Re:ゼロから始める異世界生活6章オットー同行if 作:樫ハット
自分の手で首を絞め、加護を使ってパトラッシュにアナスタシアを殺させたオットーは、興奮と恐怖が入り混じり、見開いた目をスバルに向ける。
隣では口を赤く染めたパトラッシュがゆっくりと呼吸し、次の指示を待っているように見えた。それはまるで、従順な殺人のための凶器のように見えたが、スバルはその考えを必死に振り払う。
パトラッシュは賢い。状況を見て、スバルを助けるためにオットーに手を貸しただけだろう。そうだ、いざとなればパトラッシュはスバルに味方してくれるに違いない。そう考えると、怒りから一転して恐怖に染められたスバルの思考も、徐々に落ち着きを取り戻してきた。
「俺が、お前を殺そうとするわけないだろ? さっきお前にまでキレてたのは謝るよ。それと、あのままなら俺も殺されてたと思う。助かったよ、オットー」
「……ひとまずこれで、落ち着いて話ができそうですね」
そう言いながらスバルは、恐る恐るパトラッシュに手を伸ばす。するとパトラッシュはスバルの手に自分から頭を押し付けてきた。どうやら、ちゃんとスバルのことは主人だと認識してくれているらしい。それがわかるとスバルは一気に安心し、ようやく落ち着いて呼吸ができるようになった気がした。
見ればオットーも、スバルが落ち着いたことを見て取っていくらか安心したようだった。
「早速これからのことを話しますが、とりあえず引き返しませんか? この空気、長く触れていると精神に良くなさそうです」
スバルがパトラッシュを撫でている間に呼吸を落ち着かせたオットーが、来た道の方をカンテラで照らしながら、スバルにそう提案する。だが瞳には恐怖の色が濃く、一刻も早くこの場を離れたいという感情が見て取れた。
「……ああ、そうだな。お前まであの馬鹿女みたいになられたら困る」
そのときだった。パトラッシュが一声嘶いたかと思うと、手綱を握るオットーを振り切って空洞の奥の方へ駆け出していった。
直後、ザシュッという鋭い音が空洞にこだまし、パトラッシュが苦痛の悲鳴を上げた。
「っ! 何が――」
「ラムさんですよ! 逃げないと!」
そう言うが早いか、オットーはスバルの手をとって、分かれ道があった方へ駆け出そうとする。
「あの女、まだ生きてやがったか」
それを認識した途端、先ほどまで収まっていたはずの怒りが再燃する。感情に任せてオットーを振りほどき、スバルは一人ラムの元へ向かおうとする。
「何してるんですか!」
スバルが立ち止まったのに気づき、オットーはスバルに向かって叫ぶ。
「決まってるだろ。あの女を殺す」
「パトラッシュちゃんを無駄死にさせるつもりですか!?」
「っ!」
「あの怪我です、放っておいてもいずれ死にます! だから!」
「――わかったよ」
たしかに、あいつには抑え込んだ状態からでも抜け出された。瀕死だからといってスバルに無傷で殺せるとは限らない。それならば、この空洞に置き去りにして、確実な失血死を待つ方が良い。
そんなやりとりをしている間にも、ラムの風の魔法でパトラッシュが傷つけられるのがわかる。時折聞こえるラムの声から、パトラッシュの方も反撃はしているのがわかるが。
愛竜が傷つけられることに怒り心頭だが、せっかくパトラッシュが稼いでくれた時間だ。無駄にはできない。オットーに促されるまま、スバルはその場を走り去ろうとする。
「バルス!」
後ろから絞り出すようなラムの叫びが聞こえる。だがスバルはその声に立ち止まってやらない。振り向かず、言葉を吐き捨てる。
「あの馬鹿野郎、大人しく死んでりゃよかったものを。パトラッシュまで傷つけやがって……」
それと同時に、スバルの頭の中にはある場面が過った。
魔獣に噛まれたレムが呪いで死に、ラムが勘違いでスバルを殺そうとして、崖に追い詰めてきたときのことだ。あのときのラムも、さっきのような、呪い殺さんばかりの声だった。
「クソッ」
その考えを振り払おうと、スバルはそう口の中で呟く。そしてオットーとともにひたすらに元来た道を駆け戻った。ラムとパトラッシュの声が聞こえなくなるまで。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
走り続けてラムたちがいた場所からある程度離れると、どちらともなく徐々に歩くペースになっていく。無言のまま歩みを進め、お互いに息を切らしている音と、足元で砂を踏みしめている音だけが聞こえていた。
そうして十分ほど歩き続けただろうか。息を整えたオットーは、ぽつりと話し始める。
「やはり右の道は罠でした。直感に従って左に行くべきだったんですよ」
「……いや、左も罠だ」
右と左、どっちが最悪かはともかく、左にも罠があることはわかっている。
それを考えると、やはり右の道には何か解くべきギミックがあったのではないかと思えてくる。
「なんでナツキさんはそんなに自信があるんですか? 右も罠だったじゃないですか!」
そう聞かれると、スバルは押し黙るしかない。それを話すことは、『死に戻り』の禁則となるからだ。
「――言えねぇけど知ってんだよ! 左に行ったら俺らは全滅してた」
「……仮にナツキさんが正しかったとしても――」
「仮に?」
この期に及んでスバルを疑うオットーに、スバルは苛立ちを隠せない。スバルだって制限がある中で自分なりに伝えられることを伝えようとしているのだ。それを疑われれば、伝えられるものも伝えられない。
「……ナツキさんが正しくても、右も罠である可能性を排除すべきではありませんでした」
スバルにわかるかわからないかくらいに顔をしかめつつも、オットーは表現を修正し、話を続ける。だがその内容がまたスバルの気に障った。
「あ? じゃあ俺が悪いって言いたいのか?」
「っ! そうは言っていません。ただ、罠である可能性を考慮して、気づいた段階で引き返す基準を決めておくべきでした」
「言い訳になってねぇぞ。それは結局俺が何でもかんでも思いついてればよかったって責任を押し付けてるのと同じだ!」
「ああもう、一々苛立つのをやめてくださいよ! 僕たちは冷静に議論すべきでしょう?」
「それはお前らが癪に障る言い方をしてくるからだろうが! 俺だって好きで苛立ってるわけじゃねぇよ! 理由があるからこうなってんだよ!」
「――っ! いや、やめましょう」
「どうした? 言って見ろよ!」
「これじゃさっきと同じなんですよ! 落ち着くまで、僕たちはお互いに黙っておくべきです」
「……そうかもな」
怒りに任せて喉まで出かかった言葉の数々を、無理やり押し戻す。オットーの正論に言い負かされて、というより、ラムと同じように不機嫌をばらまく自分に客観的に気づいて嫌になったからだ。
あいつと比べれば、スバルはまだ冷静だ。大丈夫。
しばらく二人は黙って歩き続ける。さっきの場所まで小一時間歩いたことを考えると、分かれ道まではまだ遠い。だが黙ってしばらく歩いていると、少しずつ冷静になっていく自分がいるのがわかる。
言い合いをした直後は不意にクラっとくる怒りが湧き出すものの、怒る材料がなければそれも形をとることはない。ちょうど燃料がなければ火が燃えないのと同じかもしれない。
「……なあ、そろそろ話してもいいと思わねぇか?」
「……ええ、そうですね」
十分に落ち着いたと自覚したあたりで、また話をする。黙っている間に、気になることはいくつも浮かんできていた。
「これは、瘴気の効果なのか?」
「僕にもわかりません。この重たい感じが瘴気の濃さによるものなのか、はたまた別の影響によるものなのか……ベアトリス様ならその辺りもわかったのでしょうが」
「ないものねだりはやめろよ。ベア子がいりゃあそもそもこんな状況になっちゃいねぇ」
「そう、ですね」
怒りに支配されているときは気づけなかったが、こうして冷静になって過去の状態を思い返すと、明らかに精神状態がおかしくなっていたのがわかる。しかも、一度怒りに身を任せれば、それがおかしいことにすら気づけず、山火事のように拡大していくばかりだ。
これは瘴気の作用によるものなのだろうか。それすらスバルとオットーの二人には知ることができないのだった。
「今後の話をしましょう。右は罠でしたが、左も――」
「罠だ」
「……はい。ではどうしますか?」
「手間だが、俺らが落ちてきたところに引き返してみるって手もある。お前とアナスタシアで反対側を見てきたはずだが、どんな感じだった?」
「同じような空洞が延々と続いていました。その先に何があるかまではわかりませんが……ラムさんの話では出口はこっち側のようでしたが」
「お前、あの女の言うことを信じてるのか?」
スバルが半笑いで問いかけると、オットーは前を向いたまま無表情で答える。
「ええ、そうですね。少なくともこの空洞に入る前は、まともでした」
「――――」
望んだ返答が得られなかったことにスバルは歯噛みするが、同時に自分の思考を疑う。まだラム憎しで思考が歪められているのかもしれない。死んだあとも迷惑な奴だ。
「いや、それはいい。実際ずっと引き返すって案はありだと思うか?」
「……どうでしょうね。それこそエミリア様たちの救助を待つのと同じことになりそうですが」
「待て、それでいいんじゃないか?」
そのときスバルに一つ作戦が思いついた。それは最初の方に思いついたが捨てた作戦。すなわち、その場で動かず救助を待つ作戦だ。
「どういうことですか?」
「今はラムもいない。瘴気も俺ら二人ならこの調子で何とか凌げそうだ。なら時間を気にせず救助を待っておくのがベストなんじゃないか?」
そもそもその行動をとれない理由は主に瘴気とラムのタイムリミットだった。それさえなければ、エミリアたちの戦闘力が高いチームが先に空洞を脱出して、賢者の知恵を使って探し出してくれるのを待てばいい。
タイムリミットのせいでリスキーな行動を強いられてしまっていたが、冷静になればケンタウロスに勝つより待つ方が可能性は高い。
「……瘴気、がどこまで影響してくるかは未知数なので不安です。今のところ精神だけのようですが、肉体にまで作用してきたらと思うと……」
「分かれ道まで戻ればここより全然マシなはずだ。持つ可能性の方が高い。わざわざ追加でリスクを冒す必要なんてねぇ」
スバルとしては、左の道に行かされることは避けたい。あの化け物から逃げ切ろうにもパトラッシュの足がいるだろう。スバルとオットーの二人では確実に死ぬだけだ。ハイリスクでノーリターンだ。
であれば消極的な案を採用するのが結果的に最善だろう。
「そもそも代替案は何かあるのか? そもそも取れる選択肢が少ない状況だ。あれもこれも嫌だって言ってたらできるもんもできなくなるぞ?」
さっきからやんわりと否定ばかり重ねてくるオットーに、徐々に苛立ちが起こる。
スバルにばかり考えさせず、自分でも考えるべきだ。
「自分の意見があるなら言って見ろよ」
「……僕が提案してもちゃんと聞いてくれるんですか?」
「内容次第だ。まともな意見なら取り入れる、そうじゃなきゃ却下する、それだけだろ?」
「では言いますけど――左の道に何かあるんじゃないでしょうか?」
「っ! だから左は罠だって!」
「それでも、その中に何かあるんじゃないですか!?」
「良いもんなんか一個もねぇよ! お前は何も知らないからそんなことが言えるんだろうが! 左に行ってたらもっと悪いことになってた!」
「これより悪い状況ですか!? 僕には想像できな――」
「馬鹿にしてんのか!? 全員死ぬんだよ! 全員だ!」
気づけば二人は立ち止まり、顔を突き合わせて言い合いを始めていた。スバルはどうして理解してくれないのかと苛立ち、右手で壁を強く殴る。天井付近から砂の粒が舞い落ちる。
オットーはあの化け物のことを知らないからそんなことが言えるんだろう。一度でも見れば、作戦でもあんな奴に近づこうなんて思えないはずだ。
そう思ってスバルが反論するが、オットーはスバルから目をそらし、一つため息をつく。その仕草が気に入らない。
「ほら、やっぱり僕の提案なんて聞き入れてくれないじゃないですか」
ぼそりとオットーが呟く。その言葉がスバルの怒りに火をつけた。
「あ? まともな意見じゃなかったから却下した、それだけだろうが」
全員が死ぬ選択肢を選ぶなんて言語道断だ。それをスバルが拒否するのは当然だろう。それをスバルの方が聞き訳が無いかのように言ってくるのは癪だ。
憤りを露にするスバルに、オットーもまた苛立ちが表に出てくる。
「まともな意見だったら聞くんですか?」
「当たり前だろうが」
「じゃあ言わせてもらいますけどね、どうしてあのときラムさんとの口論をやめなかったんですか?」
「っ……あの女は許されないことを言ったから許さない、ただそれだけの話だろうが。それを黙って受け止めてればよかったとでも言うのかよ!」
「ええそうです! そうしていれば全員死なずに済んだんです!」
「ふざけんな! 悪いことしたやつが悪いんだろうが! なんで俺が責められなきゃなんねぇ! お前は俺を責める前に自分がどんだけ無茶なことを言ってるのか少しは考えてみたことがあるか!?」
「僕は言いましたよね、引き返しましょうって! そのあとで言い合えばいいって! その制止も聞かずに怒りに任せてラムさんを殺そうとしたのは誰ですか!?」
「うるせぇんだよ! レムのことを忘れてるお前らに、あの言葉がどれだけ俺にとって屈辱的だったかなんてわかってたまるか!」
「あんたの方こそ忘れているようなので言ってあげましょうか。ラムさんには共感覚と千里眼がありました。それを失えばレムさんを探すのも大変になります。どれだけ頭にきてもそれを忘れちゃいけなかった!」
「あ……」
今まで頭に血が上っていたのが一転、スバルは血の気が引くような感覚があった。
どうしてそれをあのときに言ってくれなかったのか。それを聞いていればスバルだって思い直したはずだ。利用価値もないから後腐れなく殺してしまった方が良いと思っただけで。レムを助けるためなら俺はどんな苦痛もどんな屈辱も受けきるつもりで――
「違う……」
「何が違うんですか?」
見るからに意気消沈した様子のスバルを見てオットーは一転攻勢。淡々と詰めるように言葉を投げかける。
「あのときお前が言ってくれてれば……」
「人のせいにするんですか? 僕は散々黙って引き返しましょうって言ってあげたのに? 当たりの言葉を言ってくれるまで何も言う事を聞いてくれないあんたには責任はないんですか?」
「違う……」
「自分の考え? ありますよ、もちろんね! それをあんたが受け入れてくれるかは別ですけど。僕はあんたがおかしくなってるからさっきまで気を遣って言わなかっただけですよ! さっきみたいに、言っても怒鳴り返すだけなんでしょう!?」
「違う!」
違う、と言いつつ、スバルにはオットーの言葉を否定する材料が何も見当たらない。スバルはただ現実を否定するためだけに、言葉を発していた。
あのときスバルはただ思いつかなかっただけだ。忘れていただけだ。まだどうにかなるはずだ。考えろ。そして一つ可能性を見つけた。
「そうだ! エミリアだ! エミリアとベアトリスがいれば、微精霊を使ってレムを探せる! あいつの力なんて借りなくても行ける!」
天啓のように反論を閃いたスバルは意気揚々と言い返す。どれだけ現実的な案かなど考えていない、とりあえずの案だが、可能性はまだ残っている。しかしオットーは依然として冷ややかで見下すような目をして言い返す。
「僕が聞いたのは、それを考えた上での行動だったのか、ということですよ。他の手段? 探せばあるでしょうね。ですがこれだけは確実です。――短絡的な行動でみすみすレムさんを救う可能性を下げたんですよ、あんたは」
「――っ!」
『――バルスは、レムのことなんて、どうでもいいと思ってる。このまま見つからなくても、せいせいするだけなのね』
オットーの言葉と、記憶の中のラムの言葉が重なる。
違う。絶対にそれだけは違う。スバルがレムのことをどうでもいいと思うなんてことは、絶対にない。
「そもそもどっちの道も危険だからただ待つなんて消極的な行動を選択することだって、レムさんが生き残る可能性を下げるはずです。そりゃ僕としては安全な方がありがたいですよ。でもそれなら何のためにここまで来たんですか?」
「――――」
「レムさんのためでしょう! なのになんで言い争いなんてしてんですか! ほんとに自分が生き残ることしか考えられてないんじゃないですか!?」
そしてオットーは、言ってはいけないことを言った。
「それをできなかったなんて、あんたのレムさんへの愛って、その程度だったんじゃないですか?」
半笑いで、侮蔑を込め、言い捨てるように言葉を叩きつける。
「インビジブル・プロヴィデンス――」
スバルに、それだけは言ってはいけなかった。
直後駆け巡ったどす黒い感情に身を任せ、力を解放する。その力は手の形をとり、オットーに迫る。スバルにとって最大の侮辱の言葉を吐きかけたその男を、徹底的に後悔させてやるために、迫る。
「――かぁっ!」
不可視の手がオットーの首に迫り、喉を強く抑え込む。壁に押し付け、抵抗を許さない。
カンテラを取り落としたオットーは、自分の首を抑えている何かを掴むべく手を首にやるが、触れることはできない。その手はただ自分の首を虚しく引っかき、幾筋も血を滲ませることしかできない。
「お前が俺とレムの何を知ってる?」
沸々とした激情をたぎらせ、憎々しげな視線をオットーに向ける。
オットーは苦しそうにもがきつつも、視線は真っ直ぐスバルに刺さったままだ。
このまま息を止めて、気絶さえさせればいい。ラムに反撃されたのは、自分の手で仕留めることにこだわったからだ。こうして遠距離から安全に、確実に、気を失うまで待っていればいいだけだ。
「もういっぺん言ってみろよ……ああ!?」
何、殺しはしない。その辺りスバルはあの女と違って冷静だ。痛めつけて、後悔させてやれば、自分の非を認めるだろう。
まだ自分は冷静だ。瘴気にだって抗えている。瘴気に侵されて妄言を吐いているこいつの頭を冷やしてやるだけだ。
まだ、スバルは大丈夫だ。
「――!?」
その時だった。首の辺りを探っていたオットーの手が一瞬下がったかと思うと、その手から白く光る何かが投げだされる。それはスバルの横を通り、背後に落ちた。
思わずスバルはそれを目で追ってしまった。
――それが間違いだった。
砂の中にやや軽い音を立てて落ちたそれは、直後一際強く発光し、爆炎を生じた。
それは火の魔石である、その事実を頭で理解する前に、爆炎はスバルの身体を高温で焼く。
「あああああっ!」
それにスバルは顔を向けていた。薄暗い中で、白い光を目を見開いて見ていた。そのせいで、身を焼くような高温を、目で受けてしまった。
「あああ! が、ああああっっ!」
一瞬にして目の水分が蒸発し、その激痛に七転八倒する。同時に焼けた肌の痛みとは比べ物にならない激痛。
それに加えてスバルに襲い掛かったのは、体感でつい一時間ほど前に経験した『死』の記憶だった。あの化け物に下半身を丸ごと焼かれ、体が炭化した痛みに悶え苦しんだ記憶がフラッシュバックする。
スバルはパニック状態になり、やたらに転げまわり、痛みから逃げようとする。自分の身体につきまとっているこの痛みを、どうにかして振りほどかないといけない。
痛い、熱い、痛い。
当然そんな状態のスバルが魔手を維持できるわけもなく、オットーは解放される。彼は地面に膝をつき、激しく咳き込みながらも、目の前の光景を恐怖しながら見つめていた。
「そ、そんなつもりじゃ……!」
オットーは咳き込み終わると引きつった顔で声を上げ始める。
「あ、あんたが悪いんですからね! あんたが妙なことさえしなければ僕たちだけでも生きて帰れたのに! 今のだって、変に動かなかったら軽いやけどで済んでたはずなんですよ!」
オットーは完全に冷静さを失い、うずくまり、頭を抱えながら必死に自分を正当化しようと半狂乱になっている。
だがスバルにその言葉はもはや届いていない。スバルの頭を支配しているのは痛みだけだった。
「ああっああああーーー!」
苦痛に叫んでいるスバルは気づかない。
――何かがこちらに近づいていることに。
「違う、こんなはずじゃ……あ?」
オットーは『それ』に気づき、ぶつぶつという否定の言葉を止める。
「――――ッ!」
オットーは恐怖に駆られたように、嘶くような音を繰り返し上げるが、『それ』に何の影響も与えられていないようだった。
「あ――」
恐怖に喉を引きつらせたような音を上げたかと思うと、パキリという音と同時に、その音はピタリと止んだ。
「あ、っつ! 何、がっ? ああっ!」
さすがに先ほどの小気味よいパキリという音はスバルにも聞こえていたようで、痛みに転がりながらも、外界の変化に気づく。
スバルにはもう、自分が目を開いているんだか閉じているんだかわからない。どっちにしろ視界は真っ暗だからだ。
自分には何もわからないということだけ理解すると、再び痛みと恐怖に意識を持っていかれる。
今のスバルには、一刻も早くこの地獄を終わらせてくれと願うことしかできない。地獄を終わらせることを自分でなすことすらままならない現状も、恐怖だった。
「――ッ!」
果たして、その願いは聞き届けられる。もう一度嘶くような音が聞こえたかと思うと、何かがこちらに迫ってくるような足音が聞こえた。その重い足音は、人のものではなく――、
「パト――」
パキリというどこかで聞いたことがある音を最後に、スバルの意識は暗転した。
【第12話での相違点】スバルの死に方。その直前にパトラッシュが負っていた傷。
今回の話はなろう版原作第六章15後半あたりに相当しています。
このifルートで書きたかった部分の一つ目が書き終わりました。ここまで読んでくださった皆様、ありがとうございます!
この辺りの展開について、オットー同行ifを色々な方が想像されていたのをX等で見ました。皆さんはどういう流れを想像していたでしょうか。オットーは右のルートに行こうとしても止めてくれる、もしくは引き返す、という予想をしていた方もおられたと思います。
私は色々考えた結果、このような流れが一番自然ではないかと思い、書かせていただきました。もちろん解釈違い等もあるかと思います。それはそれで気になるので、良い二次創作があればぜひ知りたいところです。
以下蛇足かもしれませんがこの回を書くにあたっての個人的な考察を書いておきます。
まず分かれ道での選択ですが、オットーはスバルに強気で主張されれば渋々従うのではないかと考えました。オットーはスバルのこと、そしてスバルの勘を信頼しているからです。ラムも似たような感じです。
そして途中で引き返すという選択肢もありましたが、ここでは大事になるまで選べませんでした。オットーは早めに提案していましたが、ヒートアップしたスバルにその言葉は届きませんでした。その結果、引き返し始める前に殺し合いが始まってしまいましたね。この辺りの描写は、異変を自覚できないことも瘴気の効果のうち、という個人的な考察をもとにしています。瘴気についてはまだ情報が足りないので、かなり想像で補いました。
......まあ、私がこの展開を書きたかったからそう行動させたという部分は否定できませんが。
次に瘴気についての個人的な解釈も書いておきます。これを読むと作中の行動もある程度納得していただけるかもしれません。
まず前提として、理性がかなり強いはずのラムが瘴気に負けていることからして、理性で抗える類のものではない、と考えています。もちろんマナ不足による体調不良はありましたが、それでも原作でラムがあんな行動をとったわけですから、相当強力なはずです。というわけで、ここでの登場人物は全員瘴気に侵されています。
次に具体的な瘴気の効果ですが、原作を見ると割と様々に見えます。例えばラムやスバルは易怒性を発現しましたし、襟ドナは内心を隠す程度の思考能力は保ちつつも短絡的な殺人による保身を試みました。パトラッシュの行動理由はよくわかりませんが......。
ともかくその辺りの描写からして、この瘴気による狂気は、何らかの負の感情の増幅だと考えました。ラムとスバルは苛立ちから憎悪まで増幅されました。襟ドナは恐怖が増幅されたのか、保身のために皆殺しを試みました。
そしてその負の感情の増幅は、それが起こっているときは自分では気づけないというのも重要な点です。自分では順当な感情の発露に感じられるわけですね。
このような考察から、本作では各キャラクターにこのような行動をとらせました。異論は認めます。
以上蛇足でした。