同時刻、浦部邸では碓氷が一人寂しく自分の愛銃のcz75を
そのとき、家のチャイムが鳴り響く。時計の短針は既に右を向いていた。普段ならこんな時間の来客はあり得ないに等しい。
碓氷は警戒してポケットにデリンジャーを仕込む。比較的威力の低い22LR弾を二つしか装填できないが本体が小さく、携行に特化している。護身には心許ないが隙を取るには丁度いいのだ。
それをポケットに放り込んだ碓氷はインターホンのビデオカメラを覗いた。カメラの映す玄関には先日の貴婦人がいた。あのどこかで見たことあるような不思議な貴婦人である。
デリンジャーのポケットへの意識を解いて碓氷は玄関扉を少しだけ開けた。
「全てを話しに来たわ。あがってもよろしい?」
「まずはあなたの名前を教えていただけると幸いですね。」
「その程度で入れてもらえるのなら喜んで教えるわ。私は八雲紫。以後お見知りおきを」
碓氷は名前を聞いたとたん声もなしに破顔し。心の内側から間歇泉のように湧き上がる歓喜を無理矢理押さえ込みながら紫と名乗る貴婦人を招き入れた。
近くの林は時間のこともあり暗く、身を隠しやすい。浦部はレミリアと共に林の下り坂を下っていた。
「なるべく日が顔を出す前に逃げ切りたいわね。」
隣にいるレミリアは言った。浦部はその理由を頭の中の常識の山から即座に引き出し、理解した。吸血鬼の弱点は日光、ニンニク、水であることを。ふと左手首の金時計を見た。時は3時半、ここ最近の日の出は6時程だ。あと二時間で追っ手を振り切る必要がある。しかしそれは到底難しいことだ。
「善処します。」
そのとき、乾いた銃声が鳴り、一発の拳銃弾が浦部の右手の甲を貫き、拳銃がレミリアの足元の枯れ葉に落ちる。流石のレミリアもなにが起こったのかを理解していない。
「くそ…痛いな…」
手からはとくとくと鮮血が流れ、痛々しい様を見せている。幸い骨を折るほどではなかったが滴る鮮血のおかげで尾行されやすくなってしまう。さらに握ることも傷口がしみてままらない。
「お嬢様、銃は扱えますか?」
「使える訳ないでしょそんなガラクタ!」
確かに吸血鬼からしたら銃はガラクタかもしれない。そんなものがなくとも銃を持つ男達より優位に立てる種族の強力なアドバンテージがあるからだ。
しかし、レミリアの近くの岩の端に弾が着弾し欠片が破ぜる。無情にも例の男達は近くまで来ている。
「ガラクタなんかなくても…!」
意地固になった彼女は物陰から出て翼を広げて何かを繰り出そうとする。いくら吸血鬼といえども自殺行為だ。当然何も起こらない。
「嘘!?」
案の定。居場所をアピールしたレミリアめがけて男達は掃射する。その中にはよく紛争地帯で見かけるロシア製の自動小銃AK-47を中国の(ノリンコ)がライセンス生産したした56式自動歩槍があった。頑丈で精度の高いAKシリーズの中でも珍しく駄作の烙印を押された銃だ。その銃が放つ大口径の7.62mmラジアン弾が翼に何発か当たる。翼だけではなく、透き通るような肌が銃弾が掠めた痛々しい跡を残していく。
「馬鹿っ!」
歯を食いしばりながら痛む右手でレミリアを掴み陰に引き寄せる。翼に空いた穴や腕の傷は焼け石にかけた水のような音を立てて塞がる。吸血鬼が故の回復力であろう。
「今私のことを馬鹿と罵ったわね!後で覚えてなさい!」
「無事にこの場を過ごせたら喜んで受けますよ!それと今はこちらを!」
浦部は自分のベレッタをレミリアに押しつける。押し付けられたらレミリアは渋々浦部のハンドガンを手に取る。大柄な西洋人向けに作られたベレッタはレミリアのような幼い娘には非常に大きなものだが吸血鬼だから大丈夫だろうと思った。押しつけるのは抵抗があるが今は仕方がない。それよりも、見た目こそ幼いものの、それにそぐわぬものを背負っているような気がしてやまない。そうでなければ声だけで心を寄せるようなものを持っていなかったであろう。
そして掃射が鳴り止む。ところどころで弾倉を交換してリロードする音が静かな林に響く。
すると男がひとり物陰から迫ってくる。やがてレミリア達と目が合う。
しかし声を上げることはなかった。手早く浦部が男の頭を掴み、隠れていた岩にぶつけ、軽い脳震盪になった男を後ろから首を締め上げ、コキッという音でとどめを刺す。絶命の証拠に握っていたマカロフが落ち葉にふぁさっと落ちた。
動くなら今しかない。浦部は死体から無線機をくすねとり、マカロフを拾い上げてレミリアの背中をぽんと叩いて目の前を指す。
「走ってください!」
「あーもう!最悪!」
岩陰から飛び出して走り出した二人の足下を鉛玉が土や落ち葉を巻き上げて耕していく。どこまで逃げればいいのかわからないが、とにかく振り切らない限り、少なくとも明日は来ないだろう。
レミリアが先に行き、浦部が追っ手をマカロフで牽制する。左手で撃ったことはあまりなく。狙いすらままならなかったが、それでも男達への威嚇射撃程度にはなった。
テコ入れ済み(2015・5・23)