機構人と乙女たち~日光湯西川女子高校機構人部~   作:鴨サラダ

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第9話『ロートルと鉄骨』

 

 ガレージの中は、相変わらず油と埃の匂いに満ちていた。

 けれど、その匂いはもはや「放置された廃墟」のものではなく、何かが生まれようとする「工場の熱」を孕んでいる。

 

 かつての日光丸――志保の提案で、暫定的に『サンライト』と改名された機体は、ゆっくりとその本来の姿を取り戻しつつあった。

 教師たちの尽力により、関節部の固着はほぼ解消され、最低限の駆動確認も済んでいる。電力系統も仮設ながら安定し、コクピットのノイズまみれだったモニターも、今は祐奈の視界をクリアに映し出していた。

 

 だが、それでも――。

 

「……見た目は、まだボロっていうか…なんていうか…」

 

 祐奈はサンライトを見上げながら、ポツリと呟いた。

 塗装は剥げ、外装の一部は予算の都合でむき出しのまま。応急的に補修された装甲は、元々の色と継ぎ接ぎの色が混ざり合い、お世辞にも「競技機」としての華やかさはない。

 

「外観なんて後回しでいい。まずは、一歩でも確実に前へ進めることだ」

 

 志保が汚れを拭いながら、淡々と言い放つ。

 

「競技に出るなら、見た目の威圧感も大事じゃない?」

「それは“勝てる装備”が整った後の話だ。今の私たちは、立っているだけで精一杯だ」

 

 即答だった。祐奈は小さく溜め息をつく。

 勝てるかどうか。それ以前の、致命的な問題。

 

 ――この機体には、武装がない。

 

 かつての資料に記載されていた専用刀やガトリング、重厚な盾などは、すべて年月の中で失われるか、修復不可能なほど破損していた。一ヶ月という短期間でそれらを新造する予算も技術も、今のこの学校にはない。

 

「このままだと……素手で殴り合うの?」

「正確には、マニピュレーターによる近接質量格闘だな」

「言い方変えただけじゃん。余計に虚しくなるんだけど」

 

 志保が肩をすくめた、その時だった。

 ガレージの外から、複数人の足音が近づいてきた。

 

「――失礼するよ。ここが例の、日光湯西川のガレージか」

 

 聞き慣れない、どこか冷たく、他人を値踏みするような声。

 振り返ると、そこには数人の生徒が立っていた。制服は見たことがない。けれど、その胸にあるエンブレムには見覚えがあった。

 

「……誰?」

 

 祐奈が眉をひそめる。

 その中の一人、やや長身でマッシュルームヘアで丸いメガネをかけた男子生徒が一歩前に出た。

 

「県立栃山南工業、機構人科だ。今日は連盟の通達で、顔合わせと交流ってことでね」

 

 軽い口調。だが、その目は祐奈ではなく、背後のサンライトへと注がれていた。

 

「……交流?」

「まあ、偵察と言ってもいいけど? 次の練習試合の相手だしね」

 

 別の生徒が、あざ笑うように言った。

 空気が、一瞬で冷え込む。志保は何も言わず、一歩下がって彼らの挙動を観察し始めた。祐奈は逃げることなく、相手の視線を跳ね返すように睨みつける。

 

「へぇ……これが、あの伝説の」

 

 栃山南の生徒は、ゆっくりとサンライトを見上げた。

 そして、数秒の沈黙の後、吐き捨てるように言った。

 

「……ボロだな」

 

 後ろの生徒たちが、クスクスと肩を揺らす。

「これ、本当に動くのかよ?」

「博物館の展示品を間違えて引っ張り出してきたんじゃないの?」

「いやいや、逆にレアだろ。骨董品フェチにはたまらないかもな」

 

 遠慮のない言葉が、ガレージの中に飛び交う。祐奈の拳が、ぎゅっと握り締められた。

 

「……何だって?」

「いやさ、正直な感想さ。悪い? こんな骨董品を引っ張り出してくるなんて、この学校も相当追い詰められてるんだな」

 

 男子生徒は肩をすくめ、あざけるような笑みを浮かべた。

 

「練習試合、うちはパイロットを一年生にすることにしたよ。あんまり圧倒しちゃっても、そっちのメンツが丸潰れだろうし?」

 

 それは、露骨な侮辱だった。

 「お前らのような素人相手には、これで十分だ」と言っているのだ。

 

「どうせロートル機体なんだ。スペック的にも時代遅れだろ? 勝負になるわけがない。怪我しない程度に頑張ってよ」

 

 彼らは一頻り笑い、踵を返した。

 足音が遠ざかり、再びガレージに静寂が戻る。

 

 しばらく、誰も何も言わなかった。

 やがて――。

 

「……ムカつく」

 

 祐奈の口から、地を這うような低い声が漏れた。

 

「……否定はしない」

 志保が、短く返す。

「でも、気にするだけ無駄だ。あいつらの評価は、工学的な観点で見れば妥当だからな」

「……気にするでしょ、普通! あんな風に言われてさ!」

「感情じゃなく、現実を見ろ。武装も装甲も不完全。私たちは、あいつらの言う通り、ボロのロートルだからな…さて、短い期間で用意できる武装があるかどうか…」

 

 祐奈は言葉を失った。悔しさが喉の奥まで込み上げてくる。

 言い返したい。けれど、言い返せない。あいつらの言うことは、残酷なまでに正しいのだ。

 

 祐奈は視線を落とし、周囲を見渡した。

 何か。何か、この屈辱を晴らすための力が、どこかに落ちていないか。

 その時、ガレージの隅、資材置き場の奥に、半分ほど埋もれていた「それ」が目に留まった。

 

「……あ」

 

 それは、かつてガレージの補強に使われていたのか、あるいは工事の残骸なのか。

 数メートルはあろうかという、無骨で太い、錆びついた鉄骨。

 

 祐奈はふらふらと歩み寄り、その鉄骨に触れた。

 ザラついた錆の感触。ずしりとした、逃げようのない質量。

 

「……ねえ、真田」

「何だ」

「これ……使えないかな」

 

 志保の手が止まった。

 彼女はゆっくりと振り向き、祐奈が指差した鉄骨を見つめた。

 数秒、沈黙。眼鏡の奥の瞳が、鋭く光る。

 

「……形状は単純。素材の強度は申し分ないな。……マニピュレーターで保持できるように加工すれば、打撃武器にはなる。いや、この重量なら、最新の装甲すら粉砕する質量兵器になり得る…か」

 

 その言葉に祐奈の口元が、わずかに歪んだ。

 それは、怒りを超えた先にある、獰猛な笑みだった。

 

「ロートルだってさ。……だったら、やりようはあるよね」

 

祐奈は鉄骨を力強く叩いた。

 ゴン、と重厚な金属音が反響する。

 

「洗練された武器なんて、私たちにはいらない。……あいつらのプライド、この錆びた鉄の塊で、粉々にぶち壊してやる」

 

ガレージの中に、新しい「熱」が満ちていく。

 少女と鉄の巨人は、もはや守られるだけの存在ではなかった。

 牙を剥き、逆襲の瞬間を静かに待ち始めていた。

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