最初は敵として出てくるタイプの魔法少女 作:てんぷらのちぎり
もしも、上手くいかないことがあるならば。
それは、当人の実力不足が原因である。
呪いのような言葉だと思う。
でも、パパは、その呪いのような言葉を真に受けた人だった。
ママが事故で死んでしまったあの日から。パパは狂ってしまった。
パパはとても優秀な人だった。不出来な私の目から見ても、わかるぐらいに。
だから、諦めきれなかったんだと思う。
何があったとしても、何とかできると信じていた。
どんなことでも、努力次第で解決できる。
パパは才能あったから、そう思い込んでしまった。
ママを取り戻せる。そう、信じ込んでしまった。
――その結果、私が今、ここにいる。
「……目標地点に着いたよ、パパ。これから始めるね」
パパの返事はない。任務に関係しない会話は、する必要がないから。
だから、これもいつも通り。
目をぎゅっとつぶる。
目的を達成して帰れば、きっとまたこっちを見てくれる。
だから、大丈夫。
寂しくなんか、ない。
今日の任務は、博物館の襲撃。
博物館の中に飾られている特別な鉱物――テミスティアを奪うのが目的。
パパの研究では、様々な特別な遺物が必要になってる。
それらの多くは研究機関だとか、博物館に保管されているわけで。
だから、私の役割は、それらを襲撃して目的の物を奪ってくること。
今日だって、そう。
ビルの上に立つ私は、静かに夜空を見上げる。
涼しい風が頬を撫でる。
一息入れて、気持ちを落ち着かせる。
――大丈夫、今日も私はいつも通りできる。
全ては、パパとママとの温かい、あの世界を取り戻すため。
それだけ。そう、それだけ意識すればいいの。
いつもの通り、いつものように、他の事を考える必要なんて、ない。
これが悪いことだとか、なんだとか。
誰がどうとか、全部、全部どうでもいい。
パパの言う通りにしておけば、最終的には幸せになれるんだから。
「じゃあ、始めるね――魔装起動、『デスサイス』」
ロッド状のマギデバイスを起動して、私は戦闘装束へと変身する。
マギデバイスを握りしめた手の先から黒の茨が肌の表面を這いまわるように、私の全身を包み込む。
無理やり体を作り替える痛みに耐えながら、茨の暴虐が終わるのをただただ待つ。
やがて形作られるのは、黒いゴシックドレス。背中には、金属質な翼を模った黒色の刃が追従するように浮いている。
マギデバイスはパパが開発したもので、使用した人間の身体能力を大幅に引き上げてくれるし、認識阻害効果もあるから身バレの心配も少ないという凄いアイテム。
これのおかげで、非力な私でも警備が厳重な博物館を襲ったりすることができている。
もちろん、使いこなすためには大変な訓練が必要だったけれど。
「――ミッション、スタート」
意識を切り替える。
考えることは一つだけ。テミスティアを、手に入れる。
そのための障害は、全て排除する。
それが、唯一の正解。
ビルの屋上の縁から、一歩踏み出す。
ふわりと足の底の感覚が消えて、地面へと一直線へ自由落下が始まった。
道路を挟んだ先にある目の前の建物こそ、目標の博物館。
「ごめんね」
「がっ……!」
滑空したまま、翼の一撃を当て、一瞬で入り口に立っていた警備員さんの意識を奪う。
殺しまではしない。今回は殺す意味が、ないから。
きちんと気絶しているのを確認して、入り口の重厚な扉の前に立つ。
きちんと鍵がかけられていて、このままでは入れない。
なら、いつも通りの方法で入ろう。
「デスサイス」
鋼鉄をも超える硬度の刃は、俊敏に私の意志通りに宙を舞い、たやすく正面扉を切り裂いた。
扉が崩れ落ちるのを確認して、そっと歩いて中に侵入する。
同時に、アラートが鳴り響く。
ここは警備室にアラートがいくだけじゃなくて、博物館全体に流れるところなんだ。なんて、余裕がある感想が出てきてしまった。
思わず、苦笑いする。すっかり慣れてしまったな、だなんて。
最初の慣れていない頃に行ったところでは、アラートは警備室だけに流れてた。
だから、アラートが鳴らないんだって思って入って行って、突然警備員さんたちに取り囲まれてにびっくりした覚えがある。
今となっては懐かしい思い出だ。
「侵入者発見! そこの君、止まりなさい!」
「……デスサイス」
警備員さんが出てきたところで、私を止めることはできない。
パパが作ったマギデバイスは何よりも優れているんだから。
そこらの人が、太刀打ちできるはずが、ない。
宙を舞った黒色の刃は、警備員さんを瞬く間に打倒し、気絶させる。
抵抗する猶予すら与えない。
圧倒的な、暴力。それが、パパの開発したこのマギデバイスの力だ。
テミスティアの保管場所まで、最短距離を進む。
事前に博物館内の構造は頭に入れてある。
迷う事はない。
道中の警備員さんには先ほどと同じように気絶してもらって、ただただ静かに歩みを進める。
倒れていく警備員さんを見ても、もう何も感じない。
何回も同じことをやりすぎて、すっかり慣れてしまった。
最初の頃は、罪悪感を押し殺すのに必死だったのに。
ママのためだって、言い訳さえしてたのに。
なんて、雑念を抱いていたら、既に目的のケースの前にたどり着いていた。
ケースの中ではこぶし大の大きさな宝石が、青く輝きを放っていた。
「……これがテミスティア、だよね」
ケースの前に立つ。月の女神が流した涙だという逸話がある宝石、透き通る姿はなんちゃら。
飾ってある長い説明文を無視して、ケースをデスサイスで切り裂く。
当然、入り口の扉と同様にケースも綺麗にその形を崩した。
バラバラになったケースからテミスティアをそっと手に取る。
偽物ではない、と思う。僅かに、マギデバイスに似た力を感じる。
なら、これで今日の任務は終わり。
今回も無事に終えられたと静かに息を吐く。
後は帰るだけ――いつも通りなら、そのはずだったのに。
「――そこまでよ! 黒鎌の魔女!」
いつもと違う、異物が現れた。
声がした方向へ振り返る。
そして、自分の目を疑った。
そこにいたのは――まるで、反転した自分自身。白の清楚なドレスを身にまとった、少女がそこにいた。
コスプレ、ではない。
誰かわからない。
認識阻害、されてる。
つまり、マギデバイスを、使って変身している。
私と、同じように。
色々と考えが頭の中を巡っていく。
それでも、重要なことはただ一つ。
――マギデバイスを使っているということ。
パパが作った、私のためだけにあるのはずのマギデバイスを。
背中に翼、デスサイスがないからまったく同じじゃないにしても。
私たちの、私たちだけの、ものなのに。
「私は魔法少女アークライト! 貴女を止めにきたよ!」
「アークライト……? 黒鎌の魔女……?」
何を言っているのかわからない。
そんなことよりも、どうやってそのマギデバイスを手に入れた。
それは、それは私とパパの努力の結晶で、私だけがパパからもらった特別なものなのに!
「……許せない」
ぽつりと、言葉が漏れた。
知らない奴が、何も知らないやつが、私たちのマギデバイスを使ってる。
その事実に、どうしても堪えられないぐらい嫌悪感を感じる。
理性は、こんな子無視してさっさと脱出するべきだって言っている。
このテミスティアをパパに届けるのが一番大事なことだって。
でも、でも!
この子は何も知らない顔して、私たちの物を奪っている! 私たちの絆を踏みにじっている!
私は覚えてる。
パパがマギデバイスを渡してくれた、初めて頭を撫でててくれた、あの時の事を。
なのにこの子は――。
そんな、何でもないような顔をして。
ギリリと、歯を食いしばる音が耳の中に響く。
「その盗んだものを大人しく――きゃあ!」
デスサイスは刃で作られた翼だ。
もちろん、刃を飛ばして攻撃することも可能。飛ばした刃はアークライトの顔の横すれすれを通り過ぎ、円弧を描いて元の場所に収まる。
今のは警告だ。私はそちらを傷つけることをためらわないという意思表示。
「……遊びのつもりなら、今すぐ消えて。そして、二度と私の目の前に現れないで」
「遊びのつもりなんてないよ! 私は本気で――っ!」
再びデスサイスを飛ばす。今度は避けられた。
本気という割には、一向に攻撃してくる気配がない。
なら、もう倒してしまおう。
「が……っ!」
まどろっこしいことはせずに、真っすぐ正面から全速力で突撃して、羽を打ち付ける。
ただそれだけの事なのに、この子は反応することもできずに、警備員さんと同じように昏倒してしまった。
本当に、本当に、弱い。
「――ずるい、ずるい、ずるい」
私がどれだけ頑張ったと。
このマギデバイスを貰えるまでに、どれだけ特訓したと思っているの。
なのに、こんな弱い子が同じものを持っていることが堪らなく許せない。
いっそ、この場で殺してしまおうか。マギデバイスは変身中は奪えないけれど、殺してしまえば奪える。
そう思い、翼の先端をアークライトの首筋に当てて――。
「でも、もし、この子がパパからマギデバイスを貰ったのなら――」
勝手に殺したら、きっと怒られてしまう。余計なことをするなと。計画が狂うだろうと。
それは、嫌だ。
私は何も教えてもらえてなくても。
パパはすごいから、何か、考えているかもしれない。
殺せない。殺して、見捨てられるのが一番怖い。
「……帰ろう。パパが待ってる」
確認するまでは、何もしない方がいい。
パパの邪魔になりそうなことは絶対にするべきじゃない。
私には――もうパパしかいないんだから。
そう、心の中で強く念じ直して、私はこの場を後にする。
魔法少女アークライト……彼女の真っすぐな瞳だけが、少しだけ頭の中に残っていた。
濁りきった私の目とは、対照的なほど、美しい瞳が。