《このゲームが始まって10の100乗秒が経過しました。》 作:てりのとりやき
死亡から復帰した先。『村』の広場にユーザーはまばらに居た。転移してきた私にちらちらと無数の視線が向けられる。
「?」
なんだかよそよそしい視線の意味が分からなかったが、誰も話しかけてくるわけでもなかったので気にすることは止めた。私は広場の隅にあるベンチに腰掛ける。
「はー……」
思いっきり背もたれに体を預けて足を延ばした。ぐでーっと脱力して見上げる青空は、雲一つないことが無性に虚しい。面白い雲の形で連想ごっこもできない。
「元気なさそうね?」
そんな私に声を掛けるユーザーが一人。キーの高い声音、赤い切れ長の瞳に赤い長髪──フェフォだ。私を覗き込むように背を屈めて見下ろしている。
手を上げると、フェフォの尾てい骨あたりから生えている赤い蛇尻尾の先端がゆらゆらと揺れた。
「フェフォー。……カナミヤ呼んでくれてありがとね」
「はいどういたしまして」
今日カナミヤを呼んでくれたのはフェフォの計らいだった。本当はもっとしっかりお礼を言いたいけど、そんな元気もない。
フェフォはそっと口元を緩めた。穏やかに、薄く歯を見せて微笑む。
「ぼろ負けね」
「ぼろ負けだよー」
細かく言われるまでもなく先の戦闘についてだ。恐らく観戦していたのだろう。なるほど、さっきからチラチラと視線を感じるのは他のユーザーも見ていたからか。
はあ。意気揚々と仕掛けて無様に負けた様を全部見られていたわけだ。萎える、シナシナのペショペショ……。
「でもアナタはよく頑張ったと思うけど? どうする? 反省会する?」
「んー……」
私がどうとも答えないでいると、しばらくこちらをじっと見つめ続けていたフェフォは何故か嘆息した。何も言わずに同じベンチのすぐ隣に腰かける。組んだ両足に肘をついたフェフォの腰裏、蛇尻尾がゆっくりと動く。
──何故か私の頭の上に、蛇尻尾先端の二股が乗った。
「つるつるしてる……」
「今日ワタシの家、来るでしょ」
何の脈絡もない誘い方だった。フェフォは頬杖を突いたまま前を向いていて、こちらを見ようとはしない。
「そんな約束してたかなあ……」
「してないけど。今そう決めたワケ」
「フェフォが?」
「ワタシが」
なんか強引だなあ。
普段ならもっと騒ぐところだけど、ペショペショしている私は水を吸って重くなった布団のようなものだ。思考も体も鈍重で、有り体に言うとまったく元気がない。
「久々に料理を自分で作りたくなったのよ」
「料理を作りたくなるとフェフォは私を家に呼ぶの?」
「アナタ知らないの? ふふん、本当にお子ちゃまなんだから」
言い終えると、尻尾がしゅるりと動いて私の頭を掴んだ。きゅ、と強い力で、だけど柔らかく、私は強制的にフェフォの方を向かさせられる。
フェフォもまた私を見ていた。真っ直ぐに私を見つめて、穏やかな目つきで微笑んでいた。
「料理ってね、誰かに振る舞うつもりで作る方が美味しくなるのよ」
少し、想像する。
大きなキッチンに立つフェフォが、その豊かにうねる赤髪を一つにまとめる後ろ姿を。エプロンを着たフェフォが鼻歌交じりに包丁を使い、煮て、焼いて、料理をしていく姿を。食事は常に外食ばかりなフェフォだから、フェフォのエプロン姿なんて滅多に見られるものではなかったし、それを見てもいいのが自分だけだという事も理解できる。
フェフォの愛情はとても深いところにある。それを向けられていることに胸の奥から暖かなものが湧き上がるのを感じる。
……あ。なんかちょっとやる気出てきたかもしれない。
「フェフォ、私パスタ食べたい」
「いいわよ」
「ソースはあれ、あの緑色で香りがいいやつ! この前食べた時すんげー美味しかった!」
「ペストジェノヴェーゼね。はいはい。地中海系なら……付け合わせにホリアティキなんかも合うでしょうね」
「なにそれカッコいい!」
フェフォはお洒落でグルメだから、色んな料理を知っている。私が聞いたこともない単語がぽんぽん出てくるのが面白くなってきて、私は気付けば前のめりになってフェフォと話し込んでいた。フェフォもフェフォで私の反応がおかしいのか、笑いながら色んな言葉を教えてくれる。
そんな時だ。
「ちょっといいかな」
私達が座るベンチの前に、唐突に現れる少女が一人。セミロングの黒髪も平淡な眼差しをした黒い瞳も、十数分前に見たものと何も変わらない。カナミヤだった。
用事も済んだから、もう《迷宮フィールド》に転移していたかと思っていたのに。
「何か用?」
フェフォが笑みを引っ込めてカナミヤを見つめた。ともすれば睨んでいるように受け取れるほど静かな表情。
「少しだけ聞きたいことがある」
カナミヤの視線は私にだけ注がれている。
私?
「前よりよくなったね」
「あ、え、ええと……?」
「戦い方。きみは会うたびに強くなる」
はっきりとした物言いに困惑した。誰かを褒めるためだけに、『あの』カナミヤが時間を割くなんて考えられない。
「それでも私は負ける気がしない。だからそろそろ教えてくれないかな」
私の予測は正しいみたいだ。
でも……そうだよね。もうこれで三度目なんだ。
「どうしてきみは私に勝ちたいの」
三回も、カナミヤからすれば不明瞭な理由で私と戦っている。ゲームクリアを諦めていないカナミヤからすれば、惜しむべき1分1秒を浪費している……のかもしれない。
カナミヤとの戦いに大義も理由も、カナミヤ側には存在しない。
『次』は……無いのかもしれない。
「前にも言ったと思うけど!」
私は思わずベンチから立ち上がった。フェフォの蛇尻尾が体から離れる。「あ……」というフェフォの淡い呟きが微かに聞こえた。
「……君のことを知りたいから」
「私にさほどの容量はないよ」
目の前に立つと、カナミヤは本当に小さかった。もしかすると150cmもないのかもしれない。
自然見下ろす形になる。カナミヤもまた、私を無垢な眼差しで見上げる。
ユーザーの身体データが変化することはないのだから、私の背が高くなったわけではない。単純に会う機会が少なすぎて見る度に新鮮なんだ。
「もう十分すぎるくらい私の事を理解したと思うけど」
「そ、そうじゃなくてー!」
「じゃあ何」
「だからその……前も言ったと思うけど……」
口に出して言い表すのは簡単だ。ひどくシンプルな一言に私の願い、思いは集約されるのだから。
だけどそこに込められた想いは。感情は。感情を裏打ちするだけの経験は、一言なんかには収まらない。どれだけの言葉や行いにだって詰め切ることは難しい気がする。
うまく──伝えられない。私には難しい。
「な、仲良く……なりたくて……」
「仲良く」
事実、カナミヤは首を傾げたままだ。
「よくわからない。仲良くなることに何の意味が?」
「だ、だって、仲良くなると……」
弱気になって少女を見つめたところでカナミヤの態度は変わらない。
誰にだってそうなんだろう。
背は低くて。顔も体つきも細くて小さくて。だけど誰よりも強い。君は今の私みたいに背筋を丸めたり、肩を縮めたりなんてしない。
……君の背中を、何度見続けたんだろうね。
「私の話をちゃんと聞いてくれる気がする」
太陽を真っ直ぐに見つめることが出来ないように、私は目を細めることしかできない。
「しっかりと聞いているつもりだけど」
「そうじゃなくて。気の持ちようなんだ。これは私の覚悟と決意の話。君に勝たないと、君に言えないことがあって……」
「曖昧だね」
「……。……」
バッサリと切り捨てられる。
カナミヤならそう言うだろうなという予感はあった。彼女はいつも矢継ぎ早でハキハキと喋る。包み隠すこともしない。
なんだろう。
再現されるはずのない心臓が。オブジェクトの内側にある幻の臓器が。異様なほど喉を締め付ける。
「……曖昧って、そんなに駄目かな」
今、君にそんな風に言われたくない。
「曖昧だったらダメなの?」
「好ましくはないよ」
「でもそれってカナミヤの考え方じゃん」
『だから何?』って君は瞬きだけをする。
なんか、なんか……へそ下あたりがグツグツする態度取られてる!
「カナミヤにとって曖昧の逆はなに?」
「明確な論理」
「ふーんそう! あっそ! メーカクなロンリ! へーっ! そういう感じね!」
分かってる。分かってる分かってる分かってる。今、無性に腹が立ってることも。カナミヤに悪気がないことも。
だけどカナミヤの態度の全てが物語る。
私が何を言っても信じないって。……ならいいよ、何でもかんでも喋ってやる。あることないことあることあること!
どう思われたって気にするもんか。
言ってやる。伝えるんだ。
今、ここで!
――私は息を吸う。吸って、吐いて、胸いっぱいに演技と勇気を膨らませた。
「なら言うけど。
私がカナミヤの事を好きだって言ったら信じるの?」
空気が凍った。
場の雰囲気に、明確なヒビがはいるのが分かった。広場を出歩いていたユーザー全員が足をとめる。目を丸くして私を見る。
「──。なんで」
息を呑んだのは、硬直したのは、背後に居るフェフォだった。それでフェフォを振り向くわけにはいかなかった。カナミヤから目を逸らしたら『負け』だった。
誰にどう思われようと私は構わない。
カナミヤもまた、動じた様子もなくただ淡々と首を横に振る。
「好きにも色々あると思──」
「君を愛している。今にして思えば一目惚れだった」
あえて硬い言葉で遮った。
演技か真実、どちらとしても受け止められるように。
「……」
「……」
カナミヤはゆっくりと口を閉ざした。私を見つめる。瞳の中、陽光を受けて散りばめられた輝きが、黒曜石のような虹彩を揺れ動かしている。
微かな動揺を感じた。
「それは本当?」
カナミヤの声音は少しだけ、僅かだけ上擦っているような気がした。
けれど……それだけだ。
それ以上を私では感じ取れない。
この世界はゲームなのに、ユーザーが抱える想いは無形であやふやだ。どうやったってカタチにできない物を、だからユーザー個々の価値基準でしか差し出せない、受け取れない。
「嘘だと思う? 本当だと思える? カナミヤに、私の真意が君への愛だと確信できるの?」
「……分からない」
私は分かってる。
こんなの八つ当たりみたいなものだ。
愛のような八つ当たりらしきものだ。
「だけど理屈は成り立たない」
「何の理屈!」
「……思い返してみてほしいけど。私ときみとが出会ったのはまだ4回くらいだ。君が私に恋愛感情を呼び起こすような出来事はその間のどこにもなかった」
そうだね。その4度に、たいして親交を深められるイベントなんてなかったね。
カナミヤが私を蹂躙しただけだ。好意を持てるような隙はないと思う。
君は、君だけが知っていて、私は知らないと思い込んでいる。
「それに私は……」
カナミヤの言葉が今日初めて濁った。曖昧になった言葉尻のまま、少女の大きな黒い瞳は私を見る──次いで俯く。自分自身の姿を見つめ直す。
「きみのように美しくはない。不相応だよ」
……。
そんなことないよ。
カナミヤはいつも綺麗で素敵だったよ。
だけど、言ったところで信じてはくれないのだろう。
「だから、あり得ない?」
「信じるに値しない発言だと思う」
「……ほらね。こういうことだよ。今の私が何を言っても君は信じないでしょ。カナミヤの中で理屈をすっ飛ばした理論が出てきても、君はそれを真正面から受け止めない」
私の愛してるも好きもその他色んな言葉の全て。
君は聞いているようで聞いていないから。
そういう人だって、昔から……ずっとずーっと昔から、私は知ってる。忘れてなんかないよ。
「カナミヤは、私のことをよく知らないから。私の心とか魂ってものを信頼性の要素にこれっぽっちも含んでないんだ」
同じくらいカナミヤが私の事を知っていてくれたらよかったのに。だけど現実はそうじゃない。仮想の現実の中であっても、たった二人のユーザー同士ですれ違えてしまえる。
真っ直ぐに私だけを見るカナミヤの視線。その圧。負けたくなんかなかったのに、気付けば私は空を見上げていた。青い空だ。いつも通りの色彩で仮想空間上に再現された、醒めるように澄み切った蒼だけがある。
「君が信じるのは行動であり結果だけ。そうだよね」
「否定しない。肯定する」
「──だから私は君に勝ちたい!」
噛みつくような勢いで首の向きを正した。真正面からカナミヤを見つめる……というか睨む。
「君に勝った私という結果でもって納得させる。勝って、君に伝えるんだ」
「伝えるって愛の告白?」
「秘密!」
結局のところ私は、カナミヤの問いに……『なぜ戦うのか?』について明確な答えを返せない。戦い勝利すること自体が目的であって手段ではなかったから。目的の先にある私の真意を、カナミヤ自身に吞み込んでもらうことこそが重要なのだから。
「……」
「……」
しばらく、私とカナミヤは視線を交わし合った。私は伝えるべきことを自分勝手に伝え終えたし、あとはカナミヤがどう嚙み砕くかだけの問題だ。
ふと私は、黙り続けているフェフォの様子が気になった。そっと首を巡らせる。
フェフォは……俯いていた。ベンチに座ったまま、浅く下唇を噛んでいる。けれど前髪が邪魔をして表情が読めない。膝に当てられた拳がキツく引き結ばれているのは何故なのかを考えていると──。
「私に勝つことで自身の発言に説得力を持たせる。強引に納得させる。そうしてまで伝えたいことがあるんだね」
ようやく思案の整理が付いたらしいカナミヤの言葉。私はカナミヤに向き直った。
「……数学以外で解を導くのは得意じゃないな。私の分野じゃない」
「だけど」、とカナミヤは一呼吸の間を置いた。珍しいことに。
「どうやら私の態度がきみを怒らせてしまったみたいだ」
「謝らなくていいからね。そういうのじゃないし」
「そう。そっか。私も君を知るべきなのかな」
……もしかするとカナミヤはカナミヤなりに反省しているのだろうか。反省っていうか、内省?
「うん、まあ。そう言ってくれるのは嬉しいです……」
「──なら私の家に来る?」
「ぃえ!?」
頭の中にあった決意だとかなんかそういうキリッとした感情が全部吹き飛んだ。
話の前後が繋がらない展開だ……! 理屈、理屈がすっ飛んでる!
「いぇ?!」
家……?
カナミヤのお家ー!?