幻想最速録 ―幻想峠に刻む最速の軌跡― 作:unknown505
夜の幻想峠は、いつもより少し冷えていた。
松島結城は、仕事帰りにサルタンを低く唸らせながら、いつもの道を登っていた。
ハンドルに両手をかけ、疲れた肩を軽く回す。今日も残業続きで身体は重かったが、アクセルを踏み込むと心だけは軽くなった。
ターボの唸りと四輪が路面を強く掴む感触が、彼の唯一の癒しだった。
結城「はあ……今日もいい感じだな」
呟いたその直後、リアミラーに赤い光がいくつも映った。
低く抑えたエンジン音が一気に迫ってくる。
深紅のボディに黒のアクセント、翼を思わせるデカール。
結城「っ!?」
先頭を走るエレジーRH8が、結城のサルタンをあっという間に追い抜いた。
続いて銀紅のペナンブラ、鮮やかな紅のクルマ、紫がかったサルタンクラシック・・・。
一瞬で五台の「紅い群れ」が、夜の峠を染め上げて前へ消えていく。
結城「・・・何だ、あれは?」
興味が湧いた。
結城はアクセルを深く踏み込み、サルタンのターボを唸らせてその群れの後を追った。
峠を登りきった先にある展望台の駐車スペースに、赤いテールランプが整然と並んでいた。
エンジンを切ると、夜風と一緒に話し声が聞こえてきた。
レミリア「今夜もいい走りだったわね、みんな」
優雅で高飛車な少女の声。
中心に立つのは、深紅の髪を夜風になびかせるレミリア・スカーレット。
その隣に銀髪の女性の咲夜、赤髪の美鈴、紫のスーツを着たパチュリー、そして狂気じみた笑みを浮かべるフラン。
そして、少し離れた位置で黒いペナンブラにもたれかかるように立つ男。
影山龍馬。
結城がサルタンから降りると、全員の視線が一斉に集まった。
結城「・・・誰、あなたは?」
レミリアが、扇子を広げながらゆっくりと近づいてくる。
紅い瞳が、結城を値踏みするように細められた。
結城「松島結城だ。仕事帰りに走ってたら、君たちの後ろについてきてしまった」
結城は正直に答えた。
するとレミリアの唇が、愉しげに弧を描く。
レミリア「ふん、珍しいわね。がうちの『紅魔レッドムーンズ』に付いてくるなんて。」
彼女は一歩近づき、扇子で結城の胸を軽く突いた。
レミリア「どう? 私と勝負してみない? この幻想峠で」
周囲から即座に声が上がったが結城は静かに首を横に振った。
結城「手加減はいらない。全力で来い」
彼はサルタンのボンネットを軽く叩いた。
結城「俺も、本気で走りたい。」
レミリアの瞳が、わずかに輝いた。
レミリア「いい度胸ね。ならば受けて立つわ。」
展望台の端で、フランドルが楽しげに手を挙げた。
「じゃあ、カウントダウンは私がするね~!」
BGM「speedy speed boy」
結城とレミリアはそれぞれの車に乗り、二台の車が並ぶ。
深紅のエレジーRH8と、黒と銀のサルタン。ヘッドライトが夜の峠を照らす。
フランが、にまにまと笑いながら右手を高く上げた。
フラン「カウント5秒前〜!」
エンジンが低く唸りを上げ、夜の空気を震わせる。
サルタンのターボが軽く吹け、ブローオフ音が小さく響いた。
フラン「4!3!」
レミリアのエレジーRH8は、まるで獲物を狙う獣のように静かに構えている。
結城はハンドルを強く握り、呼吸を整えた。
フラン「2、1!」
サルタンの四輪が路面を強く掴みタイヤがわずかに鳴る。その瞬間レミリアが小さく笑った。紅い唇が、優雅に弧を描く。
フラン「ゴー!!」
——刹那、二台のマシンが同時に発進し、エレジーの加速は、圧倒的だった。
怪物のようなトルクが、夜の直線を一瞬で引き裂く。
サルタンのターボも全力でブーストをかけ、エンジンが咆哮を上げたが、0-100km/hの差は明らかだった。
結城はアクセルを床まで踏み込み、ギアを叩き込むが、エレジーRH8のテールランプはみるみる遠ざかっていく。
結城「くっ・・・!」
最初の右コーナー。
結城はSultanの四駆グリップを活かし、インを狙って進入した。
しかしレミリアは外側から滑らかにラインをトレースし、コーナー出口で再び加速。
低重心のエレジーRH8は、まるでレールの上を走るように安定し、サルタンの四輪がわずかに滑る隙を逃さなかった。
二つ目の左コーナー。
ここは急な下り。
結城はブレーキングを遅らせ、パワーで押し切ろうとした。
サルタンのボディがわずかに沈み、タイヤが路面を強く噛む。
しかしレミリアはブレーキングポイントを完璧に読み、一切の無駄なく減速・加速を切り替える。
そのラインは美しく、まるで峠を自分の庭のように支配していた。
三つ目のS字コーナー群に入ったとき、差はすでに決定的だった。
エレジーRH8の赤いテールランプが、夜の闇に溶け込むように遠ざかる。
結城は歯を食いしばり、アクセルを全開にしたが、サルタンのエンジンが限界まで叫ぶだけで、レミリアの背中はもう二車身以上離れていた。
結城「くそっ!」
四つ目のコーナーを抜けたところで、結城はようやく諦めた。
エレジーRH8のテールランプは、展望台の明かりの向こうに小さく輝き、すぐに消えた。
展望台に戻ったとき、レミリアはすでに車から降り、優雅に髪を払っていた。
扇子を広げ、口元を隠しながら微笑む。
レミリア「まあ、悪くはなかったわよ」
彼女はゆっくりと結城のサルタンに近づき、ボンネットを軽く指で叩いた。
レミリア「加速は悪くないし、四駆のグリップも素直。でも、まだ私の領域には遠いわね、松島結城」
結城はハンドルから手を離し、深く息を吐いた。
負けた。
しかも、圧倒的に。
サルタンのエンジンがまだ熱を帯びており、ボンネットから湯気が立ち上る。
しかし、その胸の奥で何かが熱く燃え上がっていた。
結城(……もう一度、走りたい。本気で)
夜風が、紅いテールランプの残像を運んでいく。
影山龍馬は無言のまま、ペナンブラのドアに寄りかかり、静かにこちらを見ていた。
幻想峠の夜は、まだ始まったばかりだった。