遊戯王―Flowers―   作:真空PACK

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第1話 レインコート家襲撃事件 Part1

 

 

厳しい冬を過ぎ、花々が再び咲き始める春。

 

「ここが『レインコート家』ねぇ・・・」

 

東の空から差し込む眩しい日光を避けるため、バイクから降り立った男は側車に積んだ荷物の中から茶色のカウボーイハットを取り出す。

 

それを深々とかぶると、改めて視界に広がるどでかい門を見つめた。

 

「まったく・・・探検家っていう仕事はそんなに儲かるのかね」

 

まるで豪華客船でも入れるのかと思わせるような分厚い金属で出来た門に、それとはまったく不釣合いなほど低い柵が男のいる場所と目的地の屋敷とを隔てていた。

 

屋敷は洋風のレンガの作りで、門と同じくシンメトリーで、門と異なり横に長い。

 

男はその柵を軽く飛び越えると、ジーンズのポケットに手を突っ込み、屋敷の玄関目指して庭に出来た道を歩いていく。

 

「しかし、外から見ても素晴らしかったが、間近で見ればなお素晴らしいな。このガーデン作ってるやつは本当に良い仕事してやがる」

 

ぽつり、感嘆したと言葉を放つと、男は広い庭を抜け玄関へと到着した。

 

「ん?えーっと・・・」

 

男は今まで数々の仕事でお金持ちの『依頼』を片付けてきたのだが、実は屋敷に直接呼ばれることは少ない。基本的に自宅を避けたいような依頼をしてくる者達ばかりだからだ。

 

それに男は生まれてこの方このような大きい屋敷に住んだことがない。

つまり、この玄関ドアを開けるためにどうやったら良いのかが分からなかった。

 

「インターホン・・・とやらがあるわけじゃあ無さそうだし。あーまったくどうしたら開くんだこれ」

 

男は深くため息をつくと、手の甲で思いっきりドアを叩いた。

 

「あのー、ごめんくださいー!」

 

男からしてみれば、とりあえずうるさくしていれば中から依頼主か、メイドさんやらが出てくるだろう。こういう考えであった。

 

「あのー!」

 

しかし、いっこうに誰かが開けるという気配がない。

男はとうとう面倒くさくなると叩くのをやめて、左手に付けている腕時計のような形をした機械『ディスク』を見る。

 

どうやらそれには腕時計と同じく時間を調べる機能があるようで、男は今が依頼主が設定した時間より1時間ほど早いことを確認した。

 

「んー。いつもの癖で早く来ちまったのが駄目だったのかな。まぁ確かに頼まれた時間よりも早く病院の先生が来ちまった日には、俺も困惑したもんだけども・・・」

 

「・・・・・・・・・で、・・・・・・すから・・・・・・ますね」

 

「・・・ん?」

 

男はぶつぶつと文句を言っていた口を閉じる。

どうやらドアの向こうで誰かが話しているらしい。

 

やっと気づいてくれたのか、よかったと男は思う。

 

開くドアの前に立ち、営業の時のいつもの挨拶をする。

 

「えー『決闘会』から依頼を引き受けた探偵だ。今回はよろしくお願い――え?」

 

鈍い音と激痛が、男を襲う。

 

男は自分の目の前に立つまるで熊のような何者かに、いわゆる『腹パン』を食らわされ、1秒ほど空中に体を浮遊させられると、3メートル後ろの地面にその体を打ち付けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「『アンヌ』お嬢様、朝ごはんの用意が出来上がっております」

 

黒い執事服を来た男が、アンヌお嬢様と呼ばれた女性がいる部屋の前でこう言うと、いつもと同じようにそのままそそくさと台所まで戻った。部屋の中から返事はない。

 

執事が長い廊下を歩く音が消えたのを部屋の中から少女は確認すると、そーっとドアを開いた。

 

「アンヌお嬢様」

 

「!? な、なんだびっくりした。おはよう『田中さん』っ」

 

一瞬執事が部屋の前で待ち伏せなんてしているのかと驚いたアンヌは、にこにこと自分の部屋から出てきた。

 

田中さんと呼ばれた、彼女より3倍以上歳をとっている太った女性はメイド服を着ている。

 

「おはようございますアンヌお嬢様。でも、そろそろ執事にも慣れていただかないと」

 

「むー・・・だって」

 

アンヌと田中さんは並んで歩く。その足は執事が先ほど向かったほうへ歩んでいた。

 

「私、お父さん以外の男の人と喋ったことなんてないし、どう接したらいいか分からないんだもん。それに最近探検ばっかでお父さんとも喋ってないし、また行方不明にもなるし」

 

「ふふ、大丈夫ですよ。ご主人様ならいつものように帰ってきます」

 

「そうだと良いんだけど」

 

アンヌは両手を首にあてて、天井を見た。

 

「それより、例の”手紙”のことですが」

 

今までのおっとりとした喋り方ではなく、凛々しい声で田中さんは話す。

 

「今日の朝『決闘会』の方が来てくれる、という風に連絡を付けております」

 

「ほんと?ありがとう田中さん、昨日最低2日はかかるって言ってたのに大丈夫だったんだ」

 

「えぇ。『そこらで仕事をしていた知り合いの探偵デュエリスト』を連れてきてくれるらしいです」

 

「ふぅーん。とりあえず、安心なのかな。で、いつくらいに来るの?」

 

「今からちょうど1時間後に来ると。連絡をもらっております。ですから朝食をすませたら、すぐにパジャマから着替えましょうね。お客様をお迎えするのにレインコート家の令嬢としても、礼儀としてもパジャマはちょっといけませんしね」

 

「ふふ、そうねっ」

 

アンヌは田中さんの周りをぴょんぴょんと跳ねながら回ると、その肩に自分の軽い体重を乗せて、頬をすりよせた。

 

「まったくお嬢様はいつまでたっても甘えん坊ですね」

 

「だって私、田中さんのこと大好きなんだもん」

 

「あらあら、そんな嬉しいこと言ってもお稽古事で手を抜いたりはしませんからね」

 

「えー田中さんのケチー」

 

ぷうっとすりよせた頬を膨らませたアンヌ。

その時、1階の玄関付近から物音が聞こえた。

 

「なんでしょう、執事さんー?玄関の方で音がしますが何かありましたー?」

 

田中さんは大声をはりあげるが、どうやら彼女達よりも玄関から遠い台所にいるだろう執事には聞こえていないようだった。

 

アンヌは、今までこのようなコトが起きたことがなかったし、手紙のコトがついに起きたのではないのかと不安そうにしている。

 

「大丈夫ですよ。私のそばにしっかりいてくださいね」

 

「う、うん・・・」

 

急いで階段を駆け下りると、田中さんは玄関ドアに取り付けてあるドアスコープを覗いた。

そこには茶色のハットをかぶり、ブーツ、ジーンズを履いた西部劇などでよく見る『カウボーイ』がいた。

 

そのカウボーイは腕時計型の機械『ディスク』を見つめている。何かを確認しているようだった。

田中さんは考える。まだ決闘会から聞いた待ち合わせ時間より1時間も早い。それに電話に出た決闘会会員の声は女性であったため知り合いなら女性なのではないだろうか?

 

しかし、手紙の内容からして1人で来るとは考えにくい。じゃあこのドアの向こうのカウボーイは何者なんだろう、と。

 

アンヌは、考えを巡らせる田中さんの裾を引っ張った。

 

「田中さん・・・そういえばね・・・」

 

「どうなさったのですか?」

 

「門って・・・開けたっけ」

 

「あ」

 

そういえば・・・約束の時間には早かったので門を開けていない。つまりこの男はとりあえず何者かは分からないが、柵をこえてきたことになる。

 

「・・・普通に不法侵入じゃないですか。わかりました、そっちがその気なら」

 

田中さんは、アンヌを自分の後ろにまわす。

 

「とりあえずあの男1人だけですし、不法侵入したことは間違いないようですから、どうしてここにいるのか・・・何をしようとしているのか聞くためにドアを開きますね」

 

「え、でも・・・」

 

「大丈夫です。一瞬で気絶させて縄で縛った後に聞き出しますから」

 

田中さんは物騒なことを言ったあと、ドアをゆっくりと開いた。

 

そして目の前に男がまっすぐ立っているのを確認すると、男の腹に思いっきり拳を突き出した。まるで『()()()()()()()()()()()()()』を田中さんは感じたが、そのままの勢いで殴り抜ける。

 

男を1秒ほど空中に飛ばすと、3メートル後ろの地面に男の体は打ち付けられた。

 

「ふぅ・・・よし、後は縄で」

 

「田中さん、田中さんっ」

 

後ろで隠れているアンヌが、田中さんの肩をぽんぽんと叩く。

 

「どうしたのですか?」

 

「田中さん。今その男が”依頼を引き受けた”って・・・」

 

田中さんは息を整えると、目を丸くして。

 

「―――え?」

 

とだけ反応した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「すみません。私どものメイドが迷惑をかけまして」

 

ソファの上で目覚めた男の前には、平謝りをする執事服の男性がいた。

 

「えっと・・・あんたは?」

 

「私はレインコート家に仕えている者です。気軽に執事とお呼び下さい」

 

執事は顔を上げると、向かい側にも用意されているソファに座った。

 

どうやら、男は気絶している間に依頼主の屋敷に運ばれていたようだ。

 

「いちち・・・」

 

男は先ほど一撃を食らった腹をさすった。

 

「さっきの・・・熊とかじゃなくてメイドさんなのか、ははは。まさか鉄板程度の強度に対してそのまま殴り抜けるとは恐れ入るよ」

 

「え?」

 

「いや、なんでもないよ。こっちの話」

 

何を言っているのか分からないといった表情をしている執事に、男は笑って誤魔化した。

 

「それよりも、俺が気絶してしまった間にだいぶ時間経っちまったな。早速だが依頼の詳しい話を聞きたい。あんたのご主人・・・依頼主の『アンヌ・レインコート』さんはどこにいるんだ?」

 

「お嬢様ならただいま着替えております。もう少しお待ちを」

 

執事が落ち着いた声で言ったとき、男の視界に2人の女が入ってきた。

 

1人は先ほど熊と誤認したメイド服の女性。胸に名札が付いており、『田中さん』と書いてあった。・・・『さん』って名前の一部なのだろうか。

 

1人は、まだ10代であろう少女。さすがはこのような大きい屋敷のご令嬢といったところか。非常に堂々とした態度をとっている。

服装はドレス等高級な感じではなく、少し外にでてランニングできるほどラフなもので、肩まで伸びているのに毛先が整っている金の髪とはアンバランスであった。

 

執事は席を外すと、彼が座っていた場所とは少しずれている場所に少女は座った。

少女を囲むようにして、執事とメイドは立っている。

 

「お、遅くなりました。私が依頼主のアンヌ・レインコートって言います」

 

男がアンヌにアイコンタクトをとろうとしても、何故か彼女は目線を男の額あたりを見つめてずらしている。言葉も動きもなんだかぎこちない。

 

メイドは咳をする。

 

「私はお嬢様が生まれる前よりこの家にお仕えしております田中さんと申します。この家のことであれば私にお聞きください。先程は早とちりしてしまい申し訳ありませんでした」

 

「いや、むしろ手のほうは大丈夫か?」

 

「これでも結構鍛えておりますので、大丈夫でございます」

 

「それは良かった。あっ」

 

男はまだ自分が名乗ってないことを思い出した。

 

「依頼主より先に自己紹介しなきゃなんねぇのに忘れてた。俺は『ユーリ・ストラクト』。デュエリスト関連の依頼、事件を専門とする探偵をやっている。よろしく」

 

3人はユーリに軽く会釈をした。

 

「自己紹介も済んだことだし、さっそく依頼を聞かせていただこうか」

 

「はい、それでは私から話させていただきます」

 

田中さんはポケットからメモ帳を取り出す。

 

「話は今から1週間前に遡ります。私や執事のご主人様であるアンヌお嬢様のお父上は、レインコート家の昔からの職である探検家をなされております。そんなご主人様が行方不明になられたのです」

 

「行方不明?そんな大変なことがあったのか?」

 

ユーリは心配そうな顔をする。

 

「あぁすみません。探検家をなされているご主人様は探検に行かれるたびに行方不明になるものですから、我々レインコートの人間は、逐一心配などしていないのです」

 

「なるほどな」

 

田中さんは話を続ける。

 

「定時にかかってくる電話が来なくて、また行方不明に・・・と思っている時でした。私たちの所に決闘者(デュエリスト)からの手紙が届いたのです。これがその手紙です」

 

田中さんがおもむろに出した20以上の封筒に入った手紙。

 

そこには筆跡を知られたくないのか、はたまた字が汚いだけなのか、酒に酔ってペンがきちんと持てない状況で書いたんじゃないか、と思わせるような字で脅迫文が書かれていた。

 

封筒には、でかでかと自慢するように”デュエリストより”、とある。

 

「ふぅーん・・・『レインコート家、今、チャンス。攻撃する』。『主人のいない、富豪、攻める簡単。何もかも奪う』。『早く行って、暴れるぞ』ねぇ・・・すごく胡散臭いな」

 

「私たちも正直いたずらだと思いました。でも、万が一の事があった場合、私と執事の2人でお嬢様を守りきれるとは限りません。第一相手の人数も分かりませんし、デュエリストがいるとわざわざ言うのですから、その可能性も考えなければなりません。そこで、決闘会の方に大変が起きる前に我々を守っていただきたいと考えたのです」

 

「なるほど、なるほどねぇ・・・それで、決闘会に連絡をしたら()()()仕事が重なり時間がかかる。んで俺に話が来た、って訳か」

 

「その通りでございます」

 

田中さんはメモ帳を閉じた。

 

「じゃあ最後に1人ずつ聞いておこうかな。田中さん、この文を送ったやつや、恨まれるようなことをしたやつに心当たりはあるかい?」

 

ユーリはじっと田中さんを見る。

 

「いえ、私はまったくありません。私自身恨まれるようなこともしておりませんし、ご主人様を含めましたレインコート家全体がこのような手紙を送られる覚えもありません」

 

「了解、ありがとう。あと『Dライセンス』は持ってるかな。持ってたらその等級を言ってくれ」

 

「Dライセンス・・・『ディスク』に挿入することで、デュエルを可能に出来るカードのことでしょうか。いえ、私は今まで武道などの嗜みはしてきましたが、Dライセンスを取得したことはありません」

 

「そっか、ありがとう。じゃあ次は執事さん」

 

「私も心覚えはないですね・・・。レインコート家自体が恨まれるようなことをしたことがあるのかは・・・すみません、私はまだここに勤めて1ヶ月程しか経っておりませんので分かりません」

 

執事はそう言うと、胸ポケットよりカード(Dライセンス)を取り出した。

 

「Dライセンスは昔取得しまして。等級の方は下から数えたほうが早いD級なのですが。長年デュエルはしておりませんので、腕は等級に見合うかは・・・」

 

執事は口元を少し緩めて笑った。

 

「了解、ありがとう。また暇あったら俺も腕なまってるからデュエルしようか」

 

「手加減は十二分にしていただきたい」

 

執事はDライセンスを胸ポケットに入れ直した。

 

「それじゃあ最後はアンヌさん」

 

「わ、私は・・・」

 

相変わらずアンヌはユーリに目を合わせない。

 

「そんな手紙送ってくるやつなんてしらない・・・ですし、恨まれたりなんかしたこともされたこともないです。その、Dライセンス?とかいうのも知らないです」

 

「ふぅーん・・・」

 

ユーリは他の話を聞いているときでさえ、かぶったままだった帽子を脱いだり大げさに咳き込んだりしてみたが、ちらっと確認するために視界の端にユーリを入れるだけで、結局アンヌは1度も目を合わせなかった。

 

ユーリは帽子を頭の上に戻した。

 

「りょーかい。それじゃあこれからの事を話すよ。俺はそのいつ来るか分からない得体の知れない手紙のデュエリストのための案を練っておく。君達はいつも通りの生活をしてくれればいい。では解散ということで」

 

ぱんっ、とユーリは手を叩く。

 

一瞬3人はあっけに取られたが、アンヌは一度形ばかりの礼をして、階段を駆け上った。

 

執事もその場を去り、2人を見届けてから、田中さんもユーリに一礼した。

 

「これから、どれくらいこの手紙の件が収束するのに時間がかかるか分かりませんが、どうかアンヌお嬢様共々、レインコート家をよろしくお願いします」

 

「ご丁寧にどうも。あ、2つほど頼みごとをしてもいいかな」

 

「と、いいますと?」

 

「まずあのドでかい門を開けてほしい。俺の乗ってきたバイクを屋敷に入れたいんでね」

 

「承知しました」

 

「あとアンヌさんと会話をさせて欲しい。これはただの『お節介』なんだが、お宅のお嬢さん男苦手なんだろ?まぁ恐怖症っていうよりは場数が足りないだけだと思うけど、俺が力になろうか?」

 

「えっ」

 

田中さんは驚き、少し目を見開いた。

 

「なぜ、お嬢様が男の人と話すのが苦手と?」

 

「そりゃあまぁ、ソファ座るときから執事さんをえらーく嫌そうだったし。で、いざ話してみると俺と目さえ合わせなかったから男嫌いなのかなとね。でも受け答えに嫌悪感は感じなかったから、男嫌いじゃなくてあんま男と話したことないんだろうなぁとね」

 

「なるほど・・・。すごいですね探偵さん」

 

「いやいや、こんなの嫌と言うほど探偵として人を見れば当たり前よ。で、良いかな?」

 

「良いですよ。あなたは悪い人では無さそうですし、お嬢様にも良い刺激になりましょう。それに”お嬢様のためになるお節介”を焼いていただけているのですからね。階段を上がって、少しばかり進んだ先の部屋がお嬢様の部屋です」

 

「ん、了解。ありがとね」

 

「いいえ、こちらこそ。それでは」

 

田中さんは腕まくりすると、1階の奥の部屋へと消えていった。

 

「ほんっと、お節介焼きが治ってないな・・・」

 

ぶつぶつと独り言を言いながら、ユーリはディスクに登録してあるアドレスに電話をかけた。

 

コール音のあと、1人の女の声が聞こえる。

 

「――はい、私よ」

 

「こちらユーリだけど。目的のレインコート家に着きましたよっと」

 

「もう依頼の話とかは?」

 

「聞いた。んで、それでちょっと気になったことがあるから、調べてもらおうかなーっと思って」

 

ユーリは電話の相手に”調べて欲しいこと”を伝えた。

 

「分かったわ。それじゃあ後で会いましょう、明日にはそちらに部下達と一緒に迎えそうよ」

 

「ん、了解。それじゃ」

 

ユーリは電話を切ると、アンヌの部屋に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

自分の部屋に戻ったアンヌは、しばらくベッドに顔をうずめていた。

 

その顔は男の人と喋って緊張したとか、そもそも屋敷の外の人間と話したのっていつくらいだろうとか、私受け答えをレインコート家の令嬢としてちゃんと出来てたよね?っとか、そういう複雑に思考が絡んだ表情だった。

 

数回ベッドの上で足をぱたぱたと動かすと、ん~~っと目を瞑ってうなる。

 

そうして言葉に変換出来なかった感情を吐き出すと、アンヌは仰向けになった。

 

右を向くと、タンスの上にはお父様が小さい頃から探検に行くたびに、アンヌのために買ってきてくれた色々な地方の特産品が置いてある。

彼女の好みそうな可愛らしいものばかりだ。

 

その中に1つだけ、アンヌがお父様とお母様の3人で撮った写真がある。

アンヌはその写真ではまだ赤ん坊で、お母様の腕に抱かれていた。

病院の1室で、ベッドの上のお母様と、お父様が笑っていた。

 

――お母様はその写真を撮った次の日に、容態が急変して亡くなったらしい。

 

アンヌはそんな事を田中さんから聞いたけど、悲しいとか、お話したかったなぁとか、そんな感情が生まれる前に死んでしまったから、お母様がいない事に対して今更辛いと思う感情はなかった。

 

でも、田中さんから『お母様』の話を聞くたびに、私もお母様のような立派な女性になりたいと、アンヌは考えるようになった。

 

それなのに。それなのに、それなのに~~!

 

「なんで、私ってあんなに挙動不審なの~っ!?」

 

アンヌはベッドの上で上半身を起き上げると、ぽかぽかと頭を叩いた。

そして、枕に両腕をまわして抱きしめると、ベッドの上を転がる。

 

「~~~イタッ」

 

勢い余りすぎて、ベッドの上から転がり落ちてしまった。

 

「田中さんからの習い事もしっかりしてるのに。一人前の女性になるって・・・お母様のようになるためには、一体何が足りないんだろう・・・」

 

アンヌは枕をもとに戻すと、自分の膝をはたいた。

 

その時、ドンドンっとアンヌの部屋のドアを叩く音が聞こえる。

 

「田中さん?」

 

「いいや、違う。さっきの探偵のおっさんだけど、ちょっと入って良いか?」

 

「え」

 

アンヌは、慌ててさっき転がったせいで散らかりまくったベッドを綺麗にする。

そして、他にも怪しいところがないかあたりを見渡すと、胸に手をあてて深呼吸。

 

「は、はい。大丈夫ですよ」

 

アンヌがそう言うと、ユーリはドアノブをまわして部屋に入ってきた。

 

「さっき”今日はいつも通りにしてていい”とか言ったのに悪いな」

 

「いえ、別に大丈夫です」

 

「そうか。関係ないけど、髪はねてるよ?」

 

「え、え?」

 

頭を触ると、さっき転がっていたせいで髪の毛が数本乱れて変な方向にはねている。

アンヌは慌てて髪を指でとくと、こほんと咳払いした。

 

「そ、それでどうしたんですか?」

 

「いや、ちょっとお節介をね。立ちっぱなしで話もなんだし。2つ椅子あるかな」

 

「椅子ならあります」

 

アンヌは田中さんがいつも自分の部屋に来たときに使う椅子を取ってくると、ユーリの近くに置いた。

 

「どうぞ」

 

「ん、ありがとう」

 

アンヌは自分の椅子に座る。

するとユーリはアンヌの近くに椅子を置き、座った。

 

そして、帽子を脱ぐとさっきと同じようにアンヌをユーリは見つめる。

アンヌは無意識化でユーリと目を合わさないようにしていた。

 

呼吸を3回ほど出来るくらいの沈黙が、アンヌを襲う。

 

アンヌはその間、今更だがさっきのお節介ってどういった意味なのかを考えていた。

そして沈黙に耐え切れなくなったし、考えても分からなかったので素直に質問しようと声を出そうとしたとき。

 

「最初はグー」

 

ユーリは唐突に、拳をアンヌの前に出す。

 

アンヌはその意図が分からない。

脈絡もなにもないジャンケンにただ今まで頑張って作っていた表情とは違う『素の表情』が現れる。

 

「じゃーんけーん、ぽんっ!」

 

グーと、チョキ。釣られてアンヌはジャンケンに参加してしまった。そのうえ、負ける。

 

「あっちむいてホイ!」

 

続いて、アンヌは指さされ呆然としていると、ユーリの指は右に曲がった。

 

「・・・えっと、なに?」

 

目を丸くして、アンヌはユーリの顔を見合わせた。

 

ユーリ・ストラクトという探偵の目は、まるでビー玉のように透明で、そこに怖さなんて一切無かった。

 

「ごめんごめん。俺が若い頃してた遊びって今の子にも通じるのかな、と思ってね」

 

「探偵さんだって若いですよね?」

 

「いやぁ。俺25歳よ?そらもうおっさんでしょ」

 

「え、それなら全然若いと思いますけど。田中さんが、おっさんっていうのは大体30歳を過ぎたらって言ってましたよ?」

 

「え、ホント30歳?やっぱ女の人の感覚って男とは違ってて面白いな」

 

目をぱちくりと開け驚いているユーリを見ると、アンヌはなんだか可笑しくて仕方がなくなってしまった。

 

「・・・っぷ、あはははっ!」

 

「?」

 

「あはは、は、はぁ、はぁっ・・・あ、ごめんなさい。笑うつもりはなかったんです」

 

「全然構わない、むしろウケてよかったよ。念のためもう一回自己紹介しておく。俺は『ユーリ・ストラクト』。あと敬語はいいよ、あんたは依頼主だからな」

 

握手を求めるユーリ。アンヌはその手を握った。

 

「よろしく。えっと・・・それで、お節介って何です・・・じゃなくて何?」

 

「お節介ってのは、君がえらく男と喋るのが苦手そうだからそれを言いに来たって事だな」

 

「や、やっぱりわかるほど挙動不審だった・・・?」

 

「そうだな。特に目はまったく合わさなかった。アイコンタクトは大事だぜお嬢ちゃん」

 

「だよね。はぁ、これじゃまだまだだなぁ私」

 

「ま、そんなに思いつめることはないね。まだ若いんだから1度の失敗なんて気にしなくていい」

 

どっこいせ、とユーリは椅子から立ち上がると、次にドアを開けた。

 

「・・・お節介ついでにアドバイス。一人前の女性だろうが、大人だろうが、目指すために一番大事なことは『経験』よ。男と喋りづらいんだったら何回も喋って経験値貯めりゃ勝手に楽にしゃべれるようになるさ」

 

「え?あ、はいっ。ありがとう・・・」

 

・・・違和感。

 

「じゃあねー」

 

ユーリは軽く手を振り、アンヌの部屋から出ようとした。

 

「・・・ん?ちょっと、待って」

 

アンヌはそんなユーリを”優しく”呼び止めた。

 

「どした?」

 

「探偵さん、今なんで『一人前の女性や大人』を目指す話なんてしたの?もしかして、私の独り言とか聞いてた?」

 

「あー・・・聞いてたというよりは、聞こえちまった。ドアの前で『田中さんからの習い事~』うんぬんからは全部聞こえてたわ」

 

「・・・・・・」

 

アンヌは白い肌を茹で上がったタコのように赤く染める。そして、うつむいた。

 

「あの、探偵さん」

 

「へい」

 

「私も田中さんから格闘術の稽古も習っててね。午後からはそれをすることになってたの。良かったら私と一緒にしない?ちょっと記憶とか色々飛んじゃうかもしれないけれど」

 

アンヌのその顔は『ユーリを合法的に殴る』・・・そういった顔をしていた。

 

「いや、俺はパスで」

 

さっと部屋から出るユーリ。

 

アンヌは顔を真っ赤にしたまま、走るユーリを追いかけた。

 

「お願いだから、私の独り言なんて忘れてぇ!!」

 

「よしっ、今忘れた全部忘れた。もう独り言なんて覚えてナイヨー」

 

「何その分かりやすい棒読みっ!待ちなさい~っ!」

 

廊下を走り回る2人。

掃除をしようと2階に上がってきた田中さんは、そんな2人を見て、くすくすと笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

時間は過ぎ、日は沈んで夜。

 

ユーリは3人とは別に、玄関先で1人いた。

 

理由は2つ。

置きっぱなしにしていたバイクを田中さんに話して開けてもらった巨大な門から、屋敷の車庫に入れるため1人で外に出ていたこと。

それと、手紙に書いてあったデュエリストが来るのなら、夜が適していると探偵の勘が言っているからだ。

 

ある程度時間過ぎたら、今日はもう寝るか疲れたし。

ユーリはそんな風に考えながら、念のためデッキを用意していた()()()だった。

 

――静まり返った屋敷周辺に、光と騒音が迫る。

バイクに乗った団体様が屋敷を囲む。

 

時たま聞こえる、高揚しているだろう声々から、ユーリはすぐにそれが『決闘会』の者達ではないと判断できた。

 

「大富豪、レインコート家のお屋敷はここですかぁ?」

 

「俺たち、あんたらの全部奪いにきましたぁッ」

 

ユーリはいかにも頭の悪そうな大声に、大きなため息で返事をした。

 

「はぁ。なんというか、よく分からん連中だ。とりあえず決闘会が来る前に、俺が代わりに可愛がってやるよ」

 

ユーリは左手首のディスクをかざすと、その液晶部分から質量を持った立体幻像(リアルソリッドビジョン)を噴射した。

 

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