カス女ハーレム   作:大豆亭きなこ

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第二話:梶尾水仙

 夜の波止場はさざ波と冷たい海風が支配する静かな場所だった。

 

 僕は桟橋に腰を下ろしながら、魂ごと呑み込まれそうなコールタールの様な海から視線をそらすため、辺りを見渡した。

 

 僕の背後には巨大なシャッターが備え付けられたコピペしたような倉庫が立ち並び、その間にある街灯が首を垂れるようにして周囲を丸く照らしている。

 地面にはこんがらがったビニール製の網と、何に使うのか分からないでかいガラス玉が散乱しており、朽ちたトロ箱、色あせた発泡スチロールと共に哀愁を誘った。

 

 海の方には二つの光があって、一つは青白く輝く半月、もう一つはチラチラ瞬く灯台の明かり。ぼんやりとそれらを眺めながら、海の生臭さに鼻を慣れさせようと難儀していると、水平線に点滅する何かが見えた。

 ──ああ、成功したのか。

 

 僕は重い腰を上げ、傍らに準備していた手持ちの信号灯を点滅させる。

 

『ゴクロウ』

 

 モールス信号によってメッセージを伝えるとともに自分の位置を知らせた。すると、素人目から見ても危なっかしい運転の小型船は、急旋回してこちらへと進路を取った。

 

『ブジセイコウ』

 

 そりゃあ何より。あの様子じゃ追われているとかでもなさそうだし、信号灯を開いたまま僕は再び腰を下ろした。

 月明かりによってだんだんと船上のシルエットが露わになってくる。目を凝らしてみると乗組員達が大げさに腕を動かしている。それも操縦士以外の三人が。どうにも言い争っているようであった。

 

 暫し観察しているとその内容が分かってくる。誰が信号灯を使うかで軽く喧嘩しているらしい。緊張感のない奴らだ。若者ばかりの群れ(フロック)だからしょうがないのだろうけど。

 

 あ、小さい奴が勝った。

 

 僕に対して等間隔で五回の点滅。言わずと知れたアイシテルのサイン。あれは立花だな。群れ(フロック)からの依頼の際、なぜか僕と組まされることの多い、僕と同じ二年四組の女子である。口数が多くちょろちょろと鬱陶しい奴なのだが、意外にも頭の回転が速く、気が利く奴でもある。ちなみに攻略対象ではない。

 

『Cカップ』『イッパツイチマン』『NGナシ』

 

 絶えず送られる下品なモールス信号を僕はすべて無視した。

 なおも賑やからしい小型船は見る見るうちに近づいてきて、船体を少しぶつけながらも無事着船した。僕は投げよこされた係船ロープをビットへと括りつける。すると四人の若者が我先にとぞろぞろ降りてきた。

 

「いや~、流石班長スね! 露助共まんまと騙されてくれましたよ!」

 

 長身の男が投げた棒を拾ってきた犬のような笑顔で言った。こいつの名前は何だっけ? 思い出せないので曖昧な笑みだけ返しておく。

 

「大収穫! 私史上最高の達成感だわ!」

 

 眼鏡の女がひらりと回りながら言った。顔合わせの時にも思ったが、こんな真面目そうなやつも参加しているとは世も末だなぁ。普通なら図書委員とか学級委員とかをしてそうな雰囲気なのだ。

 

「……というか鮎川よ、よくヤクザ共騙した上で取引場所まで導き出せたよな。どんな手品だ?」

 

 スポーツマンらしき体格のいい男子が尋ねてきた。一瞬手の内を晒すのはどうかと思ったが、多分今回一回しか使えない手なので別にいいかと思い直し、話すことにした。

 

「別に大したことじゃないさ。まずこの街のヤクザは分裂に次ぐ分裂と、海外からの闖入者、あとお前たちへの対応で疲弊している。その上、この取引も元は功を焦った末端が独断でやったことだ。出し抜くのは難しくない」

 

「ふむ。なら取引場所の特定は?」

 

「警備艇の巡回ルートと潮の流れさえ分かればある程度は絞れる」

 

 僕は荷下ろしを手伝うため、船に足をかけたがそこで違和感に気付いた。振り返ると僕以外の誰も動いておらず、僕のことを注視している。

 

「どうした?」

 

 僕以外の四人は顔を見合わせて、

 

「……わ、かんねぇよなぁ?」

 

「同じだけの情報があったとしても無理スね」

 

「まず、その情報をキャッチできないと思う……」

 

 なんだこいつら。僕をおだてたところで意味がないだろう。僕はしょせん外様でしかないのだから。彼らを無視して作業を再開しようとすると、立花が一歩踏みだし、おさげを揺らしながら胸を張って言った。

 

「当たり前でしょう! ここにいる方を誰と心得る! 一度は生徒会長様を打ち負かしたことのある猛獣使い、鮎川晴臣さんだぞっ! すでに幹部候補、いや生徒会長様の右腕として期待されている!」

 

 うわ。こいつマジか。

 

「やっぱあの噂本当だったんだ……」

 

「班長、群れ(フロック)に入ってまだ一か月ちょっとスよね。嫉妬しちゃうなぁ。でも、今日の手腕を見てると納得っスよ」

 

「凡百の奴らとは目が違う、目が」

 

「ねえ晴臣さん、今夜私とどうすか? あ、月ごとの愛人サブスクも受け付けてますよ」

 

 四人がぎゃいぎゃいやり始めたので、僕は咳ばらいを一つして、

 

「おい、もう次の班が来る時間だろう。騒ぐのは後からにしようぜ。あと、僕は班長じゃない。そして群れ(フロック)にも入っていない」

 

 そう言うと四人は打って変わってきびきび働きだした。こういうとこはしっかり教育されてんのな。

 

「それで、結局成果はどんなもんなの?」

 

「コカイン二十、シャブ三十、ハシッシュ六十スね。あ、おまけでトカレフ何丁か貰いました」

 

「言ってたLSDは?」

 

「ダメでした。奴ら一見さんだからって出し渋りましたよ」

 

「ああそう」

 

 まあ正直予想出来ていたことではある。

 僕は下ろした木箱の一つを開いて中を確認した。大雑把に梱包された白い粉類たちと暗褐色で板状の物。確認してみたはいいが見た目からでは判別がつかない。少なくともハシッシュは丁寧な処理をされているように見えた。

 

「君らの中に味見できる人っていんの? あとブレンダーとか」

 

「いますよ。あたしは顔見たことないですけど」

 

 さすがに層が厚いな。しかし、そいつらも僕と同じく外様なのだろう。そういった技術は一朝一夕に身につくもんじゃない。

 

「あ、そうだ、晴臣さん。明日生徒会長……水仙さんが呼んでましたよ。放課後になったら準備室に来てくれって」

 

 マジかよ。ここのところ平日は毎日の呼び出しに僕は気分が重くなった。

 

    ◇

 

「やあよく来たねえ、ハル君。昨日ぶりでも会えてうれしいよ。……聞いたぜぇ、ロシア人とのルート開拓したんだって? やるじゃないか。流石ボクが見込んだ男だけあるねぇ」

 

 僕が生徒会準備室に入るなり、梶尾水仙(かじおすいせん)はニタニタと目を細めながらそう言った。

 僕は水仙の僕を射抜く、焦げ付いた鍋の底の様な瞳から視線をそらし、

 

「別にそんな大したことじゃないよ」と言った。

 

 水仙の纏う雰囲気は異様と言うほかない。声、視線、所作の一つにいたるまですべて僕を呑み込もうとしているように思える。丁度昨夜の海のように。

 

 あちこちに跳ねまわった癖っ毛の黒いミディアムショートに、中性的なつくりの完成された顔立ち。目はタレ目気味で眠たげだが、それが一層彼女のカリスマを際立たせていた。

 顔以外に肌の露出が一切なく、足はタイツで覆われ、腕すらも花の刺繍が入った黒のアームカバーで覆われている。

 

 部室棟の二階角部屋にある生徒会室、その奥にある生徒会運営に使う資料などを保管する部屋、それが生徒会準備室である。かつては誰も使わない埃塗れの部屋だったらしいが、現在はしっかりと整理整頓された、水仙の私室となっている。

 潔癖症の彼女らしくチリ一つないどころか空気清浄機二台が絶賛フル稼働中である。

 

 水仙が手招きしてきたので僕は歩みを進めた。

 ふわりとジャスミンとローズマリーの混じった清涼感のある香りが舞った。この香りが水仙のつけている香水なのか、加湿器の芳香剤なのか、はたまた大麻の臭いを打ち消すための消臭ビーズなのか判別がつかない。

 

 水仙は準備室の奥、分厚いカーテンでふさがれた窓の前の大きなデスクに座っており、その左右には他の生徒とは明らかに顔つきが違う、群れの精鋭であろう生徒たちによって固められていた。

 誰もが黒のワンポイントを体のどこかに身に着けており、口にはニヤツキを浮かべ、瞳はギラギラと輝いている。そんな不気味な奴らが視線で僕を追っているのだからたまったもんじゃない。

 

 僕はそこで準備室の隅にある、異物の存在に気が付いたが、今は無視することにした。

 

「うちらにとっては大したことなのさ。やっぱ自分たちで作るより、外から買う方が安いからね」

 

 僕は軽く笑ってから言った。

 

「いずれ自前でも作るようになるんだろ?」

 

「まさかっ! ボクたちは別にヤクザになり替わろうと思っているわけじゃない。……なあ、皆」

 

 水仙が精鋭たちに振り返りながら問うと、彼女の視線の先にいた男は軍人もかくやといった所作で一歩前に出て、

 

「我々はァ、居場所なき者たちの居場所を作るためにィ!」と大声で叫んだ。

 

 選手宣誓でもしてんのかってくらいの音量だったので、僕は思わず耳を塞いだ。うるせえ。

 

 その隣の男も一歩踏み出して、

 

「我々はァ、役割なき者たちの役割を作るためにィ!」と叫ぶ。

 

 さらに唱和は続く。

 

「貴族主義に染まった企業の連中を引きずり下ろしてやるためにィ!」

 

「暴力でしか存在価値を見出せないヤクザたちを一掃するためにィ!」

 

「人間的な暮らしを送るための原始的な共同体を復活させるためにィ!」

 

 一人につき一セリフ。それから全員は寸分の狂いもなく同時に大きく息を吸って、

 

「「「すべては尊厳の回復のためにッ!」」」

 

 と叫んだ。

 

 狭い室内に幾度か声が反響した後、水をうったようにシンと静まり返る。

 やばいなこいつら。まるで卒業式みたいだ。練習したんだろうか? 眠れない夜もあったのだろうか?

 

 やがて空気を読まない空気清浄機が駆動音にクレッシェンドをかけ始めた頃、水仙は口角に満足を浮かべ、ひらひらと手を振りながら、

 

「──とまあ、こんな感じだよ。ボクは何者でもない奴らに、何者かになって欲しくてこの群れを作った。この街の仕組みにもいい加減うんざりしていたしね」

 

「まあ別に僕は何でもいいんだけど」

 

「それは困るなぁ。ハル君もいずれはこの群れ(フロック)の一員になってもらうつもりなんだから」

 

「ならん。……答えてくれたついでにもう一個聞きたいことがあるんだけど」

 

「なんだい?」

 

 僕はこの準備室に入った時から視界の端に写って気になっていた異物について聞くことにした。僕は部屋の端を指差す。

 

「あれは、なんだ?」

 

 水仙は僕の指を視線で追いかけ、さも今思い出したかのように、そういえばと呟いた。

 

「忘れてた忘れてた。こいつ、ボクたちを利用しようとしてきたんだよ」

 

 準備室の左端、ビニールシートが敷かれたその一角には、縛り上げられたパンイチの男が正座していた。顔つきに幼さがまだ残っていたのでこの学校の生徒だろう。体中のあちこちにはのたうつミミズ腫れ、顔には複数の青あざ、猿ぐつわはよだれで濡れに濡れ、目は充血しながらも水仙に何かを訴えかけている。

 

「外してあげて」

 

 精鋭のうちの一人が、男の顔面を地面に押さえつけながら猿ぐつわを解く。

 

「すいません。もうしません。許してください。すいません。もうしません。許してください。すいません。もうしません。許してください。すいません。もうしません。許してください。すいません。もうしません。許してください。すいません。もうしません。許してください」

 

 男がまるで呪詛のように、許しを請うた。

 

「黙らせて」

 

 精鋭が蹲る男の髪を引っ張り上げて顔面に膝を入れた。躊躇のなさはお嬢のようだが少々洗練さに欠ける。

 

「こいつさぁ、企業のエリートコースから外れたとかで、うちに縋ってきたのに、うちの情報持ち出して戻ろうとしたんだよ。何を使っても成り上がってやるとか言ってさぁ。馬鹿だよねぇ、金も頭も力も足りてないのにねぇ。哀れだからしっかり教育してやることにしたわけさ」

 

 精鋭が二人がかりで腕を持ち上げ、男を強制的に立ち上がらせる。

 

「どうしましょうか」

 

「んー、宦官で。あ、ちょっと待って……ハル君」

 

 水仙が立ち上がり、ゆっくりと男の方へ近づく。男は恐怖に顔を歪め、じたばたと足を動かすが、精鋭がそれを許さない。水仙が男の顔の位置を下げさせ、鼻先を指差した。

 

「蹴りなよ。ストレス発散になるぜ」

 

 瞬間、背後に視線を感じた。残った精鋭が僕を見ているのだろう。

 

 なるほど、儀式か、もしくは試験ってとこか。

 

 僕は平静を装って、男の前に立つ。

 男はふるふると力なく首を振りながら、縋るように僕を見ている。ここで少しでも戸惑いを見せたら今後一切信用されることはないだろう。

 ここでは残虐性や適性を見ているのではなく、トップダウンを受け入れるかどうかを見ているのだ。組織に従順に。水仙はそう言いたいのだろう。

 ならば、やることは一つ。

 

 僕はボレーシュートを打つように、男の顔面を蹴りこんだ。

 

 骨と信念が砕ける音が室内に響いた後、僕と男の間に一瞬、粘性のある赤い橋が架かった。

 

 男はぐったりと首を垂れ、膝から崩れ落ちるが、精鋭が支えているので倒れこむことはない。僕は足の甲にじんわりと熱を感じながら、もう一発くらい蹴るべきだろうかと思案する。

 パチパチパチと水仙がゆっくり拍手をし始め、その後に精鋭たちが続く。不規則な大喝采が僕を包むがそれで僕の気分が晴れることはない。僕が蹴りつけた男はバットエンドを辿った僕である。彼と僕を隔てるものは、運でしかない。

 

「やっぱいいな、ハル君は」

 

 水仙は満面の笑みを浮かべた。

 

 その笑みに背筋にぞわりと悪寒が走った。

 

 これが、この生来からの支配者(ドミネーター)が梶尾水仙という女である。

 

 倫理の外された若者たちの群れの長。

 類い稀なるカリスマをもつ常人たちの王。

 誰もが彼女に従わざるを得ない生粋のリーダー。

 

 彼女には情も憂いも存在せず、ただあるのは思想のみ。マクロでもミクロでも人間間に働く力場をすべて理解しており、彼女が集団にいるだけで集団は強固な組織と化す。

 

 水仙がこの群れ(フロック)を作り上げた理由は分からない。なにか目的があるようにも思えるし、目的なんかないと言われたって不思議ではない。

 

 その上で僕がやるべきことは変わらない。

 彼女を完膚なきまでに僕に惚れさせる、それだけである。

 彼女も僕のカス女ハーレムの候補の一人なのであった。

 

「あ、ボクは今からハル君と二人で話すことあるから、君たちは出て行ってね」

 

 ここにきて初めて精鋭の顔にほころびが見られた。

 

「え、は、それは……」

 

「大丈夫だって、彼一応ボクの昔馴染みだぜ、な」

 

 水仙が僕に向かって問いかけてきたので、頷いておく。

 

 それ以降精鋭たちは何を言うこともなく、ブルーシートごと男を運び、準備室を後にした。水仙はそれを笑顔で手を振りながら見送る。

 

 扉が閉まったのを見計らい水仙は振り返りながら言った。

 

「紅茶で良かったかな?」

 

「ん? 淹れてくれんの? 生徒会長様が自ら?」

 

「からかうなよ。少なくともこの場でボクと君の間に立場の上下はない。いや、むしろ君のが上だな。ボクは君に一度負けているんだから」

 

「ガキの頃の話だろ。今じゃ手も足も出ないよ」

 

「ほんとかなぁ? ……それで、紅茶でいいのかい? コーヒーもあるけど」

 

「紅茶でいいよ。ありがとう」

 

「全然。……大麻は?」

 

「入れなくていい」

 

 水仙は僕に椅子を引いてくれた後、まるで女中のようにパタパタと給湯器へと向かっていった。慣れない手つきで紅茶を準備する水仙の後姿を見ながら、僕は明日のスケジュールを思い浮かべた。明日はリーナのところで仕事がある。彼女との仕事はお嬢や水仙ほどの肉体的精神的疲労はないが、また別の苦労がある。そのことを思うとどうにも気が重かった。

 

 蒸らしの時間なのか、手の止まった水仙がこちらに振り返って言った。

 

「本当に今回はよくやってくれたと思うよ」

 

「……何が?」

 

「だから、ロシアンマフィアとの取引だよ。ここだけの秘密だがあそこにいたメンバーは幹部候補でね、皆口々に君を褒めていた。君が群れ(フロック)でやっていくためにはボクの抜擢人事だけじゃあ駄目だからね」

 

「いやそれは……」

 

「今はいいよ。今君がどう思っているかはボクには関係ない。……あ、そうだ。今回の件、一つ文句を付け加えるのなら、LSDとかキノコみたいな幻覚剤が手に入らなかったのは残念だったな」

 

 幻覚剤はアメリカやインドが本場である。ロシアルートじゃ流通量が少ないし、そもそも質も悪い。それに、

 

「LSDってたしか麦角菌だろ? どうしても必要なら作ったらいいじゃないか」

 

「菌系はなぁ……それに自前だとリスクが大きすぎるよ。麻黄とか葉っぱとはわけが違う」

 

「幻覚剤ってそんなにいいもんなのか?」

 

 LSDやマジックマッシュルームなどの幻覚剤はコカイン、ヘロイン、覚醒剤(シャブ)に比べ依存性は薄いし、人を選ぶのだ。

 

「かつて、日本に存在した宗教団体に倣うならね。賢い奴らの頭を()()()()させるにはあれが一番いい。ノーベル賞獲った二重らせん構造の発見だってLSDが関わってんだぜ。それにサボテンは時間がかかるし、何より適性がある」

 

「サボテン……ああアヤワスカか」

 

「よくご存じで」

 

 アヤワスカとはアマゾン流域でシャーマンが用いる複数の植物をブレンドした幻覚性の飲料である。サボテンとはウバタマのことでメスカリンを含んでいる。水仙はこれをアヤスカワの主成分としてブレンドしており、洗脳手段の一つとして利用している。

 

「そう言えばハル君、今回の報酬はグラムと円どっちがいい?」

 

「円で」

 

「おお即答。グラムだと色付けるぜ。それに原価でいい。君の伝手があればいくらでも稼げるだろ?」

 

「やだよ、めんどくさい。それに僕は別に極道入りはしていない」

 

「違う違う。君を気に入っているあの企業のお姫様の方だよ。そっちにも結構いるんだろ? スマートドラッグをゲートウェイに、中毒者が」

 

「……水仙お前、俺を良いように使ってそっちにも販路作ろうとしてるだろ」

 

 水仙が悪戯に笑う。

 

「ばれたか」

 

 水仙がカップになみなみと注いだ紅茶を少し溢しながらも僕の前へと置いた。そして懐から封筒を取り出しカップの隣に置く。

 

「じゃあ今回の報酬。コンノ君とユニジ君の迷惑料も含まれている」

 

「誰それ?」

 

「昨日君とヤクザのお嬢様に絡んだ群れ(フロック)の奴らさ。企業やヤクザにリクルートされないため、積極的に取り込んではいるんだが……やっぱ年上はダメだな、扱いにくいし、支配が完全に及ばない」

 

 僕は紅茶を一口すすった後、分厚い封筒の中を検める。すべて万札、小細工もされていない。

 

「それにしても多くないか?」

 

「そうだね、だって──」

 

 水仙はアームカバーを外し、背後へと投げ捨てた。

 それからぐるりとテーブルを回り込み、ゆったりと仕草で僕の膝へと座った。手を返しながら僕の頬へと滑らして、首へと絡みつく。セックスでいう対面座位の形である。

 

「こういうことする料金も含まれているからね」

 

「……僕は売りはやってない」

 

「知ってるよ。だから、これは膝に座る代ってとこだね」

 

「なんだそれ」

 

 ふとももと胸に柔らかい感触。声が耳に近く、脳がぞわぞわとする。密着して分かったがジャスミンとローズマリーの冷涼な香りは彼女から立ち上っていた。それに不気味なほど汗などの体臭がしない。

 

 そのまま暫く、水仙に背中をまさぐられた。胸に頭を押し付けられたり、首の臭いをかがれたりもした。性の気配を間近で感じ、僕はどうにも居心地が悪かった。

 

「耳が赤いな。こういうのを見ると心底女で良かったと感じるよ。君に再会したとき、お前女だったのかって驚かれたのはショックだったけどさ……」

 

「…………」

 

 それに関しては完全に僕の落ち度なので、何も言えない。

 

「なあ、ハル君さぁ、やっぱすぐにでもうちに入りなよ。借金なんかはうちの運営費から出してやるからさぁ。さらに今ならドラッグやり放題、ボク含め女抱き放題。ボクに至っては独占できるぜ。だからさぁ、ハル君一緒にヤクザ潰そうぜぇ、企業つぶそうぜぇ、憎まれっ子世に憚かろうぜぇ」

 

 こんな甘言に心を動かされるのであれば、僕はすでにこの世にいない。

 

「……但し書きがつくんだろう?」

 

「もちろん。君のお兄さんのことは諦めてもらうことになる。さすがにボクらでも外には手を出せないからね」

 

「それじゃあダメなんだよ」

 

 水仙が絡みつくのをやめ、僕の肩に手を置き、僕の目を真正面から覗き込んだ。

 

「……君、そんな奴だったか?」

 

 僕は強い意志を込め水仙に視線を返す。

 もちろん、彼女が思う僕を演じた方が良いに決まっているが、これだけは譲れなかった。

 

 何か都合の悪いことを読み取られてしまうんじゃないかって言う僕の懸念とは裏腹に、水仙の顔は見る見るうちに喜色へと染まっていった。

 

「やはりそうか。うんうん、そういう事なんだな。ハル君、マジで最高だよ。君は本当にボクのことをよくわかっている。うん、うんうん。うふふ」

 

 水仙がやけに興奮した様子で、一息に言った。

 

「君がヤクザのお嬢さんや企業のお姫さんと付き合っているのもそのせいなんだろ。いや~さすがだな。泳がせておいてよかった。楽しみにしてる。心からね。ふふっ」

 

「……なにがだよ」

 

「しらばっくれなくたっていいって。つまり君はもう一度あれをしてくれるんだろう? あの時の興奮を再びくれるんだろう?」

 

 水仙はとびっきりの光悦を顔いっぱいに浮かべ言った。

 

「ボクの作り上げたものを完膚なきまでにぶっ潰すってことを……っ!」

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