反乱軍の陣営に、一人の男が転がり込んできた。全身を深く切り刻まれ、再生も追いつかぬほどにボロボロになった亡者だ。
「煉獄様……敵が、敵が来ました……! 獄卒の包囲網を突破して……」
「獄卒どもが、また懲りずに攻め込んできたのか?」
煉獄が日輪刀の柄に手をかけた、その瞬間だった。
――凄まじい突風が陣地を襲った。
爆風に似た風圧が煉獄の周囲にいた亡者たちを木の葉のように吹き飛ばす。立ち込めた砂埃が地獄の熱風にさらわれ、その中心に一人の男が姿を現した。
深い傷跡の刻まれた顔に、狂気さえ孕んだ鋭い眼光。不死川実弥だ。
彼は天国と地獄の均衡を保つ「番人」として、そこに立っていた。
「……煉獄。テメェ、何を血迷ってこんな掃き溜めに与(くみ)してやがる」
実弥の声は、かつての柱合会議の時よりも低く、苛立ちに満ちている。
「煉獄、俺たちを裏切るとはどういう了見だ。天国で魂が浄化されることの何が悪い? 精神が摩耗しようが、個が消えようが、それはまっさらな赤ん坊に戻れる唯一の道だろうが!」
実弥が咆哮するように言葉を叩きつける。彼にとって、天国がもたらす「無」は、今度こそ家族と、玄弥と、何にも縛られずに再会するための、たった一つの希望だった。
「歯ァ食いしばって耐えてりゃあ、いつかは現世でもう一度生きられるんだ。その尊い輪廻をブチ壊そうってんなら……たとえテメェでも容赦はしねェぞォ!」
実弥が放つ風の殺気が、煉獄の羽織を激しく揺らした。
煉獄は、答えを返さずに沈黙した。
不死川の言葉は、正論だった。苦しみの果てに自分を消し、無垢な命としてやり直す。それは一つの救済であり、理にかなった秩序だ。だが、その正論を飲み込もうとすればするほど、胸の奥で何かが猛烈に拒絶反応を起こしている。
何かが違う。何かが、決定的に間違っている。
そう感じながらも言葉が見つからない煉獄の横から、静かな、しかし地獄の熱気さえ凍らせるような声が響いた。
「不死川と言ったか。お前の言う『再生』は、ただの使い回しだ」
猗窩座が一歩前へ出る。その瞳は不死川を見据えながらも、その奥にある「世界の真理」そのものを射抜いていた。
「肉体は朽ちれば花や風、土の一部となって別の形に再利用される。それはいい。だが……なぜ魂だけは、こうも頑強に『俺』という個を保ったまま、システムの樽の中に放り込まれ、何度も何度も使い回される?」
猗窩座の拳が震える。それは怒りではなく、底知れぬ「自己」という牢獄への恐怖だった。
「俺は、納得できない。なぜいつまでも、俺はずっと俺のままなのだ。記憶を消され、心を洗われ、赤子の器に入れられたところで、その根底にある魂が『俺』である限り、いつまでも愛するものと一つになれない、孤独なのではないか?」
煉獄は、隣に立つ宿敵の横顔を見て目を見開いた。
自分は「魂の輝き」を守るために戦おうとしていた。だが、猗窩座はもっと残酷な真実に直面していたのだ。この地獄は、魂を救うためではなく、魂を「固定された資源」として閉じ込めておくための檻なのだと。
「……よもや、君からそのような言葉を聞くとはな、猗窩座!」
煉獄の心に、迷いを焼き尽くすような火が灯った。
不死川が守ろうとしているのは「安心」であり、猗窩座が求めているのは「真の解放」だ。
「不死川! 浄化という名の『魂の磨耗』が救いではないことに、今強固な確信を得た! 我々は部品ではない! 魂の行き先は、世界の理ではなく我々自身が決めるべきだ!」