「石仮面」の騒乱のあと、ディオ・ブランドーが辿り着いたのは、冷たい石壁と鉄格子に囲まれたペントンビル刑務所の独房だった。
ジョナサンに腕を折られた屈辱と、信じがたい怪力への恐怖。暗闇の中でディオが憎悪を滾らせていると、廊下にコツ、コツ、と場違いなほど軽やかな足音が響いた。
「誰だ……。死刑執行人なら、後にしてくれ。今はジョジョを八つ裂きにする計算で忙しいんでな」
鉄格子の向こうに立っていたのは、シルクハットを被り、奇妙な口髭を蓄えた男だった。男は無造作に懐からワインの瓶を取り出し、ディオの独房の床に置いた。
「名前はウィル・A・ツェペリ。君が『怪物』を産み落とした親だというから、見に来た。……ひどいツラだな、ディオ・ブランドー。復讐を誓う目だ」
「……何だと?」
ツェペリは構わず、指先でワインの瓶の底を弾いた。すると、瓶の中の液体がまるで生き物のように波打ち、一滴もこぼれることなく上へとせり上がった。
「これは『波紋』。生命のエネルギーだ。君の親友だったジョナサン・ジョースターは今、吸血鬼という名の『永遠の静寂』になった。彼は自分の正義で世界を凍らせるだろう。それを溶かせるのは、同じ因縁を持つ君の……その濁った野心だけだ」
ディオの瞳が、爬虫類のように細まった。
「……ほう。その手品が、ジョジョを殺す理屈になるのか?」
「理屈、か。いい言葉だ」
ツェペリは独房の鉄格子を掴んだ。
「普通の人間なら『精神』や『勇気』で波紋を練る。だが君は違う。……君はその冷徹な計算高さで、自分の肉体をハッキングしろ」
ディオは鼻で笑いながらも、ツェペリが教える呼吸法を即座に脳内でシミュレートし始めた。
「肺の容積を三〇%増やし、横隔膜の振動を毎分……このリズムか。ふん、単純なパズルだ。血液中の酸素濃度を高め、細胞間の摩擦を最大化する。そうすれば、生体電流が熱エネルギーに変換される……」
「……ッ!?」
ツェペリは息を呑んだ。ディオが初めて行った「呼吸」で、彼の指先からパチ、パチ、と黄金色の火花が散ったのだ。
「面白い。ジョジョの力に比べれば微々たるものだが、この『波紋』とやら、物理的な破壊効率としては悪くない……。おい、髭。もっと教えろ。この現象を最大化する呼吸の周波数があるはずだ」
「……凄まじい男だ」
ツェペリは冷や汗を拭った。本来、波紋は「生命への賛美」によって開花するもの。だがディオは、それを効率と殺戮のための「物理法則」として、解体新書を読むように吸収していく。
「いいかディオ。君はジョナサンを殺すための『毒』だ。毒を以て毒を制す……。ワシが君を放つ時、この刑務所ごと、君のこれまでの常識は崩れ去るだろう」
ディオは暗闇の中で不敵に笑った。鉄格子の影が彼の顔を歪ませる。
「ジョジョ……。お前が薔薇や雪に酔いしれている間に、俺は貴様の細胞を塵にする『数式』を完成させてやる……。チェックメイトは近いぞ、お坊ちゃん!」
独房の奥で、黄金の火花がチリ、と、夜の静寂を焼き切るように輝いた。