ジョナサンに導かれ、エリナが辿り着いたのは、ロンドン郊外にひっそりと佇む壮麗な館だった。内装は磨き上げられ、燭台の火が揺れる静謐な空間は、まるでおとぎ話の城のように潔癖で、どこか現実味を欠いていた。
「さあ、入っておくれ。父さんも、ずっと君を待っていたんだ」
ジョナサンの声は、春のそよ風のように穏やかだった。彼は重厚な扉をうやうやしく開く。そこは、かつてのジョースター邸の広間を寸分違わず再現したかのような、贅を尽くした応接室だった。
部屋の奥、暖炉の前の特等席に、一人の男が座っていた。
仕立ての良い最高級のスーツを着こなし、背筋を伸ばして、膝の上に静かに手を置いている。その姿は、エリナがかつて見知った、誇り高き紳士ジョージ・ジョースターそのものだった。
「……お父様? ああ、ご無事だったのですね!」
エリナは駆け寄りかけ、その足が凍りついたように止まった。
ジョージの肌は、あまりにも白く、血の気が失せていた。そして何より、その瞳だ。
見開かれた両目は一点を凝視したまま、エリナが目の前に立っても、瞬き一つしない。焦点はどこか無限の彼方へ向けられ、魂の不在を雄弁に物語っていた。
「……ジョジョ、お父様のご様子が変だわ。一言もおっしゃらないし、呼吸も……」
エリナが震える手でジョージの頬に触れようとした瞬間、彼の口元がわずかに痙攣し、「ウウ……」という、地を這うような呻き声が漏れた。それは知性を持つ人間の言葉ではなく、飢えに悶える獣の音だった。
「ああ、いけない。父さんは今、とても『思慮深く』なっているんだよ」
ジョナサンが背後から、エリナの肩に冷たい手を置いた。
「かつての父さんは、ディオの将来や仕事の責任に、いつも心を痛めていた。でも見てごらん、今の父さんはなんて平和なんだろう。余計な感情(ノイズ)に惑わされることなく、ただ僕たちの傍にいてくれる。これこそが、家族のあるべき理想の姿だと思わないかい?」
ジョナサンは心底幸せそうに、廃人と化したジョージの頭を優しく撫でた。
「君も、こんな風に『安らか』になれるんだよ、エリナ。老いも、病も、そして誰かを失う悲しみさえも……僕がすべて止めてあげる。君という美しきバラを、永遠に枯れないまま、僕のこの箱庭に飾っておきたいんだ」
エリナの脳裏に、先ほど路地裏で「雪」となって消えた暴漢たちの姿がよぎった。
ジョナサンが求めているのは、彼女の愛ではない。
自らが管理者として君臨する、完璧に静止した「死の世界」の、最も美しいパーツとしての彼女なのだ。
「……あなたは、ジョジョじゃないわ」
エリナの唇から、絶望に満ちた呟きがこぼれた。
目の前にいる男は、確かにジョナサン・ジョースターの顔をし、彼の声で喋っている。だがその中身は、かつての「黄金の精神」が吸血鬼の力というレンズで屈折し、肥大化した、正義の皮を被った怪物(バケモノ)だった。
「ジョジョ……あなた、自分が何をしているか分かっているの!? これは救済なんかじゃない。ただの、残酷な蒐集(コレクション)だわ!」
エリナの叫びに、ジョナサンは一瞬だけ悲しげに眉をひそめた。だがすぐに、聖母のような慈愛の微笑を浮かべ直す。
「悲しいな、エリナ。君もまだ、『汚れ(感情)』の檻の中に囚われているんだね。……でも、大丈夫。時間はたっぷりある。僕が君を、ゆっくりと、清らかな世界へ導いてあげるから」
ジョナサンが優雅に一歩踏み出すと、部屋の床に美しい霜の華が咲き誇り、逃げ場を塞ぐようにエリナの足元を囲んだ。
その頃、ロンドンの地下深く、ペントンビル刑務所の石壁が、黄金の火花と共に音を立てて崩壊していた。
「……計算終了だ。お似合いだぜジョジョ、死人同士の茶飲み話か」
埃を払い、月明かりの下へ踏み出したディオ・ブランドーが、不敵に笑う。
理屈によって鍛え上げられたその指先には、宿敵の「凍てつく新世界」を焼き払うための、冷徹な破壊の波動が宿っていた。