脱獄
ペントンビル刑務所の外壁が、黄金の火花を散らして内側から弾け飛ぶ。
埃を払い、月明かりの下へ踏み出したディオは、かつて自分が支配しようとした貧民街へと向かった。
だが、そこにあったのは、彼が知る「ロンドン」ではなかった。
「……なんだ、これは」
ディオの足元には、かつて彼が路地裏で殴り合い、金を奪い合ったチンピラの一人が横たわっていた。いや、横たわっているのではない。彼は跪き、両手を合わせ、まるで敬虔な祈りを捧げる聖者のようなポーズで、「凍りついて」いた。
その表情には、飢えも、卑屈な笑みも、他人を刺し殺そうとするぎらついた殺意もない。ただ、滑らかな氷の膜に包まれ、この世の全ての苦しみから解放されたような、空虚な平穏だけがあった。
「……ヘドが出るぜ」
ディオの脳裏に、幼少期のドブ川のような記憶が蘇る。
酒浸りの父の罵声、泥水を啜ってでも繋ぎ止めた命。知恵を絞り、他人を騙し、喉元を掻き切る勢いで這い上がってきたあの日々。
ディオにとって、「生きる」とは、醜く、汚く、だが誰よりも強く「エゴを剥き出しにすること」と同義だった。
「ジョジョ……。貴様は、こいつらから『飢え』を奪ったのか。生きるために他人を蹴落とす『熱量』を奪い、こんな冷たい置物に変えちまったのかッ!」
ディオは凍りついた男の頭を、波紋を込めた足で無造作に踏み砕いた。
パリン、と虚しい音を立てて散る氷の破片。そこには血の匂いも、死に抗う執念の欠片もありはしない。
「俺は、汚れた泥の中で知恵を研ぎ澄ませ、この世界を支配するために生きてきた。だがジョジョ……貴様のこの世界には、支配すべき『欲望』すら残っていないッ!」
ジョナサンの「救済」は、ディオの歩んできた「生存戦略」そのものの全否定だった。
戦うべき敵も、奪い合う財産も、憎むべき格差もない。すべてが均一に、清らかに、死体置場のように管理された世界。
「認めん……。こんな、お坊ちゃんの趣味で塗りつぶされた『おままごと』のような世界は、この俺が絶対に認めんぞ!」
ディオの肺が、かつてない激しさで酸素を吸い込んだ。
彼の体内で練り上げられる波紋は、生命を讃える光ではない。ジョナサンの「白い虚無」を焼き、溶かし、再びこの世に「血と泥の臭い」を取り戻すための、どす黒い破壊の計算式だ。
「ツェペリ……。あの野郎(ジョジョ)は、俺のルーツを、俺の誇りを汚した。……あいつのあの綺麗な顔を、ドロドロの泥水に沈めてやるまでは、死んでも死にきれんぜ!」
ディオが吠えると、彼の周囲の地面が波紋の共鳴によって激しく震え、ジョナサンが施した「保存の氷」が次々とひび割れていった。