外の空気を吸えた咲夜はほっと胸をなで下ろす。しかし生憎の大雨の上に海は荒れていた。今一着しか手元にないメイド服が濡れてしまうがその点に関しては無問題であろう。後続でウィスキーが出てきて防水扉をロックする。
疲労が溜まってきたのだろうかウィスキーの息は少し荒れていた。しかし休息は取ったばかりだ、スタミナが無いにしてはここまで戦ってきた中で全く感じなかった。
そう思慮を巡らしている中、咲夜は貨物船の右端を行くウィスキーの呼び声に反応した。
「今からそのチョーカー外してやるからな。ちょっと息苦しくなったらゴメンな。」
ウィスキーは鉤爪型の小さなカランビットナイフを取り出す。それをくるりと回すと透明感のある咲夜の首筋の肌を傷付けないようにチョーカーに指を潜らせて空間を作り、そこに刃がチョーカーを切るように向けて少しずつ切っていく。そのときのウィスキーの目は一生懸命なものだったがどこか生きる力というものが欠けてきていた気がした。
そしてチョーカーが切れてウィスキーの手の中に落ちる。こうしてみると黒曜石が不気味に輝いていておどろおどろしい雰囲気を醸し出していた。
「ありがとうございます。」
「いやいや、むしろこっちが謝りたいよ。こんな悪趣味なアクセサリーはこうだな。」
そう言うが先かウィスキーは海にチョーカーを投げ捨てた。
「まぁ裏切り以上に悪趣味なアクセサリーはないだろうけどな。特にサクヤに対してはね。」
「口説いているのですか?」
「まさか。ロリコンじゃああるまい…」
すると。一機の大型のプライベートヘリコプターが風を切りつつ船首の方に飛んでいった。さっき言ってたお迎えらしい。それと同時に船内から各々の小火器で武装した王率いる愛国者が溢れ出してくる。ウィスキーは爆破装置を取り出す。腹は括った、あとは爆破を待つだけだ。不思議と心の内から自信が満ち溢れてきた。今なら能力を使える。そんな感じもした。
「さて、爆破するか。」
「ええ…!」
ウィスキーがスイッチを入れるとすぐに貨物船が轟音と共に揺れ始めた。10分程でこの貨物船は沈むだろう。しかもこの嵐だと救助隊が来るころには海の藻屑と化しているだろう。
「これで連中もパニックになるはずだ。船首に行こう。」
「はい!」
するとまた大きく揺れて足元がふらつきウィスキーは前に倒れてしまう。
「大丈夫ですか?」
咲夜がウィスキーの背中に触れると明らかに雨とは違うものが流れ出ていた。彼の血だった。それも彼の歩いてきた足跡のように血が落ちていたが、それを雨が洗い流してしまっていた。よく考えてみればウィスキーは船内での銃撃戦の後咲夜に背中も歩いてきたルートも見せていない。
「あなた撃たれているんじゃ…」
ウィスキーは黙ってゆっくりと立ち上がる。混乱しながらも一部の愛国者は咲夜達を追ってきている。治療道具もなければ治療する時間も無い。どうすればいいのか咲夜も混乱していたがウィスキーは気丈にもはにかんで口を開いた。それもどこか上辺だけのものになっていた。
「時間は待ってくれない。手当はヘリの中でもできるだろうしな。」
「確かにそうですが…。大丈夫なんですか?」
「この傷ぐらいどうってことない…」
咲夜は船内に伸びる通路入口の物陰にウィスキーを連れて身を隠す。それでも牽制のためか敵の銃撃は止まらない。反対側から行くのも必要かもしれないが混乱しているとはいえ確実に包囲してくるだろう。
ウィスキーは閃光手榴弾を握り咲夜に諭した。
「俺の掛け声で走れ。いいな?俺を置いてでもいいからとにかく逃げろ。」
「…待ってます。」
そう返すとウィスキーは拳を差し出した。何かと思い咲夜は手を広げて出すと手の中からあの切り札のUSBメモリ、そして娘の写真が零れ落ちる。
「いざというときの為に持っててくれ。」
そう言いながら咲夜の手を借り立ち上がる。これまでもたれていた壁にはやはり血が付着し、床に流れ溜まっていた。息もあがっているところを見ると長くは持たないように見えた。しかし、船は各部を爆発させながら沈んできている。時間はない。ウィスキーは黙って閃光手榴弾を牽制している船員達に投げ込む。時限式のためすぐには光らなかったが外で船員が騒ぐ。今だ。
「Go!」
ウィスキーの叫びが先か、咲夜は一気に走り出した。背中では閃光が周りを突き刺していた。濡れた甲板は滑りやすかったが、気にしていられない。とにかく走り抜ける。そして振り返るとウィスキーはついてきてなかった。遠くであの王なる愛国者幹部にマカロフを向けられていたからだ。
「ウィスキー!?」
ヘリコプターのいる船首とウィスキーのいる距離まで半々。咲夜の考えは一つ。迷いはなかった。
その頃パチュリーと小悪魔を助けた浦部達は東海道本線を下っていた。東京は人が多く、レミリアを護衛するにはリスクが高すぎるという浦部の意見を聞いた碓氷の提案で熱海の山奥にマイクロバスを改造したキャンピングカーで向かっていた。荷台には自宅にあったありったけの武器を詰め込んでいた。浦部は立て続けのハードワークに疲労が溜まってしまいたのだろうか、装備品も黒いドーランもつけたまま夢の世界に入っていた。小悪魔とパチュリーもともに座席で寝に入っていた。
「さっき言ってたマークって人。どんな人?」
運転席後ろのソファに腰掛けていたレミリアがトマトジュース片手に問いかけた。最近兄貴が健康志向になったのを境にトマトジュースを買いだめしていたが、ここで役に立つとは想像もしなかった。
「マーク・ランカスター。三年前からCIA極東支部の職員で愛国者に潜入していた。俺とは趣味のあう奴だったよ。妻は病気で亡くなり、娘もいたが独り立ちして彼氏もいる。」
レミリアからしたらそこまでに興味は無かった。どちらかと言えば、彼は咲夜を助け出す程度の技量と練度があるか否かだ。
「へぇ、で、戦闘の腕は?」
「簡単に言わせていただくと人としては上位の部類ですね。兄貴と同格です。」
「浦部と同じってことね。なら大丈夫かしらね。」
そのとき、碓氷はあっと思い出したように付け加えて息を止めた
「情に流されない限りは。」
「というと?」
レミリアは唇に手を当てて物思いにふけった。もし忠義に薄いものであれば手のひら返しもありうるからだ。そうでなくとも問題は問題だ。耳を傾けた。
「自己犠牲の精神が強いんですよ。可愛い人や自国に対しては尚更。」
「下心ってことね。碓氷と同じ。」
「下心と呼ぶにはまだ綺麗ですよ。」
苦笑いして碓氷は応えた。
愛国者の持っている機密ファイルの入ったUSBメモリを咲夜に託し、それを事務所(CIA)に届けてもらう。それで俺の任務は終わり。牽制していた船員を愛銃のM416のマガジン一つを丸々使い全員を屠ったウィスキーことマークは咲夜の背中を見ながら切なげにもたれ掛かりふと”細工”をして座った。当然、屠った際に彼は左腕を撃たれて血を流していてた。シガーケースから煙草を出して、はにかんだ。もう悔いは殆どない。ただあるならば、自分の遺体が祖国アメリカにて埋葬されなかったことと娘に会えなくなることだけだ。しかし、ファイルの中身がアメリカに届くことによる勝利と煙草のニコチンがその悔いを拭ってくれるであろう。
紫煙を吐き出すと王が通路からマカロフを握って出てくる。
「大将ならすぐ逃げると思ったよ。」
「お前のようなクズは確実に俺の手で始末しないとな。」
王は素早くマークの太股にマカロフの弾を叩き込む。声にならない叫びを上げる。利己的で邪魔な障害はたとえ味方であろうと消していく傲慢な輩だ。俺も始末される。いやな汗が目に入りしみる。その視線の先に立ち止まる咲夜が見えた。振り返るな。早く行け。マークは
「こちらウィスキー、サクヤを頼むぞ…FUBAR」
マークが身を傾けると、ピンを抜いた破片手榴弾が飛び出した。あと五秒の人生だなとマークは瞳を瞑った。生きての帰還するプランは文字通り滅茶苦茶だが、任務優先のための犠牲と考えれば、死ですら恐ろしくもなかった。
咲夜は振り向き戻り始めた。つき合いもさほど無いがウィスキーは恩人だ。変に犠牲が出ては胸がすっとせず、これからのお嬢様の身の回りの仕事に障りが出てしまう。それを防ぐために咲夜は戻り滑る甲板を駆ける。その時、ウィスキーの背中から小さなボールのようなものが飛び出した。どういう方法だが分からないが心中するつもりだがさせてはならない、咲夜の第六感がそう囁いた。しかし突如足下の甲板が爆発しめくれあがるように弾ける。直撃はしなかったものの、破片もろとも荒れる海に呑まれてしまう。
ええいと咲夜はいつもの力を出した。その刹那、時は止まった。信管や波のうねり、爆発で飛んだ甲板までも運動を止めてぴたりと止まったのだ。普段でも15秒程しか時は止めないがそれだけあれば十分だと確信した。船までは15m。
まず、咲夜は時を止めたことにより運動エネルギーを失った空中の甲板の破片を石跳びよろしくに飛んで船に戻る。次にウィスキーのところまで一気に駆け寄った。貴方にはまだ死んでほしくない。咲夜は力を入れて担ぎ上げる。しかし担ぐまでの力は咲夜は持っていなかったのか少々手間取ってしまう。80kgの肉体と10kg以上ある装備のウィスキーを背負うには難しいか。しかし咲夜は背負い、引きずるようにウィスキーを運ぶ。時が動き出して間もなく、後ろで断末魔と共に爆炎が上がる。咲夜は気を失っているウィスキーのホルスターにUSPを戻した上で引きずるように警戒しながら船首へ向かった。
テコ入れ済み(2015・5・23)