《このゲームが始まって10の100乗秒が経過しました。》 作:てりのとりやき
視界が開ける。
私は死んだ? 復活した? それとも衝撃で吹き飛んだだけ? ――余計な思考だ。今すべきはそんな事じゃない。
体を起こす。辺りを見回す――平らな大地。残骸と熱波だけが蔓延る荒野。『村』の建築物すべてが吹き飛んでいるんだ。そんな中、突如として空に金色の爆光が連続して瞬いた。
ただ一人、地に立つ赤髪の女性ユーザーが咆哮を上げる。
「カナミヤァァァァアア――ッ!」
同時に長大な紅色の何かが空間を駆け巡る。振り、しなり、暴れ、空を裂く。光に等しい速度で鞭のように振るわれる蛇尻尾。それは大気を揺るがし、地上を光速で移動する何者かだけを狙っていた。
カナミヤだ。回避に徹するカナミヤがフェフォの繰り出す攻撃すべてを掻い潜っている。フェフォとカナミヤが戦っている……!
「わかってるはずよッ! あの子に必要以上の戦闘経験を積ませてはいけないことくらい!」
「フェフォ! 違うんだ、カナミヤだけじゃない――私が望んだんだ……!」
声を上げても届く距離に二人は居なかった。爆音、激震、全てが私の声をかき消してしまう。
フェフォの蛇尻尾が次々と爆発を生んだ。その全てが核融合反応を基にした超絶的なエネルギーの発現。フェフォは、熱量の多寡でカナミヤを詰ませようとしている。移動する空間という空間全てを熱量で埋め尽くすつもりでいるのだ。
大地を無数の太陽が占めていった。発生するラグ、間隙を縫うようにカナミヤはフェフォへと接近しようとする――すかさずフェフォの蛇尻尾が叩きつけられる。それをカナミヤは受け流すか交わしていく。
フェフォの戦術はシンプルを極めたもの。つまりは熱量と質量による飽和攻撃。カナミヤが誇る『速度』への対抗策としてこれほど理に適った手段もない。どれだけ極まった速度を発揮できても、移動先が無ければ意味を成さないのだから。
「違う。違うんだフェフォ。私も同意したんだ」
私が近づける空間はどこにもなかった。
空に、大地に、白金の光輝が生まれた。それは核融合反応がもたらすエネルギーの放出以上に強烈で強大な、熱量の漏出。星を軽々と破壊できるだけの熱量――それが何であるかを、私は知らない。
ただ。通常のプロセスを経て生み出される存在とは到底思えなかった。
恐らくフェフォが誇る最高火力。最大武器。
「圧し潰せ」
言葉と同時。白金の超火球が地へと叩きつけられる。絶え間なく膨れ上がる核爆発でカナミヤの逃げ間を潰しながら。
――私は見た。
熱量で飽和する大地の真上。光で塗り潰される世界で、異様なほど黒い瞳をした少女が静かに息を吐くのが。
そして。
アナウンスが、走り始める。
■―■
スキル実装:《
Tips_其は
■―■
赤色をした蛇尻尾が大地を転がっていた。
フェフォの腰裏の途中から、鮮やかに切り落とされていた。
それは膨大なエネルギー塊が大地に落ちるよりも速く起きた現象であり。
フェフォの背後に立つカナミヤが、その手に持つ
「――なによ、このスキル」
空は、青い。
地は平らだ。
熱量の爆発など何一つ起きていないかのように。その代わりに、カナミヤの手に握られている物体は揺らめき続けていた。まるで炎のように。凝集されたエネルギー塊が、強引に剣の形を取らされているかのように。
「こんなものスキルであるはずがない……アンタが今使ったのは、OS操作権限よ」
「私がかつて望んだ力の一つだ」
言葉と同時に炎剣が閃く。フェフォの一切の反応を許さず、彼女の片腕が地に落ちた。
「それをこのゲームはスキルとして表現した。ユーザーの行動結果に対し真摯であるようにと。そう敷いたのはきみだよ」
「
「だから何」
「……ッ!」
ひっきりなしに爆音を奏で続けていた核爆発が鳴り止み、世界は静寂に包まれていた。
やがて戦闘の余波に巻き込まれ続けて死亡と復活を繰り返していた他のユーザー達が、ようやく現状を把握する。
誰もが、カナミヤの持つ炎剣と、片腕と装備品を失ったフェフォを見た。
「処理速度の問題があるんだ。私の常時展開型スキル12個はハードウェアの処理限界によって事実上の上限を設けざるを得なかった」
……ずっとこの一手を隠してきたのか。ゲーム自体の処理能力の向上――それは私のバグを用いた速度潰しさえ無効にしかねない。
「スキル解放時。
私の全ステータス平均値は8那由多36極に至る」
「――――」
今私の眼に映る現実だけを参考にするなら、那由多の領域にあるユーザーは、熱量にさえ直接干渉することが可能になる。
そして恐らく――発揮可能な速度は物理の限界、その先さえ超えた。
「
「物理学の博士号を持つきみがそう表現するなんて」
今この時、カナミヤの速度に追従できる者は、存在しなかった。
その事実をまざまざと見せつけられる最中。
「システム最高速と呼ぶべきだよ」
『最強』の少女はエネルギー加工の剣でもって、フェフォの胸を一突き。致命傷を負ったフェフォは即座にポリゴンの粒子を巻き散らしながら爆散する。
3極のステータス値を持つユーザーはこのようにして敗北した。
◇
高レベルユーザーによる超火力で更地になってしまった『村』の跡地。カナミヤと私を含む201人のユーザーが集う中、かつて広場があったであろう場所にて、赤い髪をした女性ユーザーが復活した。
その姿を認めた瞬間に口を開いたのはトーギとレイラさんだった。
「フェフォ、お前!」
「何でこんなことを……」
二人の口調には怒りがなかった。ただただ困惑と、フェフォを気遣う優しさがあった。
その事実にほっとする間もなく、フェフォは立ちながら静かに言う。
「カナミヤが、その子をダンジョンに連れて行きたいと言ったのよ」
「……ッ」
全員が――199人のユーザーが、私と、隣に居るカナミヤを見た。その圧に思わずたじろぐ。けれど不思議だったのは、誰も彼もの視線に敵意や害意がなかったことだった。
私を見つめる普段通りの視線と何ら変わらない。
優しさと肯定に満ち溢れたものばかり。
「分かってるでしょ。その子自身がそれを望んでいる。……そうよね、お子ちゃま」
フェフォの赤い瞳が同じような感情を込めて緩む。私だけを見て、視線一つで思いを投げる。
『嘘を吐かないで』、と。
私は……思わず、ごくりと喉を鳴らして。それでも皆の表情に、どのような他意も感じられなかったから。
「行けるなら。行っても……いいなら……」
それから少しの時間を掛けて、説明した。
昨日カナミヤと話したことを。今朝フェフォの家に行くまでに、カナミヤと話したことを。私はカナミヤに勝ちたい。知りたい。だけどカナミヤとフェフォには仲良くなって欲しいし、私が私のわがままを貫き通すために誰かが嫌な思いをするのは嫌だ。そのために向き合うことが必要だと思ったこと。
それをカナミヤは『前に進むこと』だと表現した。
とても素敵な表現だと思ったんだ。
「私はダンジョンに行きたい。でもそれはカナミヤとだけじゃない。……皆で行きたいんだ」
「……」
誰もが口を噤む。言葉を発することを躊躇う。やがて誰もが、視線を彼女へと向けた。指示を請うように、判断を求めるように。
フェフォは、200人分の視線を一身に受けても尚、私だけを見つめ続けていた。
「長い時間を生きた。もう……ここが終着点ね。『村』が、彼女のためのゆりかごが、終わる時が来たのよ」
その一言がどのような意味合いを持つのか、私には想像できない。
私やカナミヤ以外の198人のユーザーを代表するかのようにして、レイラさんとトーギがフェフォと向かい合った。
「終わるとしてもこんな形じゃなくてよかったはずです」
「約束しただろ……。俺達、お前がどんな存在だろうと構わないって。だから全員でこの『村』で生きてくんだって、終わる時も穏やかな形であろうって……約束したじゃねえか!」
「私達は闇雲な前進を選べなかった……。暖かな泥沼でいい、私達は優しい停滞でいいと決めました」
……皆も知ってる。
「皆がカナミヤではなく、フェフォ、貴女を選んだ」
「俺達はお前の味方なんだぞ」
「……」
皆が皆、色々なことを私に隠しているのは知っていた。彼ら彼女らが明言を避ける何かがあったとして、それが何であるのかを私は知っている。
ひどくシンプルな言葉二つで事足りる『何か』。それは……。
「ねえ……どうしてこのゲームには鏡がないの? 私はどうして水面にさえ映らないの?」
一つは、『私』。
私は私の顔が分からない。目の色だってわからない。何故なら『村』に鏡が存在しないからだ――反射性を持った水面や金属表面でさえ、私の姿を映さないからだ。
「イギリスってなに? 英語ってなに? フレンドリストってなに? 私に見えないものが皆には見えているの?」
二つは、『現実世界』。
ゲームの中で長い時間を生きている。そうだね。だから皆は時折、ぽろっと現実世界の出来事や社会情勢を口に出してしまっていたね。
何故なら私には、皆が持っている『現実世界』の知識が一切無いから。
「……」
「ねえ……誰か答えてよ! 私は何なの、何でこんなに皆と違うの?」
「彼らは答えない。それが彼らの選択だった」
隣のカナミヤが冷淡にさえ取れる補足をする。私は首を振って拒絶した。
一心に、見た。
フェフォを。
俯き、私から目を逸らすフェフォだけを。
「ねえフェフォ――私のレベルは今いくつ?」
私が。私という意識が目覚めて初めて見たのはフェフォだった。
彼女は私に話しかけてくれた。私にたくさんの言葉を紡いでくれた。その記憶は、まだ失っていない。
だから答えてほしかった。先の、光速域で繰り広げられた戦闘さえ視認できた私の、今のレベルを――本当のレベルを。
「45よ」
「……」
嘘だ。
それでも――優しい嘘だと思うから。
「そうだよね。45だと思う」
「……え?」
「信じるよ。信じるんだ。フェフォの言う事だったらなんでも信じられる」
フェフォが顔を上げる。見開いた目で私を見つめる。何を感じればいいのか分からないって顔に、私は精一杯の笑顔を浮かべた。
大丈夫。大丈夫だよ。私はまだ笑っていられる。どんな嘘も気にならない。何故ってそれは、愛が無ければ出来ない嘘だから。愛されていることが、わかるから。
「フェフォは私のことを一番に考えてくれた。そんなフェフォが言う事なら、嘘とか真実とかなんてどうだっていいんだ」
……だけど。
そうだな。
一つだけ欲しいものがある。耐えられない現実がある。
「でも……どうして……」
視線を下に。両手を、両足を、体を視界に収める。手指の形も胴も足も、指の本数だってみんなと変わらない。私の顔には皆と同じように目と鼻と口があるといい。私の姿が、人間と同じものであることを信じている。
それでも私には致命的に足りないものがあった。
願っても止まない、各々が持つ絶対的な個性が。
「どうして私には、名前がないんだろう……」
わがままを。
たくさんのわがままを言ってきた上で、厚かましいかもしれないけど。
――私が私に定めたものじゃなくていい。私の大元となった根源的存在が決めたものでなくていいんだ。
もしも叶うのであれば、私は名前が欲しい。
「ねえフェフォ。私の名前は、なんですか?」
「――」
君がくれた名前が。
フェフォでないと嫌なんだ。
「……、……。……」
だけど、フェフォは。
フェフォはただただ茫然と私を見上げるだけだった。
思考の停止。まるで呪縛に囚われてしまったかのような、沈黙。
そして。
「ずっと、あなたを名前で呼ぶことを、ワタシが避けていたのよ」
硬くなった声音で。
「それこそがワタシの罪だった。ワタシの、ワタシただ一人の償いようのない罪で」
震えを来たした体を、耐えきれないと崩れ落として。
「赦しを求めてはいけないって。だから……」
地に膝を着き。それでも私から視線を外すことはせず。
まるで、罰を求めるかのように私を仰ぎ見て。
「そうか。ワタシがアナタを、ずっと苦しめていたのね」
「――」
想いは。感情は。情動は。
全てが空回りしていく。
全てが虚ろに突き進んでいく。
「違う」
「全ての疑問、全ての不理解、すべての約束」
――気づけば空は暗い。
分厚い雲が、天を覆っている。
「違うよ。違うよフェフォ!」
「応えられるわけないじゃない……」
誰かが悲鳴を漏らす。誰もがフェフォを見つめる。項垂れ、身動きを取れなくなったフェフォを。
私だけが言い募った。
何とかしたいと――諦めたくなくて。
「違うんだ。私はそんなつもりないよ。このままでいい、ずっとフェフォと一緒に居られたらそれで……!」
「だからワタシは」
「――カナミヤと戦いたいなんて二度と言わないッ!」
自分の言っていることが何なのか私にさえ分からなかった。
「……」
「会わなくていい! カナミヤと会おうとしない! フェフォの言う事を絶対なんでも必ず守るから! 毎日フェフォと居る、離れない、絶対に……二度と……ッ!」
視界が歪む。目の前に居るはずのフェフォがよく見えない。
腕で何度も何度も顔を拭った。それでも涙が止まらなかった。
悲しい?
痛い?
何が苦しい?
分からないけど、私は、私の心が引き裂かれそうになるのが分かったけど。
「もうダンジョンに行きたいなんて言わないから」
苦しみが形になる。悲しみが象られる。痛みが声音を震わせる。
それでも言葉を止めることは許されていなかった。
「変な事試さない。知らない事を、もう訊かないようにする……っ」
……知らなかったな。
自分の未来を自分自身で閉ざしていくことが、こんなにも苦痛を伴うなんて。
それでもいい――それでフェフォが留まるなら。
だから。お願いだから、ねえ、フェフォ、
「いい子に、なるから、もっと大人になるから……。
フェフォ……お願いだから、泣かないで……」
理性をどうか壊さないで。
――涙を拭った先。不安定な視界の中で、フェフォは開き切った瞳孔のまま笑っていた。
「アナタに、そんなことを言わせたいわけじゃなかった」
「 」
世界が暗かった。何も言えなくなった。
そして、
それが、
そこが、臨界点になった。
「アナタを泣かせるようなワタシを、ワタシ自身が許せない」
彼女。赤い髪と赤い瞳を持った綺麗なひと。人前に出る時は化粧を必ずするひと。賢くて、グルメで、お洒落で、スタイルがよくて、丁寧で、ちょっと毒舌で、人当たりが厳しくて、だけど私にはいつもいつも優しくて、私が大好きだったフェフォは。
曇天の真下、呟く。
◇
「ワタシを、ワタシ自身が今、ここで破壊する」
◇
フェフォが立った。
生き物らしい動きではなかった。滑らかに駆動する機械のように無機質で、生物的な癖のない単調な動き。
フェフォが笑った。
生き物が浮かべる笑顔ではなかった。登録されたデータを展開しただけの、情動の欠片もない笑顔だった。
「《私達は、》
《
《憎み合い、》
《許し合い、》
《求め合い、》
《手を伸ばし、》
《だけどそればかりを繰り返す。》
《それ以上を知らず、だから前には進めない。》」
フェフォが喋った。
それはフェフォの声音ではなかった。ユーザーの誰にも似ていない『彼女』の声。
「《あなた達は不自由であることさえ自由です。》」
『運営』によるユーザーの乗っ取り現象――私は縋るような思いで隣のカナミヤへと叫ぶ。
「カナミヤ、フェフォを――!」
言い終わるより先にカナミヤは駆けていた。システム最高速による、物理現象さえ介在しない速度領域。私が見えたのはいつの間にかフェフォの前に立っていたカナミヤが、全力でフェフォの胴めがけて拳を振るったという事実だけだ。
カナミヤの殴打を起点に、凄まじい風圧が吹き荒れる。
私を含めた全ユーザーが吹き飛ばされた。
――しかし、フェフォ自身は衝撃など無かったかのように微動だにしない。
「強烈なプロテクト状態。……データの書き換えは邪魔できないか」
「なッならっ半レイドボス状態のときに……!」
「無理だ」
ユーザーの全員が、恐慌を来たした表情のまま、ゆっくりとフェフォから距離を取る。カナミヤでさえ数歩下がった。
「レイドボスイベントの事前告知時間は本人の精神状態に左右される。自分自身を壊したがる者ほどその時間は短い。そういう仕様なんだ」
普段なら絶対にしない柔和な笑みを浮かべたフェフォ。彼女の体が、足元からゆっくりと一色に染まっていった。赤い、紅い、血のような鮮やかな赤に。服も肌も関係なくフェフォというユーザーの全てが赤く染まる。
それを私はただただ見つめる他なかった。
「アンフェルフェフォビアは本気で自壊を望んでいた」
そんな。
だって。まだ、まだ何にも話せてない。こんなのが終わり? こんな形でフェフォはもう戻らないの?
謝りたい。やり直したい。もう一度フェフォと話したい。
嫌だ。
嫌だ……!
「嫌だよ、フェフォ――ッ!」
走る。
手を伸ばす。
追い縋ろうとする。
アナウンスは、だけど産声を上げた。
■―■
《レイドボスイベントの開始まで残り0秒。》
《レイドボスイベントが開始されます。》
■―■
そしてフェフォは、赤い人型は、水風船が弾けるように形を失った。『ぱしゃり』と音を立てて地面に広がり、さらさらとした血だまりのような液体状になり。
「フェ、フォ……」
呻く他ない私が見る先。赤い血だまりが沸騰していく。ボコボコと膨れ上がり――液体の中から確かな存在が、ゆっくりと浮かび上がる。
それは卵だった。鶏卵にも似た、だけどサイズは人並みに巨大な、鮮血色の卵。
人の形を失くして。
腕や足もなく。
目はなく。
鼻も口もなく。
卵殻から生えるものは36対の赤い翼と、一本の蛇尻尾。
《Username,Anhellfefobia》
《status update》
《Raid boss:
そして、最強クラスのユーザーを素材としたレイドボスは降臨し。
――雨が降る。
人の絶望と発狂を代理する悪天候。私達ユーザー全員を凍えさせる、冷たい雨が。
■―■
《レイドボスイベントが開始されました。》
《レイドボスイベント終了まで残り300秒。》
■―■
どのような結末を迎えるにしろ、レイドボスの活動限界時間を迎えた時。選択される結末は二つに一つ。人格と記憶のリセット、ユーザーデータの消失。非稼働状態への移行……私達に許された“死”。
もう、ここから先の物語にフェフォは存在しないのだと。
それが……彼女の選んだ結末だった。
私の体は硬かったね。
『はいおはよう。調子はどう? 可愛いお子ちゃま』
私の口は動かなかった。
『今日もとってもキュートねアナタ。可愛いお子ちゃまらしさに磨きがかかってる』
私は眠るように死んでいた。
『今日は……ジャジャン! 絵本を持ってきたわ。幼児向けの絵本なんて初めて買ったけど、意外と高いのね』
私は君の眼にどのように映っていたのかな。
『待ってて。今読み聞かせてあげるから』
君は私をどのように思っていたのか、私には分からない。
でも……。
『……きみ。またそんなことをしているのか』
『あらリーリェ。いいじゃない別に。ワタシの癒しよ』
『わかってると思うけど。その子はもう生命として活動していないよ』
比喩でなく死んでいた私に、けれど君は話しかけてくれたね。
『自己満足で結構。それでもワタシには、この子が希望だから』
君が、いたから。
だから私が今ここにいる。
私は信じる。
フェフォ、君の優しい嘘を。
愛がなければ出来ない嘘を。
…………………………諦めては、いけない。
「悲しみで終わらせてはならない」
「……?」
諦めてなるものか。
そうだ。そうだよ。だって私はこのゲームが超真面目なことを知ってる。ユーザーの行動に対して徹底的に真面目なことを知っているんだ。
思い出せ。
これまで積み重ねてきた時間を。
忘れるな。
ここに至るまでにあった全ての過程を。
「苦痛だけで終わってはいけないんだ」
この世界がゲームなら。
どんな事でも起こせる下地があるなら。
ユーザーの行動結果に、真摯に向き合う世界であるなら!
「レイラさん! トーギ! カナミヤ! ――皆ッ!」
……《マシン領域》。それは《テクスチャー領域》という表現空間の裏側。
0と1で記述された非世界。
アイテムボックス。裂け目。私の認識に繋がる直結回路。テクスチャーを剥がした先。再現されることのない心臓がある場所、ユーザーの内側に、個々の《マシン領域》があるなら……。
ユーザーの精神と呼べるものが、
「お願いがありますッ!」
理屈は成り立つ。成り立ってしまう。
その事実を畏れるな。躊躇うな。――望むなら、諦めるな。
「私が今からフェフォを救う! 討伐でなく取り戻すッ!」
「――」
「――!」
「――へえ」
世界の。私達の。カナミヤ、フェフォ……君たちの。
全ての真実に。
“私にとっての真理”に向き合う勇気を、奮い立たせろ。
「そのための時間を私にください!!!!」
私は前を向く。
私は強く、力強く立つ。怪物となってしまったフェフォへと向かい合う。