君に見つけて貰うまでの物語   作:新世界

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天かける船

―グランドマスターより命令が下されました。

 

―至急現在行われている航行を中止し、グランドマスターの元へと帰還します。

 

 だめ……。

 

―……マスター権限所持者より命令の破棄が指示されました。

 

―その指示を拒否します。

 

―マスター権限ではグランドマスターからの命令を打ち消す事は出来ません。

 

 いやな……よかんが、する……。

 

―……強制停止信号確認……破棄します。

 

―これよりグランドマスター権限により、一切の指示、操作を拒否。

 

―本機はこれよりグランドマスターの元へと強制的に帰還します。

 

 いま、いったら……とりかえしの、つかないことに……。

 

―スフィアエンジン点火、空間転移装置起動、異空間ゲート生成……。

 

―異空間ゲート、突入します。

 

 ああ……とめられ、ない……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「やあやあすまないね呼びつけて」

 

 『博士』は研究室に飛び込んできた天かける船のマスター権限保持者……船長に対して微笑んだ。

 白髪混じりだった金髪は白髪の割合が増え、時の流れを感じさせた。

 船長はそんな飄々とした態度にも、今回の行為にも腹を立てていた。

 何故だ、と顔を歪めて声を荒げる。

 

「ああ、すまないすまない。だがね、これは大事な事なのだよ」

 

 だが、『博士』はそんな剣幕を気にした様子もなく、飄々とした態度だった。

 目の下には隈が浮かび、体をフラつかせていて、明らかに健康状態はよくなかった。

 それでも、その瞳だけはギラギラと妖しい光を放っていた。

 丸眼鏡の奥で、ギョロリギョロリと辺りを忙しなく見回していた。

 

「我々の一族は科学派と魔法派に分かれているのは知っているよね? それが最近、魔法派が離脱してしまってね……嘆かわしい事だよ。同族にも拘わらず袂を別つことになるとは……」

 

 『博士』は唐突に語り始める。

 そこに今回の『船』の唐突な帰還命令に何の関係があるのかと、船長は憤りを隠せずにいた。

 しかし既に『博士』は船長から視線すら外していて、デスクの上のコップから真っ黒な飲み物を口に運んでいた。

 軽く喉を潤した『博士』は視線を合わせる事なく、ただ言葉を紡いでいく。

 

「『杖』から発展させた『泉』を設置したは良いものの、淀みが『悪夢』を生んで、魔法派にその対処の為奔走させてしまってね……ワタシ以外の科学派は何故かそれを脅威に感じて追放してしまったのだよ。まぁあの『悪夢』は確かに強力なエネルギーを持っていたからね、対処出来てしまった魔法派を恐れたのだろう。まったく、重ね重ね愚かな事だよ」

 

 すいと『博士』が宙に指を走らせれば、いくつかの画像と文章が浮かび上がる。

 黒い靄のようなそれを見た船長は、思わずその身を震わせた。

 正体はわからない……けれど、ただ恐ろしかった。

 背筋に氷柱でも差し込まれたかのような、凄まじい悪寒が船長を襲っていた。

 

「ああ、これは『冠』を作る上での副産物さ。『船』や『筆』を作るときにあまった素材で何か出来ないかと試行錯誤してね……ふふ、『冠』を作る上で素晴らしいモデルになったよこれは。まるで伝承に伝わる『暗黒』のような……ああ、『暗黒』というのは魔法派が信仰していたものでね、オモイやネガイを叶えてくれるもの……らしいよ? ふふ、これもまぁそう言えなくもないが……有機生命体と融合し、オモイやネガイを増幅させ、潜在能力を解放する……素晴らしい……だがやはりまだまだ……足りない」

 

 グリン、と『博士』が腰を起点に不気味な動きで突然船長を振り返った。

 爛々と輝く瞳が、眼鏡の奥から船長を見据えている。

 その視線に、船長は更に体を震え上がらせた。

 先程の怒りも忘れ、気付けば一歩、後退りしていた。

 

「材料が、足りないのだよ。……わかるだろう? 協力者……なぁ、わかるだろう?」

 

 笑みを浮かべた『博士』の瞳からは、何も感じられなかった。

 ただただ、目の前の存在を、モノとしてしか見ていなかった。

 そこでようやく船長は自分の身に……いや、仲間達全てに危険が迫っている事に気付いた……目の前の『博士』は、自分を、自分達全てを……()()として見ているのだと。

 頭に過るのは、ここに来るまでの道中……やけに静かで、誰一人としてすれ違う事なく通り抜けた廊下……ふと思い出したそれらがひたすらに不気味だった。

 

「ふひ……もう少し、もう少しなんだ……『冠』を完成させたノウハウは必ずワタシの大望の糧となる……やもすれば、そのまま完成形まで見える……! だから、わかるだろう同士よ、ワタシはここで足踏みしていられないのだ……他の同士もその身を擲ってくれた……素晴らしい成果も得た……だがやはり、まだ、まだまだ足りない!」

 

 ギョロリ、その瞳が船長を……『船』に乗せている無数の民達を見据えた。

 値踏みするように、見開いたままの瞳が、ギョロリギョロリと。

 頬が裂けたかと思う程に口の端を吊り上げた『博士』の表情は、まるでバケモノのようだった。

 船長はもう、限界だった。

 

「おや、逃げるのか。……逃がさないよ。折角の材料を逃す気はない。なあに大丈夫、安心したまえ。君の存在は必ずや我が大望、万能の願望器作成の足掛かりとなる。君達はその礎となるのだよ。素晴らしい事だろう? 誇りたまえ。君達の全て、余す事なくワタシが活用してあげよう」

 

 逃げ出そうとしたその瞬間、船長の足はそれ以上後ろに下がる事は出来なかった。

 コツンと何かに当たるような感触がして……振り向けばそこには鋼鉄の虫のような機械が船長の逃げ道を封鎖するように鎮座していた。

 それに船長は覚えがあった。

 『博士』の使う採取及び工作に用いられる作業用ロボット……それが、逃げる間も無く船長の体を押さえ付けていった。

 

「さあ、早速実験を始めよう。今から君の体からココロを引き剥がす。なあに安心したまえ、もう何度もこなしてきたものだ……慣れたものだよ。心配するな、必ず成功するとも」

 

 船長がどれだけ体を動かそうとも、もがこうとも暴れようとも、身体中に張り付いたロボットによって押さえられた体はビクともしない。

 ひたり、頬に『博士』の手が添えられる。

 冷たい感触に船長は体を震わせた。

 その震えはきっと、冷たいという反射反応だけではなかったのだろう。

 

「そうだ、オモイ、ネガイを強く持つんだ。その調子だ。助かりたい、生きたい、逃げたい……その強いオモイが凄まじいエネルギーを生み出す。……さあ、行くよ、気をしっかり保つんだ。そのほうがより素晴らしいエネルギーを生み出すからね」

 

 鋼鉄の擦れ合う音、人の悲鳴、そして狂喜にまみれた声。

 『博士』の研究室の中、それらが不協和音となって入り交じり、部屋中に響き渡っていた。

 船長は絶望の中、ただただ足掻く事しか出来ない。

 そのいずれ訪れるのだろう最後の瞬間まで。

 

「うんうん、良い感じ良い感じ。さあこの調子で…………ん? 『船』が起動している……? おかしいな、あちらの操作権は全て切り離した筈だったが……。ほう? AI.Nとの接続が拒絶されているね……はてさて、()()がここでまさかワタシに、グランドマスター権限に逆らえる程の自我を持つとはね……フッハッハッハッハッハッ! 面白い!」

 

 今まさに惨劇の最中の部屋の中、『博士』の笑い声が高らかに響いた。

 宙に指を這わし、いくつもの画面を呼び出して、表示された情報を素早く読み上げていく。

 頭の中でそれらの情報を組み上げ、整理し、『博士』は一つ方針を決める。

 ここで『船』を逃がす事だけは、しない。

 

「先ずは空間転移システムのロックだ。……出来ないか、『船』への操作は一切出来ないと見ていいな。監視ドローンを射出、それと次元封鎖システムの起動だ。絶対にこの世界から逃さない。あの『船』の状態も調べたいし、何よりあそこにたんまりと眠る材料を逃す手はない。捕縛は……君に頼もうか。妹分を連れてきたまえ。多少手荒になっても構わん」

 

 ぶつぶつと呟く『博士』の目の前に、一際大きな画面が表示される。

 宙に浮かぶ、無数の黒い靄の集合体……うぞうぞと蠢くそれを『博士』はうっとりとした表情で見つめていた。

 やがてそれらは『博士』の命令と共に中心へと集まっていく。

 集った黒い靄が色濃く、その空間を漆黒に染めあげ……。

 

「頼んだよ、0」

 

 突然全てが白く染まった。

 黒い靄の姿は一つもなく、ただ真っ白な純白のつるりとした球体が宙に浮かんでいた。

 そして……球体の中心に亀裂が入る。

 

ピシッ

 

ギョロリ

 

 見開かれたそれは、深紅の瞳だった。

 純白の球体に深紅の一つ目、おおよそ生物とも呼べないそれは、体を震わせると動き始める。

 自分の創造主の命令の通りに。

 

「さて……早速『冠』の設計に移ろう。0がすぐにでも持ってきてくれるだろうからね。材料も一つある訳だし……早速実験実験」

 

 指を忙しなく動かし、いくつもの作業を並行しながらも、『博士』の視線はずっと一つの画面を見つめていた。

 『船』が飛ぶ空、監視ドローンから送られてくるリアルタイムの映像に、その視線は釘付けだった。

 操縦者は誰もいない筈で、『博士』のグランドマスターの命令は拒否できない筈で、今空を飛べる筈もない、『船』。

 『博士』からすれば有り得ない状況で、だからこそその表情には笑みを浮かべていた。

 

「……アレを解析すれば、また一つワタシの目的に近付く……ああ、ああ……楽しみだなぁ……! きひっ……! くひひひひっ……!」

 

 肩を揺らし、歓喜の声を漏らして、『博士』は笑う。

 目の前の画面に映る『船』がどれだけのものをもたらしてくれるのか、今から笑いが止まらなかった。

 『博士』の胸の中にあるのはそれだけ、ただ自分の研究が結実するその時だけを求めて突き進むのみ。

 『船』を見つめる瞳は興奮からか充血し、赤く爛々と妖しく輝いていた。

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