《このゲームが始まって10の100乗秒が経過しました。》   作:てりのとりやき

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二人だけのもの/君がいたから

 

 

 

 豪雨が聴覚を潰す。視界を塗り潰す。

 198人目がレイドボスと化した時。私はそれでも形を成せていなかった。

 時間という概念が崩壊したのは随分昔からだ。198人がレイドボスになり続ける間。私の全身を走りまわる怖気にも、皮下を這う虫のような不快感にも、世界中を埋め尽くす破砕の轟音も、全てを私は受け入れ続けた。

 その上で思考を全力で回転させた。

『裂け目』の中に突き刺したままでいる右腕。その先をイメージし続けた。

 

「早く……速く……!」

 

 残された猶予は幾ばくも無い。これ以上の損耗はもう許されていない。

 この300秒が最後だ。ここから先には破綻しかない。

 

「悲しい終わり方なんて嫌だよ。寂しい別れなんて嫌なんだ!」

 

 吼えた直後。

 ──膨れ上がる大気を肌で感じる。顔を跳ね上げた。

 豪雨のカーテンを突き破り、今にも視界を埋め尽くさんとする巨体がこちらへと迫っていた。フェフォ……赤卵型レイドボスとの戦闘で吹き飛ばされた別のレイドボスの実体だった。

 直撃する──避けられない……! 

 

「泣いてはいけませんよ」

 

 私が目を瞑った直後。揺るぎない声音は眼前から。

 そしてアナウンスは穏やかに鳴り響く。

 

 

 ■―■

 

 

 スキル実装:《真宜(マギ)

 Tips_其は心意以外の復元を無制限に許す。

 

 

 ■―■

 

 

 強烈な衝撃音が鳴り響いた。だけど1秒後にも無事でいることに気付き目を開ける。

 透明なプラスチック製の大型防弾盾を構えた女性ユーザーが、私の前に立っていた。ショートカットの栗毛、赤縁眼鏡、振り向いた顔に浮かぶいつも通りの柔らかな微笑み。

 

「レイラ、さん……」

 

 レイドボスを受け流したんだ。ただのオブジェクトなら即座に破壊されているだろう衝撃を、レイラさん自身のスキルで耐えて。

 レイラさんは私と目が合うとにっこりと笑い、再び前を向いた。

 

「私達は……私たちにとって貴女は、子供みたいなものだったんです」

「子供じゃないよ。子供なんかじゃないよ!」

「そういう意味じゃありません。血の繋がりはないけれど、我が子のように思っていたんです」

「──え? どういう……」

 

 話しながらもレイラさんは盾を構える。時折吹き飛ばされてくるレイドボスや、レイドボスによる攻撃の流れ弾を受け流し、弾き、耐えきる。

 何度も何度も、轟音がレイラさんの目の前から鳴り響いた。

 細い両腕だ。

 簡単に折れてしまいそうな程たおやかな背中だったのに。

 今、私の前に立つ彼女の背は、鋼鉄で出来ているかのように硬い。

 

「私達はこの世界に居る限り、子供を持つことは出来ないんです」

 

 自嘲の笑みを忍ばせた言葉に、私は……何を言えばいいのか分からなくなった。

 レイラさんの使った表現は人間的なものだったけど、事実でもあった。この世界はゲームで、ユーザー達によって新たなユーザーを生み出すことは許されていない。

 だけど。

 私が。

 私が……皆の……? 

 

「ふふ。自覚、ないですよね。皆言い出せなかったんです。……覚えていますか? あなたは最初、言葉さえ満足に扱えなかった」

 

 私は呆然と彼女の背中を見上げる。

 愛する人を見つけ、添い遂げ、それでも次世代を望めない世界で生きる他なかった女性を。

 

「あなたに教えることが私達の喜びでした。あなたに与えることが私達の証でした。あなたが笑うことが私達の拠り所だったんです」

 

 それでも幸福で満ちた優しい声音が出来るレイラさんを。

 

「この世界で息をして、学び、楽しみ、笑い、生きていた貴女」

 

 極超音速で飛来した火球を受け、少しも引き下がらず。

 

「貴女がいたから──だから決めたんです。貴女のための私達でいようと」

 

 赤卵型レイドボスが横薙ぎに振るう蛇尻尾を受け止め。

 その重圧に呻き、だけど決して腕を折らず。

 

「貴女こそが私達の存在理由だった」

 

 盾を構え。

 心意一つで全てを耐え。

 絶対の耐久性で。守るべきものを見定めた者がする、力強さで。

 

「貴女が健やかに生き、仮想であってものびのびと生きてくれたなら、それで十分だって」

 

 彼女は立つ。立ち続ける。

 だけど時間は等しく流れ続けるから。

 ──レイドボスの活動終了まで、残り80秒。

 

「……ここまで、ですね」

「──」

 

 レイラさんは私の方を振り向いて、もう一度ニコリと笑った。

 そして。

 彼女の足元から、桜色の変遷が始まりだす。

 

「大丈夫。貴女なら絶対に出来ます」

 

 ………………………………。

 どうしてだろう。

 なんで私の周りに居る人たちは、みんな良い人ばかりなんだろう。

 命を平気で投げ出すんだ。

 大事なものを差し出して、それ以上のものがあるからって躊躇わずに。

 

「──認めない」

 

 認めない、認めない認めない認めない! 

 もっと皆幸せになっていい。もっともっと沢山望んでいいんだ。前に進めないなら私が連れていく。私が絶対に皆を救う。私達の終わり方に、始まり方にも、悲劇しかないなんて許せるはずがない!

 ──引きずりだせ……! 

 怒りで。不満で。納得いかない現実を覆せるだけの力を。今、ここに! 

 そして私は。

 『裂け目』から、絶対の確信をもって右腕を引き抜き。

 

 

 

 現れる。自ら潰した右腕の先。

 色を失くした『黒』の右手が。

 

 

 

 《テクスチャー領域》にありながら《マシン領域》として存在する、バグの腕。《テクスチャー領域》に直接干渉するための、私の手指……! 

 私は立つ。

 私は前を向く。右の五指を全開にして、私に背を向けたレイラさんに近づき。

 

「トーギ君。私も今、そちらに行きますね」

 

 触れる。

 目を閉じ、思考の内に思い浮かべるのは圧倒的な『黒』。色ではない『黒』。

 知覚できない闇を。宇宙よりも濃く、光という概念もない『黒』を。

 そし(・・)て私(・・)は感(・・)じ取(・・)()

 テクスチャーという、ユーザーの精神に五感情報として知覚される境界面でなく。今、私の右手が触れる先の0と1の羅列を。絶えず変化し続ける記述を。機械(マシン)にのみ理解できる言語──100万桁以上にも及ぶ二進数を。

 

 

 ──0を1に……。

 

 

 そし(・・)て更(・・)に私(・・)は感(・・)じ取(・・)れる(・・)。 

 0と1の間にあって不安定な存在。そのどちらにも変じ、どちらでもあろうとする量子の在り方。

 私達の世界(光量子コンピューター)。これが……今私の右手の先にあるものがそうなんだね、カナミヤ。

 理解できる。

 調整できる。

 今の私になら、その不安定性を絶対的な確率操作を以て決定づけられる……! 

 

 

 ──1を0に──ッ! 

 

 

 0と1の中にあって確かな存在、境界、テクスチャーの裏側にあるレイラさんという個の在り方を。

 魂を。

 私達の進み方は私達が決める。

 『運営』にも。ゲームシステムにさえ奪わせやしない。

 ──アナウンスは、今、だから私に(こうべ)を垂れる。

 

 

 

 ■―■

 

 

《レイドボスイベントの終了まで残り60秒。》

《レイドボスイベントの開始始始始始始始始始始始始始まままままままま残0000000000000000000000000000000000000000000

《レイドボスイベントは開始できませんでした。》

 

 

 ■―■

 

 

 

 その時、私の世界は確かな拡張を迎えた。

 認識が広がっていく。世界というものの見え方が変わっていく。

 遥か彼方──高度3000m上空。赤卵型レイドボスと肉薄し、超光速域にあるカナミヤがこちらを向くのが分かった。目を瞠り、決して聞こえるはずのない声音で呟くのも分かった。

 

「仕様──改竄……」

 

 同時に、足元から桜色に染まりつつあったレイラさんも振り向く。その全身を元の姿に戻しながら。

 

「貴女──何を────」

「レイラさん! カナミヤッ!」

 

 多くを語ることはしなかった。

 

「私に、私にフェフォに触れるところまでの道を作ってください!」

 

 私の右手から先を見つめたレイラさんの決断は速い。

 ──残り50秒。

 二人で頷き合う。そして上空に居るカナミヤもまた首を縦に振る。

 

「行きますよ……!」

 

 レイドボス同士の戦闘の最前線へと、私達は走り出した。

 盾を構えたレイラさんが先導する中、四方八方から様々な攻撃手段が飛来した。光速域の火球、質量兵器、機械の腕、猛毒の鱗粉、超高圧の水、──その全てをレイラさんは防ぐ。耐える。私の為の道を作ってくれる……! 

 

「ッ」

 

 ──残り45秒。

 突如として上空から膨れ上がる“圧”があった。高度3000m先から、瞬きより速く降り注ぐ赤い蛇尻尾──レイラさんが盾を構えるより先に現れるのは、小柄な少女。

 

「カナミヤ!」

「終わらせるよ」

「うん!」

 

 蛇尻尾を素手で掴み取ったカナミヤが、そのまま蛇尻尾を地へと叩きつけた。裂帛も何もない軽やかな動作は、しかし最高値のステータスによってありとあらゆるオブジェクトに強制を促す。

 ──世界に激震。赤卵型オブジェクトが落下した。

 距離にして3000m先。遠い──けれど諦める理由にしていいはずがない! 

 

「行って。早く。長くは持ちこたえられない」

 

 ──残り32秒。

 レイラさんと私は全力で駆けだした。持てるステータスの全てを用いて、赤い蛇尻尾の先に繋がる赤卵型レイドボスへ──フェフォの下へと。

 だけど走り出した直後だ。

 空間全体が、一斉に熱を帯びていくのを肌で感じた。これは──ノーモーションの反物質爆撃……! レイドボスの攻撃優先順位が私達に繰り上がっている! 

 

「しまッ────」

「大丈夫。絶対に大丈夫です!」

 

 全方位に及ぶ熱量の爆発。耐えきる手段のない飽和攻撃に、レイラさんが即座に反転。盾を放り捨て私を抱きしめた。

 その身を以て私を守ろうとしてくれる。私達がきつく目を瞑る中、私達を覆う影が無数に生まれた。

 視界を埋め尽くす影。それは、沢山の異形──レイドボス達だった。

 

「みんな……!」

 

 ──残り25秒。

 爆ぜる。

 レイドボス達が。皆が。私を守るためだけに壁となっている。超越的なエネルギーの奔流を耐え凌ぎ、吹き飛ばされれば他のレイドボスが壁となった。198人のレイドボスが私の為に存在していた。

 

「……ッ!」

 

 涙が溢れそうになる。胸が震える。私を想う沢山の心に、それでも泣いてはいけないと前を向いた。皆が作る壁の先にいるフェフォだけを見つめた。

 一人、また一人と吹き飛ばされる。四肢を失い、肉体の大半を消失し、身動きが取れなくなっていく。

 そしてようやく爆撃が終わった時。

 

 

 

 目の前に狼が横たわっていた。

 

 

 

 全長にして30メートルはあったはずの巨躯は、既に前脚から先しかない。私達の全身ほどに大きな顎、潰れた両目をそれでも黒狼型レイドボスはフェフォへと向けていた。その、ほとんど残っていない背中。トラスフレームの残滓の中に、小さなロケットが作られた。

 長さにして僅か3メートル。

 実験用の、小型ロケット。

 それはレイラさんのすぐ傍にあった。

 

「トーギ君……!」

 

 涙をにじませた声を上擦らせて、それでもレイラさんは一切立ち止まらなかった。

 抱きしめていた私をロケットに。私が表面の突起物に掴まったのと同時、ロケットが炎を噴き出す。

 ──残り19秒。

 直後、更に空間は熱を帯びていく。二度目の反物質爆撃。

 身動きの取れないレイドボス達が咆哮を上げ、

 

「──もう二度と壊させません……!」

 

 レイラさんがロケットに対し右手を向ける。その機械の塊に触れる。

 絶対不壊のユニークスキルはたったそれだけで、ロケットに与えられる一切の影響を無効化した。

 

「これはトーギ君が命を賭けて作ったものです! 

 彼の魂が!! 

 誇りがここには存在します!!!!」

 

 言葉と同時。ロケットが前進を始め、──瞬間的な加速でもって音を突破した。

 必死になって捕まる私は、ただ前だけを向く。

 

 

 

 

 

「進んで!」

 

 ──残り13秒。

 遥か後方、反物質爆撃の中でレイラさんが叫ぶ。

 

 

 

 

「貴女が想う場所へ!」

 

 ──残り7秒。

 暴れる蛇尻尾が抑えつけられる。

 

 

 

 

「行ける所まで!!」

 

 ──残り5秒。

 トーギが。皆が。道を阻む爆撃の盾になる。

 

 

 

 

「決めたのなら全力で!!!!」

 

 ──残り3秒。

 今。

 私の目の前に。

 衝突寸前の位置に。

 

「君にようやく、手が届く──」

 

 赤卵型レイドボスの表皮に触れた直後。

 私は私自身の意思のみでレイドボスに『裂け目』を生み出し、ロケットの直進する勢いのまま《マシン領域》へと突入した。

 

 

 

 ■―■

 

 

《レイドボスイベントの終了まで残り1秒。》

《残り1秒。》

《残り1秒。》

《残り1秒。》

《残り1秒。》

《残り1秒。》

《残り1秒。》

《残り1秒。》

《残り1秒。》

 

 

 ■―■

 

 

 世界が暗かった。黒くて、何も分からなかった。

《マシン領域》。私は闇雲に藻掻いた。藻掻くイメージで体を動かす。そこに存在しない手足でかき進む。 

 

『フェフォ! フェフォ! フェフォ──!』

 

 この暗がりを怖いと思ったのは初めてだった。今まではずっと一人だったから、一人で行く先を決めれば済んだから。

 だけど『ここ』にはフェフォが居るはずだった。私の予測、私の知る情報から組み立てた仮説通りであれば絶対に。

 

『いるなら返事をして! お願いだから私の声を聴いて! 君の姿を見せてよ!』

 

 だからこそ怖い。だからこそ恐れてしまう。

 もしも全て間違いだったら。

 皆の命を犠牲にしてまで突き進んだ先に、何も無ければ──。

 

『みんな君を救うために必死になったよ! みんな君のために全てを賭けたんだよ!』

 

 考えるなと念じても考えてしまう。想像するなと震えても、私には体が無い。喉が無い。腕も足もない。

 どこに進めばいい……? 

 どこに行けばフェフォに会える──? 

 

『フェフォ……ねえ、フェフォ……』

 

 恐怖が体を満たす。実存のない非空間にあって、私は必死になってイメージを抱える。手足を振り乱し、光の届かない深海を泳ぐような。

 そんな時だった。

 手に(・・)何か(・・)が触(・・)れた(・・)

 

『……?』

 

 最初は勘違いかと思った。私の怯えが生み出した虚像だと。

 だけどおかしい。ここ、《マシン領域》に、幻想だったとしても感覚が存在することなどあり得ない。

 そして今度は、背中に誰かの手が触れた。

 

『──!』

 

 私は今度こそ確信する。思わず腕を伸ばし──腕を伸ばすというイメージを持った瞬間、その腕がたくさんの人によって引っ張られた。

 

『ああ……そうか。やっぱりそうなんだね』

 

 それは非知覚非空間にあっては幻想でしかない。私には今、手も足も存在しないのだから。

 だというのに『わかる』。

 誰かが背を押してくれている。

 こっちに進めと教えてくれる。

 手を差し伸べて、私の手を取って、私に笑いかけてくれる……! 

 

『みんな……ここにいたんだ』

 

 私の、今ここには無いはずの喉が震えた。泣きそうになった。

 それでも『聞こえた』、『見えた』。

 トーギのさっぱりとした笑い顔──。

 

 

 

 

 

 

 

 

なあ。

まだ……。

終わりじゃねえだろ!!!! 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もう怖いものなど無かった。 

 

『もちろん!』

 

 私は思う。

 私は思い描く。

 私は思い描き形を成す。

 私は思い描き形を成し構築する。

 

『君に会うために、ここまで来たよ』

 

 ここ。《マシン領域》。それが0と1のみで記述される非知覚非表現非空間だったとしても。テクスチャーという境目のない領域であり、だからこそデータとデータの間、0と1との間に境界線を引くことで《テクスチャー領域》を創造しうる、この世界の基底そのものであるなら。

 思い描け。

 望む未来を。

 望まない現実を。

 二つの境界を結実させるんだ。

 そのための道を、今、私の右手ならば掴み取れるのだから! 

 

『フェフォ────!」

 

 全力で私は世界の真下へと手を突き出し。

 右手には、確かな熱。

 

 

 ──掴んだ(・・・)

 

 

 引きずり上げる。形を成していく。私という形象の境目が、五感が──つないだ右手の先にも。

 瞬きの感覚、後に視界は開ける。

 紅玉のような瞳。燃えるような赤い長髪。視界が歪む、潤んでいく、止めどなく温い滴が頬を流れる。私の五感が、黒ばかりの世界で意味を成していた。

 見逃すことなんてしない、絶対にもうこれ以上瞬きなんてしてやるもんか。

 私は右手を強く握りしめる。呆然と私を見つめる君を、全力で引き寄せ抱きしめる。

 

「どうして……ワタシ、レイドボスになったのよ」

 

 耳元で静かに鳴る声音。

 私は同じように囁いた。

 

「ユーザーの精神は《マシン領域》にあるんだね。それはレイドボスになっても変わらなかった」

「……そっか。《マシン領域》から任意テクスチャーの抽出まで出来るようになったのね」

 

 ああ。やっぱり。

 確信する。確信できてしまう。今の簡単な説明だけで全てを理解してしまうフェフォは、まず間違いなくこのゲームの仕様に詳しい。

 それは一ユーザーとしての知識量では決して無いのだ。

 

「ワタシ、運営(ゲームマスター)なの」

「知ってる」

「……そう」

 

 フェフォは乾いたような笑い声を浮かべるだけだった。私の両腕の中で窮屈そうに体を動かして、私をゆっくりと押す。

 少しだけ距離を離した、それでも鼻と鼻がこすれ合うほどの至近。

 視界いっぱいの赤い瞳は泣いたように潤んでいる。

 

「いつから?」

 

 そう君は問う。

 私は君に微笑む。

 

「最初から」

 

 ずっと知ってたんだ。

 私が始まった瞬間からの全てを。

 

「アナタにリアルの体がないってことも?」

「君が私に絵本を読み聞かせてくれたことだって」

 

 今こそ言おう。いつまでも隠し続けた君の嘘を。

 君に。

 アンフェルフェフォビア。

 紅い瞳をした優しいひと。私をいつまでも見つめ、喋りかけ、慈しみ、護り、決して手放すことをしなかった愛おしい人。

 私は────私はね。

 

 

 

 

 

 

「私は脳死状態で生まれた赤ちゃんだった。

 埋められるはずだった死体をフェフォが盗んだ。そうでしょ」

 

 

 

 

 

 

 暗夜よりも尚暗い、二人だけの暗がりの中。

 フェフォの頬を一筋の雫が零れ落ちていく。

 

「私は生体脳構造(しぬべくしてうまれたこども)をベースとしたAGI(汎用人工知能)

 このゲーム唯一のNPC」

 

 達観したような。諦念を滲ませるような。苦しみと、そこからの解放を得られたような安らかな泣き顔。

 罪と責任と後悔と慈愛がたくさん詰まった涙を零す貴女。

 貴女に、それでも私は笑顔を浮かべる。 

 

「──何もかも。全部。最初から知ってたんだ」

 

 伝えるために。君に、私が出来得る最大限の精一杯で伝えるために。

 

 

 

 

 私はこの世界で生まれたよ。

 君がいたから、私は今ここにいるんだよって。

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