斬影原典 ――贋作者から創造主になるエミヤの話――   作:みそそ

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声にならない慟哭

誰も傷つかない世界は、誰も『生きていない』世界と同じだ。私が守護者として見てきたのは、そんな平和に飽きて自壊した文明の残骸ばかりだったというのに……。私はまた、あの『温かい墓場』を再生産しようとしていた。

「よせ。これでは、私はまた『正しいだけの偽物』を創ってしまうのか――」

 その苦悩を、黄金の哄笑が切り裂いた。

「相変わらず、己の矮小な正しさに振り回される男よ」

 光の中から現れたのは、英雄王ギルガメッシュだった。彼は燃え尽きる人理を背負いながら、尊大に、そしてどこか楽しげにエミヤを見据えていた。

「英雄王……。貴様も、この停滞の末路を見に来たのか」

「停滞だと? 戯言を。貴様の足元を見ろ、フェイカー」

 ギルガメッシュは、エミヤの傍らで意識を失っているクーフーリンを指差した。神性を失い、黒い髪を晒して泥の中に転がるその姿を。

「その『矛盾の塊』を、貴様の新しい庭に放り込め。こいつを新世界の礎(生命の種)にするがいい」

「……、この男を?」

「左様。生と死、栄光と没落、そして何物にも縛られぬ自由。クーフーリンという男は、それら相反する概念を血肉として生きた獣だ。宇宙とは本来、割り切れぬ矛盾でできている。調和など、停滞の前触れに過ぎん」

 ギルガメッシュは一歩前に出ると、消えゆく世界を惜しむこともなく、新しく生まれようとする「無」の先を見据えた。

「その男が暴れ、世界を掻き回し、秩序を汚す。その混迷こそが、生命が『明日』を欲する原動力となるのだ。行け、エミヤ。俺の庭の狭さに愛想を尽かしたのなら――その濁った混じり気こそを、新しい理として刻んでくるがいい」

 エミヤは絶句した。

 かつての宿敵が、自分に「正しさ」ではなく「濁り」を許したのだ。

「……クーフーリンを、毒として、そして火種として連れて行けというのか」

「ふん、観客が一人では退屈だと言ったのはその男だろう? 貴様が設計し、こいつが壊す。その無限の循環こそが、真の創世だ」

 

次元の狭間、色彩さえ存在しない虚無の奔流の中で、エミヤは倒れたクーフーリンを強く抱え、独り歩んでいた。

 背後で、かつて自分が守ろうとした世界が、歴史が、そして多くの絆が遠ざかっていく。

 その時、堰を切ったように、彼の中に封じ込めてきた「記憶」が溢れ出した。

 冬木での絶望、守護者として積み上げた死の山。そして、カルデアで過ごした騒がしくも温かな、紛い物の日常。藤丸立香の笑顔、マシュの献身、不器用な英霊たちの喧騒――。

「……っ、ぁ…………」

 エミヤの目から、大粒の涙が零れ落ちた。

 声にならない慟哭。それは、誰かのコピーとしてではなく、衛宮士郎という一人の男が、ようやく自分の人生の幕引きを認め、失ったものの大きさに咽び泣く、初めての「ボロ泣き」だった。

 散々泣きじゃくり、視界が真っ赤に腫れ上がった頃。

 彼は腕の中にいる、黒い髪の男を見つめた。

 クーフーリン。

 正体も定かではない神話の影。英霊召喚システムという、残酷な揺り籠に囚われた男。

 呼び出されるたびに戦いの道具として消費され、望まぬ主に振り回され、最後は必ず虚しく散っていく。それは、生まれた瞬間に意地の悪い親に兵器として売られた子供と同じではないか。

 

 エミヤは涙を拭い、その瞳に「創造主」としての静かな決意を宿した。

「約束しよう。お前が二度と、誰かの道具になどならない世界を創る。退屈などさせない。お前がその野性を、その自由を、心のままに振るえる……そんな騒がしいほどに生きた宇宙を、私が設計してやる」

 エミヤは手にした調理器具――「包丁」を虚空に突き立てた。

 それはもはや、肉を切るためのものではない。

 クーフーリンという唯一の観客のために、最高に面白く、残酷で、そして愛おしい「生」という名の晩餐を用意するための、創世の筆。

 暗闇の中に、最初の一筋の光が走る。

 それは、贋作者(フェイカー)が初めて自分自身のために描き出した、眩いばかりの『オリジナル』の夜明けだった。

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