機構人と乙女たち~日光湯西川女子高校機構人部~ 作:鴨サラダ
ガレージの中は、相変わらず油と埃の匂いに満ちていた。
けれど、その匂いはもはや「放置された廃墟」のものではなく、何かが生まれようとする「工場の熱」を孕んでいる。
かつての日光丸――志保の提案で、暫定的に『サンライト』と改名された機体は、ゆっくりとその本来の姿を取り戻しつつあった。
教師たちの尽力により、関節部の固着はほぼ解消され、最低限の駆動確認も済んでいる。電力系統も仮設ながら安定し、コクピットのノイズまみれだったモニターも、今は祐奈の視界をクリアに映し出していた。
だが、それでも――。
「……見た目は、まだボロっていうか…なんていうか…」
祐奈はサンライトを見上げながら、ポツリと呟いた。
塗装は剥げ、外装の一部は予算の都合でむき出しのまま。応急的に補修された装甲は、元々の色と継ぎ接ぎの色が混ざり合い、お世辞にも「競技機」としての華やかさはない。
「外観なんて後回しでいい。まずは、一歩でも確実に前へ進めることだ」
志保が汚れを拭いながら、淡々と言い放つ。
「競技に出るなら、見た目の威圧感も大事じゃない?」
「それは“勝てる装備”が整った後の話だ。今の私たちは、立っているだけで精一杯だ」
即答だった。祐奈は小さく溜め息をつく。
勝てるかどうか。それ以前の、致命的な問題。
――この機体には、武装がない。
かつての資料に記載されていた専用刀やガトリング、重厚な盾などは、すべて年月の中で失われるか、修復不可能なほど破損していた。一ヶ月という短期間でそれらを新造する予算も技術も、今のこの学校にはない。
「このままだと……素手で殴り合うの?」
「正確には、マニピュレーターによる近接質量格闘だな」
「言い方変えただけじゃん。余計に虚しくなるんだけど」
志保が肩をすくめた、その時だった。
ガレージの外から、複数人の足音が近づいてきた。
「――失礼するよ。ここが例の、日光湯西川のガレージか」
聞き慣れない、どこか冷たく、他人を値踏みするような声。
振り返ると、そこには数人の生徒が立っていた。制服は見たことがない。けれど、その胸にあるエンブレムには見覚えがあった。
「……誰?」
祐奈が眉をひそめる。
その中の一人、やや長身でマッシュルームヘアで丸いメガネをかけた男子生徒が一歩前に出た。
「県立栃山南工業、機構人科だ。今日は連盟の通達で、顔合わせと交流ってことでね」
軽い口調。だが、その目は祐奈ではなく、背後のサンライトへと注がれていた。
「……交流?」
「まあ、偵察と言ってもいいけど? 次の練習試合の相手だしね」
別の生徒が、あざ笑うように言った。
空気が、一瞬で冷え込む。志保は何も言わず、一歩下がって彼らの挙動を観察し始めた。祐奈は逃げることなく、相手の視線を跳ね返すように睨みつける。
「へぇ……これが、あの伝説の」
栃山南の生徒は、ゆっくりとサンライトを見上げた。
そして、数秒の沈黙の後、吐き捨てるように言った。
「……ボロだな」
後ろの生徒たちが、クスクスと肩を揺らす。
「これ、本当に動くのかよ?」
「博物館の展示品を間違えて引っ張り出してきたんじゃないの?」
「いやいや、逆にレアだろ。骨董品フェチにはたまらないかもな」
遠慮のない言葉が、ガレージの中に飛び交う。祐奈の拳が、ぎゅっと握り締められた。
「……何だって?」
「いやさ、正直な感想さ。悪い? こんな骨董品を引っ張り出してくるなんて、この学校も相当追い詰められてるんだな」
男子生徒は肩をすくめ、あざけるような笑みを浮かべた。
「練習試合、うちはパイロットを一年生にすることにしたよ。あんまり圧倒しちゃっても、そっちのメンツが丸潰れだろうし?」
それは、露骨な侮辱だった。
「お前らのような素人相手には、これで十分だ」と言っているのだ。
「どうせロートル機体なんだ。スペック的にも時代遅れだろ? 勝負になるわけがない。怪我しない程度に頑張ってよ」
彼らは一頻り笑い、踵を返した。
足音が遠ざかり、再びガレージに静寂が戻る。
しばらく、誰も何も言わなかった。
やがて――。
「……ムカつく」
祐奈の口から、地を這うような低い声が漏れた。
「……否定はしない」
志保が、短く返す。
「でも、気にするだけ無駄だ。あいつらの評価は、工学的な観点で見れば妥当だからな」
「……気にするでしょ、普通! あんな風に言われてさ!」
「感情じゃなく、現実を見ろ。武装も装甲も不完全。私たちは、あいつらの言う通り、ボロのロートルだからな…さて、短い期間で用意できる武装があるかどうか…」
祐奈は言葉を失った。悔しさが喉の奥まで込み上げてくる。
言い返したい。けれど、言い返せない。あいつらの言うことは、残酷なまでに正しいのだ。
祐奈は視線を落とし、周囲を見渡した。
何か。何か、この屈辱を晴らすための力が、どこかに落ちていないか。
その時、ガレージの隅、資材置き場の奥に、半分ほど埋もれていた「それ」が目に留まった。
「……あ」
それは、かつてガレージの補強に使われていたのか、あるいは工事の残骸なのか。
数メートルはあろうかという、無骨で太い、錆びついた鉄骨。
祐奈はふらふらと歩み寄り、その鉄骨に触れた。
ザラついた錆の感触。ずしりとした、逃げようのない質量。
「……ねえ、真田」
「何だ」
「これ……使えないかな」
志保の手が止まった。
彼女はゆっくりと振り向き、祐奈が指差した鉄骨を見つめた。
数秒、沈黙。眼鏡の奥の瞳が、鋭く光る。
「……形状は単純。素材の強度は申し分ないな。……マニピュレーターで保持できるように加工すれば、打撃武器にはなる。いや、この重量なら、最新の装甲すら粉砕する質量兵器になり得る…か」
その言葉に祐奈の口元が、わずかに歪んだ。
それは、怒りを超えた先にある、獰猛な笑みだった。
「ロートルだってさ。……だったら、やりようはあるよね」
祐奈は鉄骨を力強く叩いた。
ゴン、と重厚な金属音が反響する。
「洗練された武器なんて、私たちにはいらない。……あいつらのプライド、この錆びた鉄の塊で、粉々にぶち壊してやる」
ガレージの中に、新しい「熱」が満ちていく。
少女と鉄の巨人は、もはや守られるだけの存在ではなかった。
牙を剥き、逆襲の瞬間を静かに待ち始めていた。