《このゲームが始まって1e+100秒が経過しました。》   作:てりのとりやき

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『超健康優良優勝愚者』/レベル1002:トーギ

 

 

 

『村』ではユーザー達が思い思いに暮らしている。このゲームは惑星サイズの居住空間を用意しているけれど、現時点の稼働中ユーザー数は201人だけだ。つまり超過疎ゲー。土地は広すぎて余っているから誰もが一軒家を持っている。デザインも様々だけど、今私の目の前にある家はちょっと奇抜だ。

 

「トーギ! いるー?」

 

 錆びだらけの鋼板を組み合わせた屋根──トタン屋根って言うらしい。壁材もまた、飾り気が欠片もない鉄板をリベットで組み合わせたもの。どこからどう見ても町工場って感じの一軒家。玄関扉と呼べるものは大型設備を出し入れするための門だ。

 

「おう。いるぞー」

 

 そんな門のすぐ裏手から声が返ってきて、ゲームシステム的には《個人(プライベート)フィールド》への通行許可が通ったので、私は門を跨いだ。

 そこには作業机が一つあり、ペンを手に何らかの製図をしていた少年が、椅子に座っていた。

 灰色のツナギの上半身部分を脱いで腰巻きにして、シンプルな黒のTシャツ一枚の出で立ち。なめらかに日焼けした浅黒い肌。ハングアップツーブロックの黒髪。

 名前(ユーザーネーム)をトーギ。

『村』一番の何でも屋、クラフトマン、鍛冶師、工作職人。私の友達だ。

 

「よっ。元気?」

「おー元気元気マジで超元気。にしてもお前、朝から騒がしかったな? 久々にカナミヤの(ツラ)見たけどよーあいつやっぱヤベエなマジ!」

 

 トーギはさっぱりと歯を見せて笑う。見た目上は16歳くらいの爽やかな青少年だけど、言動は見た目以上に子供っぽいのがトーギらしい。

 

「あれ。広場にいたの?」

「散歩してたわ。いやーフェフォのやつキレてたな? マジギレ5秒前って感じだったわ。俺鬼の顔見えちゃったもん」

「うん。中々にね。あとでフェフォに謝らないと。嫌な思いさせたかもしれないし」

「お前ほんとうに優しい奴に育ったなぁ……。にしてもフェフォの奴よー、あいつキレるとボソッと母語使うのマジ怖いよな。何言ってんのかわかんねえよ俺英検5級不合格だし!」

「へー。なんか残念そうなものに落ちてるんだね!」

「ワハハ!」

 

 大声で笑うトーギに、私はニコニコしながら質問のタイミングを待った。

 

「しかもイギリス生まれだから英語の発音いいのも笑えるんだけどヌハハ!」

「ねえトーギ」

「?」

「エイ語って何? あとイギリスって何? ノコギリの仲間?」

「アッヤッベ。……スゥーッ……わりぃ、忘れてくれ」

 

 青い顔になったトーギが慌てた様子で目を逸らした。

 ……なんかなー。

 昔からこうだ。

 フェフォもそうなんだけど、なんだろう、皆と私の間に知識の差があるような気がする。話がかみ合わない。どうにも現実世界での事を言っているんだな、くらいのことは分かるけど。

 

「ところでお前、カナミヤに決闘を申し込んだんだって?」

「そうそうその事で相談があるんだった!」

 

 あからさまな話題の変更……──ウンウン頷きながら、まあいいか、と思い直す。今大事なのはそこじゃないんだ。

 

「トーギ。ちょっと作って欲しい素材があるんだけど!」

「おういいぜ。任せな。要求仕様は?」

「えっとね……」

 

 トーギが空いているパイプ椅子を出してくれたので、向かい合う形で座り、私は説明を始めた。

 

「材質は硬めな感じでー」

「おう」

「表面はふわふわとかふかふかで……」

「ウム」

「一本一本からこだわって手加工してて」

「ほー」

「なんかもうスペシャルな感じがいい!」

「おお……」

 

 目を閉じ、腕を組んでウムウム頷いていたトーギはややあってから。

 

「だいたい分かった。ロケットから台所の金物まで何でも手作りのトーギ様に任せな!」

「わーいやったあ。さすがトーギすごい! さすが!」

「へへッ、そんな褒めんなよ。俺ぁ金ねーぞ? 慰謝料は払えねえからな?」

 

 このゲームに通貨の概念はないので、トーギが何を言っているのかはよく分からなかった。素行と人間関係に問題しかないトーギなので、何かしら係争中なのだろう。

 

「とはいえ急には始められねーな。お前の言う素材を集めるところから仕掛からねえと」

 

 素材集めということはダンジョン……《迷宮フィールド》に行く必要があるということだ。このゲームにおける大半のアイテムや素材というものは、だいたいが《迷宮フィールド》で手に入る。

 

「ごめんね。私がダンジョンに行ければいいんだけど」

「気にすんな気にすんな。俺もダンジョンガチ勢って訳じゃねーけどちょっと近場で素材集めするくらいならワケねーし。難易度高い素材なら伝手を当たってみるからよ」

「これが俗にいう神様仏様トーギ様、ってやつなんだね!」

 

 私は顔の前で両手を重ね合わせ、トーギを拝んだ。

 

「うははもっと褒めてくれ。お前も過保護な親を持つと大変だよなッハッハ!」

 

 親というのはフェフォのことだ。勿論血縁関係を指しての言葉ではない。このゲームにおいて一番私が親しくて、付き合いが長くて、面倒見がいいのがフェフォだから。ユーザーによっては私達を姉妹だとか親子だとか揶揄したりする。そうしてフェフォの前でからかった結果としてフェフォに速攻でキルされたりしている。

 

「だからよー、今は俺と悪いことしねえ?」

「悪いこと?」

「おう。まずな、あれを見てくれ」

 

 トーギが門の先を指差した。私は首を伸ばして見やる。指し示す先にあったのは、トーギが暮らす工房の、向かい側にある一軒家。もっと言うならその一軒家の庭先に停められている乗り物を指しているらしかった。 

 

「ふむ。バイクがあるね」

「ああ。まずはあのバイクを……盗む」

 

 トーギは悪い顔をしてニヤリと笑っている。天窓から差し込む光でぼんやりと明るい屋内だからか、余計に悪戯を思いついた悪ガキの人相だった。

 

「そして俺の倉庫で眠ってるロケット付ラムジェットエンジンの試作機を溶接する」

「おお……」

「そして二ケツで飛ばす! 俺と一緒にマッハの風になろうぜ!?」

「おおおすげー! すごく楽しそう! トーギ、よし風になろう!」

「チッチッチ……マッハの風、な?」

「すげええええマッハの風だああああ」

 

 ややムカつくトーギのウインクも今は気にならない。

 ラムジェットエンジンってなんか凄そうだし!

 

「──なんだか愉快なお話をしているじゃないですか」

 

 柔らかな女声が門の先から聞こえた。ひょこっと顔を見せたのは、ショートカットの栗毛に赤縁の眼鏡をした女性ユーザーだった。右目尻と右の口端にあるほくろが、その可憐な笑顔を裏打ちしている。

 

「げッレイラ……」

 

 その顔を見ていの一番に反応したのはトーギだ。

 トーギが呻いた通り、彼女の名前(ユーザーネーム)をレイラと呼ぶ。

 

「トーギ君。こんにちは。入ってもいいですよね?」

「い、いいけどよぉ……俺慰謝料払えねえからな!?」

 

 トーギの情けない悲鳴を聞いて私はピンときた。

 慰謝料ってそうか、レイラさんとの離婚云々の話だ。

 トーギとレイラというユーザー達は、結婚と離婚を繰り返す男女ということで有名なのだ。

 

「レイラさん、トーギと会ってもいいの? この間まで離婚してなかった? 私の記憶が定かなところによると、レイラさんの全力ビンタでトーギが空中錐揉み回転をしていたような……」

「それとこれとは別ですよ」

 

 レイラさんは門を跨ぎつつ、『それ』から『これ』へと両手で移し替えるジェスチャーをする。そんな仕草一つから可愛げが溢れていた。一向に彼女と目を合わせようとしないトーギの前まで来ると、再度にっこりと笑いかける。

 

「さてトーギくん。離婚中の私の元夫さん」

「お、おう。んだよレイラ。俺ぁ慰謝料なんか払えねーぞ、金ねえからな!」

「そんなことよりこの子に何を教えようとしているのか、私にも教えてくれませんか?」

「いやー……それはちょっと」

「ちなみにあそこに見えるバイクは私のものです」

「まあ、おう、それは知ってんだけどよ」

 

 知ってたんだ。なのに盗もうとしてたのか……。

 このゲームには犯罪という概念がない。というか無くなった。長い月日が経過する中で、悪事に手を染める人間ほど早々に非稼働状態へと陥ったから。

 このゲームにおける私の友人知人たち。稼働中ユーザー201人全員は皆が皆、善人であり、善良な人々だ。

 

「レイラさんバイク乗るんだ」

「最近の趣味です。ちなみにあのバイクは私がパーツ一つ一つから作りました」

「えっパーツ一つ一つから……!? すご……レイラさん凄……!」

 

 ──「あれ!? なんか俺を褒める時よりも心がこもってねえか!?」などと吠えたてるトーギを放って、レイラさんは嬉しそうにはにかんだ。

 

「このゲームは物理演算がよく出来ていますからね。パラメーターを弄って解決しない出来事にはやりがいがありますよ」

 

 可憐な容姿に反してレイラさんは物作りが好きだ。本人は自覚がないようだけど、たぶんトーギの影響だと思う。

 

「あなたもどうですか?」

「乗り物作るのも楽しそうだね」

「やめとけレイラ。こいつ、今へんな遊びに目覚めてんだよ」

「遊びですか。……まさかトーギくんが教えた遊びですか?」

「ばッ、ちっげーよ俺はなんもしてねーよ、俺はちょっと悪いことに目がない素行不良な『超健康優良優勝バカ』なだけだよ」

「経歴詐称ですか、爆弾作りですか密造酒ですか、結婚詐欺ですか?」

「どれもこれも禄でもねえなぁ! いや全部やったけど! なんなら詐欺の被害者はレイラじゃねえか!」

 

 全部やったのか……。

 

「あれだよ、カナミヤ!」

「カナミヤってあのカナミヤですか」

「おう。あのカナミヤに勝ちてーんだと」

「なんとまあ」

 

 今の会話で色々と理解してくれたらしい。レイラさんが口元に手を当てて『なんとまあ』というジェスチャーをする。大きな瞳をパチパチさせるだけで、可愛げが溢れすぎている女性だった。

 

「そうですねえ。カナミヤですか。……最近会ってないなあ」

「え! レイラさん知り合いなの?」

 

 思わず立ち上がってしまった。私より頭一つ分だけ背が低いレイラさんは、こちらを見上げつつもコクコクと頷く。

 

「ええまあ。割と最初の頃から。カナミヤが二人組のパーティをしていた頃に、ダンジョン内で知り合ったんです。フレンド登録もその頃に」

「あっおいレイラおまえ……」

「あ、すみません……」

「?」

 

 何の話かよくわからないけど、今はそれよりも、

 

「レイラさん、カナミヤのことにひょっとして詳しかったり? ──カナミヤってどんな人なのかな? 私、カナミヤのことなんにも知らないんだ。お願いレイラさん教えて!」

「ヤケに食い気味だな……」

 

 トーギが呆れ果てた様子で呟いているが、気にしてはいられない。

 

「そうですねえ。うーん。カナミヤについてですか……」

 

 思案顔で明後日の方向を見ていたレイラさんが、ややあってからふんわりと微笑んだ。口端のほくろが際立って見える。

 

「カナミヤのプライバシーに関わる話ですから、私から教えることはできませんね」

「すごく理性的でまっとうな理由だ……!」

「このゲームでまともなやつ、俺レイラしか知らねー」

「……でも確かにそうだよね。自分が知らないところで、自分の個人情報を話題にされるのって嫌だよね……。レイラさんから聞き出そうとするのはとってもよくなかった……! 反省!」

 

 頬をパチンと叩くと、なぜかレイラさんが関心しきったように「ほー」とため息を吐いている。可愛げマシマシの悩ましい吐息交じりにレイラさんは嘆いている。

 

「貴女はどこかの誰かさんとは違ってちゃんと反省できるいい子ですね。私、感心しちゃいます。どこかの誰かさんとは違って本当に偉いです」

「悪かったな毎回毎回一ミリも反省できない悪ガキで」

「まったくですよ。どうしてトーギ君はいつも反省してくれないんですか? さっきも私のバイクを盗もうとしていたの、うやむやにするつもりありませんからね」

「ゲーッ!」

 

『レイラまじ細けー』と苦い野菜を食べた時みたいな顔をしたトーギが、萎びた様子で呻く。

 

「もういいじゃんかよぉ許してくれよォ俺が代わりにお前が好きそうなバイク作るからよォ」

「えっ──」

 

 レイラさんが固まった。顔が薔薇のように真っ赤になる。

 

「つ、作ってくれるんですか? 私のために? トーギ君がっ?」

「ウン……」

「あ、あの、例えばどんなバイクを……?」

「そうだなあ……」

 

 握っていたペンをくるくる回しながら、トーギは作業机に向き直る。製図途中のスケッチを脇に避けて、新たな白紙にペンを走らせていく。その様子を、赤らめた頬のまま、レイラさんは隣で覗き込んでいる。

 シート高が……。四気筒で……。トリレスフレーム、エンジンをストレスメンバーに……。スーパーチャージャー付の片側スイングアームで……。──などなど何だか専門的な話を、レイラさんは目をキラキラ輝かせながら聞きこんでいる。

 うーん、完全に二人だけの世界ってやつ。

 

「レイラさんとトーギって仲良いよね……」

 

 独り言のつもりだったのに、レイラさんがババッと効果音が鳴るくらい機敏に振り向いた。赤い顔で、だけど非常に嬉しそうにレイラさんは笑っている。照れ隠しでか、トーギの頬をつねりながら。

 

「仲が良いだなんてそんな。うふふ。そういう冗談は面白くありませんよ」

「痛い。痛いからレイラ。レイラ? 俺の頬は餅じゃないぞ?」

「知ってる! これ惚気ってやつだよね!」

「うふふいやですねこの子はまったくうふふ」

「レイラさん? そろそろ俺のほっぺが千切れるんスけどレイラさん?」 

 

 離婚と結婚を三日程度のペースで繰り返す二人の邪魔をしても悪いので、私はそろそろお暇することにした。

 去り際、トーギと一緒にニッコニコで手を振るレイラさんの言葉を思い出す。

 

「貴女もカナミヤと仲良くなってみてはいかがでしょうか?」

 

 仲良く、か。それはトーギとレイラさんのような関係性になるという意味よりも、それ以前の話として、カナミヤという女の子に接してみろ──ということだ。

 私の目的は明確だ。『カナミヤという最強の女の子に勝ちたい』。

 だけど私の動機は不明確だ。『勝って何がしたいのか?』。それを言語化するのが私にとっては難しい。明確でない思い出による動機を、私はもっと沢山カナミヤの事を知ることではっきりと具現化する必要があるのかもしれない。

 

「……そうなると、がぜんカナミヤに会いたくなってくるなー。早く会えないかなー」

 

 独り呟いてからふと気づいた。

 

「あれ? 『次』っていつ会えるんだっけ?」

 

 再戦の約束はしたけど、カナミヤが次はいつ『村』に戻って来るのかとか、聞いてないのでは? 

 ……。

 五年くらい広場で待ってればそのうち来るかなあ……。

 

 

 

 

 

 

 

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