カス女ハーレム   作:大豆亭きなこ

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第五話:殺人、起点①

 男女の恋愛観の相違を決定づける、最も大きな要因は子を為せる数である。

 

 記録に残る限り、女性の世界最多出産数が約七十人に対して、男が産ませた子供の最多数は八百人を超えるという。一説には千人を優に超えるとも。

 つまり十倍以上も違うのである。男女間での諍いはこの差が埋まらない限りは続く。

 

 ちなみにこの偉業を為した人物はモロッコ・アラウィー朝の第四代スルターン『ムーレイ・イスマーイール』。彼もハーレムを形成したというので、少し親近感が湧くが、僕が三人のハーレムを目指すために現在奔走中であるのに対して、彼は生涯に五百人の側室を持ったらしいので、文字通り桁が違う。

 

 閑話休題。

 つまり何が言いたいのかというと、生物の至上命題を子孫を残す、ないしは自身の遺伝子を残すことであると仮定すると、男女の生物的特性の違いから、恋愛において取るべき戦略が異なってくるという事だ。その相違こそ、恋愛観の相違である。

 

 男性の場合は、とにかくヤりまくるのが良し。

 数ヤって、数産ませりゃあ良いわけだから、シンプルここに極まれり。最も体力がある時期に最も性欲が高まるのも頷ける。

 

 女性の方は少し複雑で、色々と条件が絡み合っている。

 まずもって相手が優秀でなければならない。なぜなら十か月間もの妊娠期間、インターバルが必要だからである。数撃ちゃ当たる戦法が通じないのだから、しっかりと相手を厳選する必要がある。だから、性交する人間は周囲の人間の中で最も優秀な人間じゃなきゃ嫌だし、なおかつ妊娠している間の十か月、そしてその後も自分を守ってくる人物でなければならないわけだ。

 これらをGood Genes理論とGood Dad理論と言う。

 

 こういった男女お互いの戦略が絡み合い、社会的、宗教的、倫理的研磨によって、最終的に一夫一妻制へと落ち着くのは言うまでもないが、今はそのことはどうでもよく、僕自身のことである。

 

 とにかく女性から好かれるためには、優秀でなおかつ頼りがいがあればいいわけだ。様々な要因で不安になる女性を宥め、来る外敵を排除してやればいいというわけだ。

 

 僕がこの街に帰ってきた四月から、彼女たちに再会し二か月間。僕は徹底的にこれをやってきた。周囲より優秀であることを示し続けてきた。もちろん入念な準備を持ってして。

 

 少なからず好意を持ってもらう。これは成功しているはずである。

 

 普通ならば、ただ彼女を作りたいだけならば、ここまでで良いのだが僕の場合は、さらに先がある。

 

 さて、少し状況を整理しよう。

 

 僕は三人のカス女を僕に惚れさせなければならない。それも完膚なきまでに。具体的に言うと、彼女たちが自分以外に二人の恋人がいるという状況──つまりハーレムを許容できるくらいに、である。

 

 いくら彼女たちが、人の心を持っていない怪物であっても、ベースは人間である。つまり恋人に自分以外の恋人ができるなんて生理的な忌避感があるだろう。

 

 それをどうにかしなければならない、というわけだ。

 この問題に挑むにあたって僕は様々な書籍を貪り食らうように読み漁った。恋愛工学から進化論から生物学からハーレムラブコメから、何だって読んだ。

 そうして僕はハーレムを形成できる条件をいくつか、見つけることができた。

 

 一つ、権力者であること。

 

 これまでの人類史を参照すると、先ほどのスルターンやモンゴルのハーンのように強大な権力を持ち、子をなすことに社会的必然性を伴えば、ハーレムは形成できる。

 ──が、もちろんこれは却下で、ハーレムを作り権力者になろうとしている僕が、先に権力者であるはずがないためである。

 

 二つ、女性同士の馴れ合い(シスターフッド)を形成させる。

 

 ハーレムメンバー同士が仲良くなれば、ハーレムが許容されるというわけだ。

 これはラブコメから学んだ。幼馴染もツンデレも図書委員も美術部の先輩も、鈍感な主人公を振り向かせるために、緩い協力関係を作ることがある。これはもちろん女性同士のギスギスを見たくない、読者のための救済処置(ファンタジー)であるが、現実に当て嵌めてみても利用できなくはない。

 ハーレム内の女性の連帯感を高め、協力関係を形成させるわけだ。女性には生来的に女性同士にのみ存在する、連帯感と言うか優越感と言うか、そういったものが存在し、敵同士にはなりにくい。コミュニティの中での生存のために発達させた機能であろう。

 それを利用し、仲を深めさせればいいわけだが、もちろんこれも却下で、すでに取り返しのつかないまでに敵対している組織に属する彼女たちが、女性同士の連帯感なんていう、薄く細い線で繋がれるはずがないからである。

 

 三つ、僕なしでは生きられなくさせる。

 

 これが一番現実的である。

 心の隙間でも、弱点でも、悩みでも何でもいいので探し出し、それを僕で埋める、解決する。彼女たちの松葉づえとなり、人生で絶対必要不可分なものであると認識させる。

 そうすれば、他に女がいたとしても、それを害すことが僕を害すことと同義であることを学習させれば、ハーレムは許容させることができる。完璧だ。

 

 しかし、これにも問題があって、つまり僕自身が彼女たちに限りなく近づかなければならないという事だ。すでに僕の心を蝕んでいる化け物共にさらに近づかねばならない。危険である。危険すぎる。

 だが、虎穴に入らずんば虎子を得ずとも言う。

 僕は覚悟を決め、これを実行することにした。

 

 だから、

 

「おい、晴臣。人殺しに行くぞ」

 

 こういう誘いにも、嫌な顔一つせず着いて行かなければならないのである。

 

    ◇

 

 六月、梅雨にしては珍しく晴天だった。

 

 昼食を取るために足を運んだ屋上は、背後にそびえる五つの摩天楼を除けば、胸がスカッとするほどに壮観な風景が望めた。

 

 それは陽光に煌めく海面であり、空でゆっくりと円を描くトンビの姿であり、遠くで汽笛を鳴らす大型タンカーのシルエットであった。

 夏の予感を内包する清涼な風も心地よく、隣から香るジャスミンと相まって、僕を牧歌的な気分にさせた。

 

 そんな僕の穏やかな午後をぶち壊したのは次の一言である。

 

「おい、晴臣。人殺しに行くぞ」

 

 そのマイナスな感情を全く含まない、むしろ少し嬉しそうな色を帯びた一言を放ったのは、もちろん暴力の化身、箕土路蒼青である。

 彼女は自分で結んだのであろう下手なポニーテールを揺らしながら僕の左隣へと座った。

 

 僕は口に運ぼうとしていた鴨の燻製を弁当箱へと戻し、ゆっくりと首を回してお嬢の方に顔を向けた。

 彼女の目は僕を向いておらず、その奥、つまり僕の右隣に座る、梶尾水仙を見据えていた。もちろん、嫌悪と憎悪を込めて。

 

 鍵は掛けていたはずである。

 それに朝、お嬢が登校していなかったことは確認した。まさか昼から登校するだなんて。完全に油断した。おいしい弁当をあげるから、一緒に食べようなんて甘言に心が動いてしまった僕の失態である。

 

「誰だよお前」

 

 お嬢が唸るような声で言った。水仙は少し首を傾けながら、

 

「梶尾水仙。久しぶりだね、お嬢様。一応この学校の生徒会長だし、君とは昔何度も会ったことあるはずだけど、覚えてないかな?」

 

「知らねえよボケ。早く消えろ、殺すぞ」

 

 水仙はそんなお嬢の威嚇をものともせずに、手をひらりと返して僕の弁当を差した。

 

「彼と一緒に昼食を取っているんだ。邪魔しないでくれるかな。ボクと彼がお昼休みに同時に時間が取れるのは稀なんだ。この気持ちの良い空の下、二人での優雅な昼食の時間、君みたいに殺気立った獣が間に入ってきたら台無しじゃないか。空気を読んでくれ」

 

 言い過ぎである。

 何か言い訳をと思い、頭をフル回転させるが時すでに遅し、お嬢が額に青筋を浮かべている。

 お嬢が腰に手を掛けようとしたので、僕は急いでその手を掴んだ。額に汗が浮かぶ。こいつはマジでやる。そういう女なのは嫌というほど知っている。

 

 僕はお嬢の耳に顔を寄せ、小声で、

 

「流石に不味いよ」

 

 本当に不味い。水仙は個人で武力を持たない。ここでお嬢に撃たれたら、普通に死んでしまうだろう。そしたら僕のハーレム構想は水の泡と化す。それだけは避けねばならない。

 未だに拳銃を取り出そうとしているお嬢の手をガッチリ抑えていると、彼女は心底落胆したような顔で、

 

「……晴臣、お前、私よりこんなやつをとるのか?」

 

 と非常に面倒くさいことを言い出した。

 ここで返答を間違えたら死人が二人出る。しかし、こんな時の対処法くらい事前に考えてある。

 

 僕はお嬢の背に腕を回し、軽くハグをした。

 僕の腕の中でお嬢が硬直し、動揺しているのが分かる。僕はお嬢の耳元で囁くように言った。

 

「大丈夫、僕の一番は蒼ちゃんだ。だから、何も心配することはないんだよ。でもね、僕は君の信頼できるパートナーになるために、色々やらなくちゃならない。それは分かるだろう? 彼女……いや、コイツ、梶尾水仙はこの学校の生徒会長、利用価値がある。わかるね?」

 

 お嬢は耳を真っ赤にして、小さく頷いた。

 後は背後から聞こえる、冷やかすような口笛が聞こえていないのを祈るばかりである。

 

「さっきの話は、放課後に聞くからさ、待っていてくれるかな?」

 

 お嬢はまた小さく頷いて、ぎこちなく僕にハグを返した後、立ち上がった。それから僕の弁当を取り上げ、

 

「今日はもう帰るから、後で家まで来てくれ。……あとそこのお前、さっきの話誰かに喋ったら殺すから」

 

 そう言って、屋上から去っていった。

 

 太陽に雲がかかり、辺りが少し陰った。

 

 僕はゆっくりと息を吐き出し、緊張を解く。

 肩にどっと何か重いものが乗っかかっているのに、今になって気が付いた。気分が悪い。それに腹も減った。弁当も取られたし。

 

 水仙の方を見ると、お嬢が消えていった扉を睨みつけていた。彼女のこういう表情はあまり見ない。僕が不穏さを感じていると、僕の視線に気づいた水仙が、ころりと表情を笑顔に変え、

 

「やっぱ対面すると怖いなぁ、あの子」

 

 と呑気に言った。怖がっているようには全く見えない。

 

「そして、彼女、凄い不穏なこと言ってたけど。……ハル君、誰か殺すの?」

 

「……わからん。話を聞いてみないと」

 

「ふぅん。まあ、困ったことがあったらいつでも言いなよ」

 

 水仙はスクールバックを漁り、香水を僕に振りかけた。ぷしゅぷしゅと何度も、全身に、満遍なく。明らかに最適な量を超えており、過剰な芳香化合物が鼻にツンとくる。

 

「なんだよ」

 

 僕が不満を露わにすると、水仙は僕の頬に手をやって、

 

「それにしても君もなかなか、気障な真似するね。さすが、猛獣使い」

 

 明らかな皮肉である。自身の破滅を望むマゾヒストであれど、人並みの嫉妬はするのか。

 そして、水仙の焦げ付いた鍋の底のような瞳には、明らかに期待が浮かんでいた。だが、僕からは言わないし、やらない。

 

 そのまま数秒見つめ合う。照れたのか焦れたのか、先に視線をそらしたのは水仙の方だった。彼女は、持っている弁当を僕に差しだし、

 

「この弁当、君にあげてもいいよ。お腹、減っているのだろう? さっきからお腹が鳴っている」

 

「くれるなら貰うし、有難いが……良いのか?」

 

 水仙は弁当を受け取ろうとする僕をひらりと躱して、

 

「わかっていると思うけど、条件がある」

 

 来た。

 突き付けてくる条件なんて容易に予想できるが、僕は困った風な顔を作って肩を竦め、先を促した。

 

 水仙は僕から顔をそらし、口をとがらせて、

 

「さっきのボクにもやれよ」とまるで命令のように言った。

 

    ◇

 

 崩れかけの雑居ビルが立ち並ぶ非管理領域と、風俗、飲み屋、怪しげな事務所が一緒くたに存在する猥雑な通り、その丁度中間にお嬢の家はあった。

 

 古い造りの日本家屋である。藤代家ほどの華美な屋敷ではないが、それでも十分広く瀟洒(しょうしゃ)な感じがある平屋建てである。

 僕が三回ほどチャイムを鳴らすと、

 

『誰?』

 

 と明らかに苛ついた声がインターホンの向こう側から聞こえた。──寝てたな、こいつ。

 

「僕だよ。鮎川晴臣。何だったら出直そうか?」

 

『……あっ!』

 

 扉の向こうからバタバタとした音が近づいてくる。

 それから玄関の引き戸が乱雑に開け放たれ、焦った顔をしたお嬢が飛び出してきた。

 

「すまんすまん、昼寝してたわ!」

 

 うわ。

 

 お嬢の姿を見て僕は顔をそらした。

 

「あぁん?」

 

 お嬢の不満げな声。内面はどこまでも純な乙女的であるのに、どうしてこうも無頓着なのかと文句を言いたくなる。僕はそれをどうにか呑み込んで、

 

「お嬢、前、隠した方が良いよ」

 

 寝起きそのままで飛び出してきたのだろう、お嬢は前がはだけた寝間着の浴衣姿であった。下着をつけていないのか、がばっと開いた胸元からは素肌が覗いている。

 

「私たちの仲じゃねぇか。こんなもん今更気にしないよなァ?」

 

 もちろんそうである。気にしないことはできる。だが、僕は男で、彼女が女であることをしっかり意識してくれないと困る。

 

「……気にするよ。正直に言うとエロい。まともに目線合わせられなくなるから、早く隠して欲しい」

 

「…………」

 

 お嬢が声にならない声をあげながら、固まっているのが分かる。きっと口もあんぐり開いているのだろう。

 しばらく経って、微かな布ずれの音が聞こえた。

 

「えっと、その、晴臣……ごめん」

 

「もう隠した?」

 

 お嬢は消え入るような声で「うん」と言ったのち、頬を叩いた。それで気分が切り替わったのか「ほら、上がれよ」といつもみたく粗野に言った。

 

 家の中は意外なことに掃除が行き届いていた。

 聞くとほとんど毎日ハウスキーパーが来ているらしい。お嬢が頼んだわけではなく、嚴禅会から派遣されていると言う。十中八九スパイなのだろうが、お嬢はそんなこと全く気にしていない。

 

「ほらここだ」

 

 お嬢が案内してくれた部屋は彼女の私室だった。

 

 畳は剥がされフローリングに、障子は取り外され防音壁に。魔改造和室である。

 

 まず目につくのが今どきカフェでも珍しい大きなレコードプレイヤー。

 部屋のあちこちにはなんだか曰く付きらしきギターの類が立て掛けられており、壁には往年のロック名盤が飾られている。その隙間には洋楽邦楽問わずポスターやステッカーが埋め尽くしていた。……らしいといえばまあらしい。

 

「すごいね。昔から好きだったっけ?」

 

「いんや、親父が殺されてからだな。遺品整理ン時に倉庫で見つけてよ。あの真面目ったらしい親父がこんなん聞いてたのかって興味本位で手に取ると、まあハマってさ」

 

 僕はぐるりと部屋を見渡した後、ギターを弾くジェスチャーをして、

 

「お嬢も弾くの?」

 

「ちょっとやってみたけど、私には向かんらしい。コードとか覚えるのがまだるっこしくてさ」

 

 ポスターの傾向を見るにメタルやパンクが好きなのだろう。

 少しは知っているが、ホントに少しである。その程度の知識ではお嬢を満足させられないだろうから、今は深堀りするのはやめておく。後で勉強しておこう。

 

「……それで話って? 人を殺すとか言ってたけど」

 

「ああ、まあとりあえず座れよ」

 

 お嬢がクッションを投げてよこしたので、それに座る。

 

「依頼が入ったんだよ。仲介は入ったが、嚴禅会通さず直接私に」

 

 お嬢が折り畳み式のローテーブルの上に置かれていた封筒を僕に寄こした。中には丁寧にファイリングされた資料。そこには神経質そうな男の顔写真と、その人物のであろう経歴が載っている。

 

「それを僕に?」

 

「まさか。私が殺る。晴臣には、付き添いを頼もうと思ってな。報酬はちゃんと払うぜ」

 

「……なんで僕?」

 

 お嬢は答えにくそうに眉を顰める。それからもごもご口を動かした後、

 

「いやな、ほら、これからもお前が裏でやっていくなら、殺しの場面にも慣れとかなきゃならんだろ。丁度依頼が入ったし、お前はトラブルが起きた時の対応とか上手いからさ」

 

 ……ああ、僕の借金を減らそうとしてくれているのか。

 彼女なりの親切なのだろうが、それが殺しの仕事とはなんともずれている。というか倫理観がぶっ飛んでいる。

 僕は、せりあがってくる胃酸を飲み下し、何食わぬ顔で返答した。

 

「オーケー、いいよ、やろう」

 

 お嬢が安堵の笑顔を浮かべた。そしてそれまで緊張していたことを誤魔化すように、僕の隣に座って、僕の背中をバンバンと叩いた。

 

「……それで、いつやるの?」

 

 それまでに心構えを作っておかねばならない。必要なら強めの精神安定剤も。

 

「今日だ、今日の夜やる」

 

 急だな。……まあ、仕方あるまい。

 

 それから僕たちは準備に取り掛かることにした。必要なものは全部貸してやるからとお嬢が言うので、それに従うことにする。

 

 お嬢が台所の床下収納を開けると、そこには階段があり、地下へと繋がっていた。

 

「んふふ、晴臣、これ見たら驚くぞぉ」

 

 ウキウキと階段を降りるお嬢の後ろに続く。

 さっきのロック部屋といい、今から紹介されるであろう武器庫といい、今までずっと、僕に自慢したくて仕方なかったんだろう。それが彼女の浮かれようと足取りに表れている。

 

 お嬢が錆びた分厚い鉄の扉を開けると、そこは座敷牢を改造したのであろう、不気味すぎる小部屋であった。

 かびた畳の臭い、それを覆い隠すように地面には薄いカーペットが敷かれ、壁には怨嗟の声がそのまま形になったようなシミがある。ここが牢屋であることを示す木の格子は縁を残して取り除かれており、その縁もハンガーラックと化している。

 そして、鈍く輝く銃器類が四方の壁一面にびっしりと飾られていた。

 

 グロック、ルガー、スミスアンドウェッソン、AK、MP7、MG42なんてのもある。

 左の方はかつての名銃たちが飾られているのか。

 棚に収納されたマガジンと、銃のメンテ状況を見るにすぐにでも使えそうな感じがある。部屋自体の汚さとは大違いだ。

 

 右の方にはSSL54、ハルマー、65式、ガネイシャなど最新のものばかり。

 こっちの方はよく使うのか、細かい傷も見られた。

 

 端の方には傘立てに入れられた大小様々な日本刀。

 真ん中にドカンと置かれたショーケースには、軍用モデルのエネルギー兵器が入っていた。珍しいので、よく観察していると、隣のお嬢から声が掛かった。

 

「む、それが気になるか。……でもなぁ、レーザーライフルとか買ってみたはいいものの、あんまり使い物になんなかったぜ。期待させておいて悪いけど」

 

「あれ、そうなの? 合衆国の内戦では、やたらめったら使われたって聞いたけど」

 

「そりゃあ、でけえ機械が出てくるからだろう? 基盤とかを焼くにはいいかもしれんが、対人だと、まどろっこしくて敵わん。あれは道にはならんな。……それに、臭いが最悪なんだ」

 

「臭い?」

 

「レーザーつっても所詮熱だからな。人間に使うと、肉が焼ける臭いして、気分が悪くなる」

 

 なるほど。とても具体性を帯びている。

 結局人間の筋肉もアミノ酸の塊なわけだから、それが焼けると人間にとって好ましい香りになってしまうのだろう。実際嗅ぐと脳がバグりそうだ。

 

「そういや聞いてなかったんだが、晴臣、お前銃使えるんだっけ?」

 

「一応一通りはね。蝦夷の方の義勇軍に半年ほど紛れて、みっちり学んできた」

 

「そりゃあ何よりだな。自前のは持ってんのか?」

 

「グロックのコピー品なら……」

 

 お嬢がため息をついて、呆れた顔をした。

 

「……じゃあよ、ここにあるやつから一つ、どれでも好きなものやる。初仕事祝いだ」

 

 それは素直に嬉しい。

 男の子ってのはいくつになっても銃が好きなのだ。

 それがたとえ人を殺す道具であったとしても。

 

 僕は部屋中の銃を吟味しながらお嬢に尋ねた。

 

「今回の標的、外から来た元軍人だってね」

 

 お嬢は正規品であろうベレッタにサイレンサーを取りつけながら答える。

 

「そうだな、サイバネが入ってるかもしれんから、気を付けろよ」

 

「こういう依頼ってよくあるの?」

 

「んー、ちょくちょくだな。嚴禅会で扱いきれん依頼が私んとこに回される。めんどくせえけど、金はいいからな」

 

「お嬢もお金、必要なんだ」

 

「当たり前だろ。外からレコード取り寄せるのって結構かかんだぜ」

 

 僕は拳銃のグリップを握り、手に馴染むかを確認する。……ちょっと重いかな。

 

「お嬢はさ、これからどうしていくの? 高校卒業したらさ、このまま殺し屋稼業続けるつもり?」

 

 その言葉を言い終わった瞬間、部屋の空気が変わった。

 重くなったのではなく軽く。むしろ少し甘く。

 

「……お前次第だよ」

 

 小さくもよく通るお嬢の声は過不足なく僕の耳に入ったが、聞こえないふりをした。

 

「なんて?」

 

「うるせえ! わかんねえって言ったんだよ!」

 

 これなら、もう少し踏み込んだ質問をしてみてもいいかもな。弱みでも悩みでも、彼女を攻略するにあたって、なにかしらの取っ掛かりは見つけたい。

 

「怒鳴らなくたっていいじゃんか。……僕はさ、結構不安なんだ。今はタイムリミットまでに借金返すって目標があるからいいけど、その後はどうすればいいのかな? お嬢はどう、そういう将来への漠然とした不安ってない?」

 

 しばらく沈黙が流れた後、お嬢は厳かに言った。

 

「ないな」

 

 お嬢は傘立てから野太刀を引き抜き、中身を確かめた。冷たく輝く青白い刀身に白皙なお嬢の顔が映った。

 

「将来とか、過去とか、私にはどうだっていい。私は今が楽しければ何でもいい。お前が帰ってきて最近毎日楽しいんだ。だから、これが続けば、永遠に続いてくれれば、私はそれでいい」

 

 中身がないようでいて、かなり重要な情報である。

 

 永遠に続く楽しい今。

 

 それを誓い、そして実現できることを示せば、お嬢の心はさらに僕に傾く。

 

 今が、永遠じゃないことこそが彼女の不安なのだ。




たくさんの評価、感想ありがとうございます。
皆さま、今宵は綺麗な月ですね。
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