吸血鬼ジョナサン
一八八八年、嵐のジョースター邸。
静寂を切り裂いたのは、ディオ・ブランドーの鋭い咆哮だった。
「ジョジョ、お前の人生はここで終わりだ! この骨董品がお前の墓標となるッ!」
ディオの手には、不気味な石仮面が握られていた。ロンドンの貧民街で毒薬を買い付け、父ジョージを暗殺しようとした計画は、ジョナサンとスピードワゴン、そして警官隊によって暴かれた。逃げ場を失ったディオに残されたのは、ジョナサンを「事故」に見せかけて道連れにするという、投げやりな殺意だけだった。
「死ねッ! ジョジョーーッ!」
ディオが石仮面をジョナサンの顔面に力任せに押し当て、もう片方の手のナイフを振り翳した、その瞬間。
「ジョナサンッ!」
赤色の飛沫が舞った。
間に割って入ったのは、衰弱していたはずの父、ジョージ・ジョースターだった。ディオのナイフがジョージの胸を深く貫く。それと同時に、噴き出した鮮血が石仮面の裏側に吸い込まれていく。
キィィィィィィン……ッ!
「……え?」
ディオの指が止まる。石仮面から無数の骨針が飛び出し、ジョナサンの頭蓋を慈しむように貫いた。
「ああ、父さん……。なんて、なんて悲しい血の色なんだ……」
ジョナサンの口から漏れたのは、断末魔ではなく、歌うような溜息だった。
彼の肉体が、内側から発光したかのように白く輝き始める。泥臭い情熱に溢れていた大男の輪郭が、月光を浴びた大理石の彫像のように滑らかに、そして神々しく変貌していく。
「お、おい……ジョジョ……?」
ディオは恐怖に震え、折れたナイフを落とした。
ジョナサンの顔から仮面が剥がれ落ちる。そこにあったのは、かつての彼であって彼ではない、瞳は透き通るような青から、夜の深淵を映したかのような妖しい輝きを放ち、傷だらけだった肌は雪よりも白く、陶器のように磨き上げられている。
「ありがとう、ディオ。君のおかげで、僕は……この世界の『汚れ』が何なのか、ようやく理解できたよ」
ジョナサンは、崩れ落ちる父の体を抱きとめた。その腕力は、ディオがどれほど鍛えても到達できない、圧倒的な『重み』を持っていた。ジョナサンは父の傷口に、愛おしそうに指先を這わせる。
「父さん。もう痛みに怯えなくていい。嫉妬や、裏切りや、病……そんな下俗なものから、僕が解放してあげるからね」
ジョナサンの指先から、吸血鬼のエキスが死にゆくジョージの体内へと、まるで祝福のように注ぎ込まれた。
死んでいたはずのジョージの指が、ぴくりと動く。白濁した瞳が開き、喉の奥から「ウウ……」と、知性を失った獣のような、だが安らかな呻き声が漏れた。
「ジョースターさん……あんた、一体……」
背後でスピードワゴンが戦慄し、腰を抜かす。
ジョナサンは、ゾンビと化した父を優しく抱き上げ、窓の外の闇を見つめた。その背後には、薔薇の花びらが散る幻覚さえ見えるほどの、耽美で、逃れようのない狂気が満ち満ちていた。
「さあ、行こうか父さん。まずはこの邸を……僕たちの想い出ごと、綺麗に掃除(浄化)しなくては」
一歩、ジョナサンが踏み出しただけで、周囲の床がパリパリと白く凍りついていく。それは命を奪う氷ではなく、世界を静寂へと導く、彼なりの『慈愛』の始まりだった。