熱海の別荘は、市街地から離れていて、尚且つ近い峠道からでも草木に隠れて見えていないため、誰かに言われるか海から見ないと気付かない。それ故に隠居や隠れ家には向いているのである。それにお偉方との商談の舞台としても恥じぬ程に立派な物になっている拠点を熱海に移す話は既に紫にしていた。この意見は元々碓氷が提案したことだった。レミリアお嬢様方のような方が住むにはうってつけだと鼻息を荒くしていたが、実際のところは、愛国者から逃れるためだった。ちなみにこの提案を受諾した紫は現在浦部とともにバルコニーで朝日を拝みながら碓氷特製のサンドイッチを頬張っていた。
「それにしても、オーシャンビューとはまた、貴方意外とロマンチスト?」
紫は紅茶を啜ると興味深げに若干上目遣いを利かせて問いかけた。しかしそれは肯定ではなく、首を横に振って返された。
「隠れるには丁度いい上、いざとなれば海に出て逃げることもできる。」
「夢無いのね。」
なぁんだと髪をたくしあげながら紫は呆れるように呟いた。
「裏世界の人間が夢を見れるのは寝てる間だけだ。」
あぁそうと紫は無関心そうに横目に見て朝日を眺めた。技術や物理的には幻想郷には勝れども心の豊さでは確実に後者に分がある。そういった点では外の世界は本当に味気のないものになってしまったと思わざるを得なかった。
「話変わるけど…銃、貸してくれない?左利き用の。」
「身内に左利きの奴がいるのか?」
すると紫が紅茶のお代わりを咲夜にお願いし、バルコニーに出てくる。太陽に脆く、夜にしか活動できないレミリアは雨戸の閉まった個室ですやすやと寝ている。しかし6時間も前は幽閉されていたにも関わらず休みを取らないのは咲夜曰く、”考えただけ思い出してしまうので仕事でそんなことを考える余地を埋めてしまおう。”ということらしい。
「それって霊夢さんのことじゃありませんか?」
「その通り。あの様子じゃあ使いこなせるのは後の方になりそうね…で、あるのかしら?」
ことんと置かれたハーブティーのティーカップを手に浦部は得意げに口を開いた。
「アンビの利く銃なら最近よく出てきてる。USP…92FS…」
アンビとは利き手が左右のどちらでも扱えるように設計された銃である。比較的欧米の人間の左利きの比率は高いため発達した機能だ。
しかし教師めいたまどろっこしい話は嫌いなのか話し終えるのを待たずに紫はそこまでは結構と手を出して遮った。そして
「一番いいのでお願い。」
「わかった。碓氷に手配させておく。」
「お願いね。それとあなたの回収した黒曜石の話、聞く?」
「頭には入れておきたい。」
隣の咲夜も是非と頷いた。
「少し図書館の魔法使いと意見を交わしたけどアレ、月の技術で作られた道具よ。」
「月?」
そもそも月に文明はないと世間も浦部も信じていたためか首を傾げた。全く嘘でないためそうよと自信を伴って頷いては話を続けた。
「あの黒曜石を中心にして結界が常に発生しているの。魔法も能力も一切合切ね。あの中では弾幕も時も扱えないわ。結界内で」
「でもあなたはあの摩天楼(東京)の中に私たちをスキマで送れたのは…」
咲夜は疑問の一石を紫に投げた。それを隠すこともなく紫は口を開いた。
「唯一、あそこだけにスキマを作ることができたのよ。それ以外は駄目だったわ。」
「結界の外にスキマを出せばよかったんじゃ…」
「時間との勝負よ。悠長に歩かせるつもりもなかったし、何より人の目に付きやすいのよ。衣服以前の話でね。」
なるほどと浦部は頷いた。まだ目的はわからないがそれが隠密にかつ迅速に済まなければならないことだっていうことだ。しかし、その何かが分からない限りは上手くは立ち回れない。浦部はさらに紫に問いかけた。
「なぁ、何が起こっているのか詳しく聞けるか。」
紫は小休止を置いて僅かに考えた後、口を開いた。
「信憑性に欠けるからあまり信じて欲しくないけど、仕留め損ないが幻想郷からこっちの世界に逃亡したのよ。それ以来外…いわゆる貴方達の世界の道具が流れてきているの。忘れられてないものばかりね。」
「その仕留め損ないが原因と?」
「恐らくね。解決策をこれから図書館様と模索するから、あなた達は遊んできていいわ。」
咲夜は紫に問いかけた。
「お嬢様との意見交換は?」
「この話題は非常にデリケートだから、わがままに進められても困るの。碓氷曰く下町は温泉街みたいだし、ゆっくり羽を休めてほしいわ。それに、あなたも解放されて間もないしね。」
咲夜はえっと怯んだ。主に従事する身として紅魔館当主を支えているため、休みというものがあまり考えられなかった。
「私ですか?」
紫は当たり前のように頷いた。
「そう、あなたよ。別にお嬢様を連れて行っても大丈夫だから。」
「ありがとうございます。一度提案してみます。」
「別にいいわよ。ただ、アンタが結果を教えてくれたらの話だけど。」
咲夜ははっと振り返ると、レミリアが影から話しかけていた。
「お嬢様、睡眠は…」
「十分寝たわ。夜昼が逆転しそうなくらいにね。浦部、案内いいかしら?”あたみ”ってところは温泉もあるんでしょう?」
「案内できますよ。」
「決まりね、咲夜、支度を。」
畏まりましたと頭を下げると咲夜は引き下がり、レミリアとともに屋内の奥へと入っていった。その背中を碓氷がサンドウィッチ片手に見送ると
「俺も行かせてくれないか?」
「碓氷はここに残ってもらうわ。貴方から聞きたいこともあるの。」
紫の言葉にえっと狼狽えて碓氷は驚いた。咲夜と一緒にいたかったからだ。しかし、紫に色々聞かれるのも悪くない。
「かまいませんよ。」
「ありがとう。ちょっと待っててね。彼女たちを連れてくるわ。」
碓氷は首を傾げた。
「霊夢と魔理沙よ?あなたは左利き用の銃、とびっきりいいのを揃えておいて。」
「畏まりましたっ!」
碓氷は声を張り上げて地下に走っていった。
東京都内の愛国者の傘下の大手産業のビルの最下層、そこには社員はもちろん社長、会長でさえ入れない極秘の会議室があった。部屋には複数のモニターがありそれぞれ愛国者の保有する衛星で各国に繋がれている。日本支部長はそこに呼ばれ現状報告を行っていた。
「CIAにサクヤを取られたか…貴殿の失態は大きいぞ。」
「ですが、サクヤはCIAとの同行を拒否、姑獲殺しと行動を共にしている模様です。今は熱海にいると思われます。」
モニターの声は少し黙り込み、支部長に口を開いた。
「調査を続けろ。こちらは次の手を打ちに幻想郷に仲間を向かわせる。そちらにもある程度兵を向かわせよう。特定が終わり次第奪還せよ。通信終わり。」
「了解しました。」
モニターの電源が落ちると支部長はスマートフォンを取り出し電話を入れた。
「真鍋、俺だ。しっかり食らいついてるな?よし、何名か兵を送る。上手く使いこなしていけ。健闘を祈る。」
支部長は電話を切り、地下駐車場の車へと足を進めた。