魔法少女アークライト。
そう名乗る彼女は、前回とはまるで別人のように強くなっていた。
パパはリバースエンジニアリングだと言っていた。
ということは、あの時戦ったことで余計にデータを与えてしまったのかもしれない。
なら、今こうしている間にも、パパが作り上げたマギデバイスのデータが奪われていると考えてよさそう。
許せない。
パパと、私の努力の結晶を、我が物顔で盗んで使うだなんて。
「デスサイス!」
私の掛け声に鳴動して、黒鎌が咆哮を上げる。
そのまま、横一閃に振りぬく。
アークライトは危険を察知して、垂直に飛んで避けた。
私が放った斬撃は、そのまま直線的に飛んでいき、進路上にある壁も装飾品も切り裂いて。
マンションの向こう側まで飛びぬけていった。
風穴が空いた向こう側から、暴風が吹き抜けてくる。
彼女は破壊的な音に一瞬だけ背後を振り向き、こっちへ向き直した時には顔を僅かに青くしていた。
「……あんなの食らったら、死んじゃうよ!」
「うるさい、うるさいうるさいうるさい! 私とパパの努力の結晶を盗む泥棒の癖に!」
そうだ、アークライトは泥棒だ。
なら遠慮する必要はない。
ふと、気がつけば、周りから他の人がいなくなっていた。
資産家たちはどこへ消えた? いつの間に?
それに、周りを漂っている空気が少し変わった気がする。違和感がある。
いいや、わからないことは多いけれど、それでもやるべきことは一つだ。
目の前の少女を倒して、絵画を手に入れる。
邪魔をするなら、排除してしまえばいい。
「盗んでないよ!」
盗んでない? 言うに事欠いて、盗んでないだって!
許せない。盗んだ自覚すらないんだなんて、許せるはずがない。
「なら、そのマギデバイスはなに!」
私の鎌と、アークライトの剣が交差する。
激しく火花が散る。
ただ、拮抗しているわけではない。僅かに、私の方が力は上だ。
つまり、マギデバイスの性能自体は、私の方が上。
アークライトのはパパのオリジナルには遠く及ばない劣化品だ。
にもかかわらず、即座に決着をつけられないのは、純粋な使い手の能力。
あれだけ訓練したのに。性能差が埋まればこんなにも変わるっていうの!?
才能が足りない。何もできない。そんな私なのに。
マギデバイスを使える、それだけが私の存在意義なのに。
これ以上、私から役割を奪わないで!
「これは――」
「私たちの、マギデバイスを勝手に使って、奪った、盗人の癖に!」
黒鎌が唸る。
激しく振動している刃は、触れるものを何もかも切り裂く。
辛うじて受けきれているのはアークライトの剣だけ。
ただ、それも限界に来ているように見える。
「私たちのって、どういうこと!?」
「うるさい!」
本当に、こっちの事情も知らないで。
好き勝手言って。
「私とパパの邪魔をしないで!」
ガキンと金属音を鳴らして、武器が弾かれ合う。
一旦距離を取って、それでも私は即座に距離を詰めてアークライトへ襲い掛かる。
「でも、人から物を奪うことは悪いことだよ!」
「お前が! それを言うのか!」
悪いことだなんて、最初から分かっている。
なのに、正義の面をして、お前は私たちから盗んだ技術を使っているじゃないか。
「どれだけ私たちが悩んだのかも知らないくせに、どれだけ私たちが苦しんだのかも知らないくせに!」
大鎌を振るう、振るう、振るう。
振るうたびに大気が、地面が、壁が、何かが断ち切られていく。
しかし、一番刈り取りたいアークライトだけは辛うじて避けていく。
本当に、もどかしい。
「マギデバイス一つ作るのに、どれだけ努力したのかも知らないくせに!」
「っ!?」
ようやくとらえた私の一撃は、アークライトは剣で受けたけれども、それでも彼女を大きく吹き飛ばすことには成功する。
彼女は背後の壁にぶつかり、壊れて、その先に倒れ込む。
これで終わったとは思わない。
マギデバイスの身体強化能力なら、あの程度なら全然動ける。
きちんと、動けないようにとどめを刺さないといけない。
「……わかった。マギデバイスを作るのに、どれだけ苦労したのか、私は確かに知らないよ」
「っ!?」
今度は私が驚かされた。
確かに手ごたえはあった。
動けるとは思ったけれど、こんなにすぐに立ち上がるだなんて思っていない。
本当に、どれだけの差があれば――。
「私はマギデバイスの能力を盗んだ盗人かもしれない。それは、十分わかったよ。ごめんなさい」
アークライトは、彼女は。
それでも、目に宿る光に陰りがない。
勝ち目が薄いのは理解しているはず。私の方が強いのは分かっているはず。
なのに、どうして立ち上がるの。どうして黙って行かせてくれないの。
みんながみんな、最初から大人しく差し出してくれれば私は誰も傷つけなくて済むのに!
「でも、ほら、気が付いてる?」
彼女は、仄かに笑っている。
傷だらけで、満身創痍で、ここから勝てる見込みなんてどこにもないはずなのに。
笑っている。後悔なんて、何一つないと言わんばかりに。
どうして、どうして、そんな顔ができるの。
一つ間違えば、殺されてるかもしれないのに!
どうして! 自分がそこまで正しいと信じられるの!
「自分が、どうしようもないぐらい辛そうな、泣きそうな顔をしていることに」
――っ!?
「――うるさい」
「え?」
「うるさい、うるさい、うるさい!」
私は叫ぶ。叫ばないと、くじけそうになってしまうから。
辛い? 苦しい?
最初から知ってる。知っててこの道を選んだんだから。
「デスサイスっ!」
『音声認証完了。マギデバイス:デスサイス、出力全開』
大鎌の唸りが、最高潮へ達する。
もしも、これを受ければマギデバイスで変身したアークライトでもただでは済まない。
「私とパパの事を何も知らない癖に――!」
叫びながら、大きく振り被る。
アークライトの顔色が変わる。
視線は周囲をさまよい、逃げる先を探しているようだった。
「――わかったような、口を利かないで!」
『高速振動斬撃――消波瞬撃』
機械音が響く。
それを合図に、私はデスサイスを思い切り振るう。
同時に、アークライトも動いた。進路上から最大限逃げるように、マンションから飛び降りたようにも見えた。
私の放った斬撃はそのままフロア一つを吹き飛ばし――風穴どころかマンションそのものを傾けた。
ように、思えた。
パキリと、何かがひび割れた音がする。
「――?」
気がつけば、周りには腰を抜かした資産家や、気絶している警備兵たちが転がっている。
あれだけ傷ついたはずの部屋は元通りになっていて。建物も元に戻っている。
アークライトの姿もまた、どこにも見当たらない。
一体、どういうこと?
『――聞こえるか』
「パパ」
『通信が途絶していた。目標物はどうした』
「まだ、確保できてない」
通信が途切れていた?
何かによって、遮断されていたってこと?
どういうことなのだろう。愚かな私にはわからない。
『ぐずぐずするな。反応は隣の部屋からだ。さっさと回収して帰投しろ』
「うん、わかったよ、パパ。すぐ戻るね」
いいや、わからなくても。
とにかく、アークライトはいなくなって、目標物はすぐそこにある。
さっさと回収してしまおう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「無事か! 小春っ!」
「……うん、何とか大丈夫」
マンションの下で、私はお兄ちゃんに回収される。
もう動けないぐらい消耗していて、マギデバイスでの変身も解けてしまった。
あの子、黒鎌の魔女が放った最後の一撃は、私たちが用意していた次元干渉装置で作り出した仮想空間を破壊した。
他に被害が生じないために開発された装置だけれど、実戦投入は今回が初めてだった。
結果的には、強度不足ってことなのかな。
私の、マギデバイスも。
あの子を止めるには、至らなかった。
「すまない。俺たちの落ち度だ。まさか、あそこまでの出力が出るとは……」
「ううん。お兄ちゃんたちのおかげで、私は無事で済んだんだから」
前回までのマギデバイスだったら、多分私は殺されてた。
そう、あの子。今回は本気で殺すつもりだった、と思う。
あれだけ泣き叫んで、助けてと言っているのに。
あの子自身はもう、自分では戻れないところまできてしまっているんだね。
「ねぇ、お兄ちゃん」
「なんだ?」
「マギデバイス、今回のデータでさらに強くできる?」
なら、私が止めてあげないと。
もっともっと強くなって。
あの子に勝てるぐらいになって。
私に勝てないんだから、もういいんだよって言ってあげないと。
そうしないと、あの子はどこまでも地獄へ向かって進んで行ってしまう。
「……ああ。できる。だが、悔しいが相手の技術力は俺たちよりはるか先に進んでいる」
「あの子、マギデバイスはパパが作ったって言ってた」
「パパが? おいおい、一人だけで俺たちを越えてるって言うのか? そんな人物、数えるほどしかいないぞ」
そうなんだ。なら、あの子が誰なのか特定する一助になるかもしれない。
「とにかく、強化の方お願いね」
「ああ。次元隔離装置も強度の見直しが必要だな」
「うん。私たちが全力で戦っても、周りに被害が及ばないようにして」
「任せろ。俺達には、そのぐらいしかできないからな」
そういうお兄ちゃんと、そっと拳を合わせて、リベンジを誓う。
ねぇ、黒鎌の魔女ちゃん。
私は何度だってあなたの前に立ちふさがって、何度だってあなたの声に答えて見せる。
あなたが自分で止まれないのなら、私が止めてあげるって。
改めて、今日誓うから。