《このゲームが始まって10の100乗秒が経過しました。》   作:てりのとりやき

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それは過負荷を呼び起こすもの/劇的な経験

 

 

 完敗だ!

 広場のベンチにへたり込みながら、私は先ほどの戦いを反省していた。

 カナミヤの圧倒的な強さ。私の全力が、まるで子供の悪戯のように受け止められた感覚。悔しい。でも、どこか興奮している自分がいる。今すぐ走り回りたいような、それよりしっかりと反省と次はどうするかを考え込みたいような。

 そこへ聞きなれた声が飛んできた。

 

「あいつマジやばくね? 超新星爆発て」

「トーギ!」

「私もいますよ~」

「レイラさんも!」

 

 浅黒い肌をした青年ユーザー。栗毛に赤縁眼鏡、右目右口端のほくろの女性ユーザー。トーギとレイラさんだった。

 いつもの二人だけど……恰好が違う。トーギはよく見るツナギ姿じゃなくてジャケットなんか着てるし、レイラさんも可愛いデザインをしたワンピースだ。しかも二人は腕を組んでいるではないか。これはもしかしなくても……。

 

「デートだ! デートでしょ! デートしてる~!」

「おお? いや別に二人で散歩してるだけ……」

「も、もう! この子ったら! デートだなんて大げさなんですよ……もう!」

「いてててレイラ俺の頭はもぐら叩きじゃないぞ? レイラさん? そろそろ貴女のステータスだと俺の身長は短くなってしまうんですがレイラさん?」

 

 照れ照れ嬉しそうなレイラさんがポポポンとトーギの頭をテンポよく叩いている。300bpmくらい出てそう。

 二人は今日も今日とてアツアツに仲が良い。昔起きたトーギの“理性破砕”を経てからは、二人が数日おきに離婚と結婚を繰り返すことなんてこともなくずっと仲良しだ。

 

「っていうか見てたの?」

「ああ。決闘中って観戦機能あるしな」

 

 観戦機能? このゲームそんな機能あるんだ。ということは私がぼろ負けしたのが皆に見られていたのか……。

 ……今後の参考に、戦闘中の録画とか見直したりできないのかな? 

 

「その観戦機能って録画とかもできたりするの?」

「あー」

 

 トーギが露骨に目を逸らした。隣のレイラさんも『何やってるんですか』みたいなジト目をしてトーギを見ている。

 

「いや、そういう機能はねえな。うん。ねえぞ?」

「本当?」

「いやいやホントホント。オレ、ウソツカナイヨ」

 

 急にトーギがカタコトになった。あまりにも胡散臭い……。

 このままトーギを問い詰めようかと思った矢先、冷や汗を浮かべたレイラさんが口を開く。

 

「そ、それにしても! カナミヤは相変わらず強すぎましたね!」

「ま……まあお前もいい線行ってたと思うけどな! ワハハ!」

 

 露骨すぎる話題逸らしだ。

 うーん、本当に録画機能ってないのかな。でもこの話題の逸らし方は今までにも経験があるし、こういう時に教えてくれたケースは一度も無い。あまり突っ込んじゃいけない話なのかもしれない。

 

「過負荷でカナミヤの速度パラメータ潰しってのは普通思いつかねえよ」

「私の戦い方、間違ってなかった?」

「おうよ。だからカナミヤも速度無関係のパワースキルでゴリ押してきたんだろうし」

「知ってますか? カナミヤがああいうスキルを使う時って滅多にないんですよ?」

「おお……なんかもしかして私、結構すごいことしたんじゃないの!?」

 

 それにこうやって褒められるのは悪い気持ちもしない。乗せられていると分かっても、感じる……肯定感の爆上がりを……! 

 

「来てるでしょこれ……! 私の時代……!」

「その息だ。カナミヤをお前の領域まで引きずり落とせ!」

 

 得意げになって鼻が伸びそうな私を、トーギとレイラが微笑ましい顔で見つめていた。

 ややあって、トーギは声のトーンを落ち着かせて訊いてくる。

 

「にしたってどうやったんだ? このゲームそんな簡単に過負荷なんか起こせねえだろ」

「これ使ったの」

 

 機嫌もいいので私は素直に今回の戦術の肝を種明かしすることにした。

 指先で空間を横になぞる。軌跡に沿って空間が裂けて、色としてではない『黒い空間』が現れた。『アイテムボックス』だ。

 

「……え」

「……」

 

 二人は突如現れた空間の裂け目に、ぽかんと口を開けて固まっていた。ん? 見せた事なかったっけ? 戦闘中も使ってたんだけどな……。

 私は気にせず『裂け目』からとあるオブジェクトを取り出した。白くてしっとりとした正方形の物体。

 

「これは生地シートです」

「おお」

「これをもう一回突っ込んで……」

 

『アイテムボックス』から出てきたシート生地を私は『アイテムボックス』の中に入れ直した。自身の腕ごと突っ込む。前腕から先の感覚が消失する中、考える。イメージする。

 こねくり回す。

 折り曲げて。

 折り曲げて。

 折り曲げて。

 頭の中で折り重ねていく。0の間に挟まる1。1の間に挟まる0。バイナリ、0と1の二つだけで進む数……機械(マシン)だけが分かる言葉を……。

 

「ふん!」

 

 掛け声に意味はないけど、気合いを入れて腕を引き抜く。音もなく『裂け目』から引っ張り出されたのは──正四面体のブロックだ。 

 

「はいこれ」

「……」

「……」

 

 色を無くしたように白く、手の中に納まるサイズをした四角いオブジェクト。プラスチック、金属、ガラス、食材などとも異なる材質、感触。この世のものではないと一目見てわかるそのオブジェクトに、二人は未だに呆然としたままだった。

 数秒間、私の手の中にあるオブジェクト……『バグアイテム』を見つめていたトーギが、瞬きも忘れた様子で尋ねる。

 

「お前……今なにしたんだ?」 

「なにって、アイテムボックスを開いて……」

「いやアイテムボックスってなんだよ!」

「観戦中は目の錯覚かと思ってましたけど……いざこうやって目の前で見せられると中々……」

「怖いわ! そんな機能このゲームねえよ!」

 

 なんか昔カナミヤも同じようなこと言ってたな。

 

「それ……もしかしてオブジェクトのテクスチャーを剥がしてるんですか? いや、オブジェクトというよりも『空間』のテクスチャーを……?」

「ええっと……そうなのかな?」

 

『アイテムボックス』からオブジェクトを取り出すことは昔から出来ていた。けれどトーギが“理性破砕”起こしかけた頃から、『アイテムボックス』の中で『オブジェクトの合成』ができるようになったのだ。

 

「昔は手を突っ込んだりはできなかったんだよ」

 

 切っ掛けはふとした時、開いた状態の『アイテムボックス』に誤って自分の手を入れてしまったこと。

 もしかしてこれ、オブジェクトを入れ直して『触る』ことが出来るんじゃないか──? という考えから試行錯誤を繰り返し、オブジェクトの合成が出来るところまでたどり着いた。

 

「それにカナミヤ入れちまえば勝てるんじゃね?」

「裂け目のサイズに関係なく腕より先までしか入らなかったねー」

「検証済みかよ」

「出来上がるのもだいたいこんな感じの、原型とどめてないブロックでさ」 

 

 取り出した『バグアイテム』を裂け目の中に戻す。そうしてから私はちょっとしたイメージを練り上げた。飛び出る……長いオブジェクト……狙いはちょっと間抜けな顔を晒しているトーギ……。

 よし。

 

「トーギ、くらえ!」

「ん──うォお!?」 

 

 裂け目から突如としてオブジェクトが射出された。速度という概念が適用されていないかのような超高速──トーギの胸に当たったそれは、先とは違う長方形の『バグアイテム』だ。

 直撃したはずのトーギはのけ反ることもない。

 困惑と興味がないまぜになった視線を眼下のオブジェクトに向けている。

 

「これ、ダメージ判定を持ってないのか……?」

「さっきの射出速度も、速度パラメータを無視したような速さでしたね……」

「何作ってもそうなるんだよね」

「すげえな。形状も変幻自在かよ」

 

 白い槍のようでもあるオブジェクトを、トーギとレイラさんは興味深そうに見つめている。

 

「すごいでしょ。それ、どうもゲームにめちゃくちゃ負荷をかけるみたい。決闘専用フィールドみたいな狭いテクスチャー領域なら、数個配置するだけで処理能力がガタ落ちするんだよ」

「なるほどねえ……これは誰がどう見てもバグってるなあ」

 

 トーギは言いつつ、やや気味悪がっているような触れ方で『バグアイテム』を私に手渡した。

 ──と、その時だ。

 辺りに風が吹いた。自然現象を受け持つ乱数テーブルが呼び起こしたイベントは、私達の周囲を一直線に駆けて行ったかと思うと──なぜか私の周辺で小さなつむじ風になった。

 

「あら。風もバグで小さな竜巻になっちゃいましたね」

「とにかくゲーム内に色んな影響を与えるみたいだな?」

「……」

 

 つむじ風がゆっくりと解けていく中、私は黙考する。

 待てよ。

 過負荷……『バグ』は自然現象にも影響を及ぼせるのか。このゲームの自然現象は『自然現象』という名前をした乱数の選択結果だぞ。いやいや、というかそもそも『バグアイテム』はゲームの処理能力に直接影響を与えたんだ。

 それってつまり──ゲームの仕様を、乱数テーブルを『バグ』なら乱せる……? 

 乱数の操作。

 乱数調整。

 確率を制御下に置くことができれば……。

 

「──あ、ああー! 何か今掴んだ気がする、掴んでる気がする!」

 

 一気に道が開いた感覚があった。これから私がすべきことも。何もかもが明確で明瞭な一つの道になったかのような……! 

 

「今までできなかったことが出来るっていうと、やっぱレベルアップだよなあ?」

「ですね。レベルが上がれば上がるほど身体能力も反応速度も上がりますし」

「レイラって今レベル幾つだっけ?」

「ええと……一億超えたあたりですね」

「えっそんな高レベルで頭ぶっ叩かれてたのか……」

 

 唐突に叫んだ私に、トーギとレイラさんは何やら話し込んでいる。

 

「お前もレベル上がってんじゃねえの? 劇的な経験のほうがレベル上がりやすいらしいし」

「そうなのー? パンパカパンッ! レベルアップー! わーぱちぱちー。……みたいな通知でもあればレベルが上がったってわかるんだけどなぁ。このゲームそういう通知もないしレベル上がったのかもわかんないんだよね」

「ああ……」

「そういえばこの子はそうでしたね……」

 

 なにその反応。

 このゲームはレベルというシステムを持ってこそいるものの、敵対的モンスターを倒せば倒した分だけレベルが上がるようなゲームデザインをしていない。ユーザーからは1レベル上がるのに必要な経験値も把握できない仕様になっている。

 ……っていう私の理解は何か違うのだろうか。

 ゲーム内に囚われている私達には攻略wikiなんて便利なデータベースもない。人によってゲーム仕様への理解が違うことが度々ある。

 でも私からは私自身のレベルも分からないのも事実だしな。

 

「フェフォに聞くと45のままなんだって!」

「正直トーギ君よりも強そうですよね?」

「いやいや何言ってんだレイラ。俺のがまだまだ強ぇって」

「本当ですか? じゃあ腕相撲してみてください」

 

 そういうわけで、そういうことになった。

 広場の隅にあるテーブルに、私とトーギは向かい合って座る。肘を着いて手を組み合わせる。私達は真剣と書いてマジと呼ぶ表情で睨み合う。

 

「手加減しねえからな……!」

「ボコのボコにしてやるからねぇ!」

「二人とも気合十分ですねー」

 

 そんな私とトーギの組み合わさった手と手に、レイラさんの小さな手が置かれる。ニコニコと楽しそうなレイラさんが開始の合図を出す決まりだ。トーギがごくりと喉を鳴らし、私は不敵に笑う……。

 1秒か。

 10秒か。

 はたまた1分なのか……。緊張と静寂が入り混じった無言の時が流れ、そして、

 

「ゴー!」

 

 レイラさんの手が離れる。

 トーギの黒い瞳に戦士の眼光が宿り、浅黒い手指が一斉に力を込めて私を叩き潰さんと迸る──。

 

「ふんッ」

「な──なにーッ」

 

 私は一気にトーギの腕をテーブルまでぶっ叩いた。

 トーギの眼に宿っていた戦士の眼光が一気に萎びていく。

 

「いええええええい私の勝ちだあああああ」

「び、秒殺! 秒殺ですよトーギ君! 弱すぎる!」

「嘘だろ……」

 

 勝因は純然たるステータス差だ。つまり今の私は……トーギよりも強い! 

 

「俺、もうお前より弱いのかよ……」

 

 トーギは実に残念な表情で落ち込んでおり、彼の周囲の雰囲気がシナシナのペショペショになっていた。そんなトーギへと、何故かレイラさんは愛おしそうに嬉しそうに微笑みをむけている。

 

「トーギ君はそのままでいいんですよ。弱くて威勢が良くて恰好いいトーギ君のことが私は大好きですから」

「俺は地味に飼い主ナメてるチワワかなんかか?」

 

 

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