《このゲームが始まって1e+100秒が経過しました。》   作:てりのとりやき

7 / 7
『歩く地雷原』/レベル1/スキル保有数3/全ステータス平均値3:アンフェルフェフォビア

 

 

《決闘専用フィールド》

《ユーザー数:3》

 

 

 

 

 カナミヤから連絡があったのだとフェフォは不満そうに言っていた。闘技場の観客席で私達を見下ろすフェフォは、自前の赤髪をくるくると弄りながらつまらなさそうに平淡な目つきをしている。手を振ると小さく振り返してくれた。

 ここは《決闘戦闘フィールド》。円形をした闘技場と、それを囲う観客席で構成された空間。《生活フィールド》とは違う場所には、今、私とフェフォと、そして……。

 

「先手は譲る」

 

 無手で立つカナミヤがいる。相変わらず飾り気のない幼い顔立ちは私を薄い表情で見つめていた。

 

「ありがとう!」

 

 私はというと、武器として鉄パイプを握っていた。トーギの工房でガラクタとして放置されていたものを拝借したのだ。このゲームのユーザーに防御力というステータス値や概念はない。物理演算に従った速度と重量のインパクト、力学だけがユーザーを致命傷に至らせる。

 カナミヤと私との距離はざっと10メートル。宣言通り、カナミヤは悠然と立ち続けて私の一手目を待っていた。

 地に着いた足と、履いている靴の感触を確かめるように何度か足踏みをして……。

 

「この前みたいにはいかないから──ねッ!」

 

 そして全力で地を蹴った瞬間。私の体は音を置き去りにした。

 視界は放射線状に伸び、全てはブレる。

『ブンッ──』と背後から遅れて音が鳴る感触(・・)。地を這うように跳ねる最中、その勢いのまま鉄パイプを勘で振り下ろす──! 

 

「──!」

「……」

 

 激しい接触も、カナミヤの体が致命傷を負うことも、何一つ起こることは無く。

 鉄パイプを掴んで私を静かに見つめるカナミヤが立っているだけだ。

 

「やっぱりそうだよね。君は超音速まで素のステータス値だけで加速できるんだ、音速程度の相手を受け止めるの何て訳ないよね……!」

「……きみは音速以上を発揮できるステータスではなかったと思うけど」

 

 カナミヤが手を離すのと同時に飛び退いた。

 4,5歩の距離。相対しながら私は得意げに言う。

 

「速度パラメーターの算出にはユーザーとオブジェクト間の接地面が密接に関わってるって知ってた?」

 

 現実世界には摩擦係数という法則がある。係数が低いほど物体は滑りやすくなるっていうやつ。それに近いものがこのゲームにも適応される。

 このゲームにおいて、何らかの動力を用いて加速を始めたユーザーやオブジェクトは、接地しているその他のオブジェクトとの接地面積によって速度パラメーターの値にマイナスの補正が掛かる。勿論オブジェクトの材質が関わっているのもそう。

 

「その靴。面白い仕掛けをしているみたいだね」

「フッフーン。私お手製だからね!」 

 

 マイナス補正値は接地面積が増えれば増えるほど指数関数的に増えていく。

 ──さて、今ここには、トーギというユーザーの手によって繊維一本一本から手加工で編まれた生地があり、それを強引に重ね合わせることでオブ(・・)ジェ(・・)クト(・・)同士(・・)が貫(・・)通し(・・)合っ(・・)た状(・・)態の(・・)まま(・・)加工された靴がある。

 バグったスニーカーがもたらすマイナス補正は通常のオブジェクトの比ではなく。

 飽和したマイナス補正値が掛けられた速度パラメーターは……その速度をオーバーフローさせるのだ。

 これが俗にいう『速度バグ』。 

 

「だけど音速程度は私の敵にはならない」

「──大丈夫。もっと速くできるから」

 

 そして私は、『速度バグ』を随分昔に発見していて、だから幾らでも応用できる。

 踏みしめた靴裏。今度は敢えて踵部分で地を蹴った。

 直後。

 1秒を無限に刻んだ細切れの時間軸の中。

 ──私の世界から音と形が消失した。

 

「──!」

 

 意思の発露など間に合うはずもなく、鉄パイプを振るうことなどできない速度域。

 私には現象の結果からしか状況の把握ができなかった。

 

「靴裏の接地面によって加速の度合いが違うのか」

「だ、だいせいかーい……」

 

 一直線にカナミヤへと突進していたはずの私は、気付けば闘技場の壁に左肩から先が埋まっている。いや、違う、左肩から先が消滅しているんだ。まともに受け身も取れずに自壊するなんて。

 視界が猛烈に揺れている。聴覚が酷い耳鳴りに包まれる。

 それでもカナミヤへと目を向けると、闘技場は既に崩壊していた。私が巻き起こしたバグ的加速による物理演算の結果として、速度のみで闘技場は瓦礫の山だった。 

 大地には巨大な蛇が這いずり回ったような跡が私の足元まで。捻じれ曲がった軌道に私は臍を噛む。

 

「今のでマッハ300程度だ。けどきみには速すぎるみたいだね」

 

 ──真っ直ぐ突進もできなかった……!? 

 ステータス値が貧弱すぎて自分の速度に自分で反応しきれないなんて! 

 

「なんの、まだまだ……!」

 

 カナミヤはまだ何もしていない。ただ立ち、私を見つめるだけ。

 ……先手は譲られたままなんだ。

 このままじゃ駄目だ。幾ら速くても、制御できないんじゃどうにもならない。

 

「もう、一回……!」

 

 今度は親指部分だけで走りだす──音以下の加速が始まり、空を亜音速で跳んだ。

 空中にはこれ以上加速するためのオブジェクトなんて存在しない。

 だから私は右手の五指で空間(・・)を掴み(・・・)、引き裂いた。『世界』という名の表皮を破くようにして現れるのは色の無い黒。裂け目。のっぺりとした真っ黒な異空間──『アイテムボックス』。

 念じる。

 思い描く。

 足を引っ掛けられそうな大きさの、岩……! 

 

「マシン領域との直通回路を作った──?」

 

 遥か地上からカナミヤの声が聞こえる。同時に裂け目からは手頃な岩石が現れた。私は迷わず岩石に靴で触れる──今度は小指付近で。

 体に掛かる速度はそれだけで音速へ。次いで更に裂け目を生み、現れたオブジェクトを蹴って更に空を駆け上がる。

 音速。

 超音速。

 極超音速。

 亜光速──。

 

「──空中からなら、降下するだけなら制御なんていらない……!」

 

 見た。地上を。遥か空から。

 点ほどに小さくなったカナミヤの姿を捉え、私はもう一度裂け目を開く。姿を現した巨木に両足を着け、見下ろした点へと一直線に。

 蹴った。

 

「い────ッけェ……!」

 

 バグ状態にある靴裏の超多重接地面積によって私の体が発揮すべき速度パラメーターは瞬間飽和した。

 音。

 色。

 形。

 全ての認識が不能になるほどの加速が身を包む。

 ──私の予測通りなら。

 私は今この瞬間、このゲームにおける最速の速度表現領域に達し。 

 つまりは光速。秒速29万km。

 カナミヤへと突き進み、光と同化した降下速度が、流星に等しい衝撃を……

 

 

 ■―■

 

 

 スキル実装:《予てより後の光背》

 Tips_其は超光速領域での自由活動を許す。

 

 

 ■―■

 

 

 

 青い空が見えた。

 日差しを覆う人影があった。

 何故か私は地面を転がっていた。

 目の前に、拳を振り上げたカナミヤがいて。

 

 

 あ、

 

 

 と口を開く前に拳は振り下ろされ私の腹部から下が破裂。全てポリゴン体となって消滅した。

 明らかな致命傷──それ以上に、速度バグを再現するための靴も消失した。

 

「      」

「発想はいい。足りない個所を補う方法にセンスもある。だけどそれじゃあきみは私に勝てない」

 

 光速域での突進だった。始まってしまえばそれだけで大半のユーザーを消滅させられる。シンプルな物理現象は、だからこそカナミヤにだって通じうるものだと考えて『速度バグ』の再現を武器に選んだのに。

 

「信じられ、ないな! 君、超光速で……動けるなんて……!」

「何故なら」

 

 カナミヤの保有するスキルはそんな私の想像を超えていた。

 上半身だけになった私へと、カナミヤはやはり平淡な眼差しのままもう一度拳を振り上げて──。

 

「私は相互作用と空間よりも上位に在る」

 

 物理の極致の向こう側から一撃が突き進む。

 完全制御下にある超光速領域の殴打は、私という存在ごと、《決闘専用フィールド》の全てをポリゴン体にして破壊した。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

《生活フィールド》

《ユーザー数:201》

 

 

 

 

 

「ま、負けたー!」

 

 死に戻った『村』の中央広場。地べたに両手両座を突いて項垂れる私の叫びに、いつの間にか隣にいたフェフォがニヤニヤ笑って言った。

 

「ざっと10秒程度ね」

「短かっ! ほぼ瞬殺じゃん!」

 

 もちろんカナミヤとの戦闘時間のことだ。

 バンバン地面を叩いている私の姿がそんなに面白いのか、フェフォの笑みは嗜虐性の強いものになる。

 

「それもほとんどカナミヤは動いてない10秒だし?」

「事実陳列罪やめて!」

「──きみは《テクスチャー領域》を剥がせるんだね」

 

 会話に割って入る唐突な声。二人して声の方へと顔を向けると、カナミヤが静かに私達を見つめていた。……視線の焦点はどちらかというと私に向いている。混じり気のない、黒曜石のような瞳に見つめられて私の鼓動が強く跳ねる。

《テクスチャー領域》を剥がす。『アイテムボックス』のことだろう。

 

「う、うん。なんか……えい、ってやると出来るよ!」

「……」

 

 実のところどういう理屈で『アイテムボックス』が開くのか、私にもよく分かっていない。バグの一つだとは思うんだけど。空間を切り裂くように握り、開けと念じるだけであの真っ黒な裂け目が現れるのだ。何か特殊な条件があるのかと過去に色々と検証を行ったけど、結局、再現性を出すために必要な条件は私の意思以外は無かった。

 カナミヤの視線は次いで隣のフェフォへと向かう。カナミヤから見て頭一つ分背の高いフェフォを上目に見やる。

 

「アンフェルフェフォビア。これはどういうこと」

「ハッ。今更アンタに報告義務なんかないけど?」

 

 無機質な視線からはどのような意図も察することが出来ない。

 でも、なんだろう。カナミヤが……怒っているような気がした。

 普段の薄い表情よりも更に、欠片も感情が込められていない眼差しが、直立不動の立ち振る舞いが、強い感情を堪えているように見えた。

 

「だけどきみには責任がある」

「だとしてもアンタに権利はないワケ」

「……」

「……」

 

 理由も分からない睨み合いが二人の間でしばらく続いた。私は唐突に始まった剣呑な雰囲気に当てられて何も言えない。

 ややあってから、フェフォが肩を竦める。わざとらしく嘲笑交じりに、降参しましたと両手を上げて、口端を薄く鋭く緩める。

 

「……気付いたら覚えてたのよ。誰が教えたワケでもない。お子ちゃまは『アイテムボックス』って呼んでる」

「『アイテムボックス』。そん(・・)なも(・・)のこ(・・)のゲ(・・)ーム(・・)に存(・・)在し(・・)ない(・・)

「色んなものが入るんだよ!」

 

 ここぞとばかりに私は会話に参加した。ピリピリした雰囲気を和ませたくて、私はその場で人差し指を横にスライドさせる。現れる、掌サイズの裂け目。両手でお椀を作れば、ポロポロと色とりどりの小物が零れ落ちてきた。いい感じの枝、丸くてすべすべした小石、昔拾った宝石、トーギが作った金属正四面体などなど……。

 両手いっぱいの小物をカナミヤに見せた。

 

「念じると出てくるんだ、便利でしょ!」

 

 笑いかければ、僅かに私と視線を交わしたカナミヤが頷く。細くて小さな指が近寄ってきて、小物の内の一つを……すべすべした小石をつまみ取った。

 しげしげと注意深く観察した後、カナミヤはそれを元あった場所に戻す。

 

「その裂け目。『アイテムボックス』とやらは《マシン領域》との直通回路を開いているに等しい。きみの認識と理解に強く繋がっている。気をつけて」

「えっと……。……うん! わかった!」

 

 ??? カナミヤの言っていることはイマイチ要領を得ないものだったけど、カナミヤなりの助言だということはすぐに理解できた。コクコク頷いて、両手の中にあった小物をすべて『アイテムボックス』の中に戻す。それを見届けてからカナミヤがまた口を開いた。

 

「あの靴はきみが作ったの」

「う、うん。素材はトーギ……私の友達に作ってもらって、それを加工したのは私」

「そう。通りで異様にバグが起きるんだね」

「? どういう……」

「このゲームの演算処理に用いられているのは光量子コンピューターだ。まだ社会実装まで30年は先だと言われていた技術が使われている」

 

「だからね」と、疑問を挟む暇もく矢継ぎ早にカナミヤは続ける。

 

「このゲームの演算能力に底はないよ。でなければ超光速域の再現なんてできるはずもない」

「えっと……カナミヤは何が言いたいの?」

「通常のユーザーによる製作物はあれほど極端なバグを起こさない」

 

 ……通常のユーザー? 

 その言い方だと、私がまるで普通のユーザーではないみたい。

 

「どういう意味……」

「──カナミヤ」

 

 強引な形で私の言葉を遮り、更に私とカナミヤの間に割って入ったのはフェフォだった。

 私をカナミヤから隠そうとするかのように、凛として真っ直ぐ伸びた背中が立ちはだかる。赤い髪は陽光を反射して炎のようにうねっていた。

 

「それ以上を口に出すなら、ワタシはアンタを消し飛ばす」

「フェフォ……?」

 

 私の呟きを誰も拾わない。顔の見えないフェフォと、フェフォを見上げるカナミヤの視線の間は、まず間違いなく双方しか映っていない。

 ……何なんだろう。

 どうしてこの二人はこんなに仲が悪いのだろう。私だって馬鹿じゃない。二人の不和の原因がどうやら私にあるということくらいは、今までの会話で察せる。だけどそれは根本的な所をぼかしたものだったし、私には知り得ない『何か』に基づいた不仲であり不和だ。

 

「け、喧嘩しないでよーそういうの嫌だよー」

 

 私に出来るのは二人に向かって声を掛けるくらいだった。ここで私が尋ねたところでフェフォもカナミヤも『何か』が何であるのかを教えてはくれないだろう。

 

「喧嘩するなら私はジタバタするよ! いいの? 衆人環視の中で私が地面寝っ転がってジタバタして二人は恥ずかしくならないの!」

「勝手にすればいい」

「お子ちゃまのする事なんだから誰も気にしないわよ」

「気にしてよー!」

 

 あんまりにも二人が冷淡だから、これはいよいよ私が下手くそなブレイクダンスを踊るしかないのか……! と腹を括っていると。

 

「きみはこのゲームの仕様に詳しいね」

 

 唐突にカナミヤが話題を変えた。カナミヤなりのフォローだったのか、私の下手なブレイクダンス(という名のジタバタ)を見たくなかったのかよく分からないけど……。

 

「え! あ、う、うん。えへへ……まあまあね」

「だったら尚の事きみは私になろうとするべきではないよ」

「?」

 

 カナミヤはまた曖昧なことを言う。私が首を傾げると、少女は目を瞑って眉間を少し揉んだ。あ、珍しい。カナミヤが少し呆れている。

 

「……物理という土俵において私はいつまでも最強で居続ける。これは揺るぎない事実だ」

 

 だろうなと思う。

 スキルによって超光速域で行動可能なユーザー相手に、まっとうな物理演算的手段で太刀打ちできるとは思わない。

 

「だから私は、私が得意なバグ技の再現で追い付こうとして……」

「自分でも分かっているんだね。そう。きみの強みはこのゲームへの理解度だよ。『速度バグ』の活用は斬新だ。再現性も高かった」

 

 カナミヤが目を開く。躊躇いも迂遠な言い回しもしない、ひたすらに真っ直ぐな少女は存在の全てを私に向けている。

 

「アプローチの仕方は悪くないがメタる方向性が悪い。私に勝ちたければ私さえ知らない仕様の隙を突くしかない」

「──!」

 

 ぶわ、と鳥肌が立った。次々にカナミヤが繰り出した言葉の数々が、私の胸の内側を震わせていた。

 

「方向性?」

「方向性」

「仕様の隙?」

「仕様の隙」

「悪くなかったっ?」

「うん。悪くなかった」

 

 ……カナミヤという最強のユーザーがいる。文字通りの意味で『最強』だ。そんな『最強』に勝とうとするなら、彼女に並び立つ手段をどうやってでも用意する必要があると考えた。だから『速度バグ』を戦術の軸に据えた。カナミヤが戦う速度領域に辿り着くために。

『私に追従するな』とカナミヤは言っているんだ。

『私の盲点を突け』とカナミヤは教えてくれているんだ……! 

 

「……~! カナミヤ!」

「なに」

「ありがとう!」

 

 たまらなくなって、胸がいっぱいいっぱいになって、私は思わずカナミヤへと駆け寄った。フェフォが「ちょっと」と小言を漏らしているのも気にならない。僅かに背を逸らせたカナミヤの、細くて小さな両手を取る。ブンブン振る。強く握りしめる。

 

「……『ありがとう』。どうして」

「すっごい大事なヒントをくれたから。それがすっっっごい嬉しいんだ!」

 

 されるがままになっているカナミヤの目を見つめる。黒くてきれいな君の瞳を。

 幼い顔だ。いつ見ても君は変わらない。

 手の小さなところ。だけど暖かいところ。握りしめた手指の感触。

 何一つ君は変わっていないんだ。

 だから私は君に満面の笑顔を浮かべられる。

 

「またやろう!!」

 

 大きな声だった。広場中に響き渡るくらいだった。まばらなユーザー達の視線が私に集中するのが分かる。だけど気にならない。今、重要なのはここにカナミヤと私がいることだから。

 

「……再戦の再戦は約束してないよ」

「今度は、次は、もっと君を驚かせてみせるから。もっともっと君の本気を引き出してみせるから!」

「聞いてないねきみ」

 

 わかるんだ。

 確信しているんだ。昔から、ずっと前から! 

 

「私達は戦い合い、歩み寄り、果てしなく遠く、理解も遠く……だけど必ずいつかはたどり着けるって」

 

 君は『抽象的すぎる』って表情(かお)をする。

 薄い表情だけど何となく言いたいことはわかるよ。カナミヤという女の子を理解したいって思うから、分かる事が出来てしまうんだ。

 

「だから私達は足を止めることができない。私は、君に勝つことを諦めていない」

「きみは変わった子だね」

「そんなことないよー普通だよー」

「……手。放して」

 

 言われて、随分長い時間握りしめていたことに気付いた。反射的にパッと離して、少しだけ後悔を覚える。

 しばらくの間、カナミヤは黙りこくったまま自分の両手をじっと見つめていた。長い時間が過ぎたようにも思うし、さほど経っていないようにも感じる。

 やがて。

 

「またね」

 

 カナミヤはぽつりと言って、私達に背を向けた。

『またね』って。それってつまり次があるってことだ。再戦の再戦の約束だ! 

 

「またね! またねカナミヤー!」

 

 大きく手を振ってもカナミヤは応えない。一度も振り替えることなく、姿を消した。《迷宮フィールド》に潜っていった。

 そうして残された私に向けてか、しばらく静かだったフェフォがため息を吐いた。

 

「……アナタ、おバカね。またやるつもり?」

「もちろん!」

 

「はぁー……」とフェフォが長い長いため息をする。だけどフェフォが浮かべる苦笑はずいぶん柔らかい。カナミヤが居なくなったからか、フェフォの表情もずいぶん穏やかなものになっていた。

 いつか二人の不仲も解決できたらいい。……いいやきっと出来る。足を止めず、歩み寄ることを諦めず、進み続けることができたら。いつかは必ず、何でもできるんだ。

 凄まじい高揚感が全身を包んでいた。今なら何だってやれそうだし良いアイデアも思い付きそうだ。

 

「よーしフェフォ! 反省会しよう!」

「なんでワタシまで……」

 

 そうは言うものの、フェフォは微塵も嫌そうな顔をしない。困ったように眉尻を下げて、緩んだ微笑をする。

 

「ハイハイ。仕方ないからお子ちゃまに付き合ってあげる。アナタにしては頑張ったものね」

「あれ? さっきと言ってることが違くない? 10秒しか立てなかったんじゃなかったの?」

「ナマイキ言わないの」

 

 無造作に頬をつねられる。むぐぐ。

 

「……知ってる? あのカナミヤにスキルを使わせたユーザーはね、アナタを含めて3人しかいないのよ」

 

 クスクスと笑いながらフェフォは遠い目をしていた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 対カナミヤ戦術をああでもないこうでもないと練り、時折フェフォに模擬戦の相手をしてもらって、トーギやレイラさんの様子を見に行って……。

 そのようにして慌ただしく日々は過ぎていく。

 目標があり、超える為の思考を重ねていく時間は、楽しい。楽しいからこそあっという間に流れていく。

 数日。

 数か月。

 もしかすると数年。

 どれほどの時が流れたのかを実感するよりも先に、『村』は大きなイベントを迎えた。

 

 

 

 トーギのロケットがついに完成したのだ。

 

 

 

 

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