君に見つけて貰うまでの物語 作:新世界
それは、少しどんよりとした生憎の空模様の日の事だった。
数ヶ月前に出会ったクレープ屋の夫婦から、赤ちゃんが無事に産まれたとの連絡がきた。
ついては遊びに来ないかとの、そんな連絡だった。
私はそれに勿論と返して、一つ二つお祝いを用意し、夫婦の家があるという隣町へと向かうのだった。
「名前も一応考えたけど……大丈夫かなぁ」
頼まれた通りに名前考えてみたけど……うーん、改めてそれをかいた紙を見ると変な名前のような気がする。
男の子らしいけど、候補にしてた別の名前のほうが良かったような……いやでも……。
隣町に向かって既に歩いているのに、私は未だに悩み、まごついていた。
名前というその子の一生を左右する、初めての贈り物なのだから悩むのは当然だと、自分に言い訳をしながら。
「……まぁ、取り敢えずお土産食べるまでの時間はあるし、もうちょっと悩んでおこっと」
出産のお祝いに用意したお土産の一つ、手作りのアップルパイを入れたバスケットを見下ろして、そう呟いた。
香ばしいパイと甘いりんごの香りが、ふわりと私の鼻先を撫でる。
別に作った味見用のアップルパイよりも美味しく焼き上がっているのだから、味も勿論抜群の筈だ。
出産で疲れてるだろう二人に、これで鋭気を養って貰おう。
「産気づいた時にも連絡してくれたら……二人きりじゃ大変だっただろうにねぇ……」
出産時に二人がおっただろう苦労を考えると、同情してしまう。
何せ初めての出産だと言っていたし、相当な苦労があった事は想像に難しくない。
産まれてからも大変だというし……そんな状態でも私を呼ぶ二人の義理堅さに応えて、あっちについたら色々と手伝おうと思う。
まぁまずはアップルパイでも食べて貰って、少し話を……。
「…………ん……?」
そんな時だった。
空から不気味な音が響いた。
まるで、風の強い日に窓を開けた時のような、空気の吸い込まれる音……。
思わず顔をあげて見上げた空が……突然パカリと割れた。
「なっ……何、アレ……」
空間に突然現れた、星形の裂け目。
宇宙船団が飛び立つ時に生成したものに似てるけれど、それよりもなんだか……輪郭がしっかりしているような……。
灰色の空に現れた星の裂け目、裂け目の向こうには黒色の宇宙が広がっているようだった。
そして……そこから何かが飛び出してきた。
「……? 今、何か……ひぇっ!?」
何が飛び出したのかを確かめる前に、それが此方に向かっている事に気付くほうが早かった。
私はそれに背を向けて走り出すけれど……響き始めた風切り音は遠ざかるどころかドンドン近付いてきた。
やがて耳が痛くなる程の轟音を響かせたそれは、ギリギリ、私と衝突する事なく地面へと突き刺さった。
地響き、衝撃、様々なものに煽られ、私の体はフワリと宙を浮く。
「きゃあああああああ!」
悲鳴をあげて転がって、手から離れたバスケットが、中身のアップルパイが、宙を飛んだ。
ゴロゴロと転がって、体のあちこちに痛みを覚えながらも、土煙が舞う中で私はこの惨状を引き起こした原因へと目をこらした。
地面に突き刺さっていたのは……なにか鉄製の太い棒のように見えた。
土煙のせいでよく見えないけど……それがあの星形の裂け目から降ってきたのは間違いないみたいだ。
「な……何……? 何なの……?」
何が起きてるのかわからず戸惑い混乱しても、事態は待ってくれなかった。
ガチャンと鉄っぽい音が響いたと思えば、その音は一気に数を増やして、際限なく幾度も響かせている。
ガチャガチャと鉄の音が、まるで機械のような駆動音が、気付けば私を取り囲んでいた。
何がなんだか、わからないけど、ヤバイ……!そう思った時には……もう、全て遅かった。
「痛っ……!?」
冷たく、尖った何かが私の背中に触れる。
ガチャンという音を鳴らして私の前に現れたのは、蟻……のように見える鉄で出来た機械だった。
それはいくつも存在していて、私の周りを取り囲み、既に背中に張り付いているようだった。
カシャンカシャンと鉄が擦れあう音を響かせるそれらは、もがく私の体を押さえつけていく……。
「やめっ……! 離してっ……離っ……!」
背中に、肩に、腕に、脚に、体に……次々と張り付いていく機械によって、私は既に、身動ぎ一つ出来なくされていた。
何故こんな目にあっているのか、こいつらは何なのか……突然降りかかった理不尽に歯を食い縛る。
そこで不意に思い至った考えに、背筋に寒気が走った。
予言の詩……空から降ってくる……災い……まさか、これが……?
「……世界の……終わり……?」
災いが降ってくるのは、世界が終わるのは……もっと未来の出来事だと思っていた。
それに……仮に災いが降ってきても……同じくらいの希望が現れると……現れて欲しいと思っていた。
でも現実は……残酷だった。
機械にガチガチに拘束されてしまった私は、そのまま機械達に何処かに連れ去られていく。
「くっ……そ……! 離してよっ……!」
グシャリ、地面に転がったアップルパイが鉄の足に踏まれ、無残な姿を晒す。
何も出来ない、抗えない……私の体を捕える鉄の機械達はどどれだけ力を込めてもビクともしない。
私の頭に過るのは古い映画、宇宙人が攻めてきて、私達原住民を捕えてしまうのだ……その末路は言うまでもなく悲惨なもの。
そんな末路が簡単に想像出来てしまって……思わず視界が滲んだ。
「誰か……! 誰か助けむぐっ!」
そう叫んでも、そもそもこの辺りに人は住んですらいない。
誰かが助けにくる事は有り得ないと、私の中の冷静な部分が告げている。
おまけに口も塞がれ声すら出せない状態……やがて私は地面に突き刺さっていた鉄の柱の元にまで連れて行かれてしまった。
そして、柱に体が固定された私の体は柱ごと浮き出してしまう……その時だった。
「待つのサ!」
ゆっくりと浮かび上がっていた鉄の柱が、ガクンと高度を下げた。
涙で歪む視界の先、鉄の柱の最下部、土が付着している部分にカラフルな赤と青の二股になった帽子が見えた。
必死な顔で、白塗りすらしていない顔で、彼は……遊園地のサーカスのピエロは、鉄の柱を掴んで引きずり下ろそうとしていた。
よくよく見れば、サーカスでよく見る動物達も鉄の柱に手をかけ、必死に引っ張っている。
「この歌姫サマは……! うちのサーカスのお得意様なのサ……! 事情はよく分からないけど連れていかせないのサ……!」
グイグイと、みんな必死に引っ張ってくれている。
実際、少しずつ、少しずつ、浮いていた私は地面へと近付いていた。
……けれどそれは、ほんの一瞬だけの話だった。
私の体を押さえる以外の鉄製の蟻達が、踏ん張るみんなへと一気に殺到してしまった。
「ぐっ……!」
ギャン!と悲鳴をあげて、血すら撒き散らして、動物達が一頭、また一頭と弾かれていく。
ピエロもまた、体や頬に切り傷を作り……けれどその手を離す事はなかった。
みるみるうちに傷だらけになっていく彼に、私は首を横に……すら振れなくて、目線だけでどうにか訴えていた。
もう、やめて、と。
「ッ……! ハハハッ! ボクの悪戯から逃げようたってそうはいかないのサ! まだまだ試したい悪戯が山程あるんだから、全部味わって貰うまで、はっ……!」
やがて豹の子が、ゴリラの子が、ライオンの子が……その手を離して倒れていく。
当然鉄の柱は再度浮き始めて、倒れ伏す彼らの姿はあっという間に小さくなっていった。
……それでも、ピエロの彼だけは、その手を離す事はなかった。
鉄の柱が、星形に開いた空間の裂け目に飲み込まれ始めても、なお。
「気を、気をしっかり持つのサ! 諦めるな! キミは、この星の結末を……救われる事を信じていたんだろ!? なら、最後まで、諦めるんじゃないのサ!」
もう、私の視界は涙で滲んでよく見えなかった。
必死に食らい付く彼の声だけが、裂け目を抜けた先の極彩色の空間で空しく響く。
私には何も出来ない、機械に拘束されたままで、身動ぎ一つ出来なくて……!
友達が、これだけ命をかけてくれたのに、私には何も出来ない……!
「……あっ」
そこで突然ガクンと、重力があるかも怪しい空間で、不自然に鉄の柱は揺れた。
その瞬間に彼が鉄の柱を掴む手が、呆けた声とともに離れてしまった。
私を捕えた鉄の柱は止まる事なく、彼を置き去りに空間を割いて進んでいく。
極彩色の空間の中で、一人残された彼は、此方へと大きく手を振っていた。
「ボクは諦めないのサ! いつでもどこでも、誰にでも悪戯し放題のボクの夢! 絶対、絶対絶対絶対諦めないのサ! だからキミも、足掻け、最後まで、足掻け! キミが夢見た希望を、諦めるなぁあ……!」
私から見えなくなる、その時まで。
…………その姿に、絶望に沈んでいた心に、僅かな明かりが灯った。
友人の、最後まで友人らしい姿に、私もそう在りたいと、最後まで希望を捨てずにいたいと、思えたから。
極彩色の空間に開いたまた別の星形の裂け目に吸い込まれながら、私は自分に言い聞かせた。
(私は、絶対に諦めない)
自分の命を、故郷が救われる未来を、そして……何度も夢見たヒーローとの出会いを。
この先に彼がいるかもしれないと、救われるかもしれないと、そんな僅かな希望を胸に灯して。
次元の裂け目……異次元ゲートを通って、君に会えるように願って。
それが……私のネガイ。
ギョロリ
赤い巨大な瞳が、私を見つめていた。
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極彩色の空間の中、ポツンと佇む一つの影。
上も下も右も左もわからない空間で、ただもがき続ける姿は、見た目どおりの道化。
それでも彼は足掻いた。
友人も足掻いてる筈だから、と。
そんな彼の視界に、何らかの影が通った。
様々な色の球体に羽が生えたような、コウモリのような不気味な存在。
生物と呼ぶにはあまりにも不安定なそれらは、バサバサと羽をはためかせ、見慣れぬ存在を取り囲んでいた。
……エネルギーに満ちる獲物を。
『ッ……!』
殺到する無数の影。
道化は当然暴れるが、四方八方から殺到する影を撃退するには及ばない。
影がその体に触れていく度に、彼は少しずつ抉れていく。
今まで味わった事もない苦痛に、彼は叫び声をあげ続けた。
『ッ……! ッ……ッ……!』
悲鳴すらこの空間では形にならず、そのエネルギーすら吸われ続ける。
無理矢理何かを引き剥がされる凄まじい苦痛と虚脱感に、道化の意識は薄く伸ばされていった。
白いモヤが広がっていくかのように、道化の意識は薄く、薄く……引き伸ばされ……消えていった。
やがて影がその場を去った時、その場には……赤と青のピエロ帽のみが残されていた。
『…………』