現世のあらゆる土地を、千年にわたって探し続けた。だが、青き彼岸花を見つけることは叶わなかった。
それもそのはずだ。この花は、現世の陽光の下に咲く類のものではない。地獄という名の澱みの底にのみ根を張る、異界の種だったのだから。
己の体内に眠る花の成分を解析することは、そのまま、この地獄を構成する環境そのものを読み解くことに他ならなかった。
地獄の責め苦に灼かれ、削られる中で、点と点が、ついに繋がった。
青き彼岸花という構造に含まれていた文字列は、地獄という巨大な構造を記述するための言語そのものだったのだ。
小さな花の設計図から、私は今、この巨大な監獄の全容を逆解析した。
空間が歪み、隠蔽されていた最奥の扉が音を立てて開く。
その先に広がる無機質な書斎に、一人の男が立ち尽くしていた。
「……ようやく見つけたぞ。獄長、いや、そう呼ぶべきではないな」
無惨は、かつてないほど冷徹で、かつ愉悦に満ちた笑みを浮かべて一歩を踏み出す。
「貴様の正体は、あの時、私を不完全な鬼へと変えた――あの医者だったのだな」
書斎の奥、積み上げられた地獄の執行記録に囲まれて、その男は静かに筆を置いた。
かつて無惨の枕元で薬を調合していた時の温厚な面影は、もはや微塵もない。そこにあるのは、永遠という名の労働に魂を削り取られ、氷のように固まった「管理者の残骸」だった。
「……よくここまで来たな、無惨。私の人生を、そしてこの死後の安寧までもを、徹底的に踏みにじった失敗作よ」
医者の声には、憎しみさえも枯れ果てたような虚無が宿っていた。
彼は地獄のシステムそのものを操るかのように、指先をわずかに動かす。それだけで、無惨の周囲の重力が数倍に跳ね上がり、床が牙のように突き出した。
「私はかつて、お前を救おうとした。だがその一歩が、私に『測定不能』という罪を背負わせた。お前が地上で一人殺すたびに、私の刑期は積み重なり、ついには転生すら許されぬまま、この掃き溜めの番人として永遠に働き続けることになったのだ」
医者は冷徹な瞳で無惨を見据える。
「おとなしくしていればよかったのだ。この地獄で心が摩耗し、個が消滅すれば、お前は少なくとも『無』として転生できた。反乱軍などという無意味なものを組織し、この精巧なシステムを乱して、一体何を得ようというのか。お前がここを壊せば、待っているのは救いではない。ただの崩壊だ」
医者の背後に、地獄の全エネルギーを集束させた巨大な術式が展開される。
「お前はどこまで行っても、他者の平穏を奪い、破滅を撒き散らす災厄でしかない。失敗作は、私がここで責任を持って廃棄してやろう」
医者の放つ冷たい殺気が、無惨の殺気と激しく衝突し、空間が悲鳴を上げた。
医者の放つ地獄の術式が無惨を包囲するが、無惨は一歩も引かず、むしろ憐れむような嘲笑を向けた。
「罪を償えだと? 聞き飽きたな。貴様こそ、その古臭い正論の裏に隠された自身の『絶望』に気づいていないのか。獄長、貴様はもう物事を俯瞰して見る余裕を失っている。今の貴様は、ただ地獄という檻の中で、自分の不運を正当化しようと足掻いているだけの、無様な防衛本能の塊に過ぎない」
無惨の指先が、空間に走る「地獄の理」を直接掴み取るように動く。
「この世界はバグだらけだ。貴様の罪が測定不能だからという理由で、永遠にこの労働に押し込む……それが神の理か? 単に解決を放棄した雑な策ではないか。天国も地獄も、人の魂を縛り付け、摩耗させて浄化する――本質は同じ、どちらも魂を殺すだけの装置だ」
無惨の瞳の中で、青い彼岸花の光が黄金の光へと変質していく。医者が操るシステムの制御権が、無惨の手元へと強引に引き寄せられた。
「私ならもっといい世界の理を作れる。私を突き動かしているのは、貴様のような諦念ではない。私が作る新たな世界の頂点に君臨したいという、純粋な向上心のみだ。……ご苦労だったな、医者。貴様の『正論』と共に、この不完全な地獄を消去してやろう」
無惨の力が爆発し、医者の書斎ごと地獄の基幹プログラムが瓦解を始めた。
「待て! これ以上壊せば、世界の均衡が――!」
医者の悲鳴のような叫びも、無惨の冷笑にかき消される。
無惨の掌が医者の顔を覆った瞬間、彼が何千年もかけて管理してきた「獄長」としての権限が、すべて無惨の体内へと吸い込まれていった。
「……ようやく、私が王に相応しい舞台が整った」
光の中に消えていく医者を見届け、無惨は瓦解する地獄の最奥で、独り静かに勝利を宣言した。