《このゲームが始まって10の100乗秒が経過しました。》   作:てりのとりやき

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『真に満ち足りる許し』/繝ャ繝吶Ν荳肴?:繝繝ォ繿

 

《迷宮フィールド》

《ユーザー数:2》

 

 

 

 聞い(・・)てい(・・)た話(・・)と違う(・・・)

 サービス開始直後はAbi……アンフェルフェフォビアと《生活フィールド》で落ち合える手はずだった。私とアンフェルフェフォビアの役目は『彼女』のナビゲーター。エスコート役として彼女を案内し不確実性の高い刺激をコントロール下で与える──という話だったのだけど。

 だというのに目の前に広がるのは異常なほど背の高い樹木ばかり。原生林を模した空間。空を見上げると大きな翼を広げたドラゴン……敵対的モンスターが飛んでいる。

 何故私は《迷宮フィールド》に居るんだろう。アンフェルフェフォビアはどこに? 

 そして何より。

 

「えっと」

「えっと、?」

「きみ」

「きみ、?」

「どうしてここに? 

「どうしてここに? 、?」

「というか私もどうして迷宮フィールドに……」

「というか私もどうして迷宮フィールドに……、?」

 

 真実黄金色をした虹彩。同じく黄金色の髪。不思議そうにこちらを見つめる眼差しの位置は高い。私より頭二つ分は上から女性ユーザーが見つめて来る。服装は私と同じ初期ログイン時に選べる汎用的なパーカーとズボンだけ。服装に興味のない私と奇しくも同じだ。

 彼女は誰なのだろう。

 

「言葉通じてるのかな」

「言葉? 通じてる?」

「母国はどこ? 英語以外なら日本語は多少喋れるんだけど」

「ボコク。エイゴ。ニホンゴ?」

 

 どうも通じてないような気がする。おかしいな。このゲームの翻訳機能は優秀なはずなんだけど。

 私が首を傾げると目の前の彼女もまた鏡のように首を傾げた。……私の動きを真似てるのか。もしかしてさっきから喋っているのも私の言葉をトレースしているだけ? 

 

「私はカナミヤ。名前ね。ユーザーネーム」

 

 自分の顔を指差しながら音節を意識して説明する。彼女はやはり私を真似て自分自身を指差した。きょとんと目を丸くしながら。

 慌てて彼女の人差し指を掴み(そのためにつま先立ちにならなければならなかった。背が高くて羨ましい)。私の顔に向ける。

 

「違う違う。指差すのは私。私がカナミヤ。私の名前はカナミヤ。ユーザーネームがカナミヤ」

「私……カナミヤ……ユーザーネーム……名前……」

 

 細長い指でぐいぐい私を指差させると彼女は何度か瞬きをして。

 次いで私の目を見た。

 

「カナミヤ?」

「カナミヤ」

「私はカナミヤ?」

「この場合は『きみ』だね」

「……私はカナミヤ?」

「うーん」

 

 なんだろう。絶妙に会話が成立しないな。いや。というより言語自体を学習する前の子供なのか? 根本的な所で基礎知識が欠落している印象だ。こういうのはアンフェルフェフォビアの方が詳しいはずだ。確かええと……自己(『私』)他者(『きみ』)との境界線が理解できるのが2歳くらいなんだっけ。

 言葉は通じず。言語の下地となるべき基礎概念が共有できない。

 そうなるとリアルの肉体年齢は乳児から1歳前後ということになる。

 

「きみは何歳なのかな」

「私は何歳?」

「時間ってわかる?」

「私は時間? 何歳は時間? カナミヤは時間は何歳はエイゴ?」

 

 ……あり得るのか? このゲームにログインするには汎用インプラントを頸椎に埋め込む必要がある。国によるが成長期後でない施術は基本的に非合法だ。それにこのゲームはそういった非合法インプラントを弾く強固なセキュリティシステムを実装している。

 このゲームの中に15歳未満の子供はいない。

 であれば。

 まさか。彼女──いや。この子は。

 

 

 

 

 

《あなた達は真に自由です。》

 

 

 

 

 

 そこから。それから。

 私。アメリカ合衆国籍の21歳。日系アメリカ人の背が低い女。フルネームはLilie Kanamiya Medicemellose。

 その『私』ではなく。

 私──《Username:Kanamiya(カナミヤ)》の罪が始まったのだ。

 

 

 ◇

 

 

 

《生活フィールド》

《ユーザー数:199》

 

 

 

 大量のレイドボスが入り混じった乱戦の後。結果として大地は均され抉られ地平線の彼方まで起伏を失った《生活フィールド》。空は青く豪雨なんてなかったかのように空間は乾いている。

 見る先に信じられない光景が広がっていた。

 

「……初めて見るな。レイドボスがいきなりユーザーに戻るのは」

 

 辺り一面に無数のユーザー達が倒れ伏していた。誰もが五体満足で気絶したように眠っていた。

 その内の一人。浅黒い肌をした青年ユーザーがゆっくりと目を開く。目を覚ますかのような自然な動作。それを地面に座り込みすぐ傍で見ていた女性ユーザー……レイラが呆然と呟いた。

 

「──トーギ君?」

「んん。ああ……レイラ、か?」

 

 上体を起こし周囲を見回す青年ユーザー。名前はトーギだったか。彼が困惑したように頭を掻いた直後──レイラはトーギに飛びついた。 

 

「トーギ君! トーギ君! トーギ君!」

「聞こえてるっての……ハハ、まいったな。カッコよく死ぬつもりだったんだけどな……」

 

 己の胸の中で泣きじゃくるレイラをトーギは苦笑交じりに見つめている。ひしと掴んで離さない彼女の両腕を解くことはせず。ゆっくりと彼女の背を撫でていた。

 ……そうやって。少しずつ。徐々に。

 ユーザー達が目を覚ましていく。トーギと同じように。

 先までレイドボス化していたはずのユーザー達だというのに。以前と変わらない記憶と人格を保持した状態で。

 誰もが困惑していた。自分の体を触り。近くの他者を見つめ名前を呼び合った。保持された記憶との合致を確信した瞬間誰もが歓声を上げた。

 ──奇跡だとユーザーの一人が泣きながら笑う。

 

「境界面を再構築したんだ」

 

 それを滑らかな女声が否定した。私を含め一斉に全員が音源へと顔を向ける。

 何もない荒野に空間の『裂け目』が生まれていた。色として認識できないが故の『黒』い裂け目から現れるユーザーが二人。

 アナウンスが状況の更新を告げる。

 

 

《生活フィールド》

《ユーザー数:201》

 

 

 一人は真実黄金色の瞳と黄金の長髪をした背の高い女性ユーザー。『彼女』の右前腕部から先は裂け目動揺の『黒』一色に染まっている。もう一人はそんな『彼女』に抱き抱えられ眠り続ける赤髪の女性ユーザーだった。

 私は思わず呟く。

 

「アンフェルフェフォビア……」

「大丈夫。ちょっと長旅だったから疲れてるだけだよ」

 

 抱き抱えていたアンフェルフェフォビアを『彼女』はそっと地面に横たわらせた。赤髪の隙間から伺えるアンフェルフェフォビアの横顔は穏やかで落ち着いている。閉じた瞼に掛かる前髪を慈しむように払う『彼女』。レイラとトーギが『彼女』達に近寄る。

 

「あまり回路に負荷を掛けるのもよくないから、目を覚ますまではそっとしておいてあげて」

「回路って……」

「私達は淀みなく思考する。それが何を基礎として走ろうと変わらないから」

 

 曖昧な説明だ。けれど的確な表現でもある。

 私は静かに目を閉じた。思い起こす。

 赤卵型レイドボスに『裂け目』を生み突入した『彼女』。直後レイドボスの活動終了まで残り1秒のまま進まなかったアナウンス。198体のレイドボスがフリーズしたように硬直した異様な光景。それからしばらくしてから起きた全レイドボスのユーザーデータへの復元。

 誰が成した結果なのかなんて考えるまでもない。

 

「お前が……俺達を救ってくれたのか……?」

「違うよ。トーギやみんなが私とフェフォを救ってくれたんだ。だからこれは当然のお返しだよ」

 

 酷く穏やかな声音で『彼女』は微笑む。謝意だけが込められた言葉にレイラもトーギもそのほかのユーザー全員が困惑していた。

 それもそうだろう。

 レイドボス化したユーザーはどうなろうと元には戻らない。よくて人格と記憶のリセット。もしくはユーザーデータ自体が消失する。実質的な“死”しか無かったからこそ“理性破砕”という忌み名まで付いたレイドボスイベントを『彼女』は否定したのだ。

 

「それにその右腕、『裂け目』に突っ込んだ結果なのか?」

「これ? これはね、うーん。私の新しい力! かな?」

「かなって。……大丈夫なのか」

「全然問題ないよ」

 

 レイドボス化した状態からの復帰。テクスチャーを削り落としたような人外の黒き右腕……あれは《マシン領域》を強引に《テクスチャー領域》下で表現しているのかな。

 何にせよ明らかな仕様の改竄だ。……第三域級知能(レベルⅢ)は突破している。

 

「カナミヤ」

 

 そして『彼女』は私を見た。ユーザー達を静かに眺める以上のことを出来なかった私を。

 昔から何一つ変わらない金色の瞳。美しく。荘厳で。吸い込まれずにはいられない輝き。

 今。『きみ』の瞳には理知と確かな情動の色が灯る。

 出会った当初にはなかった力を湛えている。

 

 

《決闘専用フィールド》

《ユーザー数:2》

 

 

 瞬きの次。円形の闘技場に私と『彼女』は立っている。他のユーザーは見当たらない。

 

「戦おう」

「……強制転移。荒っぽいね」

 

 『これくらい良いでしょ』と言いたげに『きみ』は笑う。悪戯っぽい口角の上げ方に精神性の厚みを感じた。

 ここに居る『彼女』は初めて出会った頃とは何もかもが違う。

 言葉遣いも。口調も。経験も記憶もあり方も。 

 

「どうしても今なのかな」

「うん。今じゃないとダメなんだ。今だからこそ、私は君と戦いたい。そして私は勝った上で今度こそ君に伝える」

 

 『彼女』が頑なに私との戦いに。そして勝利にこだわる理由。これまでの私には理解できなかったその動機。

 

「ねえカナミヤ──君は覚えているのかな? サービス開始から今までの出来事なんて忘れてしまった?」

「……忘れることは出来なかった」

 

 だけどそれが『今の彼女』ではなく『今までの彼女』としての動機であれば……おおよその予測は付いた。

 

「200万1名。誰ひとりの名前も忘れていない。全て私は背負い続ける」

「……そっか。私の名前も、カナミヤは知ってるんだ」

 

 柔らかく緩んでいた金色の瞳は僅かに伏す。微笑み交じりに浅く俯いた君は微細な悲哀で長いまつ毛を震わせる。

 ……『きみ』はそんな表情まで出来るようになったんだね。

 不思議そうに私を見つめてばかりいた『きみ』が。いつも私の後ろを歩いていた『きみ』が。

 

 

 

 

「私達は迷宮で出会い、寄り添い、共に生き」

 

 こんなにも成長したんだ。 

 

「二人でパーティを組んでいたね」

 

 私とではなく。私以外の全てによって。

 

「だけど私の記憶は君によって破壊された」

 

 

 

 

 やっぱり。……そうか。

 サービス開始直後からの一定期間。私達が共に旅をしていた頃の出来事――私が『きみ』のユーザーデータを一度消去した事実。忘れてないんだ。

 

「……」

 

 目を閉じ胸に手を当てる。実装されることのない心臓の音を確かめる。

 ──動揺と呼べるほどの反応は内から湧かない。

 少しだけ安心しながら瞼を上げた。

 私に動揺なんてもの許されていない。

 今確かに理解できたのは。……それは明確に『きみ』と戦う理由が出来たということだけ。私の罪が明確な形を以て現れたということだけ。

 

「カナミヤ。私は……君に訊きたいこと、伝えたいこと、教えて欲しいことがたくさんあるんだ」

「私に勝てたなら好きにすればいい。だけど私も簡単に勝たせたりはしない」

 

 悲哀と決意の入り混じる真剣な顔を『きみ』は浮かべる。黒いばかりの右腕が五指を広げ──その掌から剣が生まれた。両刃のシンプルな直剣。オブジェクトの生成……《マシン領域》からの任意テクスチャー抽出。事も無げにスキル同等の力は発現される。

 『きみ』は柄を握りしめる。

 その切っ先を私に向ける。確かに相対し明確に私を見る。

 

「君に……今度こそ勝つよ」

 

 ──全ては私が始めた事。

 私が決め。私が成し。私が敷き。私が歩み。私が選んだ。

 

 

 199万9800人の死も。

 200人の脳漿溶解も。知能転生も。

 ただ1人。生を願う事すら許されなかった赤子も。

 そして。この世界でしか生を許されない『きみ』も。

 

 

 全ては私の罪。私が負うべき義務と責任だから。

 私は逃げない。

 それは許されていない。

 だから私こそが終わらせなければならない。

 

「私は負けない」

 

 汎用人工知能(レベルⅢ)──否。超人工知能(レベルⅣ)にまで至った君に手加減なんて出来るはずがない。全霊で『きみ』に勝つ。

 よって私はアナウンスを以て宣言する。

 

 

 ■―■

 

 

 スキル実装:《縮退耀星(しゅくたいようせい)

 Tips_其は恒星の創造を許す。

 

 

 スキル実装:《(こう)(おう)(よく)(はい)(てん)(れん)(せん)(にえ)形代(なりし)頂天(いただき)

 Tips_其は重力の自由操作を許す。

 

 

 スキル実装:《三と四番目の柄》

 Tips_其は電磁気力を装備品とすることを許す。

 

 

 スキル実装:《予てより後の光背》

 Tips_其は超光速領域での自由活動を許す。

 

 

 スキル実装:《非透(ひとう)明王(みょうおう)

 Tips_其は惑星自転の即時停止を許す。

 

 

 スキル実装:《第六覚者》

 Tips_其は発動者に電磁波感知器官の増設を許す。

 

 

 スキル実装:《第七覚者》

 Tips_其は発動者に重力波感知器官の増設を許す。

 

 

 スキル実装:《天知覚者》

 Tips_其は発動者に感覚器の全天周把握を許す。

 

 

 スキル実装:《エントリアセット》

 Tips_其は既存分子の立体印刷を許す。

 

 

 スキル実装:《禍負荷(エクセスロード)

 Tips_其はハードウェア(光量子コンピューター)に対しオーバークロックを許す。

 

 

 ■―■

 

 

 フィールドを構成する惑星自転が強制停止を始め。

 空間という空間を慣性と破滅の風が突き進む最中。

 私は『きみ』に剣を向ける。

 中性子星加工の白剣を。

 

「はじめにひとつ言っておくけど──」

 

 私はいずれ2秒を1.9秒にする。0.003秒に至り真理を得る。

 このゲームを。残る199人を捕らえた永劫を。そして『きみ』の存在を。このゲームにおける何もかもを終結(ゲームクリア)に導くために。

 

「私は開発者(クリエイター)だから。

 スキルを28個持っているしこれからも増えると思うよ」

 

 そのための前進を。

 今。

 『きみ』に勝つ所から始める。

 

 

 

 

 

 

 実質的に私が殺した200万人へ誓ったんだ。

 全て殺そう。

 全て終わらせる。

 それが私が負うべき最後の罪になるはずだから。

 

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