気にした様子もない。

『彼女』は腕を組んで頭を左右に捻っている。

 

「風……大気……雲に海……水……分子の流れ……というよりも相互作用の流れなのかな?」

「相互作用なんて言葉よく知っているね」

「最近レイラさんとトーギに教えてもらってるんだ。物理学って面白いね」

 

 レイラ。

 ……懐かしい名前を聞いた。

 昔のこと。私が二人組でパーティを組んでいた頃に出会った女性ユーザー。仕草に可愛げがあり愛嬌があり愛されるだろう女性。私がなれない女性らしさを持つユーザーだった。

 

「カナミヤ。確率って……奥深いよね!」

 

『彼女』は乱数の話をしているらしい。

 このゲームにおいて確率が絡む乱数テーブルはすべて疑似乱数だ。その偏りは離散一様分布・連続一様分布・ベルヌーイ分布・正規分布を組み合わせて『それっぽく』見せている複雑なもの。全ての乱数列を把握することは不可能に等しい──というようなことを説明してもよかったが。

 

「知ることって楽しいよね」

 

 ニコニコと微笑みながら言う『きみ』には野暮な説明に思えた。

 ので黙った。

 

「……」

「どうして、って思うでしょ? なんで、って考えるでしょ? そういう好奇心に向かって一直線に歩いているとね、少しずつ分かって来る時があるんだ。その感覚がワクワクするっていうか!」

 

 頭上の木漏れ日を反射して黄金の瞳が輝いている。貴金属にも勝る爛々とした輝きは『彼女』の心そのものに見えた。

『この子』はいつもこうなのだろう。

 疑問。興味。好奇心。それらを大事に抱えて一定の答えを得るまで検証を繰り返す。飽きることはなく諦めることもない。

 

「きみは勤勉だね」

「お勉強は苦手だよー得意じゃないよ」

 

 無限性を備えたこのゲームにおいて最高適正の精神性。

 ゲーム的パラメーターには現れない才能であり素質を『彼女』は持つ。

 だから運営は『きみ』を選んだ。

 

「少なくとも私よりは多くを学んでいる」

「そんなわけないじゃん! カナミヤの方がぜったいゼッタイ私よりすごいよ!」

「そうかな」

 

 かつては学ぶことを求めていた人生もあったように思う。果てしなく遠い在りし日の残照。

 現実世界での私。

 カナミヤではなかった頃の私。

 それは衣服に着いた染みのようなものだ。

 学習を辞めた私はただ行動することしか出来ない。

 

「それでどうするの。今日は戦うのかな」

「もちろん!」

 

 私が立ち上がると『きみ』も力強く立ち上がる。

『きみ』は二足歩行で歩くことを忘れていない。背は私より遥かに高い……175㎝はあるのだろうか。

 

「前みたいにはいかないよー!」

「そう。じゃあ行こうか」

 

 そのようにして《決闘専用フィールド》へ転移して。

 まあ──戦闘について特段話すべきことはない。

 

「あー……完全に負けた」

 

 以前と同じ速度バグで掛かって来るかと思ったら今度は逆に速度の優位性を潰してきた。バグアイテムによるゲーム内処理能力の意図的な過負荷。

 ……相変わらず『彼女』は発想が飛び抜けている。

 とはいえ私にはスキルが28個ありそれらは速度に囚われることのない強さを持つ。

 恒星創造。重力操作と崩壊。超新星爆発。そして中性子星加工の剣で勝負は決した。

 

「きみはアリ。私はゾウ。並び立てるはずがないってわかってくれた?」

「カナミヤ!」

 

《決闘専用フィールド》を出た後。同じ広場に寝転がる『きみ』はすっきりとした笑顔を浮かべている。『きみ』は実に楽しげだ。

 単に私が圧勝しただけ。

 単に『きみ』は徹底的に負けただけ。

 何がそんなに楽しいのか私には分からない。理解は遠い。

 

「君はやっぱり強いね! でも次こそは勝つよ」

「まだやるつもりなんだ」

「もちろん!」

 

『きみ』が私と戦いたがる理由を私は知らない。そうまでする意味の在り処を過去に求めることは間違っている。

 私は『きみ』に対しどのような感情を向けることも許されていないのだから。

 

「私また潜るから」

 

 背を向ける。『彼女』を残し《迷宮フィールド》へ戻ろうとする。

 そんな私に──『きみ』は言う。

 

「またね! また今度ね!」

「……」

 

 まるでもう二度と会えないと考えているような声音。どこか縋りつくような想いが込められていたように思う。

 

『お子ちゃまが寂しがってる』

 

 そんなはずはないと私はアンフェルフェフォビアの言葉を振り払う。

 ありえない。

『この子』には『村』という世界がある。アンフェルフェフォビアが建てその他稼働中ユーザー全員が納得した『この子』のための居場所。誰もが『彼女』を愛し『彼女』を許す。

『村』は私の居場所ではないし。

 ここは私が居ていい世界ではない。

 だというのに。

 

「……うん。またね」

 

 この言葉。この約束は勝手に形作られる。

 確信できた。

 自分自身に対する疑いようのない確信があった。

 

 

 また会えばもう一度同じ約束をするのだろう。

 『きみ』の笑った顔を忘れられないから。

 

 

 端的に言って私は『きみ』に惹かれている。出会ったころからそれは変わらない。 

 何故──と自らを問い質しても答えは出ないけど。

 

「約束だからねー!」

 

 振り返ることは許されていない。だから脳裏に『きみ』の笑顔を思い浮かべる。

 私には出来ない朗らかな表情。頬に血の通う暖かな笑み。

 次に会う時まで忘れないようにと。強くそう思う。思えてしまう。

 そこまで考えてふと気づく。

 ……驚いたな。

 私にもまだ人間らしさが残っているんだ。ずいぶん昔に捨てたと思っていたのに。

 

 

 

 

 私は《迷宮フィールド》へと転移する。

 2秒は未だに1.9秒まで縮まらない。

 それでも私は諦めることも立ち止まることも許されていない。

 

 

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