Re:ゼロから始める異世界生活6章オットー同行if   作:樫ハット

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スバルとサテラの逢瀬は原作のコピペになってしまうのでカットしました。
第六章18冒頭の内容ですので、気になる方はそちらをご覧ください。

念のためここにも書いておきますが、原作六章、アニメ四期のネタバレを多大に含みますのでご注意ください。


【15】プレアデス監視塔

 寝起きはいい方である自覚のあるスバルだが、その反面、寝つきが悪いことも実は自覚として持っていたりする。

 

 スバルにとって、眠りからの目覚めとは水面に顔を上げる感覚だ。水中にいた人間は誰であれ、水面に顔を出せば呼吸を忘れることはない。

 スバルにとって、その呼吸こそが目覚めの意識の覚醒であり、目覚めの『呼吸』はできることが当たり前のことなのだ。

 

 だがスバルはどうしても、ベッドに入って暗がりの中で目をつむると、色々考えてしまう。特に考えることが多いのは、ああしていればこうしていればという後悔のこと。

 それはその一日のことであったり、あるいはもっと前の出来事のことだったり、後悔は時期も手段も選ばずにスバルを責め立てる。

 それと戦っていると、どうしても寝付かれない。寝つきの悪さはそれが原因だ。

 

 ――だから、砂海の地下の出来事も、スバルにとっては新たな後悔の種として、今後のスバルの安眠を大いに掻き乱すことになること請け合いだった。

 

 

「……ここ、は?」

 

 目覚めた瞬間、スバルは自分が『死に戻り』とは違う覚醒を迎えたと理解した。

 まず、周囲に柔らかな光がある。カンテラをもってしても数メートル先までしか視界が確保できなかった砂海の地下と違い、今は周りを全て見渡すことができる。地下特有の肌寒さもなく、仰向けの体は砂の上とは全く異なる感触に抱かれている。背中越しに感じる柔らかい感触は、おそらく寝台だ。

 頭の下に感じる枕を左手で確かめようと腕をもぞもぞと動かすと、スバルの身体の上にタオルケットか何かがかけられているのがわかる。枕と寝台の感触は、よくよく確かめれば、ここ最近で慣れ親しんだ竜車に備え付けの寝具のそれだった。

 つまりここは、プレアデス監視塔攻略のために使用された竜車の中だ。

 

「って、なんでそんなことに……!?」

 

 地下に落ちた段階で、竜車とは別れていたはずだ。それからチーム非戦闘員で空洞を進んだこと、その先で出くわした仮称ケンタウロスの醜悪な外見がスバルの脳裏に浮かび上がる。気を失う直前の記憶は曖昧だ。

 とにかく状況を確認しなくてはと気が急き、スバルは状態を起こす。その瞬間、起こした体の右手が誰かに掴まれていることに気付いた。

 とっさに振り向けば、スバルの右隣――ベッド脇の床に膝を突き、寝台に体を投げ出して眠る少女の姿がある。どこか安堵した顔でスバルの手を握るのは、銀髪を一つに纏めたエミリアだ。

 

 微かな寝息と、掌から伝わる温もり。

 彼女が確かにここにいることに、スバルは掠れた息を漏らし、脱力した。

 

「ぁ、は……エミリア、だよな? これ、無事に……」

 

「おや、ナツキさんも目が覚めましたか。これで一安心ですね」

 

 すぐ傍らに寄り添うエミリア、その姿に実感が持てず戸惑うスバル。そこにかけられた声に顔を向ければ、こちらを見て柔らかくほほ笑むオットーとベアトリスがいた。

 オットーは先ほどまで見ていたのであろう手帖らしきものを閉じると、口に人差し指を当て、しーっとスバルに声を落とすようにジェスチャーした。

 

「エミリア様もご無事ですよ。ただちょっと……疲れているだけです」

 

「そうなのよ。エミリアもずいぶん、スバルを心配していたかしら。二晩、寝てないのよ」

 

「もっとも、心配で寝不足なのはベアトリス様も同じでしたが」

 

「むっ、余計なことを言うんじゃないかしら」

 

「ベアトリスに、オットーも……」

 

 スバルが知らない間の狼狽ぶりを暴露されむくれ顔のベアトリス。愛おしいその少女の顔を見ていると、スバルも自然と笑みがこぼれる。

 スバルの右手で眠り続けるエミリアに視線を落とすと、彼女は唇をもごもごさせながら、どこか幸せそうな顔で頬を緩めていた。右手を軽く握ると、確かにその存在を示す反発が返ってくる。触れているだけで愛おしさが爆発し、思わず頬を撫でまわしたくなるが、ここは起こさないためにグッとこらえる。

 

「……ベア子。こっちこい。抱きしめさせろ」

 

 エミリアと同様に、ベアトリスがここにいることも触れて確かめたい。いや、思いっきり再会を喜び合いたいだけだろうか。理由なんかどうだっていい。今はただ、そうしていたかっただけだ。

 

「何を馬鹿なことを……し、仕方ないかしら」

 

 スバルが手招きすると、嘆息したベアトリスが実に仕方なさそうに近付いてくる。気のない素振りで自分の縦ロールを弄っている少女、それが傍らにくると、スバルは自由になる左腕で彼女を抱き寄せ、しっかりと胸に抱え込んだ。

 

「よかった……マジでよかった。本当に、心配してたんだぞ」

 

「……それはベティーの台詞なのよ。スバルや姉妹の姉にオットーも見当たらなくて、ベティーたちの方がよっぽど肝を冷やしたかしら。生きた心地がしなかったのよ」

 

「そうか。死にそうなぐらい心配してくれたのか」

 

「別にそういうわけじゃ……でもないかしら。そうなのよ、心配したかしら。本当の本当の、ホントに……」

 

 軽いベアトリスの体を抱きしめていると、言葉の途中で少女が顔を伏せる。そのまま、胸に額を擦り付けるベアトリスの頭を撫で、無言でしばらく再会を確かめた。

 そうして、しばしの沈黙が済むと、ベアトリスはすっきりした顔でスバルの胸から顔を上げ、ぴょんとベッドの横に下りる。

 

「とにかく、寝坊助のエミリア以外にスバルが起きたことを伝えなきゃいけないのよ。スバルで最後だから、みんな心配してたかしら」

 

「みんなって……そうだ、みんなは無事なんだよな? 逸れてた奴らも、俺と一緒にいた奴らも全員」

 

「ええ、その点はご安心ください。僕たち四人とパトラッシュちゃんの合流で、全員無事に揃いました。もちろんレムさんも、です」

 

 不安げに顔を上げたスバルを安心させるべく、オットーが状況報告を行う。地下でのスバルの発言を思い出したのか、ダメ押しのようにレムの無事も添えてだ。

 

「そうか……そうかぁ……!」

 

 こういうときは抜かりないオットーの言を聞き、スバルは無意識にこわばっていた肩の力が抜けていく。

 だが、すぐにスバルはその様子に嫌なデジャブを感じて顔を上げる。

 

「待て、オットー。俺はぬか喜びは御免だ。本当に全員大丈夫なのか?」

 

「――なるほど、それは確かに一度確かめておくべきでしょうね」

 

 スバルは何を心配しているのかと一瞬困惑した様子のオットーだったが、すぐにその懸念点に思い当たり得心した様子で頷く。

 

「二人とも、何の話をしているのかしら? ベティーも全員の無事は確かめたのよ」

 

「プリステラのときと同じですよ。――『暴食』の権能」

 

「――――」

 

 オットーの補足でベアトリスもスバルの意図を理解し、一瞬で緊張した面持ちになる。

 

 スバルが懸念しているのは、『暴食』の権能の被害者のことだ。

 プリステラでの魔女教との攻防戦で、ユリウスがその被害を受けたのは記憶に新しい。そのときも作戦終了後にスバルは全員無事だと報告を受けた。だが『暴食』の権能の被害は、スバル以外には被害を受けたと認識することすら許されない。

だからスバルは、『全員』の無事を確認するまで、安心できない。

 

「確認するぞ。俺と、エミリアと、ベアトリス。それに、レムとラムとオットーとパトラッシュ。アナスタシアにメィリィにジャイアンと……最後にユリウス。これで全員だ」

 

「――――」

 

「お前の言ってる全員ってのは、この全員で合ってる……か?」

 

「……ええ、全員、無事にここにたどり着いています」

 

「ベティーも、それは保証するかしら。ベティーが忘れていて、スバルだけが覚えてる誰かがいるなんてこと、ないかしら」

 

「そっか……そうか。じゃぁ、本当に喜んでも、いいんだな……」

 

 必要なことを確認して、スバルは他に落とし穴がないか入念に考える。その上で何も見落としはないと判断し、ようやく、全員の無事という言葉に力が宿った。

 

「よかった。あぁ、よかった……!」

 

「まったく、スバルは大袈裟すぎるのよ」

 

 ベアトリスはそう言うが、ベアトリスの方も大袈裟なくらいに慌てふためいていたことはオットーにリークされている。

 もっともスバルが地下で二回『死に戻り』しているあたり、ベアトリスのそれは杞憂ではないのだが。まあそれはともかく今は全員の無事を喜ぼうではないか。

 

 実のところ、砂丘の地下で『死に戻り』のセーブポイントが更新されたとき、スバルは相当焦っていた。仲間たちと分断されている間は、スバルの手の届かないところで大切なものがこぼれ落ちていくのではないかと気が気でなかった。もしあのまま取り返しのつかないことになったらどうしたものかと――。

 

「……そう言えば、あの変な疑心暗鬼、抜けてるか?」

 

「そうでした。ナツキさんが寝ている間に、エミリア様とベアトリス様には治療をしていただきました。瘴気についても念入りに確認していただきましたが、特に問題らしきもの残っていなかったとのことで……」

 

 独り言のようにスバルが呟くと、説明しつつ、オットーが心配そうにスバルの顔を覗き込む。

 既に適切な対処をしてくれていたようだ。オットーたちに事前に話しておいて正解だった。もし時間が経つほどスバルを侵食していく類のものだとしたら、スバルが起きた時点で手遅れだった可能性もある。さすがにそれは考えすぎだろうか。

 

 視界の中央、こちらを心配そうに見上げるベアトリスは、いつも通りの愛らしさだ。あの地下でスバルを苛み続けた、奇妙な不快感や苛立ちは感じない。寝ているエミリアにも同様、二人に感じるのは信愛の感情だけだ。

 

「あぁ、多分大丈夫そうだ。少なくとも、自覚症状はない」

 

「そう、ですか……ひとまず安心して良いということでしょうか」

 

「スバル、もし調子が変なら無理せずベティーたちに伝えて休むかしら」

 

「二人とも、ありがとよ。起きたらエミリアたんにも感謝しないとな」

 

 やや表情を柔らかくした二人に感謝を伝えつつ、会話の中で心の内側に奇妙な感覚が生じていないかを探る。多分大丈夫、だと思うのだが。

 

「にしても、原因も治療法もはっきりわからねぇってのはぞっとしねぇな……」

 

「そうですね。僕らには起こらず、なぜナツキさんだけが影響されたのか。特別、瘴気に影響されやすい体質という可能性はありますが……」

 

 結局エミリアたちが見ても瘴気による問題は見当たらなかったらしい。前回のループの原因は瘴気にしても、『死に戻り』でそれはリセットされていたはずだ。それなのにスバルが本調子でなかったのはなぜか。

 考え方の癖のようなものが定着しかけたのかもしれない。それはおそらく『死に戻り』をもってしてもそう簡単には取り消せないものだろう。

 記憶と思考は表裏一体だ。誤った思考方法が記憶されてしまえば、『死に戻り』を経てもそれが定着されてしまう。考えてみればその手の攻撃に対してスバルは脆弱と言える。それを思えば、『憤怒』の権能が『死に戻り』で解除できるものだったのは不幸中の幸いと言えるかもしれない。

 

「スバル、また難しい顔してるかしら。まだ具合が悪いとか気分が悪いとかなら、寝てていいのよ。試験はベティーたちだけでどうにかするかしら」

 

「……なに?」

 

 額に手を当てて、俯くスバルをベアトリスが気遣う。その気遣いの言葉の中に、聞き慣れない単語があって、スバルは思わず聞きとがめた。

 

「今、なんてった?」

 

「だから、休んでていいかしら。ズル休みじゃなく、ちゃんと具合の悪いときぐらい寝てても怒ったりしないのよ」

 

「なんかすごい言われた覚えがある感じの微熱トークだけど、その部分じゃねぇよ? その後で……試験って言ったか?」

 

「あぁ……うん、言ったかしら」

 

 スバルの追及に、ベアトリスが「しまった」という顔をした。

 それはスバルに隠しておきたかったから、という様子ではなく、むしろ休ませておきたかったから、という気遣いからくる配慮だろう。

 ただ、そこまで聞かされて安穏としていられるほど、スバルは大人しい性格ではないし、ベアトリスもそのことはわかっている。

 

「ベアトリス様、ナツキさんを止めるのは諦めましょう。それよりちゃんと状況を説明して、危険なことをしないようにくぎを刺しておくのが得策です」

 

「おい、それじゃまるで俺が聞き分けのない子供みたいじゃねぇか」

 

 やれやれと首を振ってそう言うオットーに、スバルは軽口で返す。だが何か問題が立ちふさがっているのなら黙っていられないのがスバルだ。状況を聞きたいというのは本音なのである。

 

「わかってるのよ。本当はもっとちゃんと、落ち着いてから話した方がいいと思ってたのに……口が滑ったのよ」

 

「隠し事できないのが、お前の可愛くて良いところの一つだよ」

 

 心底、不覚を取った顔のベアトリスに微苦笑し、すぐにその笑みが頬から消える。スバルはわずかに声を低くし、状況の説明を求める。

 

「オットーにはあれから何があったのか説明してもらうけど、その前に真っ先に聞かなきゃいけないことをスルーしてた」

 そう、この場で目覚めてから最初に浮かんでいた疑問。この状況に置かれれば誰しもにあって当たり前の疑問。

 それは――、

 

「ここは、どこだ? 竜車の中、なんて小ボケは挟まなくていいからな?」

 

「スバルも、想像がついていると思うかしら」

 

 ベアトリスが物憂げに吐息し、それから腕を組んだ。

 そして、少女は天井を――その向こうの外を見上げる仕草で、軽く踵を鳴らして言った。

 

「――プレアデス監視塔」

 

「――――」

 

「あの砂丘の果てにあった監視塔、その中に、僕たちは辿り着きました」

 

 前人未到のプレアデス監視塔、その内部への潜入に成功したのだと、この二人は告げたのだ。

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「正直僕らにもよくわかっていないことが多いのですが、ナツキさんが気絶する直前あたりから、何があったかを先に僕の口から説明させてもらいましょうか。その間のエミリア様たちの様子は――」

 

「ベティーの口から説明してあげるかしら」

 

「ああ、二人とも、頼んだ」

 

 ここがどこなのかを知ったスバルは、引き続き現況を知るべく二人に詳しい説明を求める。全員の無事はわかったから、ひとまずあの後何があったのかを説明してもらうことになった。

 

「まずナツキさんが気絶する直前にあの魔獣を倒してくれたのは、この塔に住む『賢者』だったようです……いえ、本人の口から聞いたわけではないので、推定『賢者』ですか。ともかく、この塔の住人が助けてくれたわけです」

 

「やっぱりそうか。あの白い光には嫌になるほど見覚えがあったからな」

 

 激痛で意識が朦朧としていたが、白い光の連撃がケンタウロスを葬り去った場面は鮮烈で、スバルもよく覚えている。あれを見れば、砂丘でスバルたちを狙撃した白い光、否、針と結びつけることは難しくない。

 そういえばあの激痛の原因は何だったのだろうか。タイミング的に、やはりインビジブル・プロヴィデンスの使いすぎだろうか。強力な力だし、代償があることは感覚的にわかっていた。使用のたびに、酷く魂を削られるような喪失感があったからだ。今後しばらくは封印しておくべきかもしれない。

 

「っていうか待て! あの『賢者』は砂丘で俺らを殺そうとしてたわけだよな!? なんとか和解できたってことでいいのか?」

 

 過去の記憶を探っていたスバルは、不意にそのことを思い出して顔を上げる。

 状況証拠からして恐らく『賢者』は現状こちらに味方してくれているようだが、確証がほしい。もし条件付きの味方だとしたら油断はできない。

 そう問いかけたスバルに対して、二人は少し困ったように顔を見合わせる。

 

「それが……」

 

「スバルたちをここまで連れてきてくれたところまでは良かったのよ。けど最初に会ったときから変わらず、ベティーたちとまともに会話することを拒否しているかしら」

 

「なんだそりゃ」

 

 危ないところは助けるけど、会話はしない。これでは手助けしたいのかしたくないのかさっぱりだ。

 

「けど、一応敵対はしてないってことでいいんだよな」

 

「少なくとも砂丘での攻撃以来、一度も僕たちは攻撃を受けていませんから、そう考えて良いかと」

 

「ならひとまずよしとしておくか。会話を拒否してくるってのは気になるが……」

 

「その理由については僕に聞かれてもわかりませんね。……ひとまず話を続けましょうか」

 

「おう、遮って悪かったな」

 

 とりあえず納得したスバルが先を促すと、オットーは一つ頷いて続ける。

 

「ナツキさんが気絶した後、僕はまず彼女と会話を試みました。彼女が何者かもわからない状況でしたからね。そこで判明したのですが……」

 

「――彼女は、人間ではありません」

 

「――――」

 

「僕が彼女に話しかけたとき、僕の口から出たのはハサミや甲殻を鳴らすような音でした」

 

「――『言霊の加護』か」

 

「そういうことです。アナスタシア様もその場面を目撃していたので、まず間違いないでしょう」

 

 スバルが推測を口にすると、オットーは頷き、情報を補足する。

 

「それに、ハサミや甲殻を鳴らすような音……」

 

「その点ですが、おそらく彼女の正体もわかりました。メィリィさんの力も借りて出した結論なので、まず当たっていると思うのですが」

 

「メィリィ……ってことは!」

 

「はい、ナツキさんの想像通り、彼女はおそらく魔獣です。種としては、『紅蠍』だと推察されます」

 

「蠍……なるほど、それで針か」

 

「その点も、裏付けになっています」

 

 確かに彼女が魔獣だとすると、色々と納得が行く。この監視塔を何百年にもわたって防衛できるのは、寿命がない存在でなければならない。

 その長い寿命をもってすれば『賢者』と呼ばれるまでの知識を蓄えることも可能だろう。正直スバルは何の理由があって『賢者』と呼ばれているのかはっきりわかっていないのだが。

 

「そういや紅蠍ってのは人に化ける魔獣なのか?」

 

「いえ、そのような記述は本にはありませんでしたし、メィリィさんの知識からしてもそのような生態はなかったはずとのことでした」

 

「人の姿をとっている理由なら、本人に聞くのが一番手っ取り早いかしら。けど……」

 

「本人はだんまり決め込んでるってわけか」

 

「そういうことかしら」

 

 その辺りの話もひっくるめて、まずは『賢者』に話を聞ける状態にしたいところだ。もしかすると、今会話ができないのもさっきベアトリスがこぼした『試験』に関係しているのだろうか。

 

「先に言った通り、僕らにも色々わかっていないことが多いです。ですが、ひとまず彼女は会話に取り合ってくれないという点を除いては友好的です。実際、気絶してしまったナツキさん、ラムさん、パトラッシュちゃんまでこの塔に連れてきてくれました」

 

「スバルたちと違って、『砂風』の割れ目に呑まれたベティーたちは無事だったかしら。あの花畑とも違う場所に飛ばされて……一緒にスバルたちがいなかったことがわかったときの方が、よっぽどみんな青い顔していたのよ」

 

 オットーの説明に、ベアトリスが別視点からの補足を加える。どうやらエミリアたちは砂丘の地下に落とされたり分断されたりすることもなく、無事だったらしい。

それで見事に非戦闘員だけが危険な地下に落とされたと思うと、いよいよ運が悪いどころの話ではない気がしてくるものだ。状況証拠からして『賢者』の悪意ではないようだが。

 

「青い顔してたのはお前も含めてだろ」

 

「――エミリアやユリウスもそうだったかしら。ベティーだけじゃないのよ」

 

 スバルが突っ込みを入れると、誤魔化しになっていない誤魔化しをして、ベアトリスは膝の上で拗ねる。スバルはその頭をくしゃくしゃに撫でまわし、不足していたベアトロミンを補給する。

 ベアトリスは満更でもない顔でそれを受け入れると、「ともかく」と気を取り直して続ける。

 

「ベティーたちは地上でスバルたちより先にあの『賢者』に見つけられたかしら。それからスバルたちとはぐれたことを話したら、あいつは塔を飛び出していったのよ」

 

「なるほどな。それであいつは俺らを助けに来てくれたってことか」

 

「正直、間一髪でしたけどね」

 

 あの危機的状況を思い出し苦笑するオットーに、スバルも頷く。スバルは激痛やら瘴気の影響やらで冷静でなかったものの、今思えば本当に間一髪という言葉にふさわしい状況だった。

 ケンタウロスのあの攻撃力、機動力、再生力、底意地の悪さ、どれをとっても一級品だ。仮にエミリアやユリウスがいたとして、全員無事で戦闘を終えられたか考えると怪しい。分断さえされていなければメィリィがどうとでもしてくれただろうという気はしないでもないが。

 

「ベティーたちもできるなら助けに行きたかったかしら。けど一度塔に入ったら扉がびくともしなくて誰も出られなかったのよ。おかげでやきもきさせられたかしら」

 

 悔しそうにそう言うベアトリスに、スバルは疑問を挟む。

 

「なんか鍵でもかかってたのか? 『賢者』じゃないと開けられない的な」

 

「『賢者』がそんな操作をした素振りはなかったけど、その可能性はあるのよ」

 

「ですが、あれは単純に力押しだったように見えましたね」

 

「あー、試しの門的なパターンか。てか、本当に誰も開けられなかったの?」

 

「ナツキさんも、見たらわかると思いますよ。あれは開けられたもんじゃありません」

 

 オットーはそう言いつつ肩をすくめる。

 単純に重すぎて常人には開けられない扉など、どう考えても不便でしかないだろうとスバルは首を傾げる。何か意図があるのだろうか。あるいは正規の開け方が別にあるんじゃないかと考えるのが自然に思えるが。

 

「しかし、エミリアたんも見た目の可憐さに似合わず相当力があるはずだけど、それでも無理だったのか」

 

 スバルは二晩の徹夜ですっかり眠りの中にある隣のエミリアをちらと見やり、そう呟く。そして気づく。

 

「っつーか、だとしたらその扉は『賢者』が無理やり開けたってことか? それって……」

 

「ナツキさんの想像通りですよ。彼女、ユリウスさんやエミリア様よりも力が強いようです」

 

「マジで? あいつそんなに強いの? 見た目じゃ全然そうは見えなかったけど……あー、もしかして正体が魔獣なことと関係してるのか?」

 

「その可能性はあるでしょうね。その上で針による攻撃のあの破壊力です。……正直、敵に回したくはないですね」

 

 オットーが思案気にそう言うが、スバルも同意見だ。近接で速攻をかけるならともかく、少なくとも前回のように遠距離から一方的に攻撃されればスバルたちに勝ち目はない。勝てるかどうかは別として、まず敵対しないように振舞うことが賢明だろう。

 

「けど、そう悪いことばかりじゃないかしら。竜車をここまで運んでくれたのも、あの地竜――パトラッシュを四層まで運んでくれたのも、あいつだったかしら」

 

「パトラッシュを運べる怪力か……ここじゃ強さが見た目によらないってのはわかってたつもりだけど、相変わらず度肝抜かれるな。それにまあ、実際あいつが強かったおかげで俺らは助かったってところはある」

 

 不安気な空気を払拭するように、発言するベアトリスに、スバルも同調する。何がきっかけで味方しているのかはわからないが、それでも命の恩人だ。損得だけでなく、恩人としてそれなりの対応をしてやるべきだろう。

 

「まあそれはいいんだが――四層って何だ? そこでパトラッシュはどうなってる?」

 

 今のスバルが気になるのはそこだ。結局この塔のことは怪力魔獣の『賢者』が住んでいるということしかわかっていない。この塔には何があるのか、そこの情報が欲しい。さっきベアトリスがこぼした『試験』という言葉ともつながりがあるはずだ。

 スバルの疑問に答えたのはオットーだ。

 

「ナツキさんにはまだ説明していませんでしたね。外からじゃわかりませんでしたが、この塔は六層構造になっていて、ここはその最下層、六層にあたります。扉があるのが五層で、その上が四層です」

 

「つまり、ここは地下ってことか」

 

 オットーは頷き、続ける。

 

「その四層には、精霊の力で中に入った人の怪我を治療する部屋があります。僕たちは便宜上『緑部屋』と呼んでいますね。そこに負傷したパトラッシュちゃんと、今は回復しましたが、ラムさんもいました」

 

「……ラムにもパトラッシュにも、結構無理させちまったからな。それで、具合は?」

 

「今はもう平気だそうです。ナツキさんも、ちゃんと感謝を伝えてあげてくださいね。パトラッシュちゃんもナツキさんのことを心配していましたから、元気なところを見られれば安心するはずです」

 

「そっか、ならひとまず良かった」

 

 皆無事だと最初に言われていたとはいえ、やはり目の前で怪我していたメンバーについては気がかりだった。それにしても便利な部屋があったものだ。治癒魔法が使えるメンバーがいるとはいえ、負担をかけずに済むのはありがたかった。

 

 ともあれ、こうしてパトラッシュの様子がちゃんとわかるのはオットーのおかげだ。そう思い、感謝のこもった視線をオットーに向ける。

 

「やっぱ、お前がいてくれると、パトラッシュの様子がわかって助かるな。……自覚はねぇけど俺は鈍いらしいからな」

 

「ええ、鈍いですね」

 

「鈍いかしら」

 

「二人して言わなくても良くない!?」

 

 うんうんと頷く二人に突っ込むスバル。しかし砂丘への旅の前から繰り返し言われていたことを考えると、スバルはもう少し努力すべきなのかもしれない。ついついオットー頼りになってしまうところだが、そうしてばかりもいられなさそうだ。

 

「で、他の奴らは今どこにいるんだ?」

 

「ほとんどは四層にある居住部屋か、試験のある三層にいるはずです。試験のこと、ひいては今後のことについての話し合いとか、食事の用意とかをしているのではないでしょうか。そろそろ彼らも様子を見に来る頃かもしれませんね」

 

 そう言って竜車の窓に見える階段をちらりと見たオットーにつられ、スバルもそちらに目をやる。塔の外周に沿うように階段が据え付けてあるのがわかる。実際外に出てみないことには、そのサイズ感はわからないが。

 

「そろそろみんな降りてくるってんなら、俺の方から向かってサプライズしてやるってのはどうよ。塔が実際どんな感じかも気になるし」

 

「試験のことを簡単に説明したら、僕らも向かいましょうか。……っと、そうでした、レムさんは例の緑部屋での治療を試しているところです。そこに付き添いでラムさんも――」

 

「治療って……レム、治るのか!?」

 

「ス、スバル、落ち着くかしら……!」

 

 回復祝いのサプライズを提案するスバルに、オットーが思い出したとばかりに情報を付け足す。だがその情報はスバルにとってなあなあで済まされないことだった。

 スバルは思わず立ち上がりかけるが、膝にベアトリスを乗せていたことを思い出し、寸でのところで踏みとどまる。ずり落とされそうになったベアトリスからは抗議の声が上がるが、今のスバルの耳には入らない。

 

「レムは……治るのか?」

 

「……考えなしに期待を持たせるようなことを言ってしまいました。結論から言いますと、今のところ効果は上がっていません。ただ寝かせているよりは良いだろうとの判断でしたが……なにせ治癒魔法でもどうにもできなかったことでしたから。……すみません」

 

 勢い込んで問いかけるスバルだが、オットーは申し訳なさそうにそう答えた。それを聞くとスバルは意気消沈し、しゅんとうなだれてしまう。

 

「……そうなのか」

 

「ほら、凹んでる場合じゃないかしら。なんとかする方法はきっとあるのよ。それを確かめるために、今はみんなで監視塔の試験に挑んでるかしら」

 

「――――」

 

 落ち込んだスバルを励ますように、ベアトリスが下手くそな奮起を促してくる。その様子にスバルは毒気が抜かれ、「そうだよな」と顎を引いた。

 

「悪い、どうも後ろ向きだ。心配ばっかかけてごめん」

 

「スバルにかけられる心配なら、まぁ、別に許容してやるのよ。でも、できればベティーの見えるところで心配させてくれれば助かるかしら」

 

「考えとく」

 

 ベアトリスの思いやりに触れ、スバルは彼女の頭を掻き回して感謝を表現する。強力なベアトリスの髪型は、そんな風に乱そうとしても乱れない強固なものだ。

ともあれ、ベアトリスの言う通り後ろ向きに考えてばかりもいられない。まずは試験ってやつの突破にスバルも頭をひねる必要がある。

 

「肝心の試験ってのはどんな具合なんだ?」

 

「それが……正直芳しくありませんね」

 

「そんなに難しいのか?」

 

「単に難しいというより、手がかりがないかしら」

 

「え、何? 謎解きみたいな感じなの?」

 

 仮に塔の中から情報を集めて謎解きをさせられるのだとしたら、中々骨が折れそうだ。

 しかし考えてみれば扉が開けられないというのも脱出ゲームと考えるとそれっぽいようにも思える。

 だがスバルの言葉を受け、オットーは軽く首を傾げる。

 

「謎解き……いえ、むしろなぞかけでしょうか?」

 

「なぞかけ?」

 

「……多分、これは実際体験した方が話が早いかしら」

 

「ですね。その方が情報量も増えるでしょうし、ひとまず上に向かってしまいましょうか」

 

「お、おう……お前らがそう言うなら従うけど」

 

 言うが早いかベアトリスはスバルの膝から飛び降り、オットーが先んじて竜車の扉を開ける。数拍遅れてスバルも立ち上がり、扉へと向かう。

 そこから出る前に、ちらりとエミリアの顔に目を向ける。そこには相変わらず穏やかで柔らかな寝顔があり、再び愛おしさが爆発しそうになる。だがまずは、心配してくれていた皆にスバルの無事を伝えよう。そう思い、スバルは竜車の外へと足を向けたのだった。




【第15話での相違点】シャウラと会う前にスバルが結構状況把握できる。全体的にシャウラへの警戒度が高くなっている。

今回の話はなろう版原作第六章18に相当、情報的には20,21も含んでいます。
長くなったので少しきりが悪いですが分割しました。
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