「お母さんね、実は元TS魔法少女だったの」 作:性癖でバトルしようぜ!
「──母さん! 危ないッ!」
「ッ──!」
一瞬の出来事だった。
吹き飛ばされた怪人はいつの間にか弾丸のような速度で間合いを詰めて来ていた。
その凶悪な腕が空間ごと母さんを薙ぎ払い、彼女は抵抗する間もなく隣の雑居ビルへと叩きつけられた。
「一瞬ビビったが、なんてこたァない。衝撃は一級品だが俺様には痒い程度だったぜ!」
「母さ──あぐ!」
駆け寄ろうとした僕の視界を、逃げ場のない巨大な手のひらが覆い尽くす。
今の小柄な僕の身体は、抗う術もなくその分厚い手の中へ収まってしまった。
「確かに焦りはしたが、所詮は見掛け倒しの魔法少女──。いや、この場合は魔法熟女って呼ぶべきかァ?」
鼓膜を揺らす下劣な笑い声を響かせながら、怪人は勝ち誇ったように宣言する。
「俺様は「ロリコニアン」! すべてのロリを愛し、慈しむ者と言えばこの俺様のことよォ!」
「ふざ、けるなァ……!」
ギリギリと骨が鳴るほどに僕を締め上げるロリコニアンは、爬虫類の醜悪な顔を歪めて高らかに吠えた。
「どちらかと言えば、このガキんちょ。てめーが本物の魔法少女だったりしてなァ?」
「僕はッ、男……だ!」
「ゲラララ! 男だァ? 真のロリコンである俺様の眼力が、そんな初歩的な嘘を見逃すわけねぇだろ」
怪人は牙を剥き出しにして笑い飛ばすと、そのまま鼻先が触れ合うほどの至近距離まで顔を近づけてくる。
スンスンと僕の首筋に鼻を寄せ、品定めをするかのように深く、長く、湿った息を吐き出した。
「スゥゥ……この
「へっ、変態だァ──!?」
「フーッフーッ……ハァハァ……たまらねぇな、おい!」
「やめ……んぃっ!? どこ嗅いで……っ!」
この怪人は唐突に僕の匂いを嗅ぎはじめたかと思えば、耳を疑うような悍ましいセリフを連発し始めた。
鼻孔を僕のデリケートな肌に密着させ、フンスフンスと荒い鼻息を四方八方に吹きかけてくるのだ。
ちょ、近い! 生臭いし何より生理的な嫌悪感が限界を突破しそうだよ!
「……ひーくんを、離しなさい!」
瓦礫の山を突き破り、母さんが声を荒げて飛びかかってくる。
その鋭い跳躍力には確かに、かつての魔法少女としての片鱗が宿っていた。
「おぉっと、さっきは油断していたが二度目は通用しねえぜ?」
「きゃあっ!?」
だが、母さんは向かってくる勢いを逆手に取られ、怪人の空いたもう一方の手によって無慈悲に捕らえられた。
ひょっとして笑えないレベルの絶体絶命なんじゃ……?
「全盛期の過ぎた魔法少女なんぞ、大人しく逃げていれば痛い目に遭わずに済んだのによォ!」
ミシミシと母さんの細い身体が軋みを上げ、彼女の整った顔が苦悶に歪んでいく。
『朝日! はやく変身するんだ!』
足元でパステルブルーのノエルが、焦燥に満ちた声を張り上げる。
そうだ。僕は母さんから、魔法少女の因子を引き継いでいるはずなんだ……!
「そん、なこと……言われたって……!」
どうやって変身すればいいのさ……!
物語なら土壇場で閃くのがお約束なのに、僕の脳内はパニックで真っ白になるばかりだ。
そもそも、僕に魔法少女としての因子があるなんて半信半疑なんだ。
「こっちのガキンチョは、あとでじっくり楽しませてもらうとするぜ!」
「僕に、何をする気だ……!」
「そうだな。猫耳に尻尾と首輪を付けて、俺様だけの忠実なペットにしてやろう!」
「は……? 」
あまりに想像を絶するおぞましさに、僕の脳は「聞き間違いだ」と強引なシャットダウンを試みた。
「その時の服装は、白スク水で決まりだな!」
性転換した実感が薄い僕でも、さすがに最悪のビジュアルを脳裏に描いてしまう。
自分がそんな破廉恥極まる姿に変えられ、このド変態の前に晒される悪夢のような光景を。
……やめろ、勝手に想像させるな!
僕は男だ! 尊厳破壊もいいところだ!
あーもう、何だよ!
今日一日で不可解なことが起きすぎて、おまけに怪人まで実在して。
母さんは全力でコスプレを披露するし、敵は筋金入りのロリコン変態だし!
それで挙句の果てに、僕にまで破廉恥な格好を強要しようとしてくるだって!?
「……いい加減に、しろよ!!!!」
「なっ!? フィジカルだけで、俺様の拘束を……!?」
怒りのままに全身へ力を込めると、容易くその分厚い檻から抜け出すことができた。
ロリコニアンと名乗る怪人は予想外の抵抗に遭い、驚愕にその双眸を見開いている。
認めたくはないけれどノエルの言った通り、僕には母さん譲りのデタラメな身体能力がしっかり受け継がれているらしい。
「に、逃げないでよ俺の白猫ちゃん……」
「白猫ちゃん言うな、このロリコン野郎!」
まるですがるように伸びてくる汚らわしい手を、一喝して力任せに払いのける。
「……白スク水が嫌だったのか?」
「それ以前の問題だが? 」
「そんなバカな! ロリは皆この格好が好きだと聞いたぞ!」
「どこ情報だそれ。知識が偏りすぎだろ!」
別の衣装なら許容範囲だと思っているのか。
僕は男だ。一刻も早く、元の平坦で地味な姿に戻りたいだけだ。
「な、ならスク水だけじゃなくて白ニーハイも履かせよう! 猫手袋も付けてやる! どうだ、欲張りセットだ!」
「……一瞬でも脳内保管しちゃったじゃんかバカ! 死ね!」
しかも更に悪化してるじゃないかアホ!
ああもう! 言葉を交わすだけ時間の無駄! ペースが向こうに持っていかれて埒が明かない。
こいつの歪んだ性癖なんて、一ミクロンも理解したくはない。
僕は怒濤の勢いで、ヤツのガラ空きになった懐へと距離を詰めた。
「ロリコンは妄想の中だけにしておけ! 現実のロリに、迷惑をかけるんじゃあ──ない!!!!」
「し、白猫ちゃ──」
母さんのデタラメな戦い方をなぞるように、僕は拳を真っ直ぐに打ち込んだ。
「ロリコンなら、YES! ロリータ NO! タッチを貫けアホー! 」
「ぐほぉぉぉ──!?」
怒りを全乗せした渾身の鉄拳制裁は、無様な断末魔を置き去りにして怪人を遥か彼方へとぶっ飛ばす。
青空の向こうへ消えていくヤツを冷めた目で見送り、僕はどこか憑き物が落ちた気分で息を吐いた。
「……母さんは!?」
僕は我に返ると、慌てて周囲を見回して母さんの姿を探す。
幸いにも彼女は無傷だったようで、ノエルに寄り添われながら呆然とした様子で僕を見ていた。
「ひーくん……やっぱり、私の大事な娘ね♪」
「息子だってば! もう! 怪我はない? 大丈夫?」
『安心しろ。元魔法少女でも、その驚異的な治癒能力は健在さ』
ノエルがどこか誇らしげに、短く言葉を添えた。
たしかに母さんが重い病気や大怪我をした記憶は、思い返しても殆ど見当たらない。
たまに風邪を引いたとしても、翌朝にはケロッとして家事をこなしていた気がする。
『さて朝日。キミには魔法少女としての素質があると、これで完全に確定したよ』
「僕は魔法少女じゃないけどな?」
『残念なことに魔法少女として契約する力はオイラにはもう無いけれど』
僕の認識としては完全に男だ。
あんなフリフリの服を着るのも嫌だし、すぐにでも戻ってやるつもりだ。
それに、魔法少女として戦う予定はない。
『ところで、怪人は一体どこに行ったんだい?』
「え? さっきぶっ飛ばして……あ゛!」
僕は慌てて周囲を索敵してみたけれど、怪人の姿はどこにも見当たらなかった。
……うん、あまりの不快さに力を込めすぎた。
ギャグ漫画のワンシーンみたいに、空の彼方でキラリと光って消滅してしまったのだ。
『何をやってるんだよ、もう!』
「だ、だって仕方ないじゃないか! 僕だって、あの変態発言には我慢出来なかったんだよ!」
『これじゃあ魔力の回収もできない。また振り出しに戻ったじゃないか』
「うぅ……。ぐうの音も出ないほどの正論パンチやめて」
しょんぼりと肩を落とす僕の頭を、ぽんぽんと優しく撫でる温かい感触があった。母さんだ。
「でも、ひーくんが私のために勇気を出してくれたのは嬉しかったわよ。変身もしてないのに、怪人をやっつけちゃうんだもん。立派な魔法少女になるわよ♪」
「母さん……! へへ……っていや、僕は魔法少女じゃないからね?」
と、とにかく! 自分がこの身体で戦えるということだけは確信できた。
引退して弱体化している母さんが戦えないのなら、僕が代わりを務めるしかない。
……もう、母さんがこれ以上傷つく姿は見たくないからね。
「でも。僕一人で、上手くやっていけるのかな……」
『今のままじゃ到底無理だよ。次は、ちゃんと変身してもらわなきゃね』
変身、か。
確かに二次元の世界じゃ、みんな煌びやかな衣装に着替えて必殺技を放っている。
でも、あの母さんのようなフリフリな衣装だけは絶対に御免だ。
見た目がどうなろうと、僕は心まで女の子に屈したわけじゃないんだから。
『いや、ここは趣向を変えて悪堕ち風魔法少女もいいかもしれない。うんとエロいの。頼んだよ朝日』
何を言ってるんだい、ノエルさんや。
◆
空がどろりと茜色に溶け始め、街はすっかり夕方の空気だ。
下校時刻と重なったのか学生たちの姿が目立ち始め、往来がじわじわと活気づいてきた。
結局、今日は一度も校門をくぐることなく一日が終わろうとしている。
一刻も早く、この身体を男に戻さなきゃいけないってのに。
「ただ街を徘徊するだけで、そんな都合よく怪人が見つかるもんなの?」
『昔は魔法少女がちょっとそこら辺を散歩すれば、すぐに怪人とエンカウントしたもんさ』
「なにその“能力者同士は惹かれ合う”みたいな設定!?」
母さんを自宅へ強制送還した後、僕はノエルと共にこうして街をパトロールしている。
すれ違う通行人がチラチラと遠慮のない視線を送ってくるけれど、どうしても慣れない。
『昔はオイラ達のような妖精が不穏な魔力を察知して、パートナーの魔法少女と共に戦場へ赴いていたのさ』
「そういえば母さんってさ。現役時代はどんな魔法少女だったの?」
僕が見たのは、あのノリノリすぎる羞恥プレイのようなコスプレ姿だけだ。
怪人なんて物騒な存在も、今日初めてその実物を拝んだばかり。
ノエルは『んー』と短く唸った後、どこか遠い目をして言葉を継いだ。
『イレギュラーだったね』
「TS魔法少女だったから?」
『うん。存在自体がイレギュラー過ぎて、今の君の身に起こっている事象も前例がないレベルだよ』
元男でTS魔法少女になり、そのままメス堕ちして息子を産み。その息子も遺伝でTSしましたって、属性の過積載が過ぎて脳の処理が追いつかない。
「そんな話じゃなくて! 全盛期はどんな戦い方をしていたのかが気になるんだよ!」
『正直、魔法少女としての彼女を知りたいなら本人に聞くのが一番だ。まあ、あまり話したがらないだろうけれどね』
「むぅ……」
本人が「地味だった」と言っていたのは、サポート役や縁の下の力持ち的なポジションだったからだろうか。
フィクションでも特殊な能力を持つ裏方役は決まって存在しているし、案外そんなところかもしれない。
とまあ、暫く街をパトロールしてみたものの。
怪人なんてそうそう都合よく現れるはずもなく、沈み始めた夕日に比例して僕の焦りばかりが募っていく。
身長が縮んで見た目はひ弱になったけれど、どれだけ走っても息が切れないのは異能の恩恵だろうか。
「悪いやつ、どこだー!」
『朝日、足で探すなんてやり方は前時代的すぎるよ』
屋根から屋根へと軽やかに飛び移りながら、ノエルが僕の横を並走する。
本当はノエルが魔力感知一発で居場所を特定してくれたら、それが一番手っ取り早いんだけどな!
「……ノエル、どうしたの?」
突然足を止めた相棒に、僕は疑問の視線を投げかける。
こっちとしては明日も学校があるから、一分一秒でも早く解決したいんだよ。
すると、ノエルはおもむろに四角い端末を取り出した。
それは現代人の必需品である、見慣れたスマートフォンだ。
『こんな時こそ、SNSでエゴサするほうが効率的だね』
「お前たしか猫だよな? その肉球で器用にフリック入力してるのなんなの? 現代社会に順応し過ぎだろ!」
スマホを使いこなす猫なんて、世界広しといえどもコイツくらいだろう。
いや、普通の猫ではないけれどさ。
てか、その端末は一体誰の所有物なんだよ。
『……見つけた。目撃情報のポストはちょうど十五分前だ。ここからそう遠くないよ』
「まじで見つかった。てか怪人の出現情報が普通に流れてくるの? 僕の知らないインターネットなんだけど?」
数分ほど画面を覗き込んでいたノエルが、確かな情報をキャッチしたようだ。
そのまま僕はノエルに案内されるまま、夕闇の街を疾走し始める。
驚くほど軽快に地面を蹴り飛ばせる自分の脚力に、僕は内心で舌を巻いた。
『現代社会において、怪人はもはや日常の一部なんだよ』
「えぇ……」
『……キミが知らないのは興味がないだけだろう? 昔から、興味がないものには一切知識を蓄えない癖があるからね』
「そんなことないと思うけど!?」
『じゃあ、今の総理大臣の名前は?』
不意の問いかけに、僕の思考が一気に鈍る。
えっと、たしか……。
「沢城総理……?」
『朝日……それは三代前の総理だよ』
あ、あれぇ? おかしいなぁ?
「くっ……! いいじゃないか! 総理の名前なんて知らなくたって、人生が終わるわけじゃないんだから!」
その後も民放各局のチャンネル番号を質問されたけれど、僕は一文字も答えることができなかった。
た、たしかに実社会の話題には疎いかもしれないけれどさ。
……アニメや漫画の話題なら、誰にも負けない自信があるんだからな!