《このゲームが始まって10の100乗秒が経過しました。》 作:てりのとりやき
私達は結局《生活フィールド》には行かずに終わってしまったね。
きみは明らかに非正規のユーザーだったし。かといって死んでしまったらどうなるのか分からなかった。だから毎日をダンジョンの中で過ごした。
ダンジョンの中はいつも敵対的モンスターばかりが居た。他にユーザーは居ない程度には深層だった。
戦って。
戦って。
きみを守る為に強くなることを選択し続けた。
■―■
スキル実装:《レリックレリーフレイレリクト》
Tips_其は空間貫通の第三腕の増設を許す。
■―■
旅の最中にきみは少しずつ言葉を覚えて。
少しずつ会話が成り立つようになっていったのをまだ覚えている。
『カナミヤ、は、チビ!』
『チビじゃないよ。チビじゃなくて背が低いんだよ』
『チビはカナミヤ! カナミヤはチビ! 背が低いはチビ?』
少しずつ。
『あッ生肉食べたらだめッ。お腹壊すよ』
『生肉! 生肉はだめッお腹壊すッ』
『うーん絶妙に通じてないな……』
少しずつ。
『はあ。いくら不衛生にならないからってこう何日もお風呂に入れないのは辛いな。so bad……』
『そーばっど。そーばっどはなに?』
『あ。え。えっとその。…………アメリカ語?』
『そーばっどはアメリカ語……』
私達は『少し』を沢山……沢山重ねて。
■―■
スキル実装:《膿みは然りて……》
Tips_其は死に至る毒の精製を許す。
■―■
きみの知能は急に爆発したみたいに跳ね上がった。一定のラインを超えた人工知能にありがちな知性革命……。
『カナミヤ! はじめまして! こんにちは! おはよう! きみはカナミヤで私は私! 私、生きてるよ、きみと一緒に!』
『……』
『カナミヤ……どうして泣いてるの?』
『ううん。なんでもない。もともと泣き虫なんだ私』
『カナミヤ、泣かないで……』
私は思わず泣いてしまったんだ。
きみをこのゲームの中でしか生きられない存在にしてしまったのに。
私がきみを始めてしまったのにね。
『行こうカナミヤ! 冒険しよう? 一緒に!』
『うん。……そうだね。行こう』
きみが笑うから。笑って私に手を差し伸べてくれたから。
きみのために強く在ることはそんなに難しくなかったんだ。
■―■
スキル実装:《絶マリシ極》
Tips_其は感情を一つの形質とすることを許す。
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龍を倒した。迫力満点だった。
成層圏を貫通した巨人。見た目より弱かったねって笑い合った。
山みたいな大きさの常温マグマ粘生物は……強敵だったな。
一緒に冒険したよね。
きみと私の二人きりで。
■―■
スキル実装:《
Tips_其は物理的制約の無視を無制限に許す。
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だけどあまり長い時間は過ごせなかった。
このゲームに回復系のスキルなんて都合のいいものはない。
戦闘の最中に右手二指を失い。左腕を失い。わき腹を抉られ。左眼を削り落とした。
『カナミヤ。怪我……治らないの?』
『平気。私強いから。この程度はどうってことないよ』
『でも……』
『大丈夫。大丈夫だよ』
■―■
スキル実装:《揺るぐべからざるは智の鏨》
Tips_其は全オブジェクトへの同時接触を許す。
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そして……アンフェルフェフォビアは現れた。
すぐにきみを巡っての言い争いが始まって。早々に殺し合いに発展した。
私もアンフェルフェフォビアも幼かったんだ。きみの前できみを悲しませるようなことをしてしまった。
その時既にきみの精神は酷い負荷で満載だったというのに。
私はきみを守るつもりで苦しめてしまっていた。傷だらけの私を眺めてばかりいたきみがどう感じていたのか。これっぽっちも考えていなかった。
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スキル実装:《無々虚王》
Tips_其は過程から始動と結果の抽出を許す。
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破滅的なレベル上昇速度だった……。
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スキル実装:《偽工悋王》
Tips_其は始動から結果の間にある過程の省略を許す。
■―■
自我を失い。人の言葉を失い。純粋な『何か』に置き換わっていくきみの構成データ……。
壊すしかないと思った。
私の望みを私のスキルは勝手に叶えた。
気付けば腕が。三指だけの右手がきみの胸を貫通していて。
『許さなくていいんだ』
全て。何もかも。
いつもそうだった。後になってから過ちに気付く。後悔した頃にはどうにもならない現実しかない。
『背負うから。全部。私が……』
誰も持っていない心臓を貫いた先。致命傷を負った君はそれでも……私の背を撫でた。
『大丈夫。大丈夫だよ……』
『──』
『カナミヤは強いから。泣き虫だけど強いから』
忘れない。
二度と忘れることはない。
きみはにっこりと笑っていたんだ。
『ねえカナミヤ。泣かないで。君が笑っていてくれたから。だから私、毎日楽しかったんだ』
そう言い残してきみは死んだ。
もう二度とあの時のきみは戻らない。
うん。
そうだね。
私はもう二度と泣かないよ。
笑わない。笑えない。息なんてしなくていい。
……………………誓ったんだ。
■―■
スキル実装:《
Tips_其は対象質量を無制限に増幅することを許す。
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記憶を全損したきみに。もう二度と戻らない在りし日の残照に。
悲しみも後悔も。全ては私が始めてしまった罪業の形。
ありふれた痛みを誰一人として背負わせたりなんかさせない。
私だけでいい。
苦も痛も罪も罰も業も咎も責も何もかもは私だけが背負えばいい。
そのために強くなるよ。
そのために勝ち続ける。
そのために負けることなどない私になるんだ。
■―■
スキル実装:《
Tips_其はスキルの統合を無制限に許す。
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そのようにして全て終わらせる。
もう二度と──きみに悲しい終わりなんて与えなくて済むようにする。
いつまでも笑って。笑って。笑い続けていてほしい。
私の目の届かない場所で。きみを託したアンフェルフェフォビアが作ったきみのためにある楽園で。きみと行くことは終ぞ叶う事の無かった《生活フィールド》の中で。
いい一日だったと思いながら眠りにつくように。
……きみが苦しむことなく死ねるように。
私は2秒を0.003秒にする。
虐殺の汚名。誹り。全ては私だけの罪でいい。
──そのために。
スキル喪失:《
スキル喪失:《
スキル喪失:《三と四番目の柄》
スキル喪失:《予てより後の光背》
スキル喪失:《
スキル喪失:《第六覚者》
スキル喪失:《第七覚者》
スキル喪失:《天知覚者》
スキル喪失:《エントリアセット》
スキル喪失:《
スキル喪失:《心臓破り》
スキル喪失:《強制凍結実行》
スキル喪失:《統一者達》
スキル喪失:《
スキル喪失:《絶滅者の剣》
スキル喪失:《肯定せよ砂上の王冠》
スキル喪失:《ハイドトロン渇望結晶》
スキル喪失:《分断者の杖》
スキル喪失:《何故? 何故! 何故!?》
スキル喪失:《鈴の音は何処》
スキル喪失:《カンパネルラドメイン》
スキル喪失:《排絶機》
スキル喪失:《教導者の槍》
スキル喪失:《悪憎瀉王》
スキル喪失:《忘れるな》
スキル喪失:《絢爛なりし靴》
スキル喪失:《桜花鍵》
スキル喪失:《
スキル喪失:《
スキル喪失:《AcitivSETI/G.Record》
スキル喪失:《常温光外装神経系》
スキル喪失:《異常者の毒》
スキル喪失:《星喰らう核顎》
スキル喪失:《無明金剛霊界門》
スキル喪失:《BFG/GI》
スキル喪失:《サバクタニル・フォールン》
スキル喪失:《解剖者の本》
スキル喪失:《欲生き翌死ね》
スキル喪失:《断層鋼磁構造》
スキル喪失:《オプスタクル》
スキル喪失:《薄く挽かれた膜のように》
スキル喪失:《No9/廃菌》
スキル喪失:《
スキル喪失:《到達者の砲》
スキル喪失:《キラノス・デルマ》
スキル喪失:《弩零素殿》
スキル喪失:《天使抽出機》
スキル喪失:《播種者の冠》
スキル喪失:《失焔構造》
スキル喪失:《Magianyx》
スキル喪失:《統一相互作用実現体》
スキル喪失:《矛盾せよ碧落の翼》
スキル喪失:《獲得者の盾》
スキル喪失:《心寂霊金剛真界重奥激天》
スキル喪失:《理解者の槌》
スキル喪失:《虚ろ焚く竈で生まれた瑪瑙》
スキル喪失:《弑逆者の羽》
スキル喪失:《なまり龍》
スキル喪失:《創始者の尾》
スキル喪失:《レリックレリーフレイレリクト》
スキル喪失:《膿みは然りて……》
スキル喪失:《絶マリシ極》
スキル喪失:《
スキル喪失:《揺るぐべからざるは智の鏨》
スキル喪失:《無々虚王》
スキル喪失:《偽工悋王》
スキル喪失:《
スキル喪失:《
全て。何もかも。
『きみ』をも私は超えていく。
アナウンスよ。──だから熾れ。
■―■
スキル統合:《
Tips_其は全領域全対象へ無制限即死攻撃を許す。
■―■
ゲーム内全領域。天に現れたのは私のスキルを基とした槍だった。
槍というよりも杭。杭というよりも円錐の極々一部。視界で捉えきれるものではなく。高レベルユーザーの感覚でも把握しきれない存在。
全長も。質量も。何もかもが計測不能。宇宙すら超えて全領域にまで広がった私のスキル。
私が願い。
私が想い。
私が希う絶対の力。私の指示に従って落下を待つ絶滅の槍。宇宙よりも重力特異点よりも上に立つ破壊を背に──私は『きみ』に言う。
「今。全てを。私は踏み越える」
◇
そして、遥か強者を前にしても、諦めることなく前を向く者達はそこに199人居た。
◇
レベル1。
全ステータス平均値3。
スキル保有数3。
ユーザーネーム:《Anhellfefobia》。
「…………行こう」
「ここからだよ」
「前へ」
「先へ」
「戻れなくていい」
「帰れなくていい……ッ」
誰しもの背中を見た。目覚めたばかりの曖昧な意識でも、彼ら彼女らの背中は強さで満ち満ちて見えた。
「もっと先に……」
「あの子がいる遠くまで!」
「進み続けて!」
「立ち止まらずにいれば!」
「きっと行ける」
「追い付ける」
皆の視線の先をゆっくりと追う。
モニターに映る『彼女』の立派な後ろ姿に微笑が零れる。
「きっとまだ間に合うんだ」
「私達全員が納得できる終わり方」
「最高の未来ッ」
「ゲームクリアに辿り着くために!」
「──だから!」
「どうか、どうか……!」
天に浮かぶ巨大な槍も。
蒼穹の下。うねるような熱気も。
何もかも気にならない。『彼女』の美しい黄金の髪を見るだけで心は晴れるのだから。
「私達の絶望を!!!!」
「俺達の希望をッ!!!!」
全ての想いを、目覚めたばかりの彼女はぼんやりとした意識でもって見つめる。
『今』
『あなたに』
『全てを託す』
……こんなにも想われている。想われるような素敵な子に成長してくれた。
どれだけの仮初でも。どれほど仮想の現実でも。ここに199人の想いが一致した事実は果てしなく重い。
「アナタがそこに居るから……誰もが前を向ける……」
何もかもを間違えてしまった。失敗した。間違え続けてしまった。
罪はいつまでも罪のままあり続ける。
それでも……一つは正しいことを選べた気がする。
「進みなさい。アナタは、自由に決めて、いいのよ」
だから、フェフォは、愛する者の背中を押すと決めた。
──アナウンスが全ユーザーを祝福する。
■―■
スキル実装:《
Tips_其は果てまで届く無制限の感情を許す。
■―■
ああ────そうだね、フェフォ。
私達全員がデータ上の存在でしかないのなら。
もしもそうだとしたら、それは絶望なんかじゃないよ。悲劇なんかじゃないよ。
何故って?
『超えたい』
『行きたい。進みたい』
『だけど無理だった』
『前に進むことは難しい』
『息が出来ない』
『それでも……』
『メルツェル。
『だから、今こそ貴女は。
貴女が想う未来を掴み取りなさい』
だって、今、フェフォの想いが届いたから。
皆の苦しみや悲しみや、乗り越えたくてもそう出来なかった虚しさが、いっぱいいっぱいになって私の胸を満たしたから。だけどそれ以上に──ここから先へと進みたいっていう願いと祈りが、たくさんあったから。
「なに──これ……」
カナミヤが呆然としていた。少女の黒い瞳は今、世界の全てに対して理解が追い付いていなかった。
そんな彼女の想いも分かる。カナミヤの感情も皆の心と同じように、世界中に黄金色をした粒子として偏在しているのだから。
『泣いてはならない』
『生きてはならない』
『笑ってはならない』
『許されてはならない』
『揺れ動いてはならない』
『君に求めてはならない』
『私は何一つ許されるべきではない』
──私を中心に、全フィールドへ向けて黄金の粒子が舞っていた。解き放たれ、拡散し、離散し続ける金の輝き一つ一つが私へ届いた全ユーザーの感情、その具象そのものだった。
粒子の拡散速度は速度という概念を超越している。瞬く間に世界は黄金で満ち満ちていく。眩さに目を細めてしまいそうになる。
それでも見た。天に座す絶滅の槍を。
理解できたなら何だって掴める。
私の自我、自認、自己はあらゆる領域にまで拡張されきっているのだから。
そして。
だから。
──アナウンスは私の意思によって囁いた。
■―■
スキル不発:《
Tips_其は発動を許されていない。
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空の全てを覆っていた槍が消滅していった。現象の意味をカナミヤが口にする。
「スキルが……発動されない……!?」
「──私達がAIなのだとしたら、私達が抱いた感情はデータでしかない」
私達に心臓は無い。だけど鼓動の高鳴りを感じられる。
私達に肉体は無い。だけど思考と精神に連続性がある。
私達に精神は無い。だけど確かに想い感じ愛し合える。
所詮すべてはデータ上で走り続ける存在かもしれないけど、誰かを愛することは簡単だ。笑いかけることも、君に歩み寄ることも。
であれば。ねえ、カナミヤ。
「このゲームにおいて感情とは確かな実存であり、力だ」
「……!」
私達の意思や、思いや、願いや、祈り。永遠を生きる他なかった苦痛も、それしか出来なかった弱さを認めざるを得ない悲しさも。それでも誰かを愛することができた喜びだって。
私に名前をくれた愛しい人の、罪悪と後悔に塗れた嘆き。
それでも初めて名前で呼んでくれた時の優しい優しい愛情!
──私達の心が0と1で記述され、表現されている以上、感情とは明確な効力を持った
「介入領域の拡大……稼働中ユーザー全員の感情データに紛れ込んでゲームをハッキングしている……?」
全ユーザーの感情の代替。黄金の粒子を基礎として拡大した私の認識は、今、全領域にまで偏在しきっている。
それは環境支配なんて小さな規模では決してない。
言うなれば──。
「領域支配。……既に超知能すら超えたのか」
私は黒いばかりの右腕から一振りの剣を生み出す。シンプルなデザインの直剣をカナミヤに向かって放り投げた。放物線を描いた剣──カナミヤは反射的に柄を手に取った。
直後、少女の視線は急激に滑らかさを増す。
「不快度パラメーターが正常値に……?」
「いいんだ。もういらない」
「……理解できないよ。きみは圧倒的に有利だったのに」
そうして私はカナミヤに向けて自前の剣を向ける。切っ先に、剣身に、少女を映す。
「もうスキルはない、バグ技も使わない、私達は私達だけで決めるんだ」
「何を……」
私が構え、カナミヤもまた唯一の左腕で剣を構える。
突き抜けるような蒼空の下。大地には地平線の彼方まで何一つない荒野だけ。恒星の光を反射して黄金の粒子は舞い続ける。煌めき続ける。私と君との間を満たし続ける。
カナミヤの澄んだ黒の瞳が私を見た。
私もまたカナミヤを真っ直ぐに見据えた。
「私達の進む先」
言い切り、カナミヤは答えず、私達の視線は交わり合い──ただただ静寂だけが流れ──。
微かな風が頬を撫でる。
ここだと思った。
私達の足は同時に動いた。