斬影原典 ――贋作者から創造主になるエミヤの話――   作:みそそ

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最初で最後の一振り

天の逆光、燃え盛る人理の終焉。

 その光景を、アンリマユは特等席――瓦礫の山に腰掛けて眺めていた。

「いやあ、壮観だねえ。流石は七十二柱の魔神の統合体。これじゃあ、マスター様も詰んでるだろ」

 彼は戦いに参加する気など毛頭なかった。自分が「この世全ての悪」として負わされた人類史が、もっと巨大な悪意によって塗り替えられていく様を、ただ嘲笑いながら見届けるつもりだったのだ。

 だが、その余裕は一瞬で凍りついた。

 視線の先で、盾を掲げた少女が光の中に消えた。

 それは勝利への布石でも、英雄的な自己犠牲でもない。ゲーティアが構築する「死のない停滞」という新たな理の中へ、ただの部品として吸い込まれ、その存在を奪われていく無慈悲な消失だった。

「……は?」

 アンリマユの口から、乾いた声が漏れる。

 直後、静寂を切り裂いたのは、これまで何度地獄を突きつけられても折れなかったはずの、マスターの慟哭だった。

 地べたを這い、マシュがいたはずの虚空に向かって、言葉にならない悲鳴を上げながら泣きじゃくる人間の姿。その絶望の濃度は、アンリマユがかつて村人たちから受け取った「憎悪」よりも、遥かに純粋で、救いようのないものだった。

「おいおい……冗談だろ。あいつが泣いてる。あの、お人好しの極致みたいなマスターが、諦めて泣いてやがる……」

 アンリマユの顔から笑みが消える。

 彼が驚いたのは、戦況の悪化ではない。

 世界を覆う「悪」を自認する自分が、今、この光景を見て「吐き気を覚えるほどの不快感」を抱いていること。そして、あんなに綺麗だったはずの世界が、ゲーティアの手によって「痛みさえ許されない虚無」へと変質していくことに、初めて本能的な恐怖を感じたからだ。

「……あーあ。これはダメだ。悪としても、これ以上は見てらんねえわ」

 アンリマユは立ち上がり、黒い影を揺らした。

 その瞳に映るのは、もはや嘲笑の対象ではない。ただ一人、崩壊する世界の中で立ち尽くす赤い弓兵――エミヤの背中だった。

 

燃え上がる時間神殿。人理の礎が崩れ、空がひび割れていく。

 泣き崩れるマスターの背後で、エミヤはただ、己の指先が砂のように解けていくのを眺めていた。守護者としての責務も、未来への希望も、すべてがゲーティアという巨大な虚無に飲み込まれていく。

「……あーあ。散々な幕引きだな、おい」

 横からかけられた声に、エミヤは視線を動かした。

 そこにいたのは、黒い髪を乱し、霊基の半分を消失させたクーフーリンだった。神性を失い、ただの人間としての死に直面しているはずの男は、しかし、あの食堂で別れた時よりも晴れ晴れとした顔で笑っていた。

「……クーフーリンか。逃げ遅れたか、それとも笑いに来たか」

「笑いに来たに決まってんだろ。お前があんまりにも、死に損なったガキみたいな面してるからよ」

 クーフーリンはふらつく足取りでエミヤの隣に並び、肩をぶつけた。その体温は驚くほど低く、だが意志の光だけが黒い瞳の奥で燃えている。

「なあ、エミヤ。もう世界も、歴史も、人理ってやつも全部おしまいだ。誰も見てねえ。誰も覚えてねえ。お前を縛り付けてた『正義の味方』なんて看板も、もうどこにも落ちてやしねえんだ」

 クーフーリンは、エミヤの震える右手を掴み、無理やり前へ向けさせた。

「最後くらいよ……贋作じゃねえ、お前の『オリジナル』を作ってみせろ。誰の真似でもねえ、お前の中だけにしかない武器をよ」

「……馬鹿を言うな。私には、そんなものは――」

「あるだろ。お前がずっと隠してた、自分への自信のなさと、それでも捨てられなかった何かがよ。観客は俺一人だ。ケチをつける王様も、救いを求める民衆もいねえ」

 クーフーリンは顔を近づけ、獰猛に、そして優しく笑った。

「見せてくれよ、鍛冶屋。お前が、お前自身のために打つ、最初で最後の一振りを」

 その言葉が、エミヤの中で澱んでいた「贋作者」としての誇りを、粉々に打ち砕いた。

 空っぽだったはずの心象風景に、一滴の熱い感情が落ちる。

 

 エミヤはゆっくりと目を閉じた。

 脳裏に浮かぶのは、最強の聖剣でも、魔剣でもない。

 かつて、誰かのために食事を作り、温かな湯気の中で「美味しい」という言葉を待っていた、あのひどく矮小で、けれど何よりも愛おしい『日常』の道具だった。

「……フン。客が一人なら、注文に応じないわけにはいかないな」

 エミヤが右手をかざす。

 魔術回路が、今まで聴いたこともないような澄んだ音を立てて駆動し始めた。

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