君に見つけて貰うまでの物語   作:新世界

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歌姫の変化

「わっ、珍しい……」

 

 とある日、適当にそこらを散歩していると、エンジン音と共に移動販売の車が目に入った。

 生クリームたっぷりのイチゴのクレープがプリントされたワゴン車は、歩くようなスピードでゆっくりと走っていた。

 私は物珍しさと怖いもの見たさで迷うことなく、その車へと駆け出していった。

 財布片手に大きく手を振って。

 

「おやまぁ、歌姫様じゃないか。こりゃ張り切って作るとしますかね」

 

 私の対応をしたのは人の良さそうな若い女性だった。

 車の運転席には男性の姿もあり、二人は夫婦で気儘にクレープ屋をやっているのだと言う。

 うちの家内のクレープは絶品だぞ、と笑う男性に此方まで胸が温かくなる思いだった。

 スペシャルストロベリークレープと、折角なので夕飯用に惣菜クレープのツナサラダを注文し、クレープを焼き始めるのを眺めていた。

 

「そういえば聞きました? こないだの地震のせいで向こうで地殻変動が起きたとか」

 

 淀みない手つきで調理を進める女性の言葉に、私は小さく頷いた。

 そう大きな地震ではなかったけれど、向こうの海を渡ったリゾート地の奥、とあるラボが建設された地域が相当の被害を受けたそうだ。

 なんでも場所によっては溶岩すら露出しているとか……。

 ……それは、まるで世界の終わりのような光景だろうと、そう思った。

 

「すぐ北のほうじゃ物凄い寒気で家が丸ごと凍った……なんて話もあるみたいで……正直あんまり信じてなかったのだけど、この星が終わるっていうのも間違いじゃないのかもしれませんね」

 

 女性はそう言うが、あまり怖がっている様子はなかった。

 まぁ、この星に残っているという事は覚悟を決めているのだろう。

 男性のほうも特に気にした様子もなく、運転席から出て包装紙を用意していた。

 肝がすわっているというかなんというか……。

 

「むしろ、私達からすれば歌姫様が船団について行かなかった事が意外ですけどね。貴女の功績なら新天地でそれはそれは良い生活が送れたのではないですか?」

 

 そう悪戯っぽく笑う女性に、私は曖昧な笑みを返した。

 特に壮大な理由がある訳じゃない……無理矢理言葉にするならなんとなく残った、そんな程度の話。

 私は適当にはぐらかしながら、完成したクレープにかぶりついた。

 ふわふわの生クリームと甘酸っぱいイチゴを、ほんのりと甘く柔らかい生地が包んでいる……。

 

「んっ……美味しい」

 

 女性は私の言葉に嬉しそうに笑った。

 クレープを頬張りながら、私は二人が宇宙船に乗らなかった理由を聞かされていた。

 単純明快、どうなるかわからない新天地で子供を育てたくなかったのだという。

 愛おしそうに腹を撫でる女性に、私は思わず笑みを浮かべた。

 

「確かに……見つかるかもわからない新天地より、地に足つけていたいですよね……はぐっ」

 

 最後の一口を放り込み、ペロリと唇を舐めた。

 女性は同意するように深く頷いて、咀嚼する私を嬉しそうに眺めていた。

 女性はそのまま手早く、もう一つのクレープも作り上げる。

 持ち帰り用の紙袋に投入されたそれを差し出した女性は、そこで何かを思いついたかのように唐突にパンと手を叩いた。

 

「そうだ! この子が産まれたら、名付け親になってくださいませんか? これも一つの縁と思って!」

 

 思わず、えぇ?という言葉が私の口から漏れた。

 今日会ったばかりの私に何を、と思い男性のほうに視線を向けるも、そこには納得の色があった。

 何故、と思うも……一応有名人ではあった自覚も相応にはある。

 貴女の歌は昔から好きなんです、という夫婦の頼みを断るのは……ちょっと憚られた。

 

「…………はぁ、わかりました。ただすぐには思い付かないので……産まれるまで考えさせてください」

 

 途端に二人は花が咲くような笑みを見せた。

 ……何がそんなに嬉しいんだか。

 私は八つ当たり気味に追加でチョコバナナスペシャルを頼んだ。

 嬉々として調理を始める夫婦を眺めながら、私は思い出していく……作詞の時に参考にしたいくつもの文献、インスピレーションの為に呼んだ物語……。

 

「人の、名前かぁ……」

 

 少なくともこの場で決められるようなものじゃないなぁ。

 帰ったら家の書庫をひっくり返し、色々と読み直して……モールの本屋にでも行って姓名判断の本でも探そうと、そう心に決めた。

 女性のお腹はまだあまり目立つ程膨らんでいないけれど、産まれそうになる、または産まれたら連絡すると連絡先を交換し、新しいクレープを受け取った。

 偶然か幸いにも二人の家は私の家から隣町くらいの距離にあるようなので、その時には遊びに行くと約束し、私はクレープを頬張りながら帰路につくのだった。

 

「……ふぅー……ちょっと安請け合いしちゃったかなぁ……?」

 

 ……新たな命の名前を決めるなんて、責任重大な事を請け負ってしまって、少しどころではなく気が重い。

 けれど同時に、少し誇らしく……嬉しくも感じていた。

 人の営みはこのまま緩やかに衰退していくのだと思っていたから、新たな命を育む人達がいる事が……喜ばしかった。

 この星の未来は……予言が正しいなら、私が夢見た未来が変わらないのなら、真っ暗なのかもしれない。

 

「でも、もしかしたら……夢見た彼のように、全てを救ってハッピーエンド……なんて事になるかもしれないよね」

 

 それはあまりにも楽観的な考えだったけれど、不思議とそうなる未来の可能性を捨てきれなかった。

 ……正直に言えば船団が旅立つ時、ついて行かなかった事をちょっとだけ後悔していた。

 それは、次元を越えていった先に彼と会える可能性を感じていたから。

 もしかしたら、そうして会えた彼が、私達を全てを丸ごと救ってくれるかもしれないって、そう思ってしまったから。

 

「…………なんて、ね」

 

 あまりにも甘い考えだ。

 彼に頼りきりな、あまりにも軟弱で惰弱で……甘ったれな考え。

 口の中で暴れるチョコと生クリームとバナナのように、あんまりにも甘すぎる。

 全て他人任せで救って貰おうなんて……そんなの罷り通る訳がない。

 

「……さ、帰ろ帰ろ」

 

 傾いてきた日を見て、帰る少し足を早めていく。

 空を見上げればうっすらと星が瞬き始めている。

 そんな空を見上げて……それでも、と、私は胸を押さえた。

 とくん、とくん、と胸の奥で鼓動が鳴る。

 

「…………彼に会えるなら……行きたいな。時空も次元も……何もかもを越えて」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「博士!」

 

 そう呼ばれた存在は、デスクにうつ伏せでいた姿勢からガバリと体を跳ね上げた。

 ボサボサで白髪交じりの長い金髪が揺れ、羽織っていた白衣がバサリとはためいた。

 

「んぁっ!? 失敬、いつの間にか寝ていたようだ」

 

 口元を拭いながら、半分開いた瞳で声をかけた存在を見返した。

 まだ年若い『博士』と呼ばれた女性は、頭に乗った丸メガネをかけなおし、取り繕うように笑みを浮かべた。

 揺らいだ体がデスクにぶつかり、デスクの上に乗っていた定規やコンパスがガチャリと音をたてた。

 

「その、先日お願いした件の進捗は……どうでしょうか」

 

「んー……あー、アレね。アレアレ……えー……順調ではないね。あんまり」

 

 『博士』はその問いに苦笑を返した。

 先日頼まれた件とは、彼女にとってあまり考えた事も取り組んだ事もない分野の話であり、難航していたのが正直な話であった。

 困ったようにこめかみに人差し指をあてた『博士』は、首を傾げながら言葉を続ける。

 

「『歌うAIが欲しい』という話だがね……サンプルが本当に歌だけで、新しい歌までも作り上げるようなものが欲しいとなると……流石にこの天才たるワタシでも二の足を踏まざるを得ないのだよ」

 

 『博士』が空に手を翳せば、突然いくつもの半透明な薄っぺらな四角……無数の文字が刻まれた画面が浮かび上がる。

 それを『博士』に声をかけた存在は僅かにも理解出来ない。

 

「これは君達の乗ってきた宇宙船に搭載されたAIを改良したものなんだが、自己修復及び自己進化、対応する人がいなくなろうと搭乗者の生命を優先させる自己判断能力……エトセトラエトセトラ……それらの改良は翌日には終わっていたんだが……」

 

 そこで言葉をきった『博士』は首を体ごと横に傾けた。

 

「ちょっとねぇ、作詞作曲までとなるとサンプルが足りなすぎるよ。……搭乗者のメンタルケアだとかいう話だったが、本当に必要なのかな?」

 

 その言葉に閉口する目の前の存在へと、『博士』は少し気まずそうに言葉を続ける。

 

「……勘違いしないで欲しくないのだけどね、ワタシだって君達協力者の希望は出来るだけ果たしたいのだよ? だがね、君達の宇宙船の搭乗者なんて()()()()()()()()じゃないか。そんな者達を気遣う機能だなんて、無駄ではないのかな?」

 

 逆方向へとぐんにゃりと体を傾けた『博士』は、不本意だと顔を歪ませていた。

 眠り続ける者達へのメンタルケア、『博士』には理解出来ない事だった。

 だが、目の前の存在は閉口したまま……けれど真っ直ぐ『博士』を見つめたまま、視線を反らそうともしない。

 

「…………やれやれ、わかったよ。もう少しやってみるさ。君達のお陰で、我々の次元移動技術は飛躍的に発展したわけだからね。それに、まあ、出来ませんとただ諦めてお手上げとするのも……天才たるワタシとしては看過出来ないからね」

 

 チラ、と『博士』が目を向けたのは白と黒の鍵盤。

 歌うAI作成に必要かと掻き鳴らしてみた事もあるものの、あまり良い成果には繋がっていない。

 『博士』は体を起こしながら、おもむろに白衣の内側をまさぐり始める。

 取り出したのは金色の懐中時計、パカリと開いて中を見つめると小さく頷いた。

 

「まぁ、ああは言ったが、もう少しワタシに任せてくれたまえよ。まだ試していない手段がいくつかあるからね。君達の要求値に達するものを作り上げてやるともさ。この、天才たるワタシがね!」

 

 バサリと白衣をはためかせ、『博士』はニヤリと笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ふむ、ああは言ったがさあてどうするかな」

 

 協力者が去り、静かになった研究室で『博士』はドカリと椅子に座り込んだ。

 白衣の下、シャツ1枚のみでいる彼女は、白く細い脚を組んで思考を続ける。

 手を振れば宙にいくつもの青白く光る画面が浮かんでは消えていく。

 それらに刻まれた文字を見て、『博士』は口をへの字にして唸った。

 

「うーむ……やはりサンプル不足だよ……これでは作詞作曲する歌うAIなどは夢のまた夢だ。……はてさて、どうしようかな~っと」

 

 カタカタとデスクを叩く度に、星の模型が揺れた。

 『博士』はふと思いついたように、目についたデスクの上の望遠鏡を覗き込んだ。

 当然その先には壁しかないが、手を何度か動かした後に指を鳴らせば、不思議な音とともに望遠鏡の先で空間が裂けた。

 裂けた空間は星を形作り、開いたその先は……。

 

「……ふむ、ふむふむふむふむ……成程ね」

 

 『博士』は何かを見つけて、何度も、何度も頷く。

 その手にはいつの間にか、星を模した杖のようなものが握られていて、淡く光を放っていた。

 

「いいね、成程、効率的だ。管理AI.0を起動。素材採取ドローンを用意して、次元跳躍の準備。目的地は……」

 

 ニヤリと笑った『博士』のメガネがキラリと光る。

 デスクの上に何故か置いてある風見鶏が、風もないのにカラカラと回った。

 

「彼の協力者達の故郷だ」

 

 『博士』の目には、次元を越えた先で、ポツリと立つ女性が映し出されていた。

 空を見上げ何かを願う女性のその思いが、願いが、夢が……『博士』の持つ星に刻まれていく。

 

「さぁ、アナタの願いも……ワタシが叶えてあげよう」

 

 『博士』は望遠鏡から目を離し、小さく呟いた。

 

「…………レディ……」

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