Re:ゼロから始める異世界生活6章オットー同行if   作:樫ハット

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【10】二度目の選択

 触れた掌から伝わるラムの温もりで、スバルはようやく現実感を取り戻す。

 

「……ラム」

 

「なに?」

 

「お前の指、すべすべしてて気持ちいいな……って、ぶべ!」

 

「図に乗るんじゃないわ。このバルスが」

 

「人の呼び名を悪口みたいな使い方すんのやめてくれます!?」

 

 頬に触れていたその手で今度は頬を張られ、スバルは砂の地面に転がされる。スバルが涙目で訴えかけるのにも応じず、ラムは立ち上がり、そそくさと距離を置く。

 どうやら珍しいラムの素直な優しさはここまでのようだ、と頬をさすりながらスバルは考える。――もっとも、あのままでいられると照れ臭くて会話もできないから、こうして普段の調子に戻したのが本音のところではあるのだが。

 

「ここは……」

 

 自分の足がちゃんとついており、自力で立ち上がれることを確認したスバルは、ラムに問いかける。もっともその答えは既に知っているのだが。

 

「どことも知れない真っ暗闇よ。バルスの魔法で砂海の景色が綻びて、竜車ごと裂け目に呑み込まれたのは覚えているでしょう? そこから先はラムも知らないわ」

 

「なるほどな。それでなんとなく、把握した」

 

「……そう」

 

 ラムの口から現状を説明され、スバルはそれを受け入れる。

 『死に戻り』したことと、その『死に戻り』地点が早くも変更されたことを。

 

 この砂丘におけるスバルの最初の『死』は推定『賢者』の攻撃だ。監視塔から放たれた光により、訳も分からないまま殺された。二度目の死は、この地下空洞で化け物に襲われ、最後にラムの声が聞こえて、意識が途絶えた。

 あまりの痛みに気を失ったのか、それともラムが何かして意識を失ったのか、『死』の直前のスバルの記憶は曖昧で判断がつかなかった。いずれにせよ、あの後スバルは死に、状況からしてラムたちも生き残ったとは思えない。

 苦しむスバルを見かねて、ラムが魔法か何かで気絶させてくれたのかもしれない。だとしたら、それはスバルにとってありがたいことだった。遅かれ早かれスバルはあそこで死んでいた。下半身が丸ごと焼けて使い物にならなくなっていたのだから。

 

――あるいはもしかすると、ラムはスバルを介錯してくれたのかもしれない。

 

 その考えが頭に過った瞬間、スバルは自分でそれを必死に否定しようとする。

 ラムにとってスバルは、現状『暴食』に食われたレムの記憶を持つ唯一の存在だ。その上、目を覚ましたレムがスバルの死を知って何を思うか、想像できない彼女ではない。エミリアたちのこともある。いくら彼女でも、あの土壇場でそんな重い決断を瞬時にできるとは思えなかった。

 

 だが、もしラムにそんな決断をさせていたとしたら――スバルは自分で自分を許せない。

 

「いや、最悪な方に考えるのはやめだ」

 

 あの場にはオットーもいた。彼が無策でラムが死地に向かうのを許すとは思えない。きっと何か作戦を帯びて、ラムはあの化け物がいる空間に降りてきたのだろう。旧ロズワール邸を全焼させてまでスバルたちを助けた男だ。最後の瞬間まで諦めなかっただろう。

 

 だが仮にあの場からスバルを救い出す手段があったとして、まず間違いなくラムは生きて戻れないはずだ。それをわかっていて、ラムは降りてきた。スバルを置いて逃げたとして、あの魔獣が彼女らを見逃した可能性は低いとしても、だ。

 

「『姉様は優しすぎます』……か」

 

 かつてのレムの言葉を思い出す。本心は毒舌に覆い隠されているものの、時折ラムが見せる優しさはスバルにもわかる。ちょうど、先ほどラムがその温もりでスバルを落ち着かせてくれたように。

 

「? 何か言った、バルス?」

 

「いや、こっちの話だ。姉様には感謝してるってだけ」

 

 内心をそれとなく隠しつつ感謝を告げたスバルに、ラムは怪訝な顔を返す。

 

「そんなにラムの手が好きだったなんて。いやらしい」

 

「そういうことじゃねぇよ!」

 

 汚らわしい、とでも言いたげなジト目を向けられ、スバルは必死に反論する。

 内心評価を上げようとしたところでこれである。結局ラムはラムなのだった。

 

「ようやく発情できるくらいには落ち着いたようね」

 

「いやだからそれは誤解だって……まあ、もう大丈夫ってのは間違ってない。確認するが、ここにいるのは俺とお前だけか?」

 

「だとしたら、ラムは身の安全のためにバルスを置いて逃げているわ。そうしていないということは……わかるでしょう?」

 

「お前が滅多に見せない優しさ第二弾を発揮した?」

 

「慈愛と慈悲の塊であるラムに向かって、不敬極まりない発言ね。――無駄話をしている間に戻ってきたわ」

 

 カンテラでこちらから見て左――ラムから見て右側を示すと、空洞の奥の方から別の明かりが近付いてくるのがわかる。スバルの肩あたりの高さと、そこから頭一つ分だけ高い位置で揺れる二つのカンテラ。スバルは既に知っている。パトラッシュに跨るアナスタシアと、それを先導するオットーだ。

 

「ナツキさんも、ようやくお目覚めみたいですね」

 

「寝坊助さんやね。ナツキくんが一番最後やなんて」

 

「――オットーとアナスタシアに、パトラッシュか」

 

「お帰りなさいませ、アナスタシア様、それとオットー。それで、周囲の様子は?」

 

「ちょぉっと奥まで見てきただけやけど、他の子ぉらは見当たらんね。ここいらに飛ばされたんはうちたち四人……と、パトラッシュちゃんだけみたいや」

 

「そう、ですか」

 

 スバルは三人が前回のループと同様のやり取りを交わすのを見届ける。

 

 こうして落ち着いて見てみると、前回オットーが教えてくれたように、ラムも本調子でないことがわかる。微かに憔悴して見えるラムの横顔から、彼女がレムと逸れて取り乱していたという事実が伝わってきてしまう。

 

「現状、合流できてるのは俺ら五人だけか。……戦闘力がないのがヤバいな」

 

「思ったより取り乱さんのやね、ナツキくん」

 

「隠してるけど内心不安で一杯だよ。ただ、取り乱しても状況が良くなるわけじゃないってわかってるだけだ」

 

 目覚めたばかりのスバルの落ち着きようにアナスタシアが疑問を挟む。前回のスバルの慌てようを考えると、騙しているようで気が引けるが、落ち着いてすぐ動き出せるのは一つ利点と考えよう。

 

「ナツキさんもこれで何度か修羅場をくぐっていますからね。まあ僕としては落ち着かせるのが一人で済んでありがた――」

 

「黙りなさいオットー。ここに縛って置いていくわよ」

 

「ちょ、ちょっとした冗談ですよ!」

 

 ラムがオットーの襟を掴んで脅しをかける。

 オットーが迂闊にももらした発言の意図は、二回目のスバルにはすぐにわかった。ラムはレムとはぐれてしまったことに気づいた途端、相当取り乱したらしい。そしてそれをオットーが宥めたということもわかった。

 

「レムのこと、だよな」

 

 オットーの発言でスバルが事のあらましを理解したらしいことを見て取り、ラムは一つため息をつき、説明する。

 

「そうよ。オットーが一人ではぐれても誰も気にしないでしょうけど、レムがこんな場所に取り残されていたとしたら危険どころじゃないわ」

 

 しれっとディスられるオットー。だがラムの心配はもっともだし、スバルにもよくわかる。なにせ前回のスバルも同じことに思い至り、盛大に取り乱していたからだ。

 

「一応確認するけど、共感覚でレムの場所はわからないんだよな?」

 

「ええ、ダメだわ。繋がりがあるから、少なくともあの子が生きていることは間違いないけど……それ以上のことはわからない。一人でないのを祈るしか」

 

「……俺は、絶対無事だって信じてる。今はそれだけ信じて、みんなと合流しよう。レムを探すにしても、エミリアたんかベア子に微精霊の力を使ってもらった方が速いはずだ」

 

 だがここで、スバルはみんなに明かせない大きな不安を抱えている。それは『死に戻り』の地点が更新されたという事実だ。ことここにおいて、その事実は『死に戻り』をもってすら名前を喰われたレムを取り戻すことができなかったことをスバルに思い起こさせる。

 

 もしこの空洞に落ちた時点で、分断された仲間に起こる悲劇が止められないとしたら。スバルの手から、また救いたいものがこぼれ落ちてしまうとしたら。

 

「それだけは、絶対にダメだ……!」

 

 ここにいない、エミリアやベアトリス。ユリウスにメィリィ。そして、レム。

 今は、彼女たちの身に不幸な出来事が起きていないことを願うほかない。

 ナツキ・スバルの手の届かないところで、彼女たちが傷付いていないことを。

 

「精霊と言えば、バルス。――ベアトリス様とは、繋がっていないの?」

 

「試してみたけどダメだ。パスが通ってりゃ、ベア子の方から俺を感じることはできるはずなんだが……呼び出そうとしても、繋がりが薄い」

 

「瘴気のせいかもわからんね。精霊もよぅ息が続かんて、うちのエキドナもちょくちょくぼやいてるもん。……元気なんは、エミリアさんだけやったし」

 

「ベア子も、そうだったのかな」

 

 ベアトリスも大概気丈で頑固だ。仮に不調だとしても、我慢できる範囲なら自分から訴えるようなことはしまい。だとしたら、スバルの方がちゃんとそれに気づくべきだった。

 ベアトリスの不調は仲間全員の安否をも左右する。決してベアトリスのせいにするわけではないが、砂丘の空間の歪みにE・M・Tが干渉することで起こった問題も、賢い彼女が本調子なら事前に気づけたかもしれない。もっとも気づいたところであの場ではどうしようもなかった気がするが。ともかく無事に再会したら、しっかりと怒ってやらなければ。

 

「だからそのためにも、他の奴らと合流する。――いこう、空洞の奥に!」

 

 奥へ向かえば、再びスバルを焼いたあの化け物と出くわす可能性がある。

 だが、たとえそうであっても、進む以外に道はない。

 

 大切な仲間たちと再会するためにも、進む以外に、道はない。

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 パトラッシュにラムとアナスタシアを乗せ、スバルとオットーは徒歩で砂の迷宮を踏破する。前回と同じ隊列で、五人は空洞の奥へと足を進める。

 出発は前回と比べれば十数分は早いかもしれないが、あの化け物がいつからあの場所にいるのかわからない以上、誤差の範囲でしかないだろう。同じ行動をすれば、同じ結末を辿るだけだ。

 

 そもそもあいつはなぜあの空間にいたのだろうか。単純に考えればあそこは奴の縄張りのように思える。あるいは餌を探して動き回っていたところで、運悪くスバルたちが出くわしたか。

 だがスバルには、奴の目的が餌だとは思えなかった。理由はあの空間に存在していた焼死体だ。

 暗闇でスバルが掴んでしまった黒焦げの死体は、おそらく動物の死体だろう。もし食べることが目的なのであれば、骨まで炭になるほど焼く必要はない。肉を焼いて食べる習性があるにしても、その点は不可解だった。

 そこから考えられるのは、あの化け物は獲物が焼け死ぬのを楽しむ残酷な性格で、あそこはそのための場所だということ。

 

 常軌を逸した火力と、その異形の図体。

 スバルはあの化け物が自分をいたぶって笑っていた様子を思い出す。食べるための殺しですらない。ただ遊びで生き物を苦しめて殺すあの存在に、スバルは本能的な恐怖を抑えられなかった。

 

「ナツキさん?」

 

 隣を歩くオットーがスバルの顔を覗き込む。

 

「悪い、ちょっと考え事してた。何の話だっけ?」

 

「せやから、うちの見たところ、ここいらは砂丘に間違いないはずなんやけど、地下かもしらんなぁって。ナツキくんはどう思う?」

 

「ああ、俺もそう思う。なんとなく空気が重いのは、多分瘴気だろうな。塔の中というわけでもなさそうだし、外が見えないところからしても地下空洞で間違いなさそうだ」

 

 スバルたちは前回より出発が早まった分、歩きながら話し合いをしている。まず最初に話題に上がったのは、ここがどこかという話だ。それがわからなければ脱出方法もわからないのだから当然と言えよう。

 

「そうやね、うちも同意見や。地下らしく気温が低いのも理由やね」

 

「砂丘の地下……砂蚯蚓の穴倉じゃないことを祈るわ」

 

「……それよりヤバいもんの可能性もあるな」

 

 ローブの前を合わせ、肌寒さをアピールするアナスタシアにラムが同調する。その彼女らの意見に首肯しつつ、スバルは微妙に事実を織り交ぜた。

 砂蚯蚓であっても戦闘力に乏しいこのメンバーで相対することは勘弁願いたいのだが、それでもあの魔獣よりマシだ。あの魔獣――ひとまず、便宜上ケンタウロスとしておくが、あいつを倒すのは至難の業だろう。

 

 まずあの火力だ。エミリアのように強力な氷の魔法でも使えれば別だが、まず常人にしのぐ術はない。かすっただけで火傷を負い、一度でも当たればゲームオーバーだ。

 そして、スバルはちらとしか確認できなかったが、再生能力も備えている可能性がある。オットーが投げた水の魔石で凍り付いたはずの体が、数瞬後には何事もなかったかのように治っていたからだ。もっともスバルはあとのときよく見えていなかったので、単に炎で氷を溶かしきっただけの可能性もある。だがその場合も、ケンタウロスの耐久力が高いということには変わりない。

 おまけにあの残忍さと狡猾さ。爆発音や攻撃に気を取られたふりをしながら、後ろにいたスバルのことをきっちり意識していた。そして音を立てるのを躊躇し、ゆっくり静かに動く獲物を、不意打ちで確実に仕留める。致命傷を負わせて放置したのも、助けに来る仲間をさらに殺すための常套手段だったのかもしれない。だとしたら性格が悪いどころじゃない。

 

 問題はこれらの情報を『死に戻り』で得たスバルにも、効果的な戦い方が思いつかないことだ。仮に前回と同じく真っ向からぶつかれば、同じ死に方をするだろう。

 となると何とかして会敵を回避したいところだが、あいつの横を通り抜けることなどできるだろうか? なるべく音を立てずに進むことも可能だろうが、そんな綱渡りはなるべく避けたかった。

 

「実際、砂蚯蚓だけに関わらず、魔獣と出くわす可能性はあるよな。この砂丘にいた魔獣だけど、対策を話し合っておいた方がよさそうだ」

 

「一応僕はこの辺りの商人から魔獣について聞いていますが、例の砂蚯蚓のことを考えるとその情報もどこまで信頼できたものか……」

 

「ああ、砂蚯蚓は十倍サイズなんて生易しいもんじゃなかったからな。警戒はいくらしてもし足りないくらいだ」

 

「せやね。一般的な魔獣の生態でも、先に話し合っといた方がいざという時役に立つやろうし」

 

 そんな流れで、空洞の奥への捜索を進める傍ら、魔獣についての話し合いをすることとなった。

 

「砂蚯蚓は外見の醜悪さと悪臭が目立つけど、凶暴性に反して肉体はそれほど強くはないわ。図体も大きいし、ラムの魔法で簡単に殺せる。……なんなら、バルスの鞭も無力ではないかもしれないわね」

「マジで? 鞭でダメージ入るの?」

「性格は案外臆病やって話やし、痛い思いしたら引き返す場合もあるらしいわ。その痛い思いの範疇次第やけど、可能性ゼロってことはないやろね」

「僕も火の魔石を持ち込んでいるので、それでも対処できそうですね。数に限りこそありますが」

 

「袋鼠はできれば出くわしたくないわ」

「ネズミなんて名前に反して凶悪な魔獣なのか?」

「うんにゃ、戦闘力はないんよ。たぁだ、戦い方がえげつなくて。自分の体がパンパンになるまで空気で膨らんで、敵の近くで爆発するんやね。で、自分の血とか内臓とか浴びせてきよるんよ」

「……それ、血が毒とかそういう?」

「いえ、毒はありません。ただ、一匹にそれをやられると、臭いを嗅ぎつけて他の袋鼠も群れでやってきて、同じことを繰り返します。そのあとはもう、逃げても逃げてもどこからか袋鼠がやってきて、どんどん血塗れになっていくというわけです」

「怖っ!」

 

 さすがに得体の知れない魔獣共だけあって、生態を聞くだけで顔をしかめたくなるものも多い。そうした形である程度、純粋に魔獣について話し合ったところで、スバルは満を持してその話題を選んだ。

 

「じゃ、次は俺が砂丘で遠目に見た魔獣なんだが……馬の体に人の胴体がくっついて、背中から火を噴く魔獣って、知ってるか?」

 

「――――」

 

 ここまでの魔獣の生態を話し合う流れで、スバルはケンタウロスのことを明かす。

 これだけ強烈な魔獣なら、誰かしらが見つけて対処法が編み出されている可能性も高い。アレがこの砂丘固有の魔獣でなければ、だが。

 ともかく聞いてみなければわからない。もしわかりやすい弱点でもあれば今度こそ突破できそうなものだが。例えば火属性の魔獣なので、水に弱いとか。

 

「……残念やけど、うちに心当たりないなぁ。ラムさんとオットーくんは?」

 

「ラムの方も残念ですが。聞くだに嫌悪感ばかりが募る魔獣だけれど」

 

「僕もあいにくと存じませんね。砂丘の瘴気で変異した魔獣の線もありますが、元になりそうな種も特に思い当たりませんし」

 

「知らない、か……」

 

 現実はそう甘くはなかったようだ。

 他の魔獣はともかく、この魔獣に関してはこの地下空洞で確実に出くわす可能性がある。である以上、知りませんと言われてはいそうですかと先に進むわけにも行かない。何か一つでも突破口となる可能性を探りたい。

 

「ナツキさんはそれを遠目で見たんですよね。大きさはわかりますか?」

 

「えっと、パトラッシュくらいの大きさの四足歩行の胴体があって、その頭部分がさらに人の胴体みたいになってる。その胴体には腕が二本付いてて、胴体自体は胸から腹の部分が縦に裂けててそこが口だ。人の胴体の首から上は頭の代わりに直接角が生えてて……」

 

「えぇ……何それ。めっちゃ気持ち悪いやん……」

 

「正直、ひいたわ」

 

 詳しく説明すればするほどに、女性陣の好感度が下がっていく。心なしか説明に使われたパトラッシュも嫌そうな顔をしている。気持ちはわかるが、スバルもやりたくてこんな説明をしているわけではないのだ。

 

「そもそも、そんな魔獣を見かけたならその時点で報告なさい。なんでそんな危なそうな魔獣を見過ごすの」

 

「いや、それはその……夜のことだったんだよ。メィリィの加護があったからか、向こうから近付いてこなかったのを遠目に見ただけなんだ。ちょうど、お前が竜車の中でエミリアたんに治療されてるときでさ」

 

「いやらしい」

 

「お前、それ言いたいだけになってないか?」

 

 ラムの追及に適当な言い訳で誤魔化す。と、隣を歩くオットーがスバルに向き直って追求する。

 

「見かけたのは夜だけですか? 昼には?」

 

「……あー、そうだな。夜っつーか、暗いところに居そうな雰囲気だった」

 

「夜目がきくように見えたということですか?」

 

「いや、多分頭もなければ目もないと思うんだが」

 

 そこまで言って、スバルはケンタウロスに目がなかったことを思い出した。醜悪な外見だが、じっくり見ておいた甲斐があった。

 

「そうか、目がないんだ。だから音に反応して……」

 

 オットーたちに『死に戻り』のことは話せない手前誤魔化したが、アレはおそらく洞窟性の魔獣だ。視覚が退化している代わりに聴覚が発達していてもおかしくない。その発達した聴覚で、相手の位置などを認識していた可能性が高い。となると、地下において知覚能力に劣るスバルたちは、それだけでも圧倒的に不利だった。

 

「? 何か思いついたんですか?」

 

「多分だけど、俺が今言った魔獣には、視覚がない。代わりに聴覚が発達して、それで周りを見てる。エコーロケーションってやつだ」

 

「えこーろけーしょん……が何かはわかりませんが、言いたいことはわかりました。確かに地中に生息する動物にはそういう生態をしているものいますからね」

 

 オットーはスバルの説明に理解を示す。加護の影響か、オットーは動物に詳しいのかもしれない。スバルとしては話が早くて助かるばかりだ。

 

「ようわからんけど、目が見えんってことなら音が出ないように通り過ぎればええんとちゃう?」

 

 と、アナスタシアが対策方法を提案する。

 

「いや、目が見えない分音には超敏感ってのは考えられる話だ。そう簡単じゃないと思う……それに俺、なんか魔獣を引き寄せちゃう体質みたいで」

 

「ならバルスが囮で決まりね。ラムたちがその隙に脱出するわ」

 

「全員で生き残る策を考えようぜ!」

 

 スバルが申し訳なさそうにその方法が使えないことを伝えると、ラムが絶対に採用できない代替案を出してくる。作戦上何度かその体質を活かしてきたスバルだが、この場合は数秒で消し炭になって終わる気しかしない。囮にすらならないだろう。

 そもそもラムは、そんなことを言っていながらいざというときはスバルを助けに来てしまう。そのことを知っているスバルは、なんとなくラムを生暖かい目で見つめてしまうのだった。

 

「何を考えているのかしら、バルス? 不快だわ」

 

「いや、何でもねぇ。それよりその魔獣、とりあえずケンタウロスって呼ぶけど……たぶん、かなりヤバい奴だと思う。人の胴体の背中から鬣が生えてて、それが火みたいに燃えてた。かなり執念深そうな面構え……顔ないからわかんないけど、そんな感じもしてた。一度見つかったら逃げても追いかけてくる可能性がある」

 

「なんでますます、そんなの放置しておいたの? 死にたいの?」

 

「絶対ヤバイやつじゃないですか! そのときにメィリィちゃんに対処してもらうべきだったんじゃないですかねぇ!」

 

「今のは俺も自分の説明に語弊があったなと思う。とはいえメィリィがいない今出くわしたら俺らで対処するしかねぇ」

 

 危険を知らしめたいがために、かなり無茶な論理展開になったのは否定できない。

 ただ、これだけ伝えておけば、肝心のケンタウロスとの遭遇に対する危機感を持つことが彼女たちにもできるだろう。

 

 それに、だ。ケンタウロス対策は何も、実際に出くわした場合ばかりではない。

 もっと根本的な方法も、スバルは考えている。

 それは――、

 

「三人とも。――お喋りはいったん、止まっとこか?」

 

 アナスタシアがそう言って、パトラッシュに止まるように指示。賢い地竜は言われる前に足を止めていたが、その意を酌み取ったように頭を垂れた。

 そして、アナスタシアが握ったカンテラを前に差し出すと、

 

「分かれ道、や」

 

 ――出くわさないための方策、その第一弾を目前としていた。

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 前回と同様、分かれ道には嫌悪感と怖気が漂っている。

 それはやはり右側の道から流れ込んできているように感じられた。

 

「右と左、どっちへ行きたい?」

 

「クラピカ理論に従うと、右に向かうのが正解だ」

 

「誰やのん」

 

「こういうとき、人間は無意識に左側を選びたくなるもんらしい。利き腕だったりとか利き目だったりとか色んな条件が作用するんだが、特に何の条件とかも付けない場合において、行動学でそういう実証がされてる」

 

「右の道からこれだけ嫌な感覚がしていれば、誰だって左を選びたくなると思いますけどねえ」

 

 右の道へ進むことが正解――かはわからないが、少なくとも左の道には罠はあった。なら今回は右へ進むべきだ。

 『死に戻り』の知識がありそう判断しているスバルは、異世界の知識を持ち出してどうにか丸め込もうとする。だが右の道から漂う嫌な感覚は皆感じているようで、スバルの提案にも否定的だ。だがスバルは彼らを説き伏せ、どうにか右の道へ進ませなければならない。

 

「確かに右からあからさまに嫌な雰囲気はきてる。けど、これはさすがに露骨すぎると思わないか? まるで俺らに左を選ばせようとしてるみたいだ」

 

「――――」

 

「あの『砂時間』を突破する仕掛けもそうだし、監視塔の前の魔獣の花畑もそうだ。あれは自然のもんにしちゃ手が込みすぎてる。そう思わなかったか?」

 

「空間の歪みが正されてこの空洞に落ちることまで全て想定されていた、というのは考えにくい気もしますが……何らかの目的で『賢者』が用意した空間、という可能性は否定できませんね」

 

 スバルの意見に一理あると反応したのはオットーだった。スバルは「だろ?」と言ってさらに畳みかける。

 

「賢者は監視塔から人を遠ざけるために、色々と罠を仕掛けてる。そう考えると色々と納得が行くと思う。ここまでの小一時間で俺たちが魔獣と出くわさなかったのも、それで説明がつく。ここがアウグリア砂丘の地下なら、地上みたいに魔獣がわんさかいてもおかしくないはずだ。ここにはあいつらを抑えてくれるメィリィもいないんだぜ?」

 

「確かに、これまでの罠も攻略法を知っている人だけが通れる仕掛け、と言われれば頷けます。この分かれ道に関しても、何も知らなければ左を選ぶように作られている、と」

 

「そういうこと!」

 

 図らずもオットーのアシストでスバルの意見はかなり説得力を増した。

 スバルも自分で言っていて思ったが、これまで出くわした罠とも呼べる数々の場面は監視塔への道行きを妨げるためのもの――『試練』と言えなくもない。そして、この空洞でここまで魔獣と出くわしていないのもまた不可解な事実だ。これらが全て人為的なものだと考えれば、色々と腑に落ちる。

 

 無論、左の道を行けば最終的にケンタウロスと出くわすことがわかっている以上、そっちに行きたくないがために補正がかかっている感はあるが。だがあのケンタウロスにしたって、右の道という答えを知らない人を振るい落とすための仕掛けと言われればわからなくもない。

 

「……確かに、バルスの言い分にも一理あるわ」

 

「せやね。本音やと、うちは右には絶対にいきたない。せやけどそれが誘導された結果やいうことなら、左が罠やて話も頷けると思うんよ」

 

 次第にラムとアナスタシアもスバルの言い分を認めつつあるようだ。もっとも右の道に進みたくないという気持ちはあるようだし、スバルもそれには同意できるのだが。

 

「んじゃ、右に進むってことでいいか? 反対意見があれば今のうちに言ってくれ」

 

 スバルの意見が優勢になったあたりで、あらためて皆の意見を問う。スバルとしてはこのまま右の道に行くという結論になってくれれば良いのだが。

 

「ちょぉっと思うところはあるけど、うちは賛成や。もしうちが外との接触を拒む賢者なら、右の道を正解にする。つまりそういうことやと思う」

 

 早速アナスタシアが賛成票を入れる。だがその口調からは、本音は右に行きたくないと考えているのが見て取れる。それを理性で押さえつけている印象があるのは、中身が襟ドナだとわかっているからだろうか。

 

「……ナツキさんは、右に行くべきだと、そう思いますか?」

 

「ここまで持論を展開した俺が左って言うのもおかしな話だろ。俺は右に行くべきだと思う。――左には、罠があると思う」

 

 左は罠、そのことだけは確信をもって言える。ここまでの理屈はどうあれ、その結論は揺らがない。

 

「……正直ナツキさんの説には色々と仮定が多く、信じすぎるのもどうかと思います」

 

「まあ、そこんところは俺も否定できねえな」

 

「ですが、地上での撤退の判断も含め、この中の誰よりナツキさんが賢者の思惑を理解しているように思えます。――だから僕は、ナツキさんの意見に乗ろうと思います」

 

「……そう言われると俺まで性格が悪いって言われてるみたいでいい気分しねぇけどな」

 

 オットーの考えは揺れていたようだったが、スバルの考えを受け、結論を出した。

 『死に戻り』で得た知識であることが伝わっていない以上、若干過大評価されている気がしなくもないが、スバルとしては好都合なので黙っておくことにした。そもそも制約があるせいで話したくても話せないのだが。

 

「で、ラムは?」

 

「……ここまで見てきた砂丘の在り方を考えると、バルスの言い分にも納得できる。賢者の性格の悪さはともかく、監視塔から人を遠ざけるための仕組みとして、あまりにもうまくできすぎている。誰かが手を入れたというのは、十分考えられる話だわ」

 

「まぁ、こんな罠が全部自然物ってのも変な話だよな……」

 

「だから、バルスの言い分を全面的に肯定するわけじゃないけど、一部に関しては肯定しないでもない。そうなると、右の道を確かめるのは吝かじゃないわ」

 

「……つまり?」

 

「ナツキくんの言うことに従うんは癪やけど、付き合ってくれるって」

 

 回りくどいラムの発言の真意をとりかねてスバルが疑問符を浮かべていると、アナスタシアがそれを丁寧に通訳してくれた。

 実際ラムから訂正が入らないあたり、正しい翻訳だったのだろう。要するに、オットーもラムもアナスタシアも、スバルの口車に乗ってくれるというわけだ。

 

「――し! よかった、サンキュな。三人とも、後悔はさせねぇ」

 

「……なんか急に不安になってきました。ナツキさんが自信満々のとき、必ず何かトラブルが起きるんですよ。後悔したとき用の備えもしておきますか」

 

「同感ね。それに選んだ責任ぐらい自分で取るわ。勝手にラムの分の重さまで背負おうとするんじゃないわよ。その無駄な甲斐性、レムにだけ発揮してなさい」

 

「あ、うちは後悔させたら責任取ったってくれてええよ。その場合、いくらになるかはあとでソロバン弾いてご相談やね」

 

「あれ!? なんかみんな辛辣じゃね!?」

 

 無事説得できたことに喜ぶスバルだったが、三人の反応はといえばこうである。

 だが後悔させないよう努力するというスバルの気持ちは本物だ。少なくとも、前回のような目に遭わせるつもりはない。

 

 だが、真の難関はここからだ。

 おそらくこれでケンタウロスは回避できるだろうが、だからといって右の道に罠がないと思うほどスバルは楽観的ではない。おそらくこの先にも関門が待ち構えていることだろう。

 

 ――圧倒的な負の空気を垂れ流しながら、分かれ道は決断を待っている。

 

 目に見えて空気が重く、悪くなる右の道へこれから踏み込む。

 これが賢者の用意した試練だとしたら、初手でこちらの道を選ばれることに何を思うだろうか。

 

「どうせ越えられないと踏んでるんだろうが、その鼻を明かしてやるぜ、賢者さんよ。見つけ出して、一泡吹かせて、それからエミリアたちを見つけさせてやる」

 

 これまで散々苦しめられてきたスバルは、スバルは右の道に向かってカンテラを掲げ、そう宣言した。

 すると、そのスバルの背後でラムは小さく吐息し、

 

「もっとも、エミリア様たちの方には全員揃っていて、ラムたちよりも先に監視塔へ到着してる可能性もあるけどね」

 

「ここは素直に、格好つけていいところじゃなかったですかね?」

 

 スバルの出鼻は挫かれたのであった。




【第10話での相違点】右の道へオットーも同行

今回の話はなろう版原作第六章14前半に相当しています。

オットーはスバルのことを信頼しているので、渋々ながら右の道へ進むことを決めました。
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