「パパ、後一分でそっちに到着するよ」
『三十秒で来い。リソースを研究の方に回したい』
「わかった。急ぐね、パパ」
敵が研究所に来てしまった以上、その原因を追究するのは無駄だ。
なら、やるべきことは研究を完成させて、相手が到達しても徒労に終わらせること。
パパの研究は、邪魔させない。
「デスサイス」
『速度限界超過、オーバーロード』
「問題ない」
元々この定められた速度限界は、私が安全に移動できる速度だ。
今は一刻も争うのだから、安全速度を超えても気にしない。
多少の無茶は必要だ。
何があっても、これが最後になるんだから。
「――見えた」
山奥の、私たちの秘密の研究所。
光が木々の隙間から見える。
きっと銃撃のそれらだ。
自動防衛のロボがそれに応対しているはず。
「デスサイス、励起」
『高速振動斬撃――消波瞬撃』
ロボと襲撃者の間の空間に、巨大な斬撃を叩きこむ。
その瞬間生まれる空白にて、身を滑り込ませる。
「なんだ!」
「これ以上は、先に進ませない」
「黒鎌の魔女だ!」
「クソっ、早すぎるぞ!」
襲撃者たちは私の事を知っているのかな。
こちらを見る目が……なんだか……。
いや、考えないようにしよう。
「引いて。そうすれば、攻撃はしない」
言いながら、私は黒鎌――デスサイスを襲撃者たちへ突き付ける。
今日で終わりなんだ。
これ以上、誰も傷つく必要なんてない。
引いて欲しい。
引いてくれれば、戦わなくて済むから。
願いを込めて、言葉を紡いだ。
襲撃者たちは一瞬の迷いを見せた後、そのうちの一人が一歩だけ前に出てきた。
「――黒鎌の魔女。いいや、枢木結奈だな」
「そうだよ」
ああ、やっぱり、知ってるんだ。
じゃあ、別に取り繕う必要もないよね。
「この先にいるのは、お前の父親である枢木櫃間で間違いないな」
「……そうだね」
この人は何が聞きたいんだろう。
いや、私の役目は時間稼ぎ。
話で時間を潰してくれるのなら、それは好都合なはず。
「そこをどいてはくれないか。我々の目的は枢木櫃間であり、君ではない」
「それはできない相談だよ。私は、パパの研究のためにここにいるんだから」
何を言ってるんだろう。この人は。
私が退くわけないのに。
「逆に、そっちこそ帰ってくれたら、危害は加えない。約束するよ」
「はっ、それはありがたいことだな」
でも、そうはいかねぇんだと、彼は呟く。
どうして。
どうして、そんなに私たち家族の再会を阻もうとするの。
「君は、君の父親が何をしようとしているのか知っているのか」
「知ってるよ。ママを蘇らせる。その研究だって」
「そのために、罪のない人が犠牲になっても?」
……。
どういうこと?
「今更、じゃないかな」
「君が傷つけた人々に関しては、そうだろうな。だが、これからもそうなる可能性があるとすれば、どうだ?」
これからもそうなる可能性がある?
どういうこと。
もう、終わりじゃないの?
「……どういう、こと」
「その様子だと、研究の危険性についてまでは、教えてもらってないみたいだな」
待って。
待って。
「どういうこと!?」
「お前の父親の研究は、この世界に不可逆の変革をもたらす可能性がある。そして、同時に多大な危険性を孕んでいるんだ」
「そんなことない。パパは、そんなことは私に言ってない」
「異次元とこの世界を繋げるということは、今後その次元とこの次元の行き来が容易になるということだ」
……向こう側から、こちら側に何かが来る可能性があるって言う事?
それは、信じていいのかどうかわからない。
パパがミスをするとは思えない。
でも、パパはママさえ蘇るのなら。
きっと、なんだってする。
「だから、何」
「いいのかって聞いているんだ。君のお父さんは、世界を破滅させるかもしれないんだぞ!」
世界を破滅させるかもしれない。
そうしたら、パパとママと幸せに暮らすことは、もうできないかもしれない。
「――だから、どうしたっていうの?」
「……なんだって?」
「今更引き下がれ? 止めろ? そんなことができるのなら! こんなところまできていない!」
私はデスサイスを振り被り――同時に彼らは構えを取る――地面を思い切り切りつける。
地面には巨大な切り傷が生まれ、まるで校庭に引かれたラインのように私たちの間を分け隔てる。
「この線を越えないで。越えたら、攻撃する」
そう言って、私は一歩だけ下がる。
これが、私にできる最大限の譲歩。
もう引き下がれないんだ。後戻りするなんて道は、残されていないんだ。
だから、前に進む。例え、それが滅びの道だとしても。
「――その覚悟は、間違っているよ!」
「っ!?」
それは、彗星のごとく飛んできた。
純白の軌道、あまりの速度に一瞬目で追えなかった。
私はとっさに大鎌を構え、彼女の剣戟を受け止める。
「止めに来たよ! この、私が!」
「アーク、ライトォ!」
前よりも出力が上がっている?
前回のは本気じゃなかったというの?
いや、違う。
これは、私の出力が下がっているんだ。
どうして、なんで。
――来る途中、デスサイスの出力を引き上げ過ぎた?
思い当たる節は、それしかない。
「お兄ちゃん!」
「っ!? 全員、アークライトが足止めしている間に進め!」
「させなっ――」
私がアークライトに気を取られている間に、襲撃者たちが研究所へと向かっていく。
止めようとしても、アークライトが邪魔をしてくる。
流石に、まともに攻撃を食らったら動けなくなる。
相手せざるを得ない。
「その大鎌状態の時には、あの羽での攻撃はできないみたいだね!」
「アーク、ライトォ!」
なんで、どうしてここに、このタイミングで!
パパの研究がもう少しで完成するって言うのに。
どうして!
あの時、お前は、諦めた表情をしただろう!
激しく打ち合う私たちの攻防の余波で、周囲の木々が倒れていく。
木々で隠されていた研究所の入り口は既に露わになっており、誰が見てもわかるようになってしまった。
「今更! 何をしに来た!」
「あなたを止めに!」
「負け犬が! 今更しゃしゃり出てくるなぁ!」
もういい。
ここで終わりなんだから。
全力を出そう。
「デスサイス! 過重負荷!」
『魔装励起。オーバーローデッド』
空間すらゆがめるほどの振動を、デスサイスが発する。
アークライトもこれを受けられないと判断したのか、打ち合いから避ける方向へと動きをシフトした。
「お前をすぐに殺して! あいつらも全員殺してやる!」
「駄目だよ! そんなこと、あなたにさせない!」
させない?
どうして、そんなことを言う。
どうして私の邪魔をする。
どうして私を止めようとする。
私はもうとっくに――崖から飛び降りているというのに!
「まだ! 間に合う!」
「うるさい、うるさいうるさいうるさい!」
叫ぶがままに鎌を振るう。
けれども、虚空を切り裂くばかりだ。
触れた木がへし折れ、音を立てて倒れていく。
「本当は誰も傷つけたくはないんでしょう!」
「うるさい!」
大鎌を振るう。
どうしてこんなに当たらない?
視界が歪む。どうしてこんなに、感情的になっている?
「大丈夫、大丈夫だから! まだ間に合う、間に合わせてみせるから!」
「もう遅いんだよ、何もかもが!」
そうだ、もう遅いんだ。
私は崖から飛び降りることを選んだ。
パパと一緒に。
地獄への道だと知っていたとしても。
「私は人を傷つけすぎた、奪いすぎた! そんな私が今更、どの面して許されたいと願えっていうの? 誰も納得してくれはしない!」
そうだ。誰も納得してくれやしない。
私にできることはただ一つ。
最後まで、パパの道具として準じることだけ。
パパの特別であり続ければ――それだけが、私がパパの娘だって証拠になるから。
「私が許すよ!」
「ふざけたことを言うなぁぁぁぁああああああ」
叫びとは裏腹に、私の心は静かになっていた。
全てがゆっくり動いているように見える。
距離が近すぎるのに、私は振り被りすぎた。
アークライトが隙を見逃さず、踏み込んでくる。
あっ、これは駄目だ。
今の私は攻撃に割り振っている状態。
彼女の一撃を耐えられる自信はない。
「――大丈夫だよ。結奈ちゃん」
予想した衝撃は来ずに。
暖かな、温もりが私を包み込んだ。
「……えっ。何を」
「大丈夫。大丈夫だよ、結奈ちゃん。全部、私が何とかするから」
名前、私の。
いや、さっきの襲撃者たちも知ってた。
アークライトが知っていても、不思議じゃない。
でも、この違和感は何?
「私が誰だか、わからない?」
「わかる、わけが」
「本当に?」
至近距離で、抱き着かれながら。
私たちの、視線が合う。
アークライトの瞳は、凄く、見知った気がして――。
「天ケ瀬、さん?」
最悪の予感を、想起させた。
違う、違う、そんなはずない。
だって、もしもそうなら、私は。
「変身、解除」
私からゆっくりと距離を置き、彼女は変身を解除する。
そこにいたのは――私と一緒に下校していたはずの、天ケ瀬小春ちゃんだった。
「あ、あ」
「私だよ。結奈ちゃん」
「あ、ああ」
私は、私は。
天ケ瀬さんを、殺そうとしていた。
「ああああああああああああああああああああああああああ!」
私は、その場に膝から崩れ落ちた。