崩壊した城の麓。立ち込める白煙と瓦礫の山を、エリナはなりふり構わずかき分けていた。
指先から血を流し、泥にまみれ、彼女はようやく見つけ出した。冷たい地面に横たわり、黄金の波紋に焼かれてなお、大理石のような美しさを保ったままのジョナサンを。
「ジョジョ……ジョジョッ! お願い、目を開けて!」
エリナが彼を抱きしめ、その冷たい頬に涙を落とした瞬間、ジョナサンの瞳がゆっくりと開かれた。
彼は、泣きじゃくるエリナの顔を、初めて「神」の視点ではなく、一人の「男」としての視点で見つめた。
(ああ……僕は、一体何をしていたんだろう……)
ジョナサンの脳裏に、自らが作り上げた「清潔な王国」が瓦礫となった光景が浮かぶ。
世界を正そうとした。汚れを払おうとした。だが、その巨大な正義の裏側にあったのは、たった一つの、あまりにも小さくて切実な「恐怖」だったのだ。
(僕は……この人が、エリナが傷つくのが怖かっただけなんだ。彼女が、僕の知らないところで、誰かに奪われ、汚され、損なわれること……。それを防ぐために、世界そのものを『静止』させようとしたのか)
「……エリナ。ごめんよ。君を、こんなに汚してしまったね」
ジョナサンは、震える手でエリナの涙を拭った。その手にはもう、世界を支配しようとした傲慢な覇気はない。ただ、一人の女性を所有し、守り抜こうとする、執着に近い慈愛だけが残っていた。
「……もう、世界なんてどうでもいい。僕が守るべき正義は、君というたった一人の存在だったんだ。……アメリカへ行こう、エリナ。そこで二人だけで、誰にも邪魔されない小さな城を建てて、静かに暮らすんだ」
それは、ジョナサンの敗北宣言であり、同時に「二人だけの永遠の逃避行」の始まりだった。
安定した生活、争いのない日々、自分を愛してくれる穏やかな夫。エリナにとって、それはかつて夢見て、そして一度はジョナサンの狂気によって諦めかけた「幸せ」の形だった。
「……ええ、ジョジョ。行きましょう。二人だけで、静かな場所へ……」
エリナは、ジョナサンの胸に顔を埋めた。
彼の心臓は動いていない。肌は冷たいままだ。だが、今の彼女にとって、それは些細な問題だった。この「美しい怪物」が、自分だけのために生きると誓ってくれた。その独占欲こそが、彼女にとっての救いだったのだ。
二人は、生存者たちの目を盗み、アメリカ行きの豪華客船へと乗り込んだ。
ジョナサンは、自分たちを汚す「社会」から切り離された、海の上の密室を心から楽しんでいた。
だが、彼らは気づいていない。
その船の貨物室に、波紋で焼かれた肉体を維持するために特別な眠りについた、一つの「黄金の棺桶」が積み込まれていることを。
ロンドンの港、霧深い深夜。
「……いいか、ディオ。これが最後だ」
ツェペリが、重厚な装飾の施された棺桶の傍らで告げた。
「あの船には、ジョナサンとエリナが乗っている。ジョナサンはもはや世界を導く聖者ではないが、エリナという個人を独占するために、再びその力を振るうだろう。……彼を倒せ。生きて戻れば、君の罪はワシがもみ消し、君にはジョースター家の遺産と『自由』を与えると約束しよう」
ディオは冷たく笑い、棺桶の中に横たわった。
「フン、汚い手を使う。だが、悪くない取引だ。……ジョジョを倒し、俺はジョースターの全てを手に入れる。最後に笑うのはこのディオだ」
棺桶の蓋が閉じられる。それは救済の揺りかごではなく、復讐の弾丸となって船の積荷へと運び込まれた
「……計算通りだ、ジョジョ」
棺桶の中で、ディオ・ブランドーは深い眠りの中で笑っていた。
「お前が逃げた先、お前が作ったその『小さな楽園』を、俺という現実(地獄)で最後の一滴まで食い尽くしてやる。……アメリカまでの船旅だ。たっぷり、楽しみになッ!」