「ただいま。もうみんな来てるか?」
自宅のドアを開けた少年の服には、今朝から降る雪が積もっていた。
白い息を吐きながら、少年は雪を払い落としていく。手袋とロングコートを玄関にあるハンガーに垂らしていると、毛糸の暖かそうなセーターを着込んだ少女が、少年の目の前に来た。
「おかえりなさい、お兄さん。もう2人ともいらっしゃっていますよ」
少年のことを『お兄さん』と呼ぶ少女は、足が不自由なのか車椅子に乗っている。
「そうか。やっぱ仕事が片付くのが遅くてな、悪い」
「いいえ、私は大丈夫です。それよりもお兄さんこそ、外はすっかり雪が降り積もっていたようですが大丈夫でしたか?」
「はは、心配してくれてありがとな。まぁ、雪が降ったせいで道になんかあった溝に落ちくれはしたけど、怪我も無いし大丈夫かな。それよりお前は自分の体のことを大事にしろよ。さぁ、2人待たせちまってるし早く行こう」
「はい、そうですねごめんなさい・・・」
少年は車椅子の後方に付いている取っ手を持つと、そのまま奥の居間に入っていった。
そこには少年と同い年だが、童顔で年下にしか見えない男と。
少女より3歳年上だが、同じ身長しかない女がいた。
「おかえりユーリ。やっぱり仕事が遅いと思って、ゆっくり準備して良かったわ」
少年――『ユーリ』は、4人で囲むには小さな机にこれでもかと食事があるのを目にする。
「さて、みんなでご飯食べましょう」
ユーリは、少女を乗せた車椅子を机の1辺に停止させる。
「みんな、ご飯待っててくれてたのか。ありがとう。それじゃあ、いただきます」
そして椅子に座り、手をあわせると食事に手をつけた。
「おー、さすがはフォンデュ家ご令嬢『ナノ・C・フォンデュ』さま。前食べた時より料理上達してるよ」
『ナノ』という女はさも当然という態度で、腕を組んだ。
「でも今回は私だけじゃなくてね、マナちゃんも手伝ってくれたのよ。それにこのスープなんて、マナちゃんが1人で作ってくれたんだから」
ナノが指差すスープを飲むと、ユーリは芯まで冷え切った体がぽかぽかと温まるのが分かった。
「・・・おいしい。本当にこれマナが1人で作ったのか?」
少女――『マナ』は、細い腕をぴんと伸ばして自分の太ももを押すようにしながら俯く。
その頬はドアを開けた時に少し寒かったからか。紅潮していた。
「は、はいお兄さん。でもスープの作り方はナノさんから教えてもらったんです」
「いや、ナノちゃんに丁寧に教えてもらったにも関わらず料理苦手すぎて出来ないやつがここに2人もいるんだ。お前は料理の才能あるんだよ」
ユーリはお椀に口をつけてスープを飲みながら、さっきから1度も喋らない男をじとーっと見つめた。
「な、なんだよユーリ。言っとくけど僕は君より料理は得意だからな?」
「何言ってんのナーシサス。あんた私がこの前卵かけご飯の作り方を教えてあげたとき、火を使う工程一切無いのにキッチンが燃えてびっくりしたんだから」
ナノは深々とわざとらしくため息をつくと、ユーリと同様に『ナーシサス』をじとーっと見つめた。
「な、なんだよ2人して。この前は天候、時間、湿度どれをとっても卵かけご飯を作るには条件が悪かっただけだ。あれは決して僕がダメだったわけじゃない」
ナーシサスは慌てふためいた様子で、かつ最後は開き直った。
「お兄さん、ナノさん。ナーシサスさんが困っているじゃないですか。それに、ナーシサスさんは器用ですから慣れれば今度こそ卵かけご飯作れますよ」
「ふふ、良かったわね。マナちゃんに助けてもらって」
「それどころか、マナに器用と言ってもらえるとは。良かったなぁナーシサス~」
2人はにやにやしながら夕食を再び食べ始めた。
「~~~!」
ナーシサスはさっきまで白かった自分の顔を耳までを真っ赤にするとマナを上目遣いで、彼女に分からないようにそっと一瞬視界に入れる。
しかし、マナにはそのゆっくりとした動作が逆に気になったようで、ナーシサスは思わず彼女と目があってしまった。
ナーシサスは一瞬瞬きをすることを含めたあらゆる事を頭の中から忘れる――つまり『真っ白』の状態になり、意識が帰ってきた瞬間に目線を食事だけに合わせて、持っているフォークが見えないほどのスピードで食べ始めた。
「えーっと・・・」
ナーシサスのとる不可思議な態度に困惑するマナに、ユーリはくすくすと笑いながら。
「大丈夫、あの態度はあいつに取って『呼吸』みたいなものだから。一番遅く帰ってきた俺が言うのもなんだけど、冷めちゃうからご飯食べようか」
「は、はい・・・分かりました。ナーシサスさん、私に出来ることがありましたらお手伝いしますから、気軽に相談してくださいね?」
「むぐぐ・・・まむむもまみめむ・・」
おそらくナーシサス的には『大丈夫、なんともないです』と言いたかったのだろうが、無理して詰め込んだ食事のせいでまったく何といっているのか分からない。
それどころか喉に詰まってしまったらしく、自分の拳を胸にどんどんと当てていた。
「もう、喋るか食べるのかどっちかにしなさいよ。笑い殺す気?私より2つも年上なんだから、もっと冷静かつ落ち着いた態度をとりなさいよねっ」
「まったく・・・ま、ナーシサスらしいな。ほら、背中叩いてやるからこっちむけ」
賑やかな食卓は続く。
*
「ごちそうさま。とっても美味しかったよ」
ユーリは食器をキッチンの方へと持っていくと、自分の椅子へと戻ってきた。
ナーシサスは、息をするのと水を飲むのを繰り返している。やっぱり喉に詰まったのがきつかったらしい。そんなナーシサスの背中をマナはそっとさすっていた。
「はぁ・・・」
ユーリは深く息をつく。そして右手で自分の左肩をとんとんと叩いた。
「肩こってるの?よかったら私がマッサージしようか?」
「本当?ありがとう、助かる。それじゃあ肩頼むよ」
机に肘をついてユーリの様子を見ていたナノは、彼のその一言を聞くと席をたち、後ろにまわって両肩に親指の腹を押しあてた。
そして、凝っているところをみつけると、指圧の低い彼女は先程まで机についていた肘を左肩のその部分めがけて、思いっきり力を入れる。
「あーいててて・・・。まったく、まだ18だってのに体の方は爺さんみたいになってるなぁ・・・」
「そりゃユーリ、あんた仕事頑張りすぎなのよ。私のお父さんが、ユーリ君は何の文句も先輩に言わずに、仕事を残業してまでやってるって言ってたわよ」
「まぁ、ね。だってあと少し頑張れば『
ユーリは自分の左足のポケットから、財布を取り出す。そして1枚のDライセンスと彼が呼ぶカードをかざした。
そこには彼の生年月日や名前『ユーリ・ストラクト』の文字などよりも大きく『B級』という文字が印刷されていた。
「まったく前代未聞よね、その歳で『A級』になるなんて。ほんと、もうちょっとゆっくり仕事してもいずれは取れるのに」
「そりゃ弱っちいのに先輩ヅラしてるやつらにドヤ顔してやりたいってのもあるけど、やっぱお金だよな。『
ユーリはカードを財布に入れ、元のポケットに戻した。
「もうちょいマナが住みやすいように大きな家が欲しいのと、腕の良い大きな病院の先生に来てもらいたいからなぁ」
「ほんっと、ユーリは妹想いよね。でも自分の『夢』とかは無いの?」
「夢?」
ユーリは目をつむり、うーんとうなると顎に親指の腹をあてた。
「まぁ、自分の夢って今まで考えたことないな。決闘会に入ったのは正直周りの仲間がそういう流れだったからだし。っていうか『
「・・・なんかもう働いてる社会人って感じのこじんまりとした切ない発言ね」
「ぇー、まぁそうだけども。それじゃあナノちゃんは何が夢なのか教えてくれよー」
ナノは左肩から、今度は右肩の凝っているところを肘で押す。
「私はもちろん由緒正しきフォンデュ家の人間として、お父さんを超える立派な『決闘会会員』になって、悪い奴らを一人残らず牢屋にぶちこむことが夢ね」
「・・・ふむ、なるほどね。俺とする仕事は同じでも目標はずっと遠くて大きいな」
「でしょ?」
ナノは得意げな表情になると、一通りのマッサージが終わったため自分の席に戻った。
「マナちゃんはどうなの?何か将来したいこととかある?」
「私、ですか?」
顔を真っ赤にするナーシサスの背中をさする手を休めて、一瞬マナは考えた。
「私、この前ナノさんが持ってきてくれたお花の本読んで、とっても綺麗だなって思ったんです。それで・・・こんなにドキドキする気持ち、他の人にもなってほしいって。だから私大きくなったらお花屋さんになって、自分の足で世界のいろんな人にお花を届けたいです」
「へぇ・・・」
ユーリは、自分よりも5歳も年下のマナが堂々と自分の夢について語るのを見て素直に感嘆した。
ナノは、嬉しそうに微笑む。
「マナちゃんの夢、とっても良いんじゃないかしら。あと、気に入ってくれたのなら今度また別のお花の本を図書館から借りてくるわね。あそこまだまだたくさんお花の本あるの」
「ありがとうございます、ナノさん」
マナはナノに微笑み返した。
「それに比べてねぇ・・・」
「う・・・」
「ユーリはマナちゃんよりも5歳も年上の『お兄さん』だから、もっとしっかり自分の夢を持ちなさいよね」
「うぅ・・・なかなか痛いトコロ突いてくるなぁ・・・。ご、ごほん。それよりそこで赤くなっている『ナーシサス・シュヴァルツシルト』君、キミはどんな夢を持っているのかね?」
妙な教頭先生のような口調で、ユーリは椅子のうえで背中を曲げ丸まっている彼に聞いた。
「ぼ、僕は・・・いや、なんか恥ずかしいな」
「まあまあ、そんな恥ずかしがることなんてない。ここにロクに夢を持ってない俺がいるんだから、あるのなら自信をもって話せばいいさ。さあ世界に名を轟かすスポーツ選手でも、子供たちに夢を与える絵本作家でも、はたまた世界を終わらせるような悪魔の発明をする科学者でも、闇の力に
「途中から人に迷惑かけてるし・・・っていうか意味わからないうえに人じゃなくなってるわよ」
くすくすと笑うナノを横目に、ナーシサスは更にうつむいてしまった。よっぽど彼にとってこの場で言いづらい夢なんだろうか。
初めておとずれるぎこちない沈黙。
その時、家の中に唯一ある時計が、静かな4人の代わりに大きく鳴る。どうやら真夜中の12時になってしまったようだ。
「・・・もう12時か、早いな。ナノちゃん、頼みがあるんだが」
「何?」
「明日・・・というよりはもう今日だけど、久しぶりに村の病院の先生が来てくれるんだ。だからあんまり遅くまでマナを起こしてもいられない。もうマナと一緒に寝てきてくれないか?寝室は2人で使ってくれ。おっさん2人はこっちの居間で寝るからさ」
「分かったわ」
うなずくナノを見て、マナは気を遣わしてしまったと感じたようだった。
「別に私にあわせる必要なんてないですよ?それに私、もう少し起きていても平気です」
「だめだ。マナは自分の体のこと大事にするのが今一番重要なんだからな。寝るまでナノちゃんもお話してくれるから、心配しなくていいよ」
「そうよマナちゃん、明日病院の先生が来てくれるのならなおのこと早く寝ないとね。それに私もそろそろ眠くなってきてたし、ちょうど良かったわ。だから一緒に寝ましょう?」
ナノはマナが心配しないようにわざと口をおさえながらアクビをする。
するとマナは『まだみんなと一緒にいたいから起きていたい』と言いたげではあったが、こくんと頷いた。
「ナーシサスさん、ナノさん。私今日楽しかったです。明日はお医者様がいらっしゃるので会えないかもしれませんが、またお2人にお暇があればどうか私と遊んでください」
ナノはもちろん、と言わんばかりに右手でグッドサインを作り、ナーシサスは5回首を痛めそうなほど頷いた。
「それではお兄さん、ナーシサスさんおやすみなさい」
「あぁ、おやすみマナ」
「お、おやすみ」
ナノは軽く手を振り、マナを乗せた車椅子を押して寝室へと向かった。
「・・・さて、おっさん2人で話しても華が無ぇし。もう寝るか」
ユーリは椅子から立ち上がると、思いっきり背伸びをした。そして体の上にかける毛布を2枚押入れから取り出すと、1枚をナーシサスに投げて渡した。
ナーシサスは、受け取っても椅子から動こうとしない。
「ん、どうしたナーシサス。まぁ・・・まだ寝れないってんならなんか話でもすっか?そうだな・・・お前がマナに告白するために必要なデートプランぐらいなら考えてやらんこともないぜ?」
くっくっくと悪そうに笑うユーリの表情とは異なって、ナーシサスの表情は暗かった。
「ユーリ、結構重いんだろ。マナの病状」
実際、ナーシサスの言うとおりマナの病状は軽くはない。だが余計な心配をかけないようにとユーリは振舞う。
「どーしたよ急に。まあ・・・薬を毎日朝食の時に飲まなきゃならねぇから、重く見えても仕方ないか。そんでマナは生まれつき体が弱いから、車椅子もいるし。余計にマナの病状がお前に重く見えているんじゃないかな」
「・・・そうか。本当に重く見えているだけならいいんだけど・・・」
ナーシサスは目を一度強くつむると、深呼吸をした。ユーリからみるとその姿は何故か怯えているように感じられた。
ナーシサスはおそるおそる口を開く。
「ユーリ、さっきの話なんだが」
「え、さっき?」
「さっきだよさっき・・・その、ゆ、夢の話」
「・・・あぁ夢ね。やっぱりマナ関係か?」
ナーシサスは受け取った毛布をぎゅっと抱きしめて頷いた。
「聞いても絶対にマナに話すなよ?僕の夢はまだ未完成で、それでいて彼女を傷つけてしまう・・・それに、僕には尊すぎて普段なら絶対に人には言わない夢なんだ。今日マナといっぱい話できて楽しかったから。そしてお前がマナの兄貴だからこそ、俺はお前には言うよ」
「・・・なんていうか、調子狂うな。お前がそんな真剣に言うなんて」
ユーリは、ナーシサスの言葉を真摯に受け止め彼の目を見た。
「いいよ、絶対にマナには喋らないし、俺はお前の夢を笑ったりなんかしない。もしも笑ったら台所にある包丁で刺したって構わない」、
「・・・そこまで言うなんて。分かった、お前を信用する」
ナーシサスはその言葉を聞いて安心すると、立ち上がり座っていた椅子の上に毛布を置いた。
「僕の夢は。マナの病気と彼女の生まれついた体の弱さを治してあげることなんだ」
「・・・・・・!」
ユーリは心の中で少々驚いた。ユーリにとってナーシサスは自分よりもマナに接したことが少ないただの友人だ。
そんな彼が自分の生涯を決めるといっていい『夢』にマナの病気を治す事をあげてくれているのは、半分何故?という気持ちと、半分嬉しいという気持ちになった。
こういう時は、どうして他人であるのにそこまで考えてくれるのか?と聞いたほうが良いのかもしれないとユーリは思ったが、その言葉を喉より奥に押し返す。
ユーリ自身は今まで血の繋がっていない他人にそういった気持ちになったことがない。つまり、ユーリが今までに持ったことのない『恋』という感情が、ナーシサスにここまで一直線かつ一点の曇りもない事を言わせているのだろうと考えた。
「くっそ・・・」
・・・ユーリは瞳からうっすらと涙がこぼれそうになる。
こんな顔は正直見せたくない。
「嬉しいこと言いやがって・・・」
「え?」
「え、じゃあねぇよこのやろー!」
ユーリはナーシサスの首に右腕をまわして動けなくすると、左拳で彼の額をぐりぐりと回しながら押してやった。
「い、痛いよ!笑ってないから別にいいけど、何この反応!?」
「うっせー、ちょっと感動しちまったじゃねーかぁ!」
「うぅっ・・・こ、こらっ離せよユーリ!」
さすがに痛いのをこらえきれなかったのか、ナーシサスはユーリの腕を力いっぱいにはがした。
そして、ユーリの顔を見て驚く。
「って、なんで泣いちまってるんだよ!どっちかってっと君に恥ずかしさを耐えてまで言っちゃった僕が泣きたいくらいだよっ」
「いや・・・悪い悪い。どうも俺、働き出してから涙もろくなってなぁ・・・」
ははは、とユーリはいつもの調子の笑いで誤魔化した。
「そうかそうか。つまり、マナの病気を治す病院の先生になってくれるのか」
「?それは勘違いだよ。僕はマナの病気に関してだけ。病院の先生になんて、なんでならなくちゃいけないのさ」
・・・ん?と言わんばかりにユーリは首をかしげた。
「だ・か・ら。何故この僕が他人のために汗水垂らして働かなきゃいけないのってコト。分かってないなぁ君は」
ユーリはもう涙で濡れていた目のふちが乾いてしまった。
なんというか、この男・・・『ナーシサス・シュヴァルツシルト』と『恋』に関しては本当によく分からんとユーリは思った。
・・・うーん。気持ちは嬉しかったのだが話していると疲れてきたので、ユーリは早く明日のために寝たくなった。
「分かった!よし、寝よう」
「いや、だから何が分かって・・・」
わざとらしくユーリは口の前で人差し指を立てる。
「こら、静かに。あんまり大声だすとマナが起きちまうじゃないか」
「いやうるさかったのはユーリの方だろ・・・・・・む、むぅ」
ナーシサスはすごく不満があると言わんばかりの顔をすると、しぶしぶ毛布をもって床に横になった。
それを見届けると、ユーリも寝床についた。
――目覚めるまで、4人は幸せな夢の中で。