《このゲームが始まって10の100乗秒が経過しました。》   作:てりのとりやき

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数えない/大切に思うもの

 

 

 寝転がって見上げる天井は木板と照明が一つぶら下がるだけの質素なもの。

 穏やかであいまいな光をぼうっと見上げていると、カナミヤの声が視界の隅から聞こえてきた。

 

「どうしたの。急に」

「カナミヤの言ってることが一ミリも分からないんだよ! マイニングって何?」

 

 私が畳の上でジタバタしていても、カナミヤはというと、いつも通り平静極まる薄い表情をするだけだった。

 座布団に正座している黒髪の少女は、その黒い猫目で私をじっと見つめる。

 

「計算処理を実行することで一定の対価を獲得する行為。この場合の対価とは“真理”だけど」

 

 ん。……何となくわかる言葉が出てきた。

 私は上体を起こして胡坐を組む。

 

「それって要はさ……ダンジョンでレベル上げするってこと?」

「概ね正しい」

 

 カナミヤはちゃぶ台の上にある湯飲みを持ち、ゆっくりと緑茶を飲んだ。一息の間の後、ぱっと口を開く。

 

「私達は敵対的モンスター……つまり表現(・・)され(・・)た数式(・・・)をユーザー自身が持つ処理能力でもって()いている」

 

 『表現』された数式。不思議な言葉だけど、私達が五感情報として知覚できる《テクスチャー領域》というもの自体が、私達ユーザー向けにわざわざ『表現』された空間領域なのだ。

 《迷宮フィールド》に居る敵対的モンスターとは、ユーザーが五感で感じ取れるよう“『表現』された数式”──そういう意味でなら、カナミヤの言っていることは合っているのかもしれない。

 

「そしてユーザーの処理能力はレベルデザインによって拡張を許されている」

「カナミヤとか、フェフォもだよね」

「そう。つまりゲーム内計算資源を優遇するゲームシステム。『運営』が敷いたレベルデザインの意図。すべては《迷宮フィールド》攻略速度の上昇を促すものだ」

 

 「これは私の推測だけど」、と。

 カナミヤは湯飲みを両手で添えるように持ちながら、ほこほこと揺れる湯気に目線を落とす。

 

「『運営』は恐らく人間ではない」

 

 それは何故──という質問をする前に、カナミヤは続けた。

 

「活動原理に一貫性のある行動が見られない。私達をゲーム内に閉じ込め《迷宮フィールド》の攻略しか出来ない状態にする。そこまではいい。けれど……」

「……そうか。『運営』は私達にゲーム攻略を強制してないんだ」

「“理性破砕(レイドボスイベント)”もそうだよ。わざわざ200万人分の計算処理資源──生体脳構造を誘拐しているんだ。なのにわざわざ非稼働状態に移行できるようにするなんて矛盾している」

 

 実際、私達ユーザーは201人しかいない。 

 その内ゲームクリアを目指しているのは、真摯にダンジョンに挑んでいるのはカナミヤだけ。『運営』がどうしてもダンジョン攻略に熱中してほしいなら、もっと大きな餌がないと変だ。

 ……ダンジョンの最奥までたどり着けば、ゲームからの脱出が叶う、とか。

 だけど『運営』が残したアナウンスはたった一言だけ。

 

 

 

《あなた達は真に自由です。》

 

 

 

 『運営』は《迷宮フィールド》の最奥があるだなんて言っていないし、仮にあったとしてもそこに何があるかなんて名言していないのだ。

 これでは誰も迷宮攻略に熱を上げることはないだろう。人間の、ユーザーの熱意ややる気といったものをまるで無視している。

 

「それじゃあ……『運営』は神様みたいなものなのかなあ」

「私達には理解できない上位存在かもしれない。噂通り地球外生命体なのかもしれない。(それ)はそもそも生命ですらないかもしれない。ダンジョンという複雑な計算処理を実行させる空間において運営はユーザーに何らかの解を導かせたいのかもしれない」

「なんか……なんかさっきから『かもしれない』が多い気がする……!」

「私にも真実は分からないから」

 

 さらりと言って、だけど臆する様子もなくカナミヤは続ける。

 

「だけど。であれば。そこにこそ運営の真意があり思惑があると思ってる」

 

 それが“真理”か。

 

「真意。真理。真実。真相。……なるほどなあ」

 

 カナミヤの話には説得力があった。

 だけど……妙な部分もある。

 そもそもカナミヤが言っている『《迷宮フィールド》は“真理”獲得を目的とした場所』という説を裏付けるものがないんだ。だというのに、カナミヤはそれがさも当然とでも言わんばかりに話の大前提としている。

 私はカナミヤを改めて見つめた。

 小さな女の子だ。

 背は150cmくらい。小さなお顔。さらさらしたセミロングの黒髪。小さくて丸い肩。小ぶりな手。細い首とあごのライン。柔らかそうな鼻の凹凸。大きな猫目に平静だけがある表情。

 可愛くて冷たい印象の女の子。 

 ──ゲーム内『最強』のユーザー、カナミヤは一体何を知っているのだろう? 

 

「カナミヤは真理が欲しいの?」

「うん」

「どうして?」

「…………『どうして』?」

 

 オウム返しに呟いてから、一テンポ遅れた後にカナミヤは小首を傾げる。くっきりとした二重まぶたの奥から黒の瞳は私だけを見ていた。

 

「私の責任と義務がそこにある」

「それ昔も言ってたよね。なんか難しい話?」

「詳細は語りたくない」

 

 珍しい一言だった。

 目どころか顔ごと横を向いて視線を外し、明らかな拒絶をカナミヤは示す。むむ、珍しい反応。

 

「それに。知りたいという欲求に明確な理屈なんてないよ。知ることは解決の第一歩だから」

「なんかテツガクって感じがする……。カナミヤのことだから、もっとすんごいすんげーはっきりした目的意識でもあるのかと思ってた」

「きみが私を知りたがること。私がこうしてきみと対話を求めていること。そのどちらにも明確な理由があるのかな」

 

 カナミヤの言い分は的確だった。事実として、私はカナミヤへの欲求を明文化できないのだ。

 私は思わず怯んでしまう。そうしてまごついている私に、カナミヤは浅く俯いて小さく口を開く──ため息を吐く。

 そして、ぽつりと。

 

「……だから未だにきみの言葉の意味がわからない」

 

 ……えっ。

 何その言葉──。 

 

「愛してるって言ったこと?」

「他に何があるの」

 

 浅く俯いたままカナミヤが私を見上げた。ともすれば睨んでいるとさえ受け取れる上目遣いに、私の鼓動が一際強く跳ねる。

 なんだろう。

 全然カナミヤの顔には出てないけど。態度で薄っすら感じるくらいだけど。も、もしかしてなんだけど……! 

 

「もッもしかして……結構悩んでる? 私の『愛してる』の一言で?」

「……」

「悩んでたりしちゃうのかなっ? もしかしなくても悩んでるんじゃないのかなぁっ?」

「なんだか嬉しそうだねきみ」

 

 思わず頬に手を当てたら、めっちゃニヤケてた。

 どうしよう。笑うのが止まらない。笑うっていうかニヤニヤしちゃうっていうか……とにかく感情とリンクして体がむず痒い! 

 そうか。私の言葉でカナミヤが動揺するんだ、出来るんだ。

 

「んふふ。ごめんね、ごめんなさい」

 

 じーっと見つめられながらもしばらくニヤケ面を抑えられなかった私は、ややあって落ち着いてから。

 

「私もそうだよ」

 

 カナミヤに自然と微笑んでいた。

 

「『私も』。どういう意味」

「だからね、カナミヤってダンジョンが好きなんでしょ?」

「好き……なのかな。これは」

 

 だって絶対そうだよ。

 大好きじゃなかったらそんなにずっと《迷宮フィールド》にこもれないよ。

 

「私が言うカナミヤのことを知りたいっていうのはね。それは、きっと今カナミヤがダンジョンに向けているのと同じ意味なんだ」

「なるほど。──その理屈だときみは私の事が好きだという論調になるね」

「……」

 

 確かにね。

 ……隙を晒すとすぐこうやって切り込んでくるんだもんな。

 私は微笑んだまま僅かに黙る。少し思考をまとめてから口を開いた。

 

「君を好ましく思っているのは否定しない。事実だから」

 

 カナミヤはいつも通りの態度で湯飲みを傾ける。私を細めた眼で見つめている。

 へへへ……。

 その、私は全然冷静ですけど、って態度を引っぺがしてやる。 

 

「でもその理屈をカナミヤが認めるなら、逆説的に君も『私と対話を求めること』に明確な理由があると思うんだけどなー」

 

 ぴたりとカナミヤの動きが止まった。

 滑らかに少女の瞼が閉じる。目を瞑る。

 

「しかも私と同じ理由だってカナミヤが推測する、つもりはビッグなラブが理由な気がするんだよなー」

「……」

 

 BIGLOVE……。私が両手でハートマークを作り、更にウインクまでバチィっとしてみせると、カナミヤは音もなく湯飲みをちゃぶ台の上に戻し。

 目を開くと──私のポーズを見てから目を逸らした。

 

「ねえ。この話はやめようか」

「あッ逃げたッ! カナミヤが逃げた! 逃げるなー!」

「逃げてない」

「逃げてるよー絶対逃げてる」

「そうなんだ。すごいね」

「ちなみに私は逃げてないよ。今日は君に愛の告白もしたんだから!」

 

 「ふうん」。と奇妙な相槌を打ったカナミヤは静かに呟く。

 

「つまり口先だけの女なんだねきみは」

「……。……これ何を言い返しても私墓穴掘るよね?」

「だろうね」

「うーん。この話はやめ! やめやめ! おしまい!」

 

 パンパンと両手を叩き合わせ、話題を区切る。カナミヤもあまり突っ込まれたくない話題になったからかそれ以上何かを言うことはなかった。

 

「……」

「……」

 

 ……こうして、二人とも喋らない静かな時間が流れる。

 カナミヤが緑茶をゆっくりと飲み。私はそんなカナミヤをぼんやりと眺め続ける静寂。

 だけどそれは窮屈で落ち着かないということではなくて。

 ただそこに二人で居ることが自然の摂理のような、初めからそうあることが正しいような、収まるべき場所に戻れたような、そんな居心地の良さがあって。

 

「ふわぁ……」

 

 自然──私の口から欠伸が漏れた。

 

「眠いんだ」

「うん。そりゃもう今日は色々あったし……」

 

 窓に目を向ければ外はだいぶ暗かった。普段ならもう熟睡している頃合いだ。

 

「カナミヤは眠くないの?」

「ここ最近眠ってないからわからない」

「ここ最近ってどれくらい……?」

「さあね。数えてないから」

 

 さっき話していたデバフ無効云々の話が関係しているのだろう。睡眠を必要としないってすごいなー、などと私はウトウトしながら思った。

 

「ねえ、もう遅いし泊まってってもいい? ……ですか?」

「突然の敬語だね」

「だめ?」

「好きにすればいい」

 

 そういうわけで。

 ちゃぶ台と湯飲みを片付けたカナミヤが、部屋の隅にあった敷き布団を広げた。

 二つ。横並びに。

 

「えー。別々の布団なんだ……」

「きみ」

 

 もぞもぞと布団の中にもぐりこんだカナミヤが、照明を消した私を見上げながら呟く。

 

「少しふしだらだよ」

「ふ、ふしだら?!」

「アンフェルフェフォビアと爛れた生活でも送っているのかな」

「爛れた生活!?」

 

 どういう貞操観念なんだ。絶対変なこと想像してるよ。

 私はどう説明したものか考えあぐねつつ、隣の布団に潜り込む。カナミヤの横顔に体を向けて、説明する。

 

「カナミヤが想像しているようなことはまったくないけど……フェフォとはよく一緒に同じベッドで寝てるよ」

「アンフェルフェフォビアはきみを大切に思っているんだね」

 

 話の流れで思い出した。

 そうだった。これも聞いておきたかったんだ。

 

「カナミヤはフェフォと付き合いが長いの?」

 

 灯りの落ちた室内。暗がりの中で、カナミヤはすぐには反応を返さなかった。しばらく経ってようやく、枕に乗せた頭をこちらに回す。

 

「サービス開始あたりからの知り合いなんだ」

 

『あたり』? 引っかかる言い方だな。

 突っ込むべきか……でもさっきの沈黙からして、本当の事は教えてくれなさそうだ。

 

「そうなんだ。なのに何ていうか……あんまり仲良くないよね」

「仲が悪いのは仕方がない。私とアンフェルフェフォビアは致命的に思想が違っていた」

「思想……」

「方向性と呼んでもいいかもしれない」

 

 カナミヤの瞳は暗夜の中でも際立って澄んだ黒色をしていた。揺らぐことのない艶めき、輝きが、私だけを眼に収めている。

 

「それと。私はいつもアンフェルフェフォビアにとって間の悪い時にしか現れないらしい」

 

 フェフォからの約束を、フェフォ自身に反故させてしまった事を言っているのだろう。あれは結果的にそうなっただけで、カナミヤに悪気があったわけじゃないってフェフォも理解しているとは思うけど……。

 

「今日も二人の邪魔をしてしまったんだろうね」

「そんなことないよ。そうやって気にしてくれているなら、それを伝えればいいんだよ」

 

 カナミヤの考えていることは分からないけど、こうして言葉にして伝えようとしてくれていることは分かる。

 私はほっとしているんだ。カナミヤが、自分の都合だけを優先する『お子ちゃま』じゃなかったことに。

 ──不意に、奇妙な熱量が沸き起こるのを感じた。

 考え出すのと口が開くのはほぼ同時だった。

 

「ねえ。明日フェフォの所へ行こうよ! 三人で話そう? 色んな事、これからのこと!」

「やめた方がいい」

 

 今度は即答。ぴしゃりと言って尚も続ける。

 

「私と会うとアンフェルフェフォビアは不機嫌になる」

 

 確かにね。それは今までの二人を見ていてすぐにわかった。

 でも……と思わずにはいられない。

 

「ねえ、いつまでも立ち止まる事なんてできないんだよ」

「……」

「私達は生きているんだから。前にも進むし、後退したりもするけど、だけど永遠に足踏みをすることだけはありえないんだ」

 

 トーギとレイラさんがいい例だ。

 以前は離婚と結婚を延々と繰り返していた二人だけど、トーギの半レイドボス化を経てからは途切れることのなく関係が続いている。仲睦まじい様子を毎日『村』で見ることが出来る。

 私達は時間の前進に合わせて歩くことができる存在なんだ。

 関係性が変わる可能性は0じゃない。

 

「なれるよ。フェフォとカナミヤは仲良くなれると思う!」

「……そうかな」

「もちろん!」

 

 私が保証するし証明する! 

 きっときっと上手くいく。上手くいかないはずがない。

 何故って私は知っているから。フェフォが、毒舌だけど面倒見がよくて、とっても優しい素敵な女性だって。カナミヤが、言葉足らずで早口だけど、他人を気遣うことができる優しい女の子だって。

 

「今日だけでカナミヤのことをたくさん知ることができたよ。わかったんだ。カナミヤが本当はお喋りで、ちょっと抜けてて、負けず嫌いでエプロンをうまく着けられない人なんだって! あと論破されそうになると逃げるところとか!」

 

 それでも足りない。もっともっと私は知りたい。

 ……カナミヤと同じだ。

『知りたい』って想い。衝動。興味。欲求。明確な理屈や理由なんて与えられない。だけど知りたくて仕方ないから知ろうとする。──同じ好奇心を私とカナミヤは持っている。

 だから私は堂々と笑って見せた。カナミヤに示すために。似た者同士の君に。私に出来ることをカナミヤにも出来ると確信しているから。

 いつか君の笑顔が見られたらいい。

 

「君を知りたいと思うこの想いは、ねえ、なんなのかな?」

「さあね。私にもわからない」

 

 君の笑顔を、フェフォと一緒に見られるなら最高だ。

 

「もう遅い。寝ようか」

「うん。おやすみなさい、カナミヤ」

「おやすみ」

 

 そうしてカナミヤは目を閉じる。私の方を向いたまま。そっと……少しだけ、少女の眠り顔を観察する。

 寝てるのかな。眠ることが出来るのだろうか。それとも何か考え事をしている? 

 わからない。

 私は目を閉じた。決して寝息なんて聞こえてこない和室の中で、思考は急激に沈んでいく。暖かな泥の中に落ちていくような感覚の中、私は不思議と満たされた気持ちで一杯だった。

 

 なんだろう。

 うまく言えないけど……何かが変わりつつある気がする。

 ここから。今から。私達は次の歩進を始めていけるような気がするんだ。

 

 

 

 

 

 

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