機構人と乙女たち~日光湯西川女子高校機構人部~   作:鴨サラダ

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第7話『はじめての景色』

 

 放課後の教室は、いつもより少しだけ、妙な熱を帯びてざわついていた。

 

「ねえねえ、最近さ……」

「うん? どうしたの?」

「志保ちゃんと沖田さん、ずっと一緒にいない?」

 

 教室の隅で交わされる小さな会話。それは悪意というよりも、クラスの浮いた存在同士が引き寄せ合っていることへの、純粋な好奇心と違和感だった。

 

「なんかさ、ずっと難しい話してるよね。工学がどうとか」

「分かる。放課後も二人でどこか行ってるみたいだし……」

 

ひそひそとした空気の中で、椅子にふんぞり返っていた古代美雪が腕を組んだ。

 

「ふーん……」

 

 美雪の鋭い視線が、主のいない祐奈と志保の机を往復する。

 気になる。正直、猛烈に気になる。

 けれど――。

 

「ま、いっか!」

 

 結論は早かった。美雪はいつもの無敵な笑顔に戻る。

 隣で相原咲が、困ったように苦笑した。

 

「美雪ちゃんらしいね。でも、二人の邪魔はしないであげよう?」

「分かってるよ、変に詮索するのも違うじゃん? 祐奈、ああ見えて結構、秘密主義っぽいし」

 

そう言いながらも、美雪の視線は一瞬だけ、夕闇に溶け始めていた窓の外――裏山の方角へと向けられた。

 

 

 その頃。

 裏山のガレージの中では、教室の喧騒とは無縁の、油と金属の匂いに満ちた時間が流れていた。

 

「……ここ、もう一回。電圧が安定しない」

「ん。これでいい?」

 

 志保が指示を出し、祐奈が工具を動かす。

 役割は自然と決まっていた。

 祐奈は直感と、機体に触れた時に感じる微かな違和感で異常を見つけ、志保はそれを論理的な数式と専門知識で裏付けていく。

 

「……接続はそれでいい。絶縁処理を忘れるな」

「分かってるって……じゃあ次、電源ライン?」

「慌てるな。一つずつ確認しないと、回路が焼き切れる」

 

 短い、けれど無駄のない会話。

 二人の作業は、数日前とは比較にならないほど確実に、そして急速に前へと進んでいた。ガレージの床には、洗浄された古いパーツと新しい工具が整然と並び、死んでいた空間に「生命維持装置」が取り付けられていくような感覚があった。

 

 そして――。

 

「……大まかなセッティングは、これで完了だ」

 

 志保が額の汗を拭いながら、低く呟いた。

 祐奈はスパナを置き、機体の上部、あの高く狭い場所を見上げた。

 

 コクピット。

 …おばあちゃんが座った場所。

 

「……よし。じゃあ、乗ってみる」

 

 迷いはなかった。志保は一瞬だけ、眼鏡の奥の瞳で祐奈を射抜くように見た。

 

「まだ外装も腕の微調整も終わっていない。安全装置だって暫定的なものだ」

「ここまで来て、やめる理由ないでしょ。あの子が『来い』って言ってる気がするんだ」

 

 淡々とした、けれど鋼のような意志がこもった声。

 志保は小さく息を吐き、手元の外部モニターへと視線を落とした。

 

「……分かった。私は外からモニターを監視する。絶対に無理はするな。やるのは、自立と2、3歩の歩行テストだけだ。いいな?」

「分かってる」

 

 祐奈は脚立に足をかけ、一歩ずつ、巨大な鋼鉄の塊へと登っていく。

 金属を踏みしめる音がガレージ内にやけに響く。重いハッチに手をかけ、力を込める。

 

「よ……い、しょっと……!」

 

 ギィィ、と五十五年の眠りを裏切るような鈍い軋み音を立てて、コクピットがその口を開けた。

 中は、想像していたよりもずっと狭かった。

 座席、複雑に並ぶスイッチ、無数のレバー、そして沈黙する三面モニター。

 

「……こりゃ、しょーこちゃんのケツじゃ入んないかもね」

 

 ふと漏れた冗談は、狭い空間に虚しく響いた。

 祐奈は慎重に体を滑り込ませ、シートに深く腰を下ろした。その瞬間、不思議な感覚が背中を走る。

 あつらえたように、自分の体にジャストフィットする感覚。

 

 まるで――最初から、私が座るために作られたみたいだ。

 

 外から志保の声が、通信機を通して聞こえてきた。

『聞こえるか? 沖田』

 

「……うん、聞こえる」

『よし。さっきも言ったけれど、まだ完全じゃない。計器が警告を出したらすぐに中止するんだ』

「分かってる」

 

 そう答えながらも、祐奈の指は、吸い寄せられるようにコンソールの起動スイッチへと伸びていた。

 赤のトグルスイッチを跳ね上げ、メインレバーをゆっくりと前に倒す。

 

「……来いっ……!」

 

カチリ。

 

 音が響いた次の瞬間。

 

ブゥゥゥンッ――!

 

 低い起動音と共に、ガレージ全体が激しく震えた。

 コクピット内の計器に灯が点り、ノイズの混じった古い起動シーケンスが走り出す。ゴウン、ゴウンと、眠っていた巨人が肺を膨らませるような音が、機体の深部から伝わってくる。

 

 祐奈の視界が開けた。

 前方のメインモニターに、外の光景が映し出される。

 最初は砂嵐とモノクロだった映像が、調整を経て色彩を取り戻していく。

 床に落ちている小さなボルト。志保の緊張した横顔。それらが、驚くほどくっきりと、瞳の裏側に直接流れ込んできた。

 

「……見える、見えるよ……!」

『こっちにも映像来てる。同期、正常。……やはり信じられない、少し整備しただけの旧式がここまでとは……』

 

 志保の声には、隠しきれない驚愕が混じっていた。

 祐奈は深く呼吸を整える。心臓の鼓動が、機体の駆動音と重なっていく。

 

「……立つよ」

 

 足部のアクチュエータが、不気味なほどの力強さで駆動を開始した。

 ガチガチギィギィと重厚な駆動音。

 

『おい、沖田! 出力が不安定だ、無理は――』

「分かってるって、大丈夫」

 

 祐奈の手が、操作レバーに添えられる。

 軽く、本当に羽毛を撫でるように引く。

 

 その瞬間。

 機体が、意思を持ったかのように揺れた。

 

 膝が持ち上がる。

 床を掴んでいた巨大な足が、コンクリートから離れる。

 

 祐奈の視界が急上昇し、天井が間近に迫る。

 

 そして――ゆっくりと。

 機構人「日光丸」は、五十五年ぶりに、自らの足で大地を踏みしめて立ち上がった。

 

「……立っ…た!」

 

 祐奈は呟いた。

 地上五メートル以上の高さ。

 初めて見る、コクピット越しからの景色。

 

 外部の志保は、しばらく言葉を失って立ち尽くしていた。

 やがて、彼女は震える声で口を開く。

 

「……興味深い……! 旧式のはずなのに、この応答速度……! 一体、当時の設計者はどんなブラックボックスを組み込んだというんだ……!?」

 

 祐奈は、ゆっくりと腕のレバーを操作してみた。

 大きな鉄の腕が、驚くほど滑らかに、自分の意思に追従して持ち上がる。

 

「……軽い」

『軽い? 馬鹿なことを言うな。その腕一本で1トン以上あるんだぞ?』

「違うの。なんていうか……自分の体の延長みたいで、重さを感じないんだ」

 

祐奈は、開いた扉の向こう側を見た。

 夕焼けに赤く染まった日光の山々。風に揺れる木々のざわめき。

 

「……すご。こんな景色、だったんだ」

 

 短い一言。

 けれど、その胸には、今まで感じたことのない「熱」が確かに宿っていた。

 

「ねえ、真田」

『何だ』

「なんかさ……すっごいドキドキする」

 

 モニター越しに見る志保の顔は、一瞬呆気にとられたようだった。

 けれどすぐに、彼女は眼鏡を押し上げ、小さく、満足そうに笑った。

 

「……同意する」

 

 ガレージの中に、夕陽が長く差し込む。

 立ち上がった日光丸の巨大な影が、山裾にまで伸びていく。

 それは、過去の遺物でも、ただの機械でもない。

 

 ――これから、世界を変えるために動き出すもの。

 

 少女と巨人の、最初の一歩が、今ここに刻まれた。

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