無惨地獄革命記   作:みそそ

13 / 14
新世界へ

童磨から溢れ出す虹色の霧。それに触れた瞬間、猗窩座の脳内に、自分のものではない「記憶の断片」が雪崩のように流れ込んできた。

それは、音も色も体温もない、どこまでも透き通った地獄。

誰かに触れても、誰かを殺しても、指先から実感がこぼれ落ちていく絶望。鬼たちが彼を忌み嫌い、無視して去るたびに、童磨が感じていたのは「怒り」ですらなかった。

(……寒いんだ)

凍えるような虚無の海で、童磨はただ、自分の存在を証明してくれる「反応」を求めていた。猗窩座に向けられたあの苛立たしいまでの馴れ馴れしさは、彼がこの極寒の世界で凍死しないために、必死に誰かの体温を求めて伸ばした手だったのだ。

「……お前、こんな……。こんな冷たい場所に、一人でいたのか」

猗窩座の目から、自然と涙が溢れ出した。

自分には恋雪がいた。師範がいた。憎むべき無惨がいて、戦うべき煉獄がいた。自分の心には、常に何かがあった。

だが、この男は天国の「無」よりも深い空虚の中で、微笑みながら消えかけていたのだ。

「反吐が出るほど嫌いだったが……。そんな顔で笑われたら、もう拳の振るいようがないではないか……」

猗窩座は震える手で、虹色に輝く童磨の肩を、壊れ物を扱うように抱き寄せた。

初めて、拒絶でも暴力でもなく、「他者の体温」として触れたその感触に、童磨の瞳が大きく揺れる。

「……ああ、温かいね、猗窩座殿。君の涙は、こんなに熱いんだ」

童磨が初めて零したその言葉には、虚飾も皮肉もなかった。

二人の間にあった20年、そして100年以上の確執が、虹色の霧の中で溶けて混ざり合っていく。

「和解」などという生ぬるい言葉では足りない。それは、システムから棄てられた二つの魂が、初めて「個」として互いを認め合った、新世界の産声だった。

 

無惨が「洗浄」を試みた第五層は、もはや存在しなかった。

そこに広がっていたのは、虹色の霧が結晶化し、見たこともない巨木や異形の獣たちが跋扈(ばっこ)する、命の熱量に満ちた未知の領域である。

童磨がその身を捧げて紡ぎ出した「無限の可能性」というキャンバスに、猗窩座が刻み込んだのは「闘争」と「生死」という名の魂の鼓動だった。

「あはは! 見てよ猗窩座殿、あの極彩色の鳥! 綺麗だねえ、次の瞬間には大蛇に喰われてしまうけれど!」

「……ああ。命を懸けて奪い合い、喰らい、繋ぐ。これこそが、俺たちが忘れていた『生』の真実だ」

二人はもはや、無惨の駒ではない。この新しき世界の理を司る、幼き神々であった。

かつて人間が闇を恐れ、同時に火の温もりに涙した原初の時代。そこにはカーストも、一貫性のない神の命令も、魂の磨耗を恐れる停滞もない。ただ「今、この瞬間を生きる」という残酷で眩い自由だけがある。

その神域の境界に、煉獄杏寿郎は立っていた。

彼はもはや剣を抜く必要も、誰かを導く必要もない。ただ、燃えるような瞳で、この生命の爆発を「観測」し続けている。

「……天国でも、地獄でもない。これこそが、魂が本来あるべき姿だ」

煉獄は、咆哮を上げる幻想種たちの群れを見つめ、満足げに微笑んだ。

「無惨。君が作り上げた砂の城は、この命の奔流には耐えられまい。秩序という名の檻に閉じ込められた魂たちが、今、この『真の自由』を求めて牙を剥き始めているぞ」

煉獄の視線の先――上層では、無惨が築き上げた20年の帝国が、下層から突き上げてくる「原初の生命力」によって、音を立てて崩壊し始めていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定