ロンドンの下町、ガス灯の光さえ届かない裏路地に、エリナ・ペンドルトンの荒い呼吸が響いていた。イギリスに帰国したばかりの彼女を待ち受けていたのは、ジョースター邸の火事という悲報と、夜道で彼女を囲む三人の暴漢だった。
「ひひっ、上等な服を着てやがる。お嬢さん、身ぐるみ置いていきな!」
「やめて……来ないで!」
エリナが絶望に瞳を閉じた、その時だった。
路地の空気が、一瞬にして極北の地のように凍りついた。
「……暴力はいけない。それは魂を汚し、世界の調和を乱す、最も醜い『ノイズ』だ」
低く、しかしチェロの弦を弾いたような芳醇な声。
暴漢たちが振り返った先、闇の中から一人の男が静かに歩み寄ってきた。月光を背負ったその姿は、あまりにも巨大で、同時に信じられないほど優美だった。
「なんだぁ、てめぇ……ぎゃあああっ!?」
男が、先頭にいた暴漢の肩に「そっと」手を置いた。ただそれだけだ。
だが、触れられた箇所から瞬時に白い霜が走り、男の絶叫ごと肉体を結晶化させていく。
「見なよ。君の醜い怒りも、汚れた欲望も、僕の冷たさの中ではこんなに『清らか』になる……」
男が指先を軽く弾くと、凍りついた暴漢は砕け散るのではない。まるで真冬のダイヤモンドダストのように、キラキラと輝く光の粒子となって夜風に溶けていった。あとに残されたのは、血の一滴すら流れていない、潔癖なまでの静寂だった。
「ひ、人殺し……化け物だあぁぁ!」
逃げ出そうとする残りの二人を、男は追わない。ただ、深く、慈しむような溜息を吐いただけだった。
「……『真珠色の静寂(パールホワイト・サイレンス)』」
男が吐き出した吐息が白銀の霧となり、逃げる二人の背中を優しく包み込む。彼らは恐怖の表情を浮かべたまま、最高級の彫像のように美しく凍りつき、そして音もなく「雪」へと変わった。
「……あ……」
エリナは、腰を抜かしたままその光景を見上げていた。
男がゆっくりと彼女に向き直る。手袋をはめ直すその仕草は、非のうちどころのない紳士そのものだった。
「もう大丈夫だよ、お嬢さん。……おや、その汚れなき瞳。……エリナ? エリナ・ペンドルトンだね」
「……ジョジョ? 本当に、ジョジョなの?」
月光の下に晒されたその顔を見て、エリナは息を呑んだ。
かつての野性味あふれる快活な面影は消え、そこには透き通るような白い肌の、神々しい「異形の聖人」が立っていた。
「ああ、僕だよ。……今の僕は、以前の僕よりもずっと、君にふさわしい『紳士』になった。見てごらん、僕の周りにはもう、君を傷つける『汚れ』なんて一つも存在しないだろう?」
ジョナサンはエリナを汚さないよう、細心の注意を払いながら彼女の足元に跪いた。その瞳は澄み渡り、一点の曇りもない。だからこそ、エリナの背筋には、どんな暴漢に襲われた時よりも深い、冷たい震えが走った。
「さあ、僕の『王国』へ行こう。……君を、永遠に美しく、清らかなまま保てる場所へ」