最初は敵として出てくるタイプの魔法少女   作:てんぷらのちぎり

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十一話目 現実はかくも残酷で美しい

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 昨晩、ついに最後の遺物をパパに届けた。

 これで、後はパパの研究が完成するのを待つだけだ。

 私にできることは、何一つとしてない。

 

「……結奈ちゃん、今日はなんだか嬉しそうだね」

「そうかな。……そうかも」

 

 学校では、天ケ瀬さんがいつも通り話しかけてくれている。

 正直、浮かれすぎている。とは思う。

 けれど、許してほしい。

 

 だって、パパの研究が終わるということは、ママともう一度会えるのだ。

 あの幸せな空間にもう一度、いられるのだ。

 それに――もう誰も傷つけなくて済む。

 

 デスサイスを通しても、人を傷つけたり悲鳴を聞くのは好きじゃない。

 痛いことが辛いのは、私も良く知っているから。

 

「何かいいことでもあったの?」

「うん。ちょっとね」

「えー、教えて教えて~」

 

 天ケ瀬さんは背中からのしかかるようにくっついてくる。

 ち、近い。そしてちょっと柔らかい。

 

 この距離間って普通なのかな?

 咄嗟に周りを見渡してみるけれど、よくわからない。

 天ケ瀬さんは普通にしてるから、普通の事、なのかな?

 

「ねぇ、駄目?」

「駄目、じゃないけれど」

 

 ぼかして言う分には大丈夫だよね。

 

「……長い間、少しずつ進めてたことが、そろそろようやく終わりそうなんだ」

「そうなんだ! それはおめでとう!」

 

 素直に祝ってくれる。

 心の奥底が、ぽわりと温かくなるのを感じる。

 

「うん。これで、色々なことが良くなるの」

「へぇ~。それはすごいいいことだね!」

「うん」

 

 純粋に、嬉しい。

 だって、もう、あの子とも――。

 

「結奈ちゃん?」

「――ううん、ちょっと嫌な事思い出しちゃっただけ。気にしないで」

「あるよね~。いいこと考えてたのに、唐突にフラッシュバックしちゃうやつ!」

 

 そっか。そうだよね。

 アークライトと会うことも、もうないんだ。

 正しい人、正義の味方。

 嫌いか好きかで言えば、嫌い。だって、マギデバイスを盗んだから。

 でも、あの子だけでいえば……嫌いじゃない。

 

 あの子だけだった。真っすぐ『黒鎌の魔女』に向かってきてくれたのは。

 他の人は恐怖するか、激昂するか。

 黒鎌の魔女を人として見てくれたのは、彼女だけだった。

 終わってみたからこそ、わかる。

 

「……形さえ違えば、友達になれたのかな」

 

 蚊の呼吸音と言われても信じられるぐらい、小さく呟いた。

 これは、許されない願望だ。

 自分だってわかってる。あれだけの人を傷つけて、あれだけの物を奪って。

 色々な人の血を流したのに、虫のいい話だと。

 

 ……駄目だ。考えるのを止めよう。

 今はもう、黒鎌の魔女になる必要もなくなったんだから。

 今日からは元通り。枢木結奈として日常を送るんだ……っ!

 

「ねぇ、結奈ちゃん」

「なあに、天ケ瀬さん」

「今日も、帰り道一緒に遊びに行かない?」

 

 もちろんお金が厳しいなら大丈夫だよ、と断ってくれる。

 いいのかな? いいよね。

 だって、もう任務が入ることもないんだもん。

 

「――わかった。遊びに行こう」

「うん!」

 

 今回は何の憂いもない。笑って、受け入れられた。

 その約束は思った以上に楽しみで、残りの授業にはあまり身を入れられなかった。

 またデート? だなんて周りの子たちにからかわれながら、天ケ瀬さんは自慢するように私に抱き着いてくる。なんてこともあった。

 やっぱり距離感が近いなぁ。なんて思いつつも。

 悪い気は、全くしなかった。

 

 そうしてやってきた、待望の帰り道。

 天ケ瀬さんはルンルン気分で、足取りはご機嫌そのものだ。

 

「ふんふんふ~ん。デートデート。二回目のデートぉ~」

「ふふっ。そんなに楽しいの?」

「そうだよ! だって結奈ちゃんとだよ?」

 

 ……私、天ケ瀬さんにこんなに好かれるようなことしたっけ。

 覚えがない。

 学校ではいつも静かにしていたし、誰かを深く関わるようなこともなかった。

 ちょっと時々任務の都合で目立つことはあったけれど……そのぐらいだ。

 ここは、本人に聞いてみようかな。

 

「……ねぇ。どうして天ケ瀬さんは私の事を気にかけてくれるの?」

「え?」

「だって、私は暗いし、天ケ瀬さんみたいな明るい子とは全然違うのに……」

 

 なんでこんなに、面倒を見てくれるの?

 天ケ瀬さんのように素敵な人が、どうして私なんかを。

 それが不思議で不思議で、仕方がなかった。

 

 天ケ瀬さんは少しだけ悩んだ様子を見せて。

 静かに微笑んだ。

 

「――私知ってるよ。結奈ちゃんが、朝誰よりも早く来て、花に水をあげてること」

「え?」

 

 それは、そうだけれど。

 だって、それは他に誰もやらないからで。

 それよりも、見られてたの?

 

「他にも、遅刻しかけてたのに、迷子の子を助けてあげてたこともあったよね」

 

 ……思い出せない。

 けれど、遅刻しかけてたのを見られていたというのなら、きっと入学式の日だ。

 あの日は――ああ、確かに。泣いている女の子を、おまわりさんのところまで連れて行ったっけ。

 

 今思えば、先生に相談すればよかったな。

 入学式の日だから、周りの子に迷惑かけたくないって思ったのが良くなかった。

 結局遅刻して、怒られちゃったんだっけ。

 

「結奈ちゃん。結奈ちゃんはとても素敵な子だよ」

「そんなことないよ」

「ううん。そんなことあるよ。――私は結奈ちゃんの良いところをいっぱい知っているから」

 

 思わず、胸の前で拳を強く握ってしまう。

 どうしよう。

 凄く、嬉しいって感情が抑えきれない。

 

 何気ないことを見てくれてたことも。それらを肯定してくれたことも。

 全部が全部、嬉しくて仕方がない。

 私本人を見て、それでいいんだよって。

 そう、言ってくれたんだから。

 

「だから、私はそんな結奈ちゃんの事が大好きだし、誰よりも大事に思っているよ」

「天ケ瀬さん」

「だから、自分は素敵じゃないなんて、悲しいことを言わないで」

 

 ああ、眩しい。

 どこまでも眩しくて、明るい、太陽のような子だ。

 私も、あちら側に――。

 

 ――プルルルルルル、と。

 

 電話が、なった。

 

「……ごめん、出るね」

「うん、大丈夫だよ」

 

 誰からの電話からかは、わかってる。

 手が震える。このタイミング、この状況。

 嫌だ。嫌だ。嫌だ。

 どうか、違っててほしい。

 

「もしもし」

『現在、研究所が襲われている。現在は迎撃機構で食い止めているが時間の問題だろう』

 

 ああ、やっぱり。パパからの電話だ。

 そして、パパの研究が危険にさらされている。

 でも、今は駄目。駄目なの。

 だって、目の前には、天ケ瀬さんがいる。

 

 この子にだけは、知られたく、ない。

 

『今すぐ、マギデバイスにて防衛に加われ。研究が完成するかどうかの瀬戸際なのだ』

「今、すぐ、だよね」

『そうだ。一瞬の時間も惜しい』

 

 なら、もう変身しないと。

 変身、変身?

 天ケ瀬さんの前で? 私が黒鎌の魔女だって?

 でも、そうしないと、パパの研究が。

 私たちのこれまでが、全部無駄になっちゃう?

 

「結奈ちゃん? 大丈夫?」

「――近づかないで!」

 

 心配そうにこちらの肩を叩こうとしてきた天ケ瀬さんから、思わず飛びのいて距離を取る。

 今、私はどんな表情をしているだろう。

 緊張? 恐怖? わからない。

 ただ、私を見る天ケ瀬さんの顔が、見たことないぐらい切迫していた。

 

「違う、違うの」

 

 天ケ瀬さんとの関係を終わらせたくない。

 だって、この子はすごい子で、良い子で。一緒にいて心地良くて。

 まるで、幸せだった家族の時間を思い出させてくれるみたいな子だから。

 嫌われたく、ない。

 

「何が違うの。結奈ちゃん。大丈夫だから」

「――ごめんなさい」

 

 右目から、ポロリと涙がこぼれ落ちたのを感じる。

 ああ、駄目だ。

 どんなに考えても。考えて考えて考えても。

 やっぱり、私にはパパを見捨てる判断なんてできないや。

 

「――魔装、起動。『デスサイス』」

 

 黒い茨が、私の体にまとわりついていく。

 制服を塗りつぶして、いつも通りのゴシックドレスへと作り変えていく。

 痛みはもう感じない。心の方が、遥かに痛いから。

 

「ゆいな、ちゃ」

「――ごめんね、ずっと、騙してて」

 

 目の前で呆然としている天ケ瀬さん。

 ごめんね。ごめんね。ごめんね。

 天ケ瀬さんが思ってるような、良い子じゃなくてごめんね。

 

「私が、黒鎌の魔女なの」

「……」

 

 天ケ瀬さんはその場で尻もちをついて。静かにこちらを見上げている。

 その表情は、目の前の光景を信じたくないと受け入れるのを拒否している。

 何度も何度も視線がさまよって、私を見て、私から外れて、私を見る。

 何度見たとて、目の前の光景に変わりはないのに。

 

「ごめんね。素敵な子でいられなくて」

「待って、違うの、待って!」

 

 もう、行かないと。

 一瞬でも惜しいとパパが言ってたのなら、それは正しいはず。

 だから、行こう。

 パパを、ママのために。

 

「待って、結奈ちゃん! 待って!」

 

 私が飛びあがり始めて、ようやく天ケ瀬さんは正気を取り戻したのか、叫ぶ。

 けれども、その声は。

 私を引き留めるにはもう、足りなくなっていた。

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