無惨地獄革命記   作:みそそ

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深淵

「……何の用だ。ここは私の許可なく立ち入る場所ではないぞ、不死川」

氷のように冷たい声が響くと同時に、第五層の空気そのものが重圧に変わった。背後に立つのは、琥珀色の瞳を不気味に光らせた無惨だ。彼はゴミ溜めを眺めるような目で、実弥と、その向こうにいる煉獄たちを見下ろしている。

「無惨……様……」

「不死川、お前は第三層に戻れ。ここはもはや、不要なバグが溜まりすぎた」

無惨は淡々と、しかし決定的な宣告を下した。

「間もなく、第五層を『洗浄』する。ここにあるすべての魂は、転生の輪からも外れ、永遠の忘却へと追放される。塵一つ残さず、だ」

実弥の背筋に凍り付くような衝撃が走った。洗浄。それは単なる死ではなく、存在そのものの完全抹消を意味する。

「な……! しかし、ここには煉獄や、まだ使えるはずの戦力が……!」

「使えぬ道具に価値はない。私は完璧な世界を求めているのだ。……早く行け。家族が待っているのだろう?」

無惨の言葉は、実弥の最大の弱点である「家族」を正確に射抜いた。

今すぐここで煉獄たちに伝えれば、自分も「バグ」と見なされ、家族共々消されるかもしれない。だが、黙って去れば、かつての戦友たちは何も知らぬまま永遠の虚無に消える。

(伝えれば、あいつらは消える瞬間まで恐怖に苛まれるんじゃねえか? ……いや、違う)

実弥の脳裏に、先ほど芋を食いながら笑っていた煉獄の顔が浮かぶ。

あいつらなら、この絶望的なシステムすら食い破って、どうにかしちまうんじゃねえか?

「……ちっ、知らねえぞ、どうなっても!」

実弥は無惨に背を向け、第三層への階段を駆け上がりながら、煉獄たちに向かって喉が張り裂けんばかりに叫んだ。

「煉獄! 猗窩座! そこを動け! すぐにだ! 全部消されるぞ、忘却の彼方にな!!」

振り返る余裕はなかった。自分には守るべき家族がいる。

実弥は、自分でも驚くほど根拠のない、「煉獄たちなら、死すら超えてみせる」というあやふやな可能性にすべてを託し、泥の海を蹴って上層へと急いだ。

 

第五層の天井が割れ、すべてを無に帰す「忘却の泥」が濁流となって降り注ぐ。その絶対的な絶望を前にして、煉獄杏寿郎は日輪刀の柄を強く握りしめた。

「案ずるな、猗窩座、恋雪少女! こういう時こそ、心を燃やすのだ!! 絶望の泥など、魂の炎で焼き尽くしてくれる!」

その苛烈なまでの陽のエネルギーに当てられたように、傍らで見ていた童磨が、くすくすと、そして耐えきれないといった風に笑い声を上げた。

「あはは……! 凄いね、煉獄殿。君はどこまでも眩しい。でも、散り際の美学を貫くのは、まだ少し早いかもしれないよ」

童磨がふらりと、濁流の真下へと歩み出る。

「俺が今まで、何の中身も持たない『空っぽの器』だったのは……。きっと、この瞬間のためにあったんだね」

童磨が両手を広げる。その瞳の中で、これまでの虚無を塗り潰すように、見たこともない極彩色の光が明滅し始めた。

「『何もない。それは無限の可能性。すべてを許す、虹の光』」

詠唱と共に、彼の瞳が鮮やかな虹色に爆ぜた。

次の瞬間、世界を消し去るはずの黒い泥が、磁石に吸い寄せられる砂鉄のように童磨の手のひらへと収束していく。それは、天国が切り捨てた人間の後悔、嫉妬、絶望――「泥」の中に溶け合っていた無数の人々の叫びだ。

「ああ……冷たくて、重くて、……なんて温かいんだろう」

童磨の頬を、一筋の涙が伝う。

数千、数万の魂の悲鳴を、彼はその「空っぽの器」にダイレクトに受け止めた。拒絶せず、選別せず、ただすべてを自分という器の中で混ぜ合わせ、許容していく。

「……これが、『心』か。……悪くないね」

泥を吸い込み続ける童磨の体から、虹色の霧が溢れ出す。それは無惨の管理するシステムを物理的に書き換え、浸食していく「異界」の光だった。

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