峠の一本道は非常に暗く、まさしく一寸先は闇を体現している。その中を一台の大型バイクが自慢の唸りを響かせて闇の中を駆け抜ける。スーツ越しにわかる冷たい風が身に刺さる。それでもスピードは増すばかりで、アドレナリンが巡る体で熱く火照っている浦部からしたらどうだっていいようなことに思えた。今はまずあの追っ手から逃れることだ。足下ではアスファルトが駆け抜けていて曲がる度にそれが迫ってくる。
バイクのミラーの奥に二つのヘッドライトが見える。峠ではこちらの方がアドバンテージはあるはずだが、黒のSUV車は瞬く間に追いついてしまう。窓からはアイグオシャの手下が再び撃ってくる。しかし56式手槍の吐き出す銃弾は幸か不幸かレミリア達には当たらず路面のアスファルトや道路の壁を固めたコンクリートを穿つだけである。熟練度はひと昔のニカラグアにいたサンディニスタ民族解放戦線に雇われる傭兵並に酷かったのだ。そこに常に揺れる地面と移動する射撃地点と考えると標的に当てるのはかなりの難度だろう。それでももしもの一撃、ビギナーズラックなるものがあるため、一休みもできない。
「ちぃっ!お嬢様!」
「撃ってくださいお願いします、って言いたいんでしょ!?言われなくてもやるわ!」
叫んで後ろのレミリアはシルバーフレームのベレッタを右手に持ち左手で振り落とされないようにとしがみついている。経験者ならわかると思うが高速道路で窓を開くと物凄い風の音が耳に入ってくる。インカムやらの無線設備があれば解決だがそんなものも無いため、叫ばないといけないのだ。
レミリアは引き金を引く。そのときにレミリアの手中に収まっていた銃は弾丸が放たれると共にマイルドなリコイルキックで踊り出す。
しかし流石吸血鬼の末裔、力業で無理矢理コントロールしSUVに撃ち込む。ベレッタの洗練されたスライドが激しく前後に動くことにより吐き出される薬莢が音を立てて路面に落ちていく。
そうして銃のスライドが後ろに下がったまま止まる。弾切れだ。しかし14発全弾命中とは言えないものの、弾はSUVに乗っていた射手の肩と額、タイヤに撃ち込まれていて音を立ててパンクし、派手に横転し、パーツを散らして崖に転がるように落ちていった。初めてにしては上々だ。
「ナイスワーク!お嬢様!」
「もう弾が出ないわ…」
しかし無情にも遠くか愛国者の車は二台三台と迫ってくる。
スライドの前後運動が止まり火薬臭い薬室の開かれたベレッタを凝視しレミリアは呟いた。浦部は的確にアドバイスしながらスロットルを捻りコーナーを抜ける。
「腰のベルトに差してあります!使い切った分はこちらに渡してください!」
「わかったわ!」
レミリアはまだ指で数えるほどしかリロードをやっていなくて手間取るが落ち着いて確実に空の弾倉を抜き出し、フルロードの弾倉を叩き込む。
空になった弾倉を浦部に手渡す。幸い高速コーナーだったが故にすぐに手をさしのべて浦部は受け取りポケットに押し込んだ。捨てないのは貧乏性なのもあるが薬莢以外に証拠を残したくないからだ。
「次で最後のマガジンです!」
「そんだけ!?少なすぎよ!」
「横付けしますからそのときに運転手を!」
「無茶苦茶よ!」
たった今撃つという行為を行って銃の練度なんてあるわけがないレミリアにはきついオーダーだ。しかしそう叫ぶレミリアの脇をライフル弾が音を立てて突き抜けていく。それが決め手となったのかレミリアの決断は早かった。
「仕方ないわね、もうやってやるわ!」
「行きます!」
ブレーキを踏み込みSUVの隣に下がる。反射的にレミリアはやけくそに狙いを定めて撃ち込む。弾は手前の射手と運転手に当たる。コントロールを失ったSUVは不気味なジグザグ運転の後にガードレールに当たる。
「やってやったわ!」
「何発残ってますか?」
「気にしてられないわ!とにかく飛ばして!」
「かしこまりました!」
すると遠くに橋の奥で道路を封鎖していてる連中がいた。間違いない、愛国者の奴らだ。橋の下は高速道路、彼らのバリケードは避けられないことはなさそうだが難しいだろう。
すると道路脇に土が盛られているのを確認する。正直、イカれてはいる方法だが、やるしかない。
「年貢の納め時じゃないかしら」
「お嬢様を奪われた彼らがそれに値すると思います。」
「どういうこと?」
不敵な笑みを浮かべてさらに加速する。逃げ切るには思いっきりやらなくては。
「お嬢様なら責務を果たせない部下はどうしますか?」
「最悪クビね。」
「そういうことです。」
橋は刻一刻と近づいている。文字通りの挟み撃ちだ。だが一か八かの賭に出ざるを得ない。
「しっかり掴まっててください!」
スロットルをひねり高鳴るエンジンの駆動はさらに激しさを増し、盛られた土をジャンプ台のようにかけ上がり、宙を舞う。
バイクは56式により形成された弾幕の波に飲まれるも不思議と弾から避けていくように見えた。理由はわからないがともかく無事に逃れ幸運にもダイレクトに路面に叩きつけられることなく、大型トラックの荷台に乗る。アプローチも斜めだったのだ。まるで映画のワンシーンのような偶然と御都合主義に思えるような奇跡が実現したのだ。とにかく、助かったことに変わりはない。
「やるじゃない。」
「恐縮です。」
これで一息つけると大型トラックから降りてバイクのみで気高いエンジンを聞きながらハイウェイを駆け抜ける。
「そういえばまだ貴方の名前、聞いてなかったわね。」
「浦部正武です。」
「正武、ね。以後よろしくお願いね。それとこのガラクタ、気に入ったからしばらく持ってていいかしら?」
その要求にはもう快諾するしかなく、全速力でバイクを東京から一番近いサービスエリアに入った。
その後、途中から乗ったので高速料金を支払えないがためサービスエリアでバイクを乗り捨てた。奇跡的にバイクの傷はほとんどなく、持ち主の心配はいらなさそうだ。公衆電話でバイクについて警察に報告したのち血の付いたジャケットの上着をゴミ袋に押し込み早急にレミリアを連れて高速を降りた後にタクシーを拾い、自宅へと足を向けた。
東の空は明るみを帯びていた。
お詫び:
先日投稿した第五話(以降旧第五話)が第四話と全く同一のものなっていました。この場をお借りして、謝罪の意を表したいと思います。
このミスは旧第五話を削除したうえで早急に本作を挙げることで対処いたしました。
拙いものですが、今後とも、極東現想録を宜しくお願いいたします。
テコ入れ済み(2015・5・23)