最初は敵として出てくるタイプの魔法少女 作:てんぷらのちぎり
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
昨晩、ついに最後の遺物をパパに届けた。
これで、後はパパの研究が完成するのを待つだけだ。
私にできることは、何一つとしてない。
「……結奈ちゃん、今日はなんだか嬉しそうだね」
「そうかな。……そうかも」
学校では、天ケ瀬さんがいつも通り話しかけてくれている。
正直、浮かれすぎている。とは思う。
けれど、許してほしい。
だって、パパの研究が終わるということは、ママともう一度会えるのだ。
あの幸せな空間にもう一度、いられるのだ。
それに――もう誰も傷つけなくて済む。
デスサイスを通しても、人を傷つけたり悲鳴を聞くのは好きじゃない。
痛いことが辛いのは、私も良く知っているから。
「何かいいことでもあったの?」
「うん。ちょっとね」
「えー、教えて教えて~」
天ケ瀬さんは背中からのしかかるようにくっついてくる。
ち、近い。そしてちょっと柔らかい。
この距離間って普通なのかな?
咄嗟に周りを見渡してみるけれど、よくわからない。
天ケ瀬さんは普通にしてるから、普通の事、なのかな?
「ねぇ、駄目?」
「駄目、じゃないけれど」
ぼかして言う分には大丈夫だよね。
「……長い間、少しずつ進めてたことが、そろそろようやく終わりそうなんだ」
「そうなんだ! それはおめでとう!」
素直に祝ってくれる。
心の奥底が、ぽわりと温かくなるのを感じる。
「うん。これで、色々なことが良くなるの」
「へぇ~。それはすごいいいことだね!」
「うん」
純粋に、嬉しい。
だって、もう、あの子とも――。
「結奈ちゃん?」
「――ううん、ちょっと嫌な事思い出しちゃっただけ。気にしないで」
「あるよね~。いいこと考えてたのに、唐突にフラッシュバックしちゃうやつ!」
そっか。そうだよね。
アークライトと会うことも、もうないんだ。
正しい人、正義の味方。
嫌いか好きかで言えば、嫌い。だって、マギデバイスを盗んだから。
でも、あの子だけでいえば……嫌いじゃない。
あの子だけだった。真っすぐ『黒鎌の魔女』に向かってきてくれたのは。
他の人は恐怖するか、激昂するか。
黒鎌の魔女を人として見てくれたのは、彼女だけだった。
終わってみたからこそ、わかる。
「……形さえ違えば、友達になれたのかな」
蚊の呼吸音と言われても信じられるぐらい、小さく呟いた。
これは、許されない願望だ。
自分だってわかってる。あれだけの人を傷つけて、あれだけの物を奪って。
色々な人の血を流したのに、虫のいい話だと。
……駄目だ。考えるのを止めよう。
今はもう、黒鎌の魔女になる必要もなくなったんだから。
今日からは元通り。枢木結奈として日常を送るんだ……っ!
「ねぇ、結奈ちゃん」
「なあに、天ケ瀬さん」
「今日も、帰り道一緒に遊びに行かない?」
もちろんお金が厳しいなら大丈夫だよ、と断ってくれる。
いいのかな? いいよね。
だって、もう任務が入ることもないんだもん。
「――わかった。遊びに行こう」
「うん!」
今回は何の憂いもない。笑って、受け入れられた。
その約束は思った以上に楽しみで、残りの授業にはあまり身を入れられなかった。
またデート? だなんて周りの子たちにからかわれながら、天ケ瀬さんは自慢するように私に抱き着いてくる。なんてこともあった。
やっぱり距離感が近いなぁ。なんて思いつつも。
悪い気は、全くしなかった。
そうしてやってきた、待望の帰り道。
天ケ瀬さんはルンルン気分で、足取りはご機嫌そのものだ。
「ふんふんふ~ん。デートデート。二回目のデートぉ~」
「ふふっ。そんなに楽しいの?」
「そうだよ! だって結奈ちゃんとだよ?」
……私、天ケ瀬さんにこんなに好かれるようなことしたっけ。
覚えがない。
学校ではいつも静かにしていたし、誰かを深く関わるようなこともなかった。
ちょっと時々任務の都合で目立つことはあったけれど……そのぐらいだ。
ここは、本人に聞いてみようかな。
「……ねぇ。どうして天ケ瀬さんは私の事を気にかけてくれるの?」
「え?」
「だって、私は暗いし、天ケ瀬さんみたいな明るい子とは全然違うのに……」
なんでこんなに、面倒を見てくれるの?
天ケ瀬さんのように素敵な人が、どうして私なんかを。
それが不思議で不思議で、仕方がなかった。
天ケ瀬さんは少しだけ悩んだ様子を見せて。
静かに微笑んだ。
「――私知ってるよ。結奈ちゃんが、朝誰よりも早く来て、花に水をあげてること」
「え?」
それは、そうだけれど。
だって、それは他に誰もやらないからで。
それよりも、見られてたの?
「他にも、遅刻しかけてたのに、迷子の子を助けてあげてたこともあったよね」
……思い出せない。
けれど、遅刻しかけてたのを見られていたというのなら、きっと入学式の日だ。
あの日は――ああ、確かに。泣いている女の子を、おまわりさんのところまで連れて行ったっけ。
今思えば、先生に相談すればよかったな。
入学式の日だから、周りの子に迷惑かけたくないって思ったのが良くなかった。
結局遅刻して、怒られちゃったんだっけ。
「結奈ちゃん。結奈ちゃんはとても素敵な子だよ」
「そんなことないよ」
「ううん。そんなことあるよ。――私は結奈ちゃんの良いところをいっぱい知っているから」
思わず、胸の前で拳を強く握ってしまう。
どうしよう。
凄く、嬉しいって感情が抑えきれない。
何気ないことを見てくれてたことも。それらを肯定してくれたことも。
全部が全部、嬉しくて仕方がない。
私本人を見て、それでいいんだよって。
そう、言ってくれたんだから。
「だから、私はそんな結奈ちゃんの事が大好きだし、誰よりも大事に思っているよ」
「天ケ瀬さん」
「だから、自分は素敵じゃないなんて、悲しいことを言わないで」
ああ、眩しい。
どこまでも眩しくて、明るい、太陽のような子だ。
私も、あちら側に――。
――プルルルルルル、と。
電話が、なった。
「……ごめん、出るね」
「うん、大丈夫だよ」
誰からの電話からかは、わかってる。
手が震える。このタイミング、この状況。
嫌だ。嫌だ。嫌だ。
どうか、違っててほしい。
「もしもし」
『現在、研究所が襲われている。現在は迎撃機構で食い止めているが時間の問題だろう』
ああ、やっぱり。パパからの電話だ。
そして、パパの研究が危険にさらされている。
でも、今は駄目。駄目なの。
だって、目の前には、天ケ瀬さんがいる。
この子にだけは、知られたく、ない。
『今すぐ、マギデバイスにて防衛に加われ。研究が完成するかどうかの瀬戸際なのだ』
「今、すぐ、だよね」
『そうだ。一瞬の時間も惜しい』
なら、もう変身しないと。
変身、変身?
天ケ瀬さんの前で? 私が黒鎌の魔女だって?
でも、そうしないと、パパの研究が。
私たちのこれまでが、全部無駄になっちゃう?
「結奈ちゃん? 大丈夫?」
「――近づかないで!」
心配そうにこちらの肩を叩こうとしてきた天ケ瀬さんから、思わず飛びのいて距離を取る。
今、私はどんな表情をしているだろう。
緊張? 恐怖? わからない。
ただ、私を見る天ケ瀬さんの顔が、見たことないぐらい切迫していた。
「違う、違うの」
天ケ瀬さんとの関係を終わらせたくない。
だって、この子はすごい子で、良い子で。一緒にいて心地良くて。
まるで、幸せだった家族の時間を思い出させてくれるみたいな子だから。
嫌われたく、ない。
「何が違うの。結奈ちゃん。大丈夫だから」
「――ごめんなさい」
右目から、ポロリと涙がこぼれ落ちたのを感じる。
ああ、駄目だ。
どんなに考えても。考えて考えて考えても。
やっぱり、私にはパパを見捨てる判断なんてできないや。
「――魔装、起動。『デスサイス』」
黒い茨が、私の体にまとわりついていく。
制服を塗りつぶして、いつも通りのゴシックドレスへと作り変えていく。
痛みはもう感じない。心の方が、遥かに痛いから。
「ゆいな、ちゃ」
「――ごめんね、ずっと、騙してて」
目の前で呆然としている天ケ瀬さん。
ごめんね。ごめんね。ごめんね。
天ケ瀬さんが思ってるような、良い子じゃなくてごめんね。
「私が、黒鎌の魔女なの」
「……」
天ケ瀬さんはその場で尻もちをついて。静かにこちらを見上げている。
その表情は、目の前の光景を信じたくないと受け入れるのを拒否している。
何度も何度も視線がさまよって、私を見て、私から外れて、私を見る。
何度見たとて、目の前の光景に変わりはないのに。
「ごめんね。素敵な子でいられなくて」
「待って、違うの、待って!」
もう、行かないと。
一瞬でも惜しいとパパが言ってたのなら、それは正しいはず。
だから、行こう。
パパを、ママのために。
「待って、結奈ちゃん! 待って!」
私が飛びあがり始めて、ようやく天ケ瀬さんは正気を取り戻したのか、叫ぶ。
けれども、その声は。
私を引き留めるにはもう、足りなくなっていた。