航海三日目。客船の特等客室。
ジョナサンは、窓から見える月光を浴びながら、エリナにワインを注いでいた。
「エリナ。この海の広さを見てごらん。僕たちの過去も、あの街の汚れも、すべてこの深い青が飲み込んでくれる……」
ジョナサンは、かつての傲慢な管理者の顔を捨てていた。今の彼は、ただ最愛の女性を守るためだけに、自分の「吸血鬼としての力」を費やす決意を固めている。
だが、その時――。
「ウウ……アアアアッ!」
船倉から、複数の悲鳴が上がった。
「……なんだい? この不快な『ノイズ』は」
ジョナサンの表情が一瞬で凍りつく。その直後、客室の重厚な扉が、内側から熱を帯びた衝撃によって粉々に弾け飛んだ。
「久しぶりだな、お坊ちゃん。……ハネムーンの邪魔をしに来てやったぜ」
黄金の火花を纏い、全身に波紋を巡らせたディオ・ブランドーが、暗闇の中から現れた。
「ディオ……! また僕たちの邪魔をするのか! 僕はもう、世界なんて求めていない。ただ、エリナと静かに暮らしたいだけなんだ!」
ジョナサンが咆哮し、部屋中の空気が絶対零度へと急降下する。
「黙れッ! お前のその『個人的な幸福』のために、どれだけの人間が踏み台にされたと思っている!」
「……チェックメイトだ、ジョジョッ!」
燃え盛る客室の中、ディオの黄金の波紋がジョナサンの喉元を貫いた。
ジョナサンの絶対零度の冷気がディオの半身を凍らせるが、ディオの計算は止まらない。彼はジョナサンの生命維持を司る中枢を破壊し、その隙に救命ボートへ飛び移り、ツェペリとの契約通り「自由」を勝ち取るつもりだった。
「……勝った。このディオが、貴様の遺産も、未来も、すべてを奪って生き延びるのだ!」
ディオがジョナサンの胸を蹴り飛ばし、離脱しようとしたその瞬間。
「……あ……ああ……」
崩れ落ちるはずのジョナサンが、信じがたい力でディオの胴体を抱きしめた。
「な……ッ!? 離せ! ジョジョ、貴様、この船はもう沈むんだぞッ!」
ジョナサンの瞳には、もはや「世界」への野望も、管理者としての狂気もなかった。そこにあるのは、死の間際に回帰した、あまりにも純粋で、それゆえに逃れられない「親友への執着」だった。
「……ディオ。君の言う通りだ……。僕が間違っていた。……」
ジョナサンの腕に、吸血鬼の最期の力が籠もる。
ディオが脱出しようと放つ波紋の衝撃を、ジョナサンはその肉体すべてで受け止め、中和し、ディオを自分の胸の中へと引きずり戻す。
「やめろッ! 離せ! 俺は生きるんだ! ジョースターの看板を背負い、頂点に立つのはこの俺だッ!」
「……行かせないよ、ディオ。君は僕が産み落とした『汚れ』だ。……そして君は、僕がこの世で唯一、対等に愛した人間だ。……一緒に行こう。僕たちのいない、新しい世界のために……」
「ふざけるな! 誰が貴様と心中など――」
ディオは必死にジョナサンの腕を振り払おうとし、指先から波紋を叩き込み続ける。だが、ジョナサンの抱擁は、鋼鉄の枷(かせ)よりも重く、深く、ディオを絡め取っていく。