《このゲームが始まって10の100乗秒が経過しました。》   作:てりのとりやき

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届かないもの/星を呼ぶ声

 

 

 

 サイコロを転がして。落ち葉の流れを観察して。風の発生するタイミングを計って。

 計測して。

 記録して。

 検証して。

 予測して。

 修正して。

 繰り返して。

 ……ずいぶん時間がかかってしまったように思うけど、それでも目指す所まで検証が済んだ。

 よし。カナミヤを呼ぼう。

 

 

 

 ◇

 

 

 

《決闘専用フィールド》

《ユーザー数:2》

 

 

 

 いつもの円形闘技場。観客など居ない静かな空間を常変わらず快晴が満たす。

 体を慣らすためにパイプで素振りをしていると、少女は唐突に現れた。

 

「カナミヤ!」

「久しぶりだね」

「百年ぶりくらいなんだよ?」

「そうなんだ」

 

 こちらを真っすぐに見据えるカナミヤの黒い瞳は、どれだけ時間が経っても変わらない。五歩先の距離から情動の薄い眼差しが私を見つめ続けている。

 次いで、カナミヤは辺りを見回した。

 

「それで。今度こそ私に勝てそうなのかな」

「もちろん!」

「そう。じゃあ──」

 

 1世紀ぶりに出会えたからってカナミヤとの間に特別な会話なんてものはない。淡々とした彼女は、普段通りの態度のまま私へと顔の向きを正して。

 一歩、小さな歩幅で右足を上げ。

 前へと進み。

 

「やろうか」

 

 ──直後、大地に激震。

 身構えていなければ転倒していただろう地震の発動はスキルでも何でもない。ただただ異常なまでに高まったカナミヤのパラメーターの発露だ。

 暴力的パラメーターによるゴリ押しのままに、カナミヤが先の激震で崩れた足元の瓦礫を蹴り上げる。目線の高さまで浮き上がった瓦礫を、少女の拳が一閃──音の壁を即座に突破し、それは簡易的な砲撃と化して迫りくる。

 だけど大丈夫。

 全部見えてる。

 

「──!」

 

 自前のパイプで瓦礫を弾き落とすと、残身のままカナミヤは片眉を僅かに上げた。

 

「反応が速いな」

「レベルが上がったんだ!」

 

 言いつつカナミヤへと一直線に駆ける。少女は一歩も動かない。私の行動を観察するかのように無手で棒立ちだ。

 その余裕を今日こそ引き剥がす。

 

「『速度バグ』──使わないんだ」

「速度はここから価値を失うよ」

 

 走りつつ、空いている左手の五指を広げた。指先の軌跡に沿って空間は引き裂かれ、色なき『黒』が広がっていく。裂け目、アイテムボックスの発動。

 私は念じる。

 私は思い描く。

 欲しいもの。作りたいもの。私達の五感で感じ取れる《テクスチャー領域》に吐き出して、生み出したいものを。

 

「いけ──」

 

 言葉が最後のスイッチとなり、裂け目から巨大な長方形型オブジェクトが射出された。長さ10メートルを超す白柱は、速度という概念を超過した凄まじい速度でカナミヤへと発射され。

 カナミヤが、音どころか光さえ超えた速さに目を瞠る。

 

「──」

 

 少女が突き出した片手は白柱を掴み取った。それは本能的な動作のように見えた。そして、同じく人が持つ本能として、カナミヤは衝撃をいなすつもりで前傾姿勢を取っている。

 だけどカナミヤがたった今掴んだ白柱は、一切の射出慣性が働かないバグオブジェクト。

 よってそもそもの衝撃が不在になり──カナミヤは前のめりに体を倒れ込ませる。

 

「!」

 

 数度の戦闘を経てようやく現れた少女の隙に、初めて垣間見えた息を呑む音に、私は全力でパイプを叩きつけた。

 容赦なくカナミヤの頭を砕くつもりで振るわれた一撃。防御力なんて概念のないユーザーにおいては当たればそれだけで勝てる。

 だけど、──アナウンスは駆け巡る。

 

 

 ■―■

 

 

 スキル実装:《(こう)(おう)(よく)(はい)(てん)(れん)(せん)(にえ)形代(なりし)頂天(いただき)

 Tips_其は重力の自由操作を許す。

 

 

 ■―■

 

 

「さすがに……少しだけ驚いた」

「……ッ!」

 

 パイプの振り下ろされる速度が、あり得ないほど低下していた。それは悠々とカナミヤが態勢を立て直し、後方へ跳び、余裕を持って発現する時間を許すほどの速度低下だった。

 地へと柔らかな羽毛のように遅く振り下ろされたパイプに、自身の動きに、歯噛みする他ない。

 重力制御のスキル……! 局所的に重力の向きを変えたんだ。

 

「チート! チートでしょそれ!」

「公式なものだから。不満は運営(ゲームマスター)開発者(クリエイター)に言って」

 

 渾身の一撃はあっけなく不発に終わる。カナミヤが肩を竦めるのを悔しさ満点で睨むことしかできない。 

 

「しかしこれはダメージ判定を持たないのか」

 

 カナミヤは未だに握ったままでいる巨大な長方形型オブジェクトを、重量物を持っているとは思えない動きで上下に振った。物体が運動することで生じるありとあらゆる空間側の反応……空気を裂く音や、押し出された空気による風の発生もない、異様なオブジェクト。少女はしばらくバグオブジェクトを観察していたが、飽きたように地に放り捨てた。

 

「破壊は無理。速度パラメーター通りの速度も発揮できない。……ふうん。君も面白いものを作るね」

「ありがとうどういたしまして! すごいでしょ!」

 

 悔しい! 

 今のは本当に勝てたかもしれない隙だった。

 ……いや、いい、この程度でカナミヤに勝てるとは思っていない。

 だけど以前カナミヤ自身が言っていた通りだ。

 

『私に勝ちたければ私さえ知らない仕様の隙を突くしかない』

 

 間違ってない。やっぱりカナミヤはこのゲームにおける全知全能ってわけじゃない。バグオブジェクトの存在も、それが齎す効果についても、知らない事の方が多い! 

 だったら──。 

 

「まだまだここからだよ……!」

 

 裂け目を再度開く。『黒』からバグオブジェクトが射出された──上向きに、大量に。

 天へと射出され続ける白柱。放物線を描いて地へと落下する……だなんてこともなく、オブジェクト群は全てそのまま成層圏を突破していく。《テクスチャー領域》の外にまで到達する。

 カナミヤは不思議そうに首を傾げていた。 

 

「君は何をしようとしているのかな」

 

 秘密! 

 私が何も語らないことで思案を捨てたのか、カナミヤは私だけを見つめ直した。

 

「まあいいか。一気に終わらせるよ」

 

 そして言葉と同時。

 アナウンスが走る。

 

 

 ■―■

 

 

 スキル実装:《縮退耀星(しゅくたいようせい)

 Tips_其は恒星の創造を許す。

 

 

 ■―■

 

 

 ──来る。

 私の背筋が否応なしに震えた。

 恒星創造スキル。更に、すでに発動中の重力制御スキルが組み合わさる事で生み出される、宇宙において極限に位置する物理現象。

 以前の戦闘で破滅的な火力を撒き散らした超新星爆発が、即座に天の全てを白く染め上げ──。

 

「──そうはさせないよ!」

 

 空は青い。燃え上がるように白くはならない。何一つ変わらず、私もカナミヤも五体で地に立ち続けている。

 超新星爆発は起きず。

 超広域超火力攻撃は、発動すらされていない! 

 

「スキルが発動されない……重力制御も不発だね」

「違うよ。物理現象が正常に処理できなかったんだ」

 

 その一言でカナミヤは全てを察したようだった。

 僅かに。快晴の空を見上げる瞳を、本当に微かに細める。

 

「へえ。バグオブジェクトで宇宙空間を支配下に置いたのか」

 

 ご明察。凄まじい理解力だ。

 カナミヤが超火力かつ超広域にまで及ぶ攻撃能力を持つことが、以前の戦闘における最大の脅威だった。生身では対策不可能な宇宙空間からのガンマ線バーストなんてチート兵器を封じなければ、そもそも戦闘と呼べる土俵にすら立てない。

 だから衛星軌道上にバグオブジェクトを配置した。そのための発射迎角、射出速度、軌道計算をトーギに教えてもらったんだ。

 

「いいのかな。そんな簡単に答えを教えて」

「理解したところで対策できないでしょ? 君はもう、単身宇宙へ行けるほどのパラメーターを発揮できない」

「確かに」

 

 超広域超火力スキルはもう使用できない。もちろん重力制御みたいな、物理現象として発動されるチートスキルも当然。速度パラメーターも意味を成さない。

 であれば私達に許されているのは──。

 

「スキル禁止・パラメーター上限ありの肉弾戦だけ!」

 

 これが私の用意する戦術の核、環境支配だ。

 カナミヤがイカれたパワーインフレーションを発動するなら、そもそも発動できないように環境を支配する。何ならステータス差を埋められるようにカナミヤを私の領域まで引きずり落とす。バグとデバフでカナミヤを徹底的に弱体化させれば、そこに居るのは背の低い少女でしかないのだから。

 

「そうなると武器を持っている君の方が有利だね」

「タッパでも私の方が高いからね。リーチだって段違いだよ」

「175cmくらいあるのかな」

「ぶっぶー178cmですー!」

 

 対するカナミヤは150cmくらい。もっと低いかもしれない。身体的特徴として私の方が有利なのは言うまでもない。

 ここまでやれば──ここまで封じてしまえば、もうカナミヤには打つ手はないはずだ。

 だというのに。

 

「速度を潰し。スキルを潰して。私を無力な一ユーザーにまで落とし込んだ。私の領域に自らを押し上げるのではなく。いい判断だね」 

 

 ……なんでこんなに余裕があるんだ? 

 私を見る目の色が何一つ変わらないことへの、怖気。

 いや、いい。考えるな。

 今すべきは素の身体がそのまま有利不利に結びつく勝負のはずだ。そう(・・)思わ(・・)せて(・・)おけ(・・)ばいい(・・・)

 

「だけどその程度では────」

 

 カナミヤが言葉を切り上げる。ふいに顔を上げ、空を仰ぎ見た。

 ……嘘でしょ。もう気付かれたの? 

 

「宇宙にまで到達したバグオブジェクト……配置はレールのように……物理現象の遅延とキャンセルができるなら……」

 

 レベルが高すぎて感覚が敏感なのか。カナミヤは目視などできないはずの『何か』を見上げながら、ぶつぶつと呟いている。

 そして、ほぅ、と小さく息を吐いた。

 

「凄いな。君は」

 

 それはカナミヤが見せる、初めての、感嘆の吐息。

 

あれ(・・)が狙いなんだね」

「……こんなに即効で見破られるとは思わなかったな」

 

 肉弾戦で勝負のケリを付けるなんて、カナミヤを相手にそんな不確定な進め方をするわけにはいかなかったのだ。

 何故ならカナミヤはスキルを28個も持っている。

 自己申告の通りならステータス強化の常時発動型スキルが12個。これまで見せた随時発動型スキルの数は4つ。カナミヤは、未だに12個もスキルを伏せている。

 だからこそ徹底的にやらなければならない。

 

「完全に勝つ。……完璧に、君に勝つしかないんだ、カナミヤ」

 

 そのために検証を重ねた。どこまでバグオブジェクトが影響を及ぼせるのかを徹底的に調べ上げた。

 100年も時間を掛けて、その成果は今、大空の青に混じって落下(・・)しつ(・・)つある(・・・)

 

 

 ◇

 

 

《生活フィールド》

《ユーザー数:199》

 

 

 

『村』の中央広場に、多数のユーザー達が集まっていた。広場にはどよめきが広がり続けている。

 ユーザー達が見ていたのは、今まさに《決闘専用フィールド》で行われている二人のユーザーの戦闘だ。このゲームには《決闘専用フィールド》で行われる試合の観戦機能がある。

『最強』の名を欲しいままにする黒髪の少女──カナミヤの桁違いな強さを徹底的に封じる『彼女』の戦術に、ユーザー達は驚きを隠せないでいたが。

 

「……普通あんなこと出来る?」

「無理っしょ」

「あれスキルじゃないんだよね。あの子スキル持ってないし」

「尚の事すげえよ」 

 

 たった今モニターに映る存在には、驚きを通り越してただただ困惑していた。

 それは同じく観戦していた男女二人組のユーザーとて同じだ。

 

「トーギ君、あれって……」

「……昔、やけに人工物の軌道投入計算について聞いてきたことあったけどよ。まさかこういう事だとはな。ははッ。あいつマジで何でもありじゃねえか」

 

 しばらく経つと青年ユーザーの方はさっぱりとした笑顔を浮かべた。隣に並んで立っている女性ユーザーに、誇らしげに満足げに頷いて見せる。

 

「そうですよね、何でもありですよね。ああいうことが起きても不思議ではありません」

「ここはゲームなんだからよ。乱数(・・)テー(・・)ブル(・・)の結(・・)果次(・・)第じ(・・)ゃ起(・・)きう(・・)る自(・・)然現(・・)()だ」

 

 感慨深そうに呟いて、モニターの中、別フィールドで最強のユーザーと相対する『彼女』をもう一度見つめ直した。

 黄金の髪と黄金の瞳を持つ『彼女』の背後。

 青き天は、今、不変的な性質としての青色を失っていた。そこにあるのは突如として切り替わった夜。

 ――影だ。

 今、《決闘専用フィールド》は、天を覆うほどの物体によって強制的な夜を迎えていた。

 それは純粋なエネルギーではなく、熱量を自ら持つわけではない。

 ひたすらに純粋な質量体。其処にあるだけで万象に影響を及ぼす絶対的な存在。

 

 

 

「あいつ、月を呼びやがった!」

 

 

 

 緩慢に地表へと落下するそれは、直径3500kmにも及ぶ衛星である。

 

 

 

 ◇

 

 

 息が詰まる。

 大気全体が震えている。

 地面が、足の裏から低く唸りを上げ始めた。

 風が逆巻く。周囲の構造物すべてが一斉に悲鳴を上げて崩れ落ち、土が跳ね上がり、空が引き裂かれるような音が響き渡る。月が近づくたびに世界が歪んだ。天にて、巨大な影が膨れ上がる。

 光が――遮られる。

 昼だというのに、急速に暗くなっていく。まるで夜が一瞬で訪れたかのように。

 

「これはさすがに規格外だね」

 

 《決闘専用フィールド》内で再現された惑星全域に異常な自然現象が起きつつある。当然だ、私の乱数調整によって月が惑星重力に捕まったのだから。

 今、私の背後には《決闘専用フィールド》の地表へと誘因落下されつつある月がある。

 私の周囲にあって、私の手が届く中では最大最重の質量体であり、『自然現象』の乱数を元に周回軌道を取るオブジェクト。

 

「これが確率操作の完成系か」

 

 カナミヤが言った通り、通常の乱数テーブルが月の誘因落下など叶えられるはずがない。だけど私には『自然現象』に属する乱数テーブルを意図して乱せるバグオブジェクトがある。横を過ぎるだけだった風がつむじ風になり、本来起きるはずの無かった地震を起こし、望んだタイミングで望んだ場所に配置可能なバグオブジェクトが。

 これを、月を叩き落すことを再現するために100年掛けた。 

 

「避けれるもんか……!」

 

 次の瞬間、月が砕け散った。

 ロッシュ限界。惑星の潮汐力が月の自己重力を超えたんだ。

 空が割れていく。夜の最中に、白が爆砕していく。

 数千、数万の破片が、炎を纏って地への落下を始めた。それは圧倒的な質量の雨、流星群だった。

 

「これで勝負ありだよ、カナミヤ!」

 

 元々がバグで引き寄せた月だ。速度パラメーターの低下域まではものの数分で到達するだろう。 

《決闘専用フィールド》は隕石によって徹底的に破壊し尽される。『壁抜け』によって離脱できる私に対し、対抗策を封じられたカナミヤは確実に死ぬ。

 私の勝ちは揺らがない。

 

「常に君の戦術は環境の支配に向いている。正しい方向性だと思うよ」

「あ、ありがとう……?」

 

 私は、正直に言うと困惑していた。

 何故って今まさにカナミヤが言ったことが私の戦術の全てだったからだ。それを冷静に分析するだけの余裕が、今なおカナミヤには存在する。

 

「教えてあげる」

 

 何だ。

 なんなんだ。

 速度も通じない、スキルは物理現象を始められない、もうすぐ流星群が地表を壊滅させる。この状況でカナミヤに何ができるんだ。

 

「環境支配とはこうやるんだ」

 

 そして、アナウンスは雄たけびを上げる。

 

 

 ■―■

 

 

 スキル実装:《非透(ひとう)明王(みょうおう)

 Tips_其は惑星自転の即時停止を許す。

 

 

 ■―■

 

 

 このゲームはリアル志向だ。惑星があり宇宙があり恒星があり衛星がある。現実の物理を限りなく忠実に模倣した宇宙モデルにおいて、天体は当然のように自転する。重力を持つ。つまりそれはこのゲームが持つ根幹の法則。

 重力の方向制御や恒星の創造なんて可愛い領域ではない。

 カナミヤが今発動したスキルは。

 これは、ゲー(・・)ムシ(・・)ステ(・・)ムへ(・・)の介入(・・・)──。

 

「────!」

 

 思考を捨てた。

 何が起こるかを目視で見る猶予なんかなかった。現象の発動よりも先に私は『裂け目』を頭上に生み出し、そこから大量のオブジェクトを吐き出す。オブジェクトの多重過密状態が発生し、私の実体は地表面を貫通──ひたすらに色なき『黒』だけがある《マシン領域》へ『壁抜け』する。

 

『自転の停止!? そんなスキルあり!?』

 

 非知覚非感覚非空間である《マシン領域》において、私の声や実体は反映されない。思わず口から吐き出した呻き声も当然音にはならないが、叫ばずにはいられなかった。

 想像する。

 自転を強制的に即時停止させられた《決闘専用フィールド》の惨状を。

 

 昔レイラさんが言っていた通りなら、地上に立っていると自覚がないだけで、星の自転速度は時速1600㎞にも達するらしい。それだけの速度を強制的かつ瞬間的に停められれば、地表のありとあらゆる物体には時速1600kmにも及ぶ大気の流動が──慣性が働く。

 

 ありとあらゆる物体が吹き飛ぶ。

 桁違いのエネルギーを秘めた暴風が大地という大地を更地にしてしまう。バグオブジェクトの配置による『速度』潰しが意味を成さない……! 

 ……破滅的だ。無茶苦茶だ。

 

『このまま《マシン領域》に隠れてたって意味がない。戻らないと……』

 

 だけど何処へ戻る? どこならカナミヤの不意を突ける……。

 いや、カナミヤも私がどこから《テクスチャー領域》に復帰するかなんて分かるはずがない。

 惑星自転が止まっても流星群の落下は続いている。であれば上空から復帰して、流星群に紛れて奇襲するのが合理的だ。

 そう決断し、私は《マシン領域》の暗夜を泳ぐ。イメージとして手足を動かし、0と1の記述だけが繰り返され続ける『黒』の中を下へ行き──。

 視界が開ける。

 爆炎を纏った流星が無数に広がる天空。さざめくような騒音の最中。思った通りの上空に復帰した私は、同時にアナウンスの羅列を見た。

 

 

 

 ■―■

 

 

 スキル実装:《予てより後の光背》

 Tips_其は超光速領域での自由活動を許す。

 

 

 スキル実装:《第六覚者》

 Tips_其は発動者に電磁波感知器官の増設を許す。

 

 

 スキル実装:《第七覚者》

 Tips_其は発動者に重力波感知器官の増設を許す。

 

 

 スキル実装:《天知覚者》

 Tips_其は発動者に感覚器の全天周把握を許す。

 

 

 ■―■

 

 

 

 右肩から先が弾け飛んだ。少女の手指が私の腕を千切り落としていた。

 

「──」

 

 小さな声音が、耳元で転がる。

 

「君がそうやって緊急回避手段として『壁抜け』するのを待っていたんだ」

 

 首を人間の手指に捕まれる。突然の事に反応する暇もなく、私を捕縛したカナミヤと共に私は落下する。

 超光速移動……『速度』潰しはもう無効にされている……! 

 

「な、んで……復帰の場所が……!」

「『壁抜け』から戻って来る瞬間──1秒を数千回まで刻んだ時間流。そこではどうやっても物質の移動が突如として起こる。そうなると物理法則上では重力波と電磁波の変遷を生んでいる」

「!」

 

 さっきのスキル。感知能力の増設って、そういう事か。カナミヤには『壁抜け』による座標転移も通じないってわけだ。

 ……くそう。打つ手なしじゃないか。

 悔しい。

 

「悔し、いッ……なあ!」

「……」

「100年掛けたんだ!」

「……」

「君に勝つために頑張ったんだ!」

「……」

 

 吼えても叫んでもカナミヤの表情は揺らがない。猫のように感情の読めない黒い瞳はただただ私だけを見つめている。

 

「それでも私は勝つよ」

「──私なんかには負けるわけないって!?」

「違う。私は全てに対し一度だって負けるわけにはいかない」

「……!」

 

 その、短い一言に込められた意思を私は想像する。首を掴まれ一切の行動を封じられながらもカナミヤに近づこうと喉を酷使する。

 教えてほしかった。

 もっと言葉を交わしたかった。

 

「何を背負ってるの?」

「全てを」

「何の責任があるの!」

「全てに対して」

「何でそんなに独りで抱え込むの!?」

「全て私のせいだから」

 

 わからない。カナミヤの言っていることは何一つ理解できない。

 君はいつもそうだ。いつだって矢継ぎ早で、言葉足らずで、出会った時からそうやって……! 

 

「遠いね──カナミヤ」

「……」

 

 ……いや、いい。今この場で何かを言ったって聞いてくれない。

 君に言葉を届けるには、カナミヤを完全に打ち負かさなければならない。

 だから。

 どうせ負けるなら──。

 手指を開き、落下しながら『裂け目』を生んだ。そこからオブジェクトを射出する。高速で落下する私達に、カナミヤの背中に向けて。

 

「無駄な足掻き」

 

 ダメージ判定がないことをカナミヤはとっくの昔に理解している。背中に当たるオブジェクト群を、私の最後の抵抗だと判断したのだろう。避けることさえしなかった。

 そのようにして私は地上に叩きつけられ、死んだ。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 ここまでの戦いで分かったことがある。

 カナミヤは対人戦が下手くそだ。

 というより、対人戦というものをどうとも考えていない。

 それもそうだ。何故ってカナミヤはスキルを28個も持っている。環境支配、感覚拡張、反応速度向上、超火力超広域攻撃、なんだって持っているのだ。スキルのゴリ押しさえしていれば勝ててしまうのだから、戦術も戦略も用意する必要がない。

 カナミヤが未だに無手のままでいることがその最たる理由。

 

 うん。よし……。

 布石は打った。

 戦術は練りに練れた。

 必要な武器もある。想いだって気概だって十分だ。

 

 次で(・・)勝てる(・・・)

 戦って、勝って、そうしてこそ私は君に尋ねることができる。

 君に伝えたいことがたくさんあるんだ。

 

 

 

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